砂嵐
◆神器を装着した打ち倒す者クロキ
翌日になり、アルナックを出発する。
黄金の宮殿から、四隻の空船が空を飛ぶ。
ジプシールの上空は防衛のため空船を出す事は制限されている。しかし、女王であるセクメトラの許可さえあれば可能だ。
目指すは奪われたピラミッド。これから黄金の砂漠を越えて、南東の方角へと向かう予定だ。
この空船の艦隊を指揮するのは名目上ハルセスだが、実質的には軍神であるイスデスである。
本来ならハルセスは出撃せずアルナックに待機する予定だった。
だけど、セクメトラに頼み込んで、危険な時は撤退する事を条件に出撃の許しを得たらしい。
壮麗な黄金細工で彩られた巨大な空船にハルセスはスフィンクスの妾達と共に乗り、意気揚々と進んでいる。
ハルセスの乗る空船は巨大で以前に見たアルフォスの空船よりも大きい。
そのハルセスの空船の周りを4隻の空船が飛び、周囲にはハルセスの配下であるハヤブサ頭の鳥人が周囲を警戒するように飛んでいる。
その空船の後ろを自分とトトナはキマイラに乗り飛んでいる。
空は青く、日差しが強い。
もっとも魔法で防御しているので問題はない。
「あのトトナ。そんなに密着されると……」
自分は後ろでしがみ付いているトトナに言う。
トトナはいつもの分厚いローブ姿に戻っている。
しかし、密着されるとその服の下隠された膨らみの感触を背中に感じてしまう。
このままだと股間が大変な事になるだろう。
少し離れてもらわないと困る。
自分は振り向きトトナの方を見ながら言う。
「どうしたのクロキ?私達は夫婦も同然。くっつくのは当然」
そう言うトトナの顔はいつもの通り無表情だ。
しかし、どこか自分の反応を楽しんでいるように見える。
「あのトトナ。今はメジェドなのですが……」
今はメジェドの姿だ。
もちろん白い布の下には腰巻を巻いている。
これで、布がめくれても、直に空気に触れされる事で世界と一体になる解放感を味わう変態と誤解されなくてすむ。
自分は変態ではないので、当然腰巻を身に付ける。くせになる事は無いはずだ。
そう強く言い聞かせる。
「大丈夫。勇者達は先頭だから、ここから離れている。本当の名を言っても聞こえない」
確かにトトナの言う通り、レイジ達と離れている。
普通なら、この距離だと聞こえないはずだ。
しかし、この世界では自分達の身体能力は高くなっているので油断しない方が良いと思う。
「ですが、トトナ。油断はしない方が……。自分の正体がバレると面倒な事になります」
「わかっている。でも今だけはこうさせて」
その言葉の後、トトナが自分の背中に額をくっつけるのを感じた。
暖かい何かを感じる。
このまま空を飛ぶのも良いかと思える。
「ぐるるるる」
しかし、突然キマイラが鳴く。
「ごめんなさい。少し長く飛び過ぎた」
キマイラは少し辛そうだ。
さすがに長時間飛び過ぎたみたいだ。
そろそろ、空船に戻った方が良いだろう。
自分達が乗っていたのは最後尾の一番小さい空船だ。
これはネルが所有する空船で、船員も全て妖精猫である。
船首の部分が可愛い猫になっていて思わず和んでしまった。
「お帰りにゃん。トトナん」
空船に戻るとネルが自分達を出迎えてくれる。
彼女の執事であるヴァロンも一緒だ。
本来ならネルもハルセスと同じくアルナックに残らなければならなかった。
しかし、危険な行為はせずに危なくなったらすぐに帰還する事を条件にセクメトラは彼女が行く事を許した。
「何か忙しそうだけどどうしたの?ネル?」
トトナの言う通りだった。
船員の上着を身に付けた妖精猫達が何か慌てている。
「それが大変なのにゃん!!大きな砂嵐が近づいているのにゃん!!」
ネルが慌てた声を出す。
「砂嵐が?この船は大丈夫なの?」
「それは……。わからないにゃん。ヴァロンは規模によってはこの船は耐えられないと言ってたにゃん」
どうやら、まずい状況のようだ。
「トトナ様!!お戻りになられましたか!!先程ハルセス様の使いが来まして!!この船をハルセス様の船に収容するとの事です!!」
執事である黒猫のヴァロンがこちらに来る。
ネルの空船はとても小さい。巨大なハルセスの空船に収容できるほどだ。
ハルセスの船の後部が大きく開きネルの空船が収容されて行く。
「おおっ!!よくぞ来たトトナ!!歓迎するぞ!!」
ハルセスの所に行くと両手を広げて歓迎してくれる。
トトナが来てくれた事がとても嬉しいみたいだ。
ハルセスはどう見てもトトナに気があるようなそぶりに見える。
トトナはそんなはずは無いと否定するが、どう見てもそうとしか思えない。
今までに何度かジプシールに来たがそんなそぶりは一度もなかったそうだ。
それにしてもネルはどう思っているのだろうか?
婚約しているはずなのにハルセスが他の女性を口説いても何も言わない。
それとも、ライオンのように雌同士では争わないのだろうか?
ライオンは1匹の雄に対して複数の雌で群れを作る。
そしてまた、ライオンのメスは自身が産んだ子供以外にも授乳したり、協力して養育する。
スフィンクスも同じなのだろうか?
そういえば過去にスフィンクスの女性は親友同士で同じ男の妻になりたがると聞いた事がある。
ネルは自分の横に寄り添っている。
時々抱き着くなどスキンシップが激しい。
だけど、可愛い猫に懐かれたみたいで悪い気はしない。むしろ嬉しかったりする。
「そう。ありがとう王子」
歓迎すると言われてもトトナの反応は微妙だ。
帽子を目深に被りハルセスの視線から逃れようとしている。
「やがてはレーナと共にこのハルセスの側に永遠に来るが良いぞ」
ハルセスがふっと笑う。
褐色の肌に明るい髪。全体に獅子の特徴があり、背中には大きなハヤブサの翼を持つ
しかし、ハルセスはどちらかと言えば人間の方に近く、イシュティアの息子だけあって、美男子だ。
もっともレイジやアルフォスに比べると三枚目だろう。
「ハルセス王子。冗談はそこまでにして欲しい。今は砂嵐の対策を聞きたい」
トトナはそっけなく返す。
「それならば問題はない。あのいけ好かない勇者が何とかするだろう」
「光の勇者が?」
「ああ、その通りだ。奴め新たな力を手に入れたようだからな。俺に任せておけと言いおった」
ハルセスが悔しそうに言う。
「そう……。勇者が新しい力を」
「そうだ。だが、それよりも、どうだトトナ。それまでハルセスと共にここで茶でも飲まぬか?」
「王子。お誘いはありがたい。だけど、レーナの勇者が手に入れた新しい力が気になる。彼は一番前の船にいるはず。会いに行く」
ハルセスの返事を待たずにトトナは移動する。
空船同士の距離は離れているが飛翔の魔法を使えば移動する事は簡単だろう。
「待ってにゃあ!!トトナん!!」
自分もネルもトトナの後を追う。
「待てトトナ!!奴に会いに行くだと?!!それはいかん!!もし行くのなら!!このハルセスも共に行こう!!」
最後にハルセスがトトナの後を追う。
こうして結局全員が行く事になった。
◆黒髪の賢者チユキ
私は遠視の魔法で空船から砂嵐を見る。
黄土色の煙が空へ立ち上り渦巻いている。
今はまだ遠いが、このまま進めばやがて空船は砂嵐に飲み込まれるだろう。
「これはすごいわね。レイジ君。もちろん大丈夫なのでしょうね?ハルセス王子に大見得を切ったのだから」
私は船首に立ち砂嵐の方角を見るレイジに声を掛ける。
「もちろんだ。チユキ。出来ない事は言わないさ」
レイジはこちらを振り返らずに言う。
しかし、不敵な笑みを浮かべているに違いない。
「まあ、レイジなら大丈夫だわ。上位精霊の力を使うつもりなのでしょう?レイジ?」
「ああ、そのとおりだ。イシュティア。俺に力を貸してくれる精霊なら砂嵐ぐらい打ち消してみせる」
レイジがそう言うとイシュティアが笑う。
私が眠っている間に黄金のピラミッドへと行って上位精霊の力を得たらしい。
2人の距離が近いような気がする。
そんな事を考えていると誰かがこちらに来る。
トトナとネルとハルセスに、そして天敵だ。
「やあ、トトナ。来てくれたのかい?うん?!!」
トトナの顔を見て笑おうとしたレイジがハルセスに気付き、微妙な顔になる。
ハルセスはハルセスで機嫌が悪そうだ。
本当は来たくなかったのかもしれない。
争いにならなければ良いが。
「あら?ハル君が来るなんて珍しいわ。ふふ、レイジが気になるのね。良いわ。とても良いわ。男が争う姿はとても見ていて楽しいもの」
イシュティアは楽しそうだ。
実の子供でも、容赦がない。
それを見てハルセスが複雑そうな顔になる。
「ふん!!それよりも砂嵐の様子はどうなのだ!!」
ハルセスが偉そうに言う。
「王子。落ち着いて、今魔法の映像で映し出す」
トトナがそう言うとハルセスがぐっ!!と呻き声を出して黙る。
トトナが呪文を唱え、魔法の映像を作り出す。
映像で黄土色の煙が吹き荒れている。
やはり、かなり大きい。
「あれ?今何か砂嵐の中に見えない?」
映像を指差す。
砂嵐の中に細長い影らしきモノが見えたのである。
何だろう?
「あれは、おそらく大砂蟲。今回の砂嵐は大砂蟲が原因だと思う」
「大砂蟲?って言うと流砂の原因になると言われる巨大な芋虫のあれの事?初めて見たわ」
「そう黒髪の賢者。あれ程大きく成長した大砂蟲は初めて見る」
大砂蟲の事は本で読んだ事がある。
大砂蟲は砂漠の地下を移動する巨大な蟲だ。
生態はよくわかっていないが、小さい物でも10メートルを超え、大きい者だと1つの都市を飲み込む程だと聞く。
この巨大な蟲は食事をする時に周囲にある砂と一緒に周りの生物を吸いこむのである。
その時に流砂が起こる。
突然砂が流れ始めたら、大急ぎでその場から離れなければ大砂蟲に吸い込まれてしまうだろう。
そして、この大砂蟲のもう一つの特徴として一定量の砂を飲み込んだら、一斉に吐き出すのである。
その時に砂嵐が起きるのである。
「あれ程大きく成長した大砂蟲なら3日は砂を吐き出すかもしれない。光の勇者レイジ、貴方に何とかできるの?」
その言葉に驚く。
3日間砂を吐き出すと言う事は、3日間砂嵐が治まらないと言う事だ。
トトナがレイジをじっと見ている。
トトナはいつも無表情なので、感情が読みにくい。
「ああ。もちろんだ。トトナ。俺が何とかしてみせる」
レイジが不適な笑みを浮かべる。
「その言葉に偽りはないだろうな?!!光の勇者!!!!もし何も出来なければ!!!その命をもらうぞ!!」
「ちょっとハルセス王子!!!」
思わず叫んでしまう。
「いいんだチユキ!!王子!!失敗したら、この命くれてやるよ!!」
そう言うとレイジが船の進行方向を見る。
しばらくすると、魔法を使わなくても、巨大な土煙が上がるのが見える。
土煙は徐々に大きくなり近づいて来る。
このままでは飲み込まれるだろう。
その場にいた全員がレイジを見る。
「舞い上がり!!光り輝く者よ!!俺の呼び声に応えよ!!光翼の主ベンヌ!!」
レイジが叫ぶと空船の上空に輝く巨大な鳥が現れる。
光の上位精霊ベンヌ。
その名は鮮やかに舞い上がり、そして光り輝く者を意味する聖なる鳥だ。
伝承では太陽を始まりの丘で抱きしめて誕生させたと言われている。
太陽のごとく輝きを持つ聖鳥ベンヌが羽ばたくと光の膜が3隻の空船を覆う。
間をおかず砂嵐が空船を襲う。
しかし、光の膜が砂嵐から空船を守る。
あたりが黄土色に染まり周囲が見えなくなる。
「ベンヌ!!!」
レイジの呼び声に応えベンヌが羽ばたく。
光の波動が砂嵐を打ち消していく。
砂嵐が消えた後に残ったのは天にも昇るように立つ巨大な芋虫だ。
この巨大な芋虫こそが大砂蟲なのだろう。
大砂蟲の体に開いた小さな穴からは砂が吹き出している。
しかし、そのたびにベンヌの羽ばたきが砂を吹き飛ばす。
大砂蟲の頭の所の穴には多数の触手がぬめぬめと動いている。
「うわっ!!気持ち悪!!」
私は思わず叫んでしまう。
それぐらい大砂蟲の姿は不快だった。
「放て!!輝火の光翼!!」
再びレイジの呼び声に応えベンヌが羽ばたく。
ベンヌの翼がさらに輝く。
とても眩しくて、大砂蟲を見るのがやっとだった。
大砂蟲が光の翼に飲み込まれ、消えていく。
やがて光が消えると大砂蟲の姿はどこにもなかった。
「ありがとうよ!!ベンヌ!!」
レイジがそう言うとベンヌの姿が消える。
「さすが、やるわね!!レイジ!!光の上位精霊を使いこなすなんて!!私が見込んだ男なだけあるわ!!」
イシュティアが嬉しそうだ。
「貴様の力では無いぞ!!ベンヌの力が凄まじかっただけだ!!それを忘れるな!!」
それに対してハルセスは悔しそうである。
まあ、自分が呼び出せない上位精霊をレイジが使う事ができたのだから悔しがるのも当然だ。
「どうだい、トトナ?俺の力は?」
レイジはハルセスを無視してトトナを見る。
何かを期待しているようにも見える。
「なるほど……。確かにその力を見せてもらった。レーナの勇者」
そう言うトトナの表情を見て私は疑問に思う。
彼女は普段から無表情で感情がわからない。
だけど、何となくだけど不安そうに見えたのだった。
サンドワーム!!サンドワーム!!( ゜∀゜)o彡°
鳥取県のロゴが入った巨大サンドワームを見て、これは砂漠編で絶対出さないといけないと思いました。
光の上位精霊は色々と候補がありましたが、エジプトなのでベンヌにしました。
活動報告もこまめに書こうと思います。
連休中にもう一話更新できるよう頑張ります。