蛇との遭遇
◆異国の魔姫チユキ
私達は小さな空船に乗りギプティスからアルナックへと向かう。
空船はギプティスの王であるマートから借りたものだ。
この空船は小さいと言っても、大陸を横断できるイシュティアやレーナの空船に比べれば小さいだけであり、私達やイシュティアに加えて侍女を乗せても、まだ余裕があるくらいに広い。
ただし、小さいためか高く浮かばず、地上から1メートル上空を飛んでいるだけだ。
船は夜の砂漠を進む。
時刻は夜だけど星明かりがあり、砂漠を照らしているので暗くない。
小さな空船には屋根が無く、周囲の景色を遮るものは何もない。
「どうやら、何も無いみたいね。レイジ君」
「そうだなチユキ。何もいないみたいだ」
レイジが私の言葉に頷く。
マートの話ではアルナックへの道は危険だという話だが、見渡すかぎり砂の海で誰もいない。
どうやら、マートの心配は杞憂に終わったようだ。
「そいつは、どうかな……。なんだか嫌な予感がするんだよね……」
突然、後ろから声がする。
後ろにいたのは猿顔の少年神ピスティスだ。
いつの間に後ろにいたのだろう?
そもそも、船に乗っていなかったはずだ。
「どういう事なの?ピスティス、説明しなさい」
「う~ん。何ていうか、ざわざわするんです、イシュティア様。危険が近づいているような気がするんですよ」
イシュティアの問いにピスティスは説明する。
ピスティスのお尻から伸びる猿の尻尾が不安そうに下に垂れ下がっている。
本当に何かが近づいているのかもしれない。
だけど、私の魔法には何も引っかからない。
どういう事だろう。
「そう、何かが近づいているのね。あのアルを手こずらせた貴方の危機感知能力。信用するわ。全員周囲に注意を払いなさい!!」
アルと言うのは知恵と勝利の女神であるレーナの兄である歌と芸術の神アルフォスの事だろう。
神話によると、いたずら好きの猿神ピスティスはアルフォス神に捕えられた。
その時にピスティスはアルフォスの側にいたイシュティアに慈悲を願った。
イシュティアはピスティスの願いを聞き、アルフォスにピスティスを許すように頼んだ。
その頼みを断れず、アルフォスはピスティスを許す事にしたのである
それ以来ピスティスはイシュティアに従属する神となった。
イシュティアの言葉に猫人の侍女達が腰の剣を抜く。
全員がイシュティア信徒が持つ武器である曲刀を持っている。
このあたりは人間と変わらないみたいだ。
「全員気をつけろ!!何かが来るぞ!!」
レイジが叫ぶと突然前方に砂煙が上がる。
砂の柱から何かが高速で出て来る。
出てきたのは長い槍を持った1人の男。
「イシュティア!!俺と一緒に来てもらうぜ!!」
男は槍を掲げ、そのままイシュティアに向むかう。
それに対してイシュティアは座ったまま避ける気配が無い。
「させるか!!」
レイジが素早く剣を抜くと男に向かって飛ぶ。
キンという金属音とともに強い衝撃波が走る。
猫人の侍女が慌てて空船を止める。
空中でぶつかった2人の男が砂の上へと着地する。
「へえ!!俺様のピサールの毒槍を防ぐとはやるじゃねえか!!色ボケ女の腰巾着のくせによう!!」
男がにいっと笑って、レイジに槍を向ける。
赤い髪に赤黒い肌。剥き出しになった上半身には無駄な肉が無く引き締まっている。
一見男は普通の人間のように見える。
しかし、金色に光り輝く瞳から強力な魔力を感じる。
笑った口から出た舌は長く二股に分かれている。
「奇襲で女性を襲う卑怯者に負けるわけがないだろう!!来るなら堂々と来い!!」
レイジが笑いながら両手に2本の剣を構える。
「ああ!!そうかい!!なら行かせてもらうぜ!!」
赤い髪の男が槍を振り回し怒涛の突きを繰り出す。
レイジはその槍を2本の剣で全て防ぐ。
「はあっ!!」
「何ッ?!!」
レイジが一瞬の隙を突き、間合いを詰めて相手の胸を斬り裂く。
男が後ろに跳びレイジから距離を取る。
男が胸を押さえる。
押さえた所から血が見える。
「まさか俺様に手傷を負わせるとはな!!何モンだ手前?!!!」
男は何故か嬉しそうだ。
戦うのが楽しいのかもしれない。
瞳の輝きが強くなる。
何かの邪視の能力でもあるのかもしれない。
「誰かに名を尋ねる時は、まず、そちらから名乗ったらどうだ」
レイジは剣を向けて同じように叫ぶ。
「確かにそうだな!!俺の名はダハーク!!蛇の王子とは俺の事さ!!さあ手前も名乗りやがれ!!」
男が名乗ると侍女達から驚きの声が出る。
もしかして、有名なのだろうか?
「まさか、蛇の王子が出て来るなんて。こいつはビックリだ。てっきりアルフォスにやられて死んだと思っていたのに生きていたとはね」
「知ってるの?ピスティス」
何故いるのか疑問に思ったが、それは黙っておいてピスティスに聞く。
「あれは蛇の女王の息子だよ。お姉さん。蛇の王子ダハーク。ジプシールの南、アポフィスの地を支配する蛇神さ」
「蛇の女王の息子!!?何でそんなのがここにいるのよ!?」
蛇の女王はエリオスの敵だ。
そして、エリオスの女神レーナに召喚された私達の敵でもある。
それが何故ここにいるのだ?
ここはジプシールの地だ蛇の女王の支配領域では無い。
「それはオイラも驚きだよ。まさか、蛇の王子がこんな所まで侵入してくるなんてね」
ピスティスはおどけた表情だけど、どこか顔が強張っているような気がする。
彼にとっても予想外の出来事のようだ。
「俺は光の勇者レイジだ。覚えてもらおうとは思わないが名乗っておく」
レイジが名乗るとダハークがニヤリと笑う。
「へえ手前が光の勇者か?それなら聞いた事があるぜ。暗黒騎士にぼろ負けした弱っちい奴だと聞いていたが、ここまでやるとはな」
「……そいつはどうも」
暗黒騎士にぼろ負けしたと言われたためか、レイジの声が少し震えている。
「いくぜ!!光の勇者!!」
名乗り終えた両者が再び刃を交える。
目で追うがやっとの剣と槍が繰り出される。
しかし、呑気に一騎打ちをさせておくのは馬鹿らしい。
「レイジ君に加勢するわ」
私は杖を取り、レイジの所に向かおうとする。
「駄目だよ。お姉さん。奴だけだとは限らない。まだ、何かいる気がする。オイラ達がイシュティア様の所から離れるのを待っているんだよ」
ピスティスが呼び止める。
「えっ嘘?」
相変わらず私の魔法では何も反応が無い。
そういえば、ダハークの存在にも気付か無かった。
レイジも近づくまで気付かなかったみたいだ。
だとすれば、何らかの方法で感知が阻害されているという事だ。
背中に冷や汗が出る。
魔法が阻害されていたら、私は感知能力が無いに等しい。
一緒にいる猫人の侍女達よりも劣るかもしれない。
「そこだ!!」
ピスティスが空船に置かれていた杯を投げる。
「きゃああ!!!」
叫び声と共に砂の中から何かが出てくる。
姿を現したのは下半身が蛇の女性。
ラミアだ。
ラミアは下半身が蛇の尾の魔物である。
蛇の女王ディアドナの眷属で、かなりの魔力を持っているはずだ。
そして、出てきたのは一匹だけではない。
隠れていた事がバレたので全員が出てきたみたいだ。
出てきた女性の全員の下半身が蛇で、全員が槍や弓で武装している。
「ラミア?それにゴーゴンもいるみたい。まずいわゴーゴンは石化の邪視を使ってくる!!」
下半身が蛇の女性達の中に髪の毛が蛇になっている者がいる。
間違いなくゴーゴンだろう。
ゴーゴンはラミアと同じく下半身が蛇だけど、髪が蛇になっている恐ろしい魔物だ。
石化の邪視を持ち、その見た者を石に変える。
魔法抵抗が高い私やイシュティアは大丈夫かもしれないが猫人達が危険だ。
「大丈夫よチユキ。ピスティス。ゴーゴンの邪視を封じなさない!!」
「おまかせを。イシュティア様」
そう言うとピスティスの体が徐々に変化する。
腕が四本になり毛深くなる。
その姿は猿だ。
おそらく、これが本当の姿なのだろう。
六指、四腕の猿神。それが、ピスティスの正体だ。
彼はどうやって邪視を封じるのだろう?
小神とはいえども神だ。
おそらく、すごい秘術を持っているに違いない。
そんな事を考えているとピスティスが突然下半身を露わにする。
おち〇ち〇が丸出しだ。
私の思考が突然固まる。
「ほーら、これを見てよ。ゴーゴンのお姉さ~ん」
ピスティスが下半身を露出してゴーゴン達に突撃する。
えっ?何やってんの?
開いた口が塞がらない。
「きゃー!!いやーん!!」
「ばかー!!!」
「いやー!!変態!!」
「なんてもの見せんのよ馬鹿ー!!」
しかし、効果はてきめんだ。
ゴーゴンの女の子達は目を覆い邪視が使えなくなる。
そういえば邪視にはファリックチャーム、つまり陽根の魔除けが有効だった。
「うふふ。石化能力を持つために男から相手にされないゴーゴンの娘達には刺激が強すぎたみたいね」
「あっ……はい……」
イシュティアの言葉に乾いた返事をする。
いくら、ファリックチャームが有効とはいえセクハラにしか見えない。
ゴーゴンの女の子達は最低な攻撃から逃げ惑う。
ラミア達もゴーゴンがそんな状態だから、こちらを攻めあぐねているみたいだ。
邪視を封じる事ができたみたいだけど、何だかなあ……。
むしろ、ゴーゴンの女の子達を応援したくなる。
直ぐ近くではレイジとダハークの緊迫した戦いが繰り広げられているのにだ。
落差が激しすぎる。
「あなたは平気みたいねチユキ。見慣れているのかしら?」
「見慣れてません!!」
イシュティアの言葉に顔が赤くなるのを感じながら反論する。
断じて見慣れてなどいない。
まあ、過去に偶然レイジの裸を何度か見た事がある。
レイジはナオと一緒で風呂上りに裸でうろつく事がある。
もちろん、注意するが2人とも聞く耳を持たないので、そのままだ。
そのため、一緒に旅をしているとたまに目にしてしまうのだ。
しかし、見慣れているというわけではない。
そのため、ピスティスを見て顔が赤くなってしまう。
イシュティアはそんな私を面白そうに眺めている。
全く馬鹿にして。
ピスティスの粗末なモノ程度で驚くものかバカバカしい。
レイジのブルンに比べたら、ピスティスのはプルンと可愛いものだ。
私はうんうんと頷く。
「チユキ!!何かが近づいているわ!!避けなさい!!」
突然イシュティアが大声を出す。
「ほへ?」
我ながら間抜けな声が出る。
そして、気付いた時には遅かった。
私達の乗っていた船の真下の砂から何かが吹き出してくる。
船が横倒しになる。
動きの良いイシュティアと猫人の侍女達が船から飛び降りるのが見える。
しかし、そんな中、私だけは逃げ遅れる。
突然、砂の中から出てきた巨大な手が私を掴む。
「きゃあ!!」
思わず悲鳴が出る。
すごい力だ。
手の持ち主が私を引き寄せる。
そこで、手の持ち主が何者なのか知る。
手の持ち主は身の丈6メートルを超える巨人だ。
その両足の太ももから下が蛇の尾になっている。
「嘘?!!大地の巨人?!!!」
大地の巨人は天空の巨人と並ぶ上位の巨人の一種である。
特徴として両足が蛇になっているので見分けやすい。
そして、上位の巨人はその腕力において神族に匹敵する。
まさか、こんなデカブツが近づいて来ているのに気付かないなんて。
「苦しい……」
大地の巨人が私を強く握る。
私は魔法で握りつぶされないように体を硬くして、全力で抵抗する。
しかし、片手だというのに大地の巨人の握力は凄まじい。
このままだと脱出するのは難しい。
助けを呼ぼうにも、レイジはダハークと戦っている。
イシュティア達は新たに表れた大地の巨人達に阻まれて私に近づけない。
「女あ!!大人しくしろ!!」
大地の巨人がもう片方の手で槍を構える。
まずい!!やられる!!
そう思った時だった。
突然白い何かが飛んできて大地の巨人の頭にぶち当たる。
大地の巨人はそのまま倒れ、私はそのまま投げ出される。
「きゃああああああ!!」
悲鳴を上げると空中で誰かが私を受け止める。
そして、受け止めてくれた誰かは着地すると私を砂の上に下す。
私は上体を起こし助けてくれた者を見る。
その者は白い布を頭から被り顔を隠してる。
この変な格好をした者が大地の巨人から助けてくれたのだろうか?
はっきりいって怪しい風体だ。普段なら近づきたくない。
何者だろう?
どうして、私を助けてくれたのだろうか?
白い布を頭から被った者は私を優しげに見下ろしている。
大丈夫?と聞いているみたいだ。
「やりやがったなあ!!!何者だあ!!!貴様あ!!!!」
白い布を被った者に突き飛ばされた大地の巨人が咆哮する。
倒された事で怒ったようだ。
大地の巨人の全身から風が吹き出す。
助けてくれた何者かの布が風に揺らめく。
私は正体を見ようと目を凝らす。
「えっ?」
白い布の下は素っ裸だった。
上体を起こした私のすぐ目の前に何かがぶらんぶらんと揺れる。
一瞬それが何かわからなかった。
しかし、数秒の後にそれが何か理解してしまう。
レイジのそれよりも1回り以上も大きなそれが風に揺れている。
ありえない。
何?この大きさ?
レイジがブルンなら、彼のはブルルルンだ。
そのブルルルンが風に揺られ、私の鼻を少しかすめる。
「きゃああああああああああああああああああああああ!!!蛇がーーーーーー!!!!!巨大な蛇がーーーーーー!!!!!」
私は思わず叫び声を上げてしまった。
予定通りポロリ。
でも見せるのはチユキだけなんです。
色々と期待してた方はごめんなさいm(。≧Д≦。)mスマーン
ファリックチャームは邪視を防ぐ魔除けです。
つまりゴーゴンは〇〇〇に勝てない。
邪視には性器を見せつけるのが有効なのですよ(o・ω・o)
日本にも金精様とかあったりします。
完全に下ネタですね。でも、有名な帝都物語にもそのシーンがあるよ。
巨人の大きさなのだけど……。どれを調べても明確な大きさが書いてないや……。
後で修正するかもしれません。