猫の王女と獅子の女王
◆黒髪の賢者チユキ
遠視の魔法を使うと砂煙を上げて戦車軍団が近づいて来るのが見える。
おそらく、アルナックから来た軍勢だろう。
そのほとんどが犬人の戦士達である。
上空にはハヤブサの頭を持つ鳥人達が戦車の速度に合わせて飛んでいる。
「戦車達の後ろに隠れて、変な生き物がいるな」
私の隣で目を凝らして見ているレイジが言う。
レイジの言う通り、確かに戦車軍団の後ろに戦車とは違う巨大な生物が走っているのが見える。
その生き物を表現するなら、獅子の鬣を持った鰐である。
その鰐は鰐のような手足ではなく、前脚は獅子で、後ろ脚は河馬に見える。
鈍重そうに見えるが、戦車軍団と同じ速度で走っている所を見るとかなり速いのだろう。
「あの鰐の頭を持ったのは獣はアメミット。大丈夫、襲ってくる事はない」
私達の後ろにいるトトナが説明する。
「アメミットっていうと、罪を犯した者を食べるっていう噂のある。あのアメミットなの?」
私が聞くとトトナが頷く。
「そう。黒髪の賢者チユキ。そのアメミット。ただし、それは噂ではない真実」
アメミットは頭は鰐、鬣と上半身が獅子、下半身は河馬に似ている魔獣だ。
その名前は「貪り食うもの」を意味する
裁判にて罪ある者をその魂ごと貪り喰らうと噂されている。
喰われた魂は二度と転生できず永遠の破滅を意味する。
「なるほど。それからトトナちゃん。そのアメミットの上に乗っているのは誰だい?」
レイジがトトナになれなれしくトトナを呼ぶ。
「あれはネルフィティよ。ジプシールのお姫様。トトナちゃんの友達よ」
代わりに答えたのはイシュティアだ。
「ジプシールの姫?それならハルセスの姉か妹なの?つまり貴方の娘なの?」
「それは、違う。黒髪の賢者チユキ。ネルはハルセスの従姉妹。イシュティア様の娘ではない」
トトナがそう答えた時だった。
「トトナーーん!!!無事かにゃー!!!!!」
大きな声が聞こえる。
遠くにいた戦車軍団がようやくたどり着いたみたいだ。
後ろにいたアメミットか戦車を追い抜いて、こちらに来る。
近くで見るとアメミットはかなりでかい。
巨大ナイルワニのギュスターヴと同じくらい大きいかもしれない。
アメミットは辿り着くと、その手前で止まる。
「トトナん!!!」
アメミットの背から小さな人影が飛び降りてトトナに抱きつく。
おそらく彼女がネルフィティなのだろう。
褐色の肌をした白い髪をした人間の14、5歳のぐらい少女に見える。
ただし、人間と違い白い髪からは猫のような耳が生えて、白い装束のお尻の所から白い毛並の猫の尻尾が生えている。
背中に翼が生えているが、飛ばずにアメミットに乗っていたので、飛ぶのは好きでは無いのかもしれない。
少女は白い衣装に黄金の飾りを体中に身に着けている。
まさしく、お姫様みたいだ。
「久しぶりにゃあ!!トトナん!!会いたかったにゃあ!!」
「久しぶりネル。私も会いたかった」
おお、今まで表情を変えなったトトナが笑っている。
なんだか珍しいものを見た気がする。
「おおっ!!それにしてもトトナん!!何だかすごいのを連れているにゃあ!!」
ネルがトトナから離れると後ろにいるキマイラを見上げる。
「この子はクロア。貴方のアムと仲良くして欲しい」
トトナがクロアと呼ぶキマイラの首を撫でる。
アメミットが現れた事で警戒していたキマイラの敵意が下がったような気がする。
それにしてもクロアは女の子の名前だ。
鬣があるけど、このキマイラは雌なのだろうか?
「わかったにゃあ。アムちゃん。仲良くするにゃあ」
ネルもまたアメミットの首を撫でる。
「姫様。トトナ様とはそれくらいで」
アメミットに続きたどりついた戦車からジャッカルの頭を持つ者が降りてくる。
「そいつは御免にゃあ。イスデス」
ネルが謝るとトトナから離れる。
イスデスと言う名は聞いた事がある。
ジャッカルの頭を持つジプシールの黒い軍神イスデス。
犬人はもちろん、他の種族のジプシールの戦士達から崇められている存在だ。
「お久しぶりです。イシュティア様にトトナ殿。ご無事ですか?マート殿から連絡を受け、もしやと思い、迎えに来たのですが間に合わず、申し訳ございません」
イスデスが頭を下げる。
「別に構わないわ。全員無事なのだから。久しぶりねイスデス。それにしても、こんなところまでアポフィスの蛇達が現れるなんて、どうしたの?ジプシール自慢のピラミッドの結界は破られたのかしら?」
「ぐっ!!それは!!ここでは説明が難しいと言いますか……」
イスデスが言葉につまる。目がこちらをちらちらと見ている。
どうやら私達がいては話しにくいようだ。
「イシュティア様。そちらの方々は?容姿から見てエリオスの者のようですが?」
「ああ、彼は光の勇者レイジよ。噂は聞いた事があるでしょう?そして、横にいる黒髪が綺麗なのが、仲間である黒髪の賢者チユキよ」
イスデスの問いにイシュティアが私とレイジを紹介する。
「なんと?!!この者があの噂の……」
イスデスが微妙な顔をする。
あまり、良い噂ではないみたいだ。
まあ、仕方が無いだろう。レイジはこのジプシールのハルセスをブッ飛ばした。
イシュティアがいなければ敵と見做されていたかもしれない。
そして、次にトトナの方を見る。
「それから、トトナ殿。その後ろにいる者は?」
イスデスは厳しい表情でトトナの後ろを見る。
「イスデス卿。大丈夫。このキマイラは私の支配下にある。暴れる事はない」
トトナがキマイラの首を撫でて危険は無い事をアピールする。
「いえ、そちらでは無く。その白い布を被った面妖な者なのですが……」
イスデスがメジェドを見る。
その目は怪しい者を見る目つきだ。
無理もない。
メジェドはトトナの後ろに隠れているが、その怪しい存在感は凄まじい。
イシュティアは彼を魔法生物か何かと思っているみたいだけど、あのブルルルンの生生しさから言って、魔法生物ではないと思う。
「彼はメジェド。怪しい者ではない」
「異議あり!!!!!!!」
ビシッっとメジェドを指差す。
全員の視線が私に集まる。
しまった!!!
つい、やってしまった。
トトナは怪しく無いと言うがどう考えても怪しさ120%である。
「どうしたんだチユキ。気持ちはわかるが……。いつもと何か違うな」
レイジが意外そうな目で私を見る。
「うう……」
私は赤くなって俯く。
実は先程から彼のブルルルンが頭から消えない。
そのため、まともにメジェドを見る事ができない。
助けてくれたのは感謝するけど、何なのだろうこの生ものは?
「申し訳ございませんがトトナ様。賢者殿も異議を述べられています。ですので、その者を調べさせて欲しいのですが?取りあえず、その布を取っていただきましょうか」
イスデスがメジェドに近づく。
「「それは駄目!!!」」
私とトトナの声が重なる。
「「「「えっ?」」」」
再び全員の視線が私に集まる。
「どうしたんだ?チユキ?トトナちゃんが言うのはわかるが?どうして止めるんだ?」
レイジが心配そうに言う。
イシュティアやイスデスにトトナも意外そうな目を私に向けている。
「えーっと……。それは……。危険……。そう危険だからよ!!!」
だって、今布を取ってしまったら、ブルルルンがポロリとしてしまう。
それは危険だ!!危険すぎる!!!!
「危険?確かに奴からは何か危険な物を感じる。まるで……。いや、まさかな……」
まさか、レイジから同意してもらえるとは思わなかった。
それにしても「危険なモノを感じる」とレイジは言う。
まさか、自分よりも大きい○○○を感じ取る能力があるとは思わなかった。
それとも男性は全員その能力があるのだろうか?
て?!!何を考えてる!!!私!!!!
「ちょっと待つにゃあ!!イスデス!!この白い怪しいのはトトナんの従者にゃ!!トトナんが怪しくないと言っているのに!!なぜ疑うのにゃ」
ネルが大声を出してメジェドを擁護する。
しかし、ネル自身が怪しいと言っているので説得力が全くない。
「しかし、姫様……」
なおもイスデスは食い下がる。
すると、イシュティアが前に出る。
「ねえ、イスデス。そろそろ、良いのじゃない?いい加減にアルナックに向かいましょう。何時までもここにいる訳にはいかないでしょう?」
「し、しかし。イシュティア様……。危険ならばなおさら、アルナックに入れるわけにはいかないのですが……」
「そんな事を言ってもしょうがないでしょ。それにレイジに貴方がいるわ。だから大丈夫よ。それとも、自信が無いの」
イシュティアがそう言うとイスデスが黙る。
「そこまで言うのでしたら、わかりました……。仕方がありません」
イスデスがしぶしぶ了承するとトトナがほっとした表情を見せる。
メジェドが腰をふりふりする。もしかして喜んでいるのだろうか?
しかし、その動きは怪しすぎる。
「決まりね。それじゃあ行きましょうか」
私達は壊れた空船をイスデスの巨大な戦車に結ぶ。
巨大な戦車は戦車と言うよりも巨大な馬車と言うべきで、金属製の七頭のゴーレム馬が引くので、空船を引かせても問題無く走りそうだ。
「それにゃら、ネル達は先に行くにゃあ。行こうトトナん」
「ええ、ネル。それではイシュティア様。アルナックで会いましょう」
トトナとメジェドがキマイラに乗り。ネルの乗るアメミットと並んで走る。
アメミットは空を飛べないので陸路を行くみたいだ。
それに合わせるように鳥人達が飛ぶ。
おそらく、イスデスの命令だろう。
鳥人達から緊張感がただよう。
それだけ、警戒しているのだろう。
遅れて私達も出発する。
巨大な戦車に引かれて空船は砂の上を進む。
しばらく、すると巨大な建造物が見えてくる。
「うわあ!!ピラミッドが金色に輝いてる!!」
思わず声が出る。
ジプシールの防衛の要であるピラミッドはここに来るまでに幾つか見たけど、黄金に輝いているのは初めて見る。
隣にいるレイジも驚いている。
「アルナックを守る黄金のピラミッドよ、レイジにチユキ。あのピラミッドを過ぎるとアルナックの領域に入るわ」
イシュティアが説明してくれる。
「すごいな。それに黄金に輝くスフィンクス像もあるな」
レイジの言う通り、黄金のピラミッドの横には巨大なスフィンクス像がある。
「あれは、ピラミッドを守るゴーレムよ。許可なく近づくと攻撃してくるから気を付けてね」
「うっ……。それは残念。近くで見てみたかったのに」
イシュティアの言葉に落胆する。
「落胆はする必要は無いと思うぜ、チユキ。許可があれば見る事は可能なら、許可を貰えば良いさ」
レイジが私を慰める。
「そうね。レイジ君。ねえ、イシュティア。お願いしても良いかな?」
「良いわよ。頼んでみるわ」
イシュティアがうふふふと笑う。
黄金のプラミッドを過ぎると砂漠の砂が金色に変わる。
砂金で出来た黄金の砂漠だ。
夜が明けて朝日に照らされてキラキラと輝いている。
「見えたわ。あれが黄金の都アルナックよ」
イシュティアが指し示す先に黄金に輝く宮殿が見える。
宮殿は巨大で小さな人間の都市よりも大きいだろう。
戦車軍団が巨大な門に入る。
するとそこは緑の楽園である。
綺麗な水が流れ、花が咲き乱れている。
宮殿の中にこれほどの庭園を造る事に改めて驚く。
戦車が止り、私達は空船から降りる。
「お待ちしておりました。イシュティア様。陛下がお待ちになっております」
スフィンクスの女性が飛んで来てイシュティアに頭を下げる。
おそらく、アルナックの女官だろう。
その横には私達が乗って来た空船よりもさらに小さな空船が宙に浮かんでいる。
これに乗れと言う事なのだろう。
私達が全員乗ると、スフィンクスの女官に先導されてアルナックの奥へと進む。
やがて黄金に縁どられた、巨大な白い門へとたどり着く。
おそらくはこの先に謁見の間があるのだろう。
空船が止る。
「お客様。ここからは自身の足でお願いします」
女官に促され、空船を降りると巨大な門が開く。
思った通り謁見の間だ。
広い部屋の奥、少し高くなっている所にハルセスが立っている。
彼は睨みつけるようにレイジを見ている。
しかし、レイジは涼しい顔だ。
中に入ると、そこには先に来たトトナとメジェドが立っている。
その横に私達は立つ。
周囲を見るとスフィンクスに獣の頭を持った者達が脇に立っている。
おそらく、獣の頭を持った者達はジプシールに属する神族達だろう。
その獣神達は興味深そうに私達を見ている。
「貴様!!よくも!!ぬけぬけと顔を出せたな!!」
ハルセスが高い場所から私達を睨む。
やっぱり、怒っている。
もしかして、やばい状況なのかもしれない。
隣のイシュティアを見る。
ハルセスの母である彼女ならば彼を止められるかもしれない。
だけど、イシュティアはハルセスを見ていない。
視線はハルセスの後ろを見ている。
「静かにしなさいハルセス」
ハルセスの後ろから声がする。
声を出したのはハルセスの後ろ、長椅子に横たわっている女性である。
女性は声を出すと起き上がり、ハルセスの横へと行く。
褐色の肌に白い髪、獣の耳に尻尾、背中からは翼が生えている。
彼女の横に控えているネルフィティに似ている。
しかし、ネルフィティが猫なら彼女は獅子だ。
威圧感が全く違う。
そして、その佇まいは女王のようである。
獅子の女王と呼ぶべきだろう。
「しかし、叔母上。この者は……」
「この者達を知っているのか?ハルセス?話ではこの者達はここに来るのは初めてのはずじゃ?そう言えばハルセスよ。そなたは、つい最近ジプシールを抜け出したな。理由は何じゃ?」
獅子の女王がハルセスを睨む。
「ええっと?それは……。ただ、ちょっと外に出たかっただけです。特に理由は……」
ハルセスがしどろもどろに答える。
もしかすると、獅子の女王はハルセスがレイジと戦った事を知らないのかもしれない。
「そうか、未だにあの女を追いかけているのかと思ったのじゃが?わらわの勘違いだったようじゃな。そなたには既に側室が何名もおる。そして、将来は我が娘ネルフィティが正室となる予定じゃ。あの女を妻に求める必要は無い。当然じゃな」
「ハハハ、当然ですよ叔母上」
ハルセスは笑うが顔が引きつっている。
よく見ると奥にいるネルが微妙な顔をしている。
ハルセスとの婚約を良く思っていないのかもしれない
「それならば良い。しかし、支配者の身でありながら、勝手に軽々しくジプシールを抜け出したのは許せん。後で教育じゃな」
「ひーーーーー!!!!!叔母上!!それだけは!!!」
ハルセスの顔が恐怖に染まり声を上げる。
しかし、獅子の女王がギロリと睨むと急に大人しくなる。
どうやら、ジプシールを敵に回さなくても良さそうだ。
その後、獅子の女王がようやく、こちらを見る。
「さて、久しぶりじゃな。イシュティア。それに光の勇者レイジに黒髪の賢者チユキだったかな。先に来たトトナから聞いておる。よくぞ、このアルナックに来た。わらわの名はセクメトラ。覚えておくがよいぞ」
そう言って獅子の女王セクメトラは笑うのだった。
アルナックの語源はエジプト神話の天国アルルとカルナックから。
アメミットことアーマーンは某ゲームだと鰐だけど、原点だと鬣があるよね?
ジプシールの真の支配者は獅子の女王セクメトラ。スフィンクスの女王。
ちなみにセクメトラとネルが白い髪なのは密林マーニュスからだったりします。パンジャパンジャ(≧∀≦*)
HJ文庫の1次選考に入っていました。やったねヾ(*・∀・)/
でも2次で落ちそう……。
最後にレイジ達が異世界に来る前後の話を書いてという感想がありました。
書いた方が良いでしょうか?