ジプシールの魔術師
◆暗黒騎士クロキ
トトナと共にジプシールの地へと転移する。
転移をすると黒い部屋と出る。
足元では転移の魔方陣が未だ光っている。
黒い部屋の壁には神聖なる象形文字がびっしりと書き込まれている。
部屋の空気に熱気を感じる。
ここはすでに砂漠の国なのだ。
本当に魔法とは便利である。
「トトナ。ここが、ここがプタハ王国なのですか?」
自分はトトナに尋ねる。
ジプシールの神々が住まうのは黄金の都アルナックだ。
しかし、アルナックには防衛上の理由から直接転移することができない。
そこでトトナが転移可能であるプタハ王国からアルナックに向かう事にしたのである。
プタハ王国は人口が1万程の国であり、別名で工芸の国と呼ばれている。
なぜ、工芸の国と呼ばれているかというと、住民のほとんどが工芸の民であるドワーフだからだ。
王もドワーフが務めている。
そもそも、この国にドワーフが多いのは、この地がエリオスの神であるヘイボスに与えられたものだからだ。
実はジプシールの民の間ではエリオスの神である、ヘイボスにイシュティアにトトナも神として信仰されている。
本来なら外の神である彼らが信仰されているのは面白いと思う。
ちなみにナルゴルからは大魔女ヘルカートが医療の神として信仰されている。
蛙人が多く住むヘケト王国ではヘルカートの大神殿があるそうだ。
「そうクロキ。ここがプタハ王国。そして、魔術師協会のジプシール支部でもある」
トトナがこくんと頷く。
プタハ王国には工芸以外に魔術師協会のジプシール支部があることで有名だったりする。
知識と書物の女神であるトトナは魔術師の神でもある。
サリアで魔術師協会を創設した者の一人である大賢者マギウスは彼女の使徒だ。
創設から700年たった今でもマギウスは健在で、名誉会長として魔術師協会の運営に関わっていると聞く。
創設から700年。サリアで学んだ魔術師は世界中に広がり、互いに連絡を取り合い、各地で支部を作った。
その魔術師協会の支部がジプシールのプタハ王国にある。
「そうですか。ここが有名なジプシールの魔術師がいるところなのですね」
自分がそういうとトトナが少し驚く。
「へえ、クロキ。くわしい」
「はい、トトナ。ジプシールの魔術師は優秀なことで有名ですから」
ジプシール魔術師協会は本部であるサリアに次いで有名だ。
他の地域では魔術師協会の会員には人間の魔術師しかなれない。
しかし、ジプシールの魔術師協会は人間以外の種族でも会員になる事ができる。
また、暗黒魔術や死霊魔術を嫌うオーディス教徒やフェリア教徒の影響が少ないため、魔術の研究の規制が少ない。
幅広く門戸を開き、規制が少ないためか魔術の研究は他の地域よりも進み、優秀な魔術師を輩出している。
ジプシールの魔術師といえば優秀な魔術師の代名詞になりつつあるのである。
「そう。ここの魔術師はとても優秀。そして、支部長は私の弟子でもある」
今度は自分が驚く。
神であるトトナから直接学ぶ事ができるとは、ここの支部長はかなり優秀なのだろう。
「クロキ。どうやら彼が私たちを迎えに来たみたい。連絡していて良かった」
この部屋の入口の影から何者かが姿を現す。
その姿を見た瞬間、驚きの声が出そうになる。
姿を見せたのは黒いコガネムシの頭を持つ蟲人だったからだ。
蟲人は魔術師の杖を持っている。ということは魔術師なのだろうか?
クーナの配下にも蟲人はいるが、コガネムシの蟲人はいなかったように思う。
初めて見る種族だ。
「ようこそ、おいでくださいました。我が師トトナ様」
蟲人が前足を胸の前で交差して頭を下げる。
「久しぶり。ケプラー。それから、クロキ。紹介する。彼はケプラー。フンコロガシ人の魔術師で、この魔術師協会の支部長を務めている。また、黄金の賢者とも呼ばれる、とても優秀な魔術師」
「いえいえ、トトナ様。黄金の賢者とは、お恥ずかしい。私が賢者などと、私など、まだまだ若輩者でございます」
フンコロガシ人のケプラーは恥ずかしそうに前足で頭をかく。
「いえ、ケプラー。あなたの魔術の研究はとても素晴らしい。堂々と賢者を名乗るべき」
ケプラーが前足をぶんぶんと振る。すごく喜んでいるのだろう。
そして、ケプラーがこちらを見る。
「ところでトトナ様。こちらの方は?」
「ええと…彼は…」
問われてトトナが困ったように、こちらを見る。
自分の正体を伝えて良いかどうか迷っているみたいだ。
確かにレイジも来ているので、なるだけ正体を隠したい。
「大丈夫です。トトナ。貴方が信頼する者ならば、自分も信頼します」
しかし、ケプラーというフンコロガシ人はトトナがかなり信頼を寄せている者のようだ。ならば自分も信頼しようと思う。
言いふらしたりしないはずだ。
「ケプラー。彼はクロキ。ナルゴル最強の暗黒騎士よ」
トトナが紹介するとケプラーが驚く。
「なんと!! アリアディア共和国を恐怖のどん底に落とし込んだ黒き嵐の神ですと!! それがトトナ様と一緒におられるとは?! これは驚きです!!!」
何かよくわからないけど、自分の事はこのジプシールにも伝わっているみたいだ。
ただし、良い意味では無いようだ。
一体どう伝わっているのだろう?ちょっと気になる。
「色々とあるのよ。ケプラー。それよりも、どこか、落ち着いて話せる場所は無い?」
「それでしたら、協会の応接室があります。そこでしたら、外から話を聞かれる事は無いでしょう」
そう言ってケプラーは背を向けて案内してくれる。
途中で人間や猫人に、蜥蜴人や河馬人と出会う。
彼らは自分達に出会うと恭しく一礼して道を開ける。
トトナに礼をしているのではない。
騒ぎにならないようにトトナの到来はケプラーを除いて秘密にしている。
つまり、彼らはケプラーに一礼しているのである。
その彼らの態度から見てもケプラーの人望、いやフンコロガシ望が高い事がわかる。
ケプラーは応接室に着くと、協会の職員に客人と内々の話をするから、お茶を持って来た後は誰も近づかないように指示を出す。
協会支部の応接室はかなり広い。
床にはやわらかい絨毯が敷き詰められ。壁には調度品が飾られ、椅子には羽毛でも入っているのかやわらかいクッションが敷かれている。
ジプシールの魔術師協会はかなり裕福みたいだ。
職員がお茶を運んできてくれる。
運んで来たお茶は2つ。
それは自分とトトナの前に出される。ケプラーは飲まないのだろう。
「あれ? これは?! コーヒー?」
お茶を見て思わず声が出る。
黒い色に、良い香。運ばれてきたのはコーヒーみたいだ。
「クロキ様。このお茶はネペンテスという赤い果実の種子から作られた豆茶です。私は飲めないのですが、眠気を覚まし、様々な薬効があるみたいなので魔術師達の間で密かに飲まれているのですよ。どうぞ召し上がって下さい」
ケプラーが笑いながら説明する。
「そうですか……。それではいただきます」
自分は豆茶を口にする。
元いた世界のコーヒーよりも独特の香がする。
しかし、間違いなくコーヒーだ。
まさか、この世界でコーヒーを飲めるとは思わなかった。
「ケプラー。以前に飲んだ豆茶よりも、香りが良い気がする。どういう事なの?」
トトナが首を傾げる。
「おや?お気づきになられましたか。トトナ様。実はこの豆茶は赤い果実を食べた香り猫のう〇こから未消化の種子を使ったのです。どうやら、この未消化の種子を使った方が香が良くなるらしいのですよ、トトナ様。まさか、たまたま私が食事中に発見した種子が、このように香り高くなるとは驚きました」
「そうなのケプラー。すごい発見。とても美味しい」
トトナとケプラーが笑い合う。
なぜ、たまたま発見できたのか深く考えない方が良さそうだ。
「さて、ケプラー。本題に入る。アルナックに行きたいの。魔術師協会所有の船を貸してくれない?」
トトナが言うとケプラーが首を振る。
「それがトトナ様。協会の所有していた船なのですが……。今は無いのです」
「おかしい? 前はあったはず。どういう事? ケプラー?」
「実はトトナ様。最近不可解な失踪事件が多発しているです」
「不可解な失踪事件?」
「はい、最近多くの隊商が行方不明になっているのです。そして、つい最近近くのタウエレト王国の行方不明の事件が起きまして、その調査のために協会の魔術師を船で派遣したのですが……。その船ごと行方がわからなくなりまして」
ケプラーが困ったように頭をかく。
行方不明事件の調査に出た者が行方不明になったら意味が無い。ケプラーも頭が痛いだろう。
それにしても、何が起こっているんだ。
「タウエレト王国。確か河馬人が多い国だったはず」
「はい、トトナ様。それにスフィンクスの方々も、お忙しいようです。我々の知らない所で何かが起こっているのかもしれません」
自分とトトナは顔を見合わせる。
「そう、アルナックに行けばわかるかもしれない。でも船が無いのは困った。このまま魔法で飛んでいくしかないかも」
まあ最悪そうするしかないだろう。
自分は過去に聖レナリア共和国からナルゴルまで飛んだ事がある。
だから、やろうと思えば出来ない事は無い。
「グロリアスが連れて来れたら良かったのだけど……」
レイジ達に見つかれば争いになる。
そのため、目立つグロリアスは連れて来なかった。
「ケプラー。乗り物は他に無い?近くにヒポグリフが生息しているとか?」
「いえ、トトナ様。ヒポグリフはおりません」
「他には?」
「そうですね……。そういえば、この近辺では最近キマイラが出没していますが……。しかし、キマイラでは……」
「キマイラが?!!」
ケプラーの言葉に思わず声を出してしまう。
キマイラは獅子、山羊、竜の頭を持ち、尻尾が蛇になっている、様々な動物を合成された姿を持つ、魔獣だ。
中々ユニークには姿をしているので一度お目にかかりたいと思っていたのである。
キマイラの中には竜の翼を持つのもいるので空を飛べる。
捕まえれば乗り物になるかもしれない。
「はい、キマイラです。最初は行方不明の原因はそのキマイラではないかと疑ったのですが、事件を調べる限り、キマイラとは思えない所がありまして、別の原因を探している所でございます」
「ケプラー殿。そのキマイラは何処にいるのでしょうか?」
「まさか、キマイラを捕えるおつもりですか?危険です。上位の竜程ではないですが、キマイラは凶悪です。近々討伐隊を出す予定になっています。おやめになった方がよろしいかと」
上位の竜程ではないなら問題ではない。
それに討伐されるぐらいなら、捕まえようと思う。
「大丈夫。ケプラー。クロキは強い」
トトナが言うとケプラーはこちらをまじまじと見る。
「なるほど、噂通りの御方ならば、可能でしょうな……。わかりました。キマイラが出没している地域をお教えしましょう」
これで話は決まった。
キマイラを捕まえよう。
しかし、出かける前に、やらなければならない事ある。
「ところでトトナ。もしかすると光の勇者と出会うかもしれません。争いになるかもしれませんから、出来る限り正体を隠したいのですが……。何か顔を隠すものを用意できないでしょうか」
そう言うとトトナが驚く。
「クロキは強いのに、レーナの勇者に遠慮するの?でも、戦いを避けようとする所は好き。ケプラー。クロキに身を隠す服等を用意できない?」
「はい、トトナ様。協会で用意できるものならば、いくらでも。ただ、もし正体を隠すのならば、今着ている服は全て脱いだ方が宜しいかと思います。ジプシールには鼻の効く者が多いので」
ケプラーが助言をしてくれる。
確かに獣人は鼻が効く。
ナルゴルの匂いを知っている者もいるかもしれない。
「わかりましたケプラー殿。今着ている服はこちらで預かっていただけないでしょうか?」
今着ているのはナルゴル産のどこにでもあるシャツとズボンである。
クーナとお揃いの指輪以外なら脱いでも問題無い。
「おやすい御用です。では服等を持って来させましょう」
ケプラーが職員を呼ぶと、衣装を持って来るように伝える。
数分後、職員が沢山の布を持って来てくれる。
それを見て、手に取る。
どれをみても、ただの白い布だ。
「あのケプラー殿。これは?」
「協会にある男性の身に付ける物を持ってこさせたのですが。お気に召しませんか?」
そこで自分は思い出す。
この部屋に来るまでに出会った男性のほとんどが腰に布を一枚しか巻いていなかった。
魔術師らしき者も今トトナ着ているよう分厚いローブではなく、白い布を一枚巻いただけの簡素なものだった。
つまり、こういう服しかないのである。
それに、見る限り下着らしき物が無い。
もしかすると下着をつける風習が無いのかもしれない。
考えて見れば獣人は基本的に服を着ない。
ケンタウロスなんて、いつももろ出しだ。
もしかすると、それがジプシール全体の風習となっているのかもしれない。
どうしよう?
女性はワンピースの服を着るみたいだが、女装には抵抗がある。
仕方が無い。この巨大な布を上から被り、目の所だけに穴を開けよう。
これで顔は隠せるはずだ。
「いえ、ケプラー殿。ありがとうございます。それでは、これをいただきます」
大きな布を一枚手に取り、目の所に穴を開けて、上から被る。
自分では見えないが、かなり珍妙な格好になっているだろう。
「クロキ。かなり面白い格好になっている」
トトナが少し笑う。
しかし、笑われるのも仕方がない。
他にやりようがあるかもしれないが、顔を隠す以上はどうしてもあやしくなる。
それならば、この珍妙な格好でも良いだろう。
「笑わないで下さい。トトナ。それから、出来れば違う名で呼んでくれませんか?正体がバレてしまうので」
どんなに顔を隠しても名前で呼ばれたら正体がバレる。意味が無い。
「違う名?」
「はい、違う名です。いわゆる偽名です。何でも良いので名付けてくれませんか?」
自分がそう言うとトトナが少し考える。
「わかった。クロキ。それなら打ち倒す者というのはどう?」
こうして自分はメジェドと名乗る事となったのである。
本当は日曜日に投稿するつもりだったのですが間に合いませんでした( ̄ω ̄;)
フンコロガシはスカラベとも呼ばれ、エジプト神話に出てきます。
ネペンテスはオデュッセイアに出て来る飲み物。コーヒーに相当する説もあります。否定されていますが、あえて出しました。
ジャコウネコのう〇こから取った未消化のコーヒー豆はコピ・ルアクと呼ばれ高値で取引されています。本当にあります。
次回はキマイラが出てきます。やったね(o^∇^o)ノ