獣人の国
◆黒髪の賢者チユキ
セアードの内海は中央、西、南の3つの大陸に挟まれた海である。
内海であるためか波が穏やかで、雨を運ぶ外界の影響を受けにくく、乾燥している地域が多い。
特に西大陸と南大陸の北部は特に乾燥していて広大な砂漠地帯を形成している。
その乾燥した南大陸の北東部のサヌキラ砂漠にジプシールの地がある。
イシュス王国はそのジプシールの北部、ナイアル河の河口にある国だ。
人口は1万5千ぐらい。
ただし、住民はほとんどは普通の人ではない。
市民のほとんどが猫、犬、羊、鳥等の頭を持つ獣人である。
このジプシールの地は数多の獣人が共生している事で有名だ。
このイシュティア神殿の壁画にも数多くの獣人が描かれている事からもそれはわかる。
これは世界でも珍しい光景だ。
普通ならこれだけの違う種族が集まれば争いが生まれる。
現にジプシール以外の獣人は人間も含めて違う種族同士で争っている。
しかし、ジプシールでは共存している。
それも全てジプシールの神々とその眷属であるスフィンクス族の力量と言えるだろう。
彼女達が獣人達を統治する事でこのジプシールは平和なのだ。
そして、私とレイジはイシュス王国に来ている。
イシュティア神殿の2階から外を眺める。
外にはナイアル河が見える。
強い熱気を感じる。
つい数時間前までエルド王国にいたのが嘘みたいだ。
中央大陸東部から一気に別の大陸へと移動する。
本当に魔法とは便利だ。
見下ろすと神殿前の広場では数多の獣人が行き交っている。
ちなみにこういった獣人達を見るのは初めてではない。
彼女達の多くはジプシールに住んでいるが、中にはジプシールの外に出て旅をする者もいる。
過去にジプシール出身者で構成されたキャラバンに出会った事がある。
キャラバンは様々な獣人や人間にドワーフ等がいてとても雑多だった。
彼らは馬車に乗り各地を放浪して生活していた。
ただ、獣人はエリオスの神々の眷属しか認めないオーディスやフェリアの教団から見たら排除すべき存在だ。
そのため迫害の対象になる事もある。
しかし、それでも比較的迫害されない外街等で人間と交流する事もある。
そのとき、彼らは占いや歌や踊り等の芸を見せてお金を稼いだりする。
猫人のジプシールの娘と人間の若者の恋物語等の歌は特に有名だ。
ただ、彼女達の中には持ち前の俊敏さを活かして盗みを働く者もいる。
彼女達にとって仲間以外から盗んでも何ら悪い事ではないのだ。ただ、それが迫害される理由の1つにもなっている。
「チユキ。ここにいたのか」
2階に上がって来たレイジが私に声を掛ける。
「レイジ君。アルナックに行く用意はもう出来たの?」
アルナックはジプシールの中心にある神々の住まう地だ。
これからナイアル川を上ってそこに向かう予定だ。
直接アルナックに転移できれば良かったのだが、それは防衛上の理由から禁止されている。
そのため、イシュティアが転移可能なイシュス王国から移動しなければならない。
なんとも面倒な事だ。
「それにしても面白い所だな。ジプシールは」
レイジが景色を見ながら言う。
私達が普段活動している中央大陸東部とかなり違う。
「そうね。他の地域ではこんな光景は見る事はできないわね。シロネさんが元に戻ったらみんなでまた来ましょう」
「ああそうだな」
2人で外を眺める。
そこでふと視線を感じる。
「うん? どうしたの?レイジ君?」
見るとレイジが私をじろじろと見ている。
「良く似合っているじゃないか」
「ああ、そう。そりゃどうも」
私はそっけなく答える。
私は今ジプシールの衣装に着替えている。
白いシースドレスに金糸銀糸のベルトに様々な宝石。
目には蒼のアイシャドー。口紅はジプシール産のマゼンダが使われている
腕や足にも金や銀の装飾品を身に付けている。
中々優雅な装いだ。
これらは全てイシュティアから借りた。
こういったエキゾチックな衣装を着るのはとても楽しい。
ただ、問題があるならば、足の先から腰までスリットが入っているので太ももの際どい所まで見えている事だ。
ちょっとだけ恥ずかしい。
だけど、一緒にジプシールに来た彼女を前にしたら、この程度の露出で恥ずかしがるのもどうかと思う。
そんな事を考えているとレイジに続いて誰かが2階に上がってくる。
上がって来たのはイシュティアとお付きの猫人達だ。
このイシュティアがいるから恥ずかしく無いのだ。
「ここにいたの? 2人共、仲が良いのね」
イシュティアが笑う。
イシュティアもまた私と同じようにジプシールの衣装に身を包んでいる。
もっとも肌の露出は私よりも多い。
大きく開いた胸元から零れ落ちそうな爆乳に、ちょっと動くだけでお尻まで見えてしまいそうになるくらいスリットが上まで上がっている。
かなり上までスリットが上がっているのに下着の線が見えない、おそらくノーパンなのだろう。
とんでもないエロさだ。
この爆乳セクシーエロ女神を前にすると、この程度の肌の露出で恥ずかしがるのが馬鹿らしくなってくる。
横にいたら、男性はすべてイシュティアの方に目が行くに決まっている。
この女神に太刀打ち出来る者がいるとすれば女神レーナぐらいだろう。
だからこそレイジに褒められてもそっけなく返したのだ。
「さあ、用意ができたみたいよ。出発しましょう」
私の気持ちも知らず、イシュティアが魅力的な笑みを浮かべる。
私達はイシュティアに連れられて2階から降りる。
これから港へと向かうのだ。
「用意は出来ております。女神様」
大きな御輿の前で豪華な衣装に身を包んだ猫人が腕を胸の前で交差させて頭を下げる。
腕を胸の前で交差して頭を下げるのが、この国のお辞儀の仕方だ。
先頭で頭を下げた猫人の彼女の名はバトシェプト。
このイシュス王国の神の代理を務めている。
神の代理は人間で言う王と同じだ。
もっとも、神と王の距離がかなり近い。
エリオスの神達は人間に対してあまり干渉しないのに対して、ジプシールの神達はよく干渉すると聞く。
私達はバトシェプトの用意した御輿に乗る。
神殿から港までそこまで距離があるわけじゃない。
わざわざ御輿を使う必要は無いのではと思う。
それとも、神に民草と同じ道を歩かせるわけにはいかないのだろうか?
それに警備も厳重すぎるような気がする。
ジャッカルの頭を持つ犬人の警護の数が多い。
しかし、ここは私達の国じゃない。
この国のやり方に従おう。
私達を乗せた御輿が動き出す。
運ぶのは人間の奴隷だ。
獣人の多いジプシールにも人間はいる。
ただし、獣人よりも立場が低い。
中には奴隷になる者もいるようだ。
日本で現代の教育を受けた私には奴隷制に対して抵抗感がある。
しかし、今は文句を言うべき時ではない。
今はシロネを助ける事を優先すべきだ。
大人しく御輿に乗る。
この地方特有の浅黒い肌を持った人間達が御輿を担ぎ道に出る。
御輿は巨大であり、私やレイジにイシュティア、それにバトシェプトに侍女が2名乗っても、まだ余裕がある。
イシュティアが私達の対面に座る。
足を組むと見えてはいけないものが見えそうだ。
「どうレイジ、この国は?」
イシュティアがふふふと笑いながら言う。
そもそも、このイシュス王国はイシュティアに捧げられたものだ。
元は違う名前だったのをイシュティアが改名させた。
バトシェプトはイシュティアの代理としてこの国を治めているのだ。
「なかなか、面白い国だな。獣人をこんなに見るとは思わなかったぜ」
レイジが外を見る。
薄絹のカーテンの隙間から見える市街地ではイシュス王国の民達が地面に額をつけてひれ伏している。
これが普通の光景なら、出かけるだけでも大変そうだ。
「確かにこれだけの獣人を見るのは初めてだわ……」
レイジと同じように外を見る。
「うん? あれは?」
ひれ伏している人々の後ろの方で何かが動いているのが見えた。
影は御輿に合わせるように移動している。
その動きには何か嫌なものを感じた。
「おや、チユキも気付いたか。さっきから俺達を狙っている者がいるようだぜ」
レイジは既に気付いていたみたいだ。
「ふふふ、私を狙っているみたいね。面白いわ」
イシュティアは自らが狙われているにも関わらず楽しそうだ。
「申し訳ございません!!我が偉大なる神よ!!まさか、このような不埒者がいるとは!!」
バトシェプトは床に頭をつけて謝る。何もそこまでしなくてもと思う。
「別に良いわ。ところで何者かわかる?」
「いえ……。わたしくめには何もわかりません。まさか、偉大なる神を狙う者がいる事自体信じられません」
自らの管理する国に不届き者がいたせいだろうか、バトシェプトは可哀そうなくらい震えている。
「あらそうなの?普段よりも警備が厳重だから何か知っているのかと思ったのだけど」
どうやら、警備が厳重すぎるのは私の思い過ごしではないようだ。
「その事なのですが……。その……最近。偉大なるスフィンクス様方から警備を厳重にするように下知
がありました。そのために警備を3倍にしているのです」
バトシェプトは何も知らないみたいだ。
「警備を厳重に?何かあったのかしらねえ?」
イシュティアが首を傾げる。
「まあ良いさ。あそこにいる奴らを捕えれば済む話さ。何か知っているかもしれないからな」
「そんな!!滅相も無い!!すぐに警備の者達に捕えさせます!!者共!!不埒者を捕えよ!!」
バトシェプトが慌てて警備を動かそうとする。
「遅いな。襲って来るぜ」
レイジがそう言った時だった。御輿が進んでいる前方の道で爆発が起こる。
民たちの悲鳴が聞こえる。
御輿が降ろされ。担いでいる者達と犬人達が剣を抜き備える。
「何?この匂い?」
爆発の煙に混じって私は異臭を感じる。
「いやな匂い。おそらく犬人対策ね」
イシュティアの言う通り外の犬人達が苦しみ始める
そもそも、私達が来る事はこの国のほとんどの者が知らなかったはずだ。
にも、関わらずこれだけの事が出来るのだ。
確かにいつでも襲う準備をしていたのだろう。
私は魔法を発動させて煙の中の襲撃者の姿を見る。
前身黒ずくめの者達が剣を掲げて迫って来る。
「レイジ君!!しゅ……」
襲撃者を何とかしないと、と言おうとしてレイジがいない事に気付く。
「チユキ。レイジなら既に外にでたわよ」
速い。気付かなかった。
魔法でレイジの影を追う。
レイジは御輿の上に立っている。
「何者かは知らないが、美女を守るのは俺の使命なんだ。倒させてもらうぜ」
レイジはそう言うと光の剣を抜く。
相変わらず気障な奴。
頭が痛くなる。
「レイジ君!! 相手は人間よ!! なるべく相手を殺さないで!!」
私は魔法でレイジに伝言する。
魔法で感知したところ襲撃者は人間のようだ。
もしかすると操られているのかもしれない。
「わかった!! チユキ!!」
レイジが動く。
その動きは電光石火だ。
瞬く間に襲撃者を倒していく。
そして、数秒後には襲撃者全員を倒してしまう。
「ご苦労様レイジ君」
襲撃者が全員倒されると私とイシュティアは御輿を降りる。
「さすが。やるわね。レイジ」
レイジが守ってくれたからだろうか?イシュティアが御輿から降りると嬉しそうに言う。
「別に俺がいなくても何とか出来ただろ。これぐらいの相手ならな」
レイジが私達の後ろの方を見る。
振り返ると私の後ろに誰かがいる。
「ピ?!ピスティス神?!!!」
何時の間に私の後ろにいたのだろう?全く気付かなかった。
そもそもピスティスは私達と一緒にいなかったはずだ。
それに先程の私の魔法にも引っ掛からなかった。
かなりの隠形の使い手かもしれない。彼の力を使えば襲撃者はレイジがいなくても大丈夫だっただろう。
そもそも神であるイシュティアだって人間に比べれば強いはずだ。
つまり、イシュティアに危険は全くなかったのである。
「ふふふ、確かにそうね。危険はなかったわ。でも、さすがレーナちゃんの勇者なだけあるわ。ピスティスに気付ける者は神族でも少ないのよ」
「そいつはどうも」
何だか良い雰囲気だ。
だけど今はそれどころでは無い。
「あのイシュティア。楽しそうにしている所を悪いのですが、警備の人や周りの人の治療をした方が良いのでは……。それに襲撃者も調べないと」
私が言うとイシュティアが今気付いたという顔をする。
襲撃者にも怪我人にも興味は無いようだ。
「あら、そうね。バトシェプト。怪我をしている者がいたら治療をしてあげないさい」
「はい偉大なる神よ!!意識が有る者がいるのなら至急宮殿に戻り救援を連れて来なさい!!」
バトシェプトは煙で倒れなかった犬人達に命令する。
犬人の何名かが走り出す。
「さて、襲撃者は、と。人間のようだけど、何者かしら?操られているのなら助けてあげないと……」
私は襲撃者の1人に近づく。
襲撃者は全身黒ずくめだ。顔が見えない。
そこで、襲撃者の持つ剣の柄の部分の紋章に気付く。
「これは邪眼の紋章?もしかして拝蛇教徒!!?」
思わず声を上げる。
「おや詳しいね。おねーさん。そうだよ。そいつらは間違いなく蛇の信徒だね」
ピスティスがにししと笑いながら言う。
どうやら、ピスティスは襲撃者の正体に気付いていたみたいだ。
拝蛇教徒は蛇の女王ディアドナを崇める人間達だ。
前にディアドナの事を調べた時にその教団の存在を知った。
そして、調べたところによると拝蛇教徒は別名殺人教団と呼ばれ、多くの人間の命を蛇の女王に供物として捧げる事を教義とする邪教だ。
何時、そのような教団が生まれたのかまではわからないが、文献によるとラミアやゴーゴンを母とする人間が作った教団ではないかと推測されている。
まさか、こんなところで拝蛇教徒と出会うとは思わなかった。
「まさか、こんな所にディアドナの信徒がいるなんて。これが警備を厳重にする理由なのかしら?何か知っている? ピスティス?」
「いえ、イシュティア様。おいらもはっきりとは理由を知りません。だけど、何かが起こっているの
は間違いないと思いますよ。にしししし」
ピスティスが笑うと彼の尻尾がゆらゆらと揺れる。
「なるほどね。何が起こっているのかしら?面白そうね」
イシュティアが不適な笑みを浮かべる。
何故だろう?その笑みはレイジに似ている。
レイジと同じく荒事が好きなのかもしれない。
何故だろう?行く先に面倒な事が待ち構えているような気がした。
先週の土日は予定があって更新が難しくできませんでした。そのため、今日更新です。
獣人の国を作るなら、神話的に考えてエジプト風にするしかありませんでした。我ながら安直です(*T▽T*)
拝蛇教徒は色々と変更していますがタギーがモデルだったりします。
セリフとそれ以外を改行した方が良いという指摘がありましたのですがどうでしょうか?
次回はクロキとトトナ編です。