女神は貴方を離さない(第6章エピローグⅠ)
◆赤熊の戦士団団員レムス
ヴェロス王国に戻る途中。日が落ち始めたので戦士達は野営の準備を始める。
そんな戦士達の間を歩く。
行く時よりも半分ぐらいの人数だ。
それだけ、被害が多かったと言う事だ。
僕やカリスも剣の乙女シロネ様の助けが無ければ死んでいたかもしれない。
すごく運が良かったのだと思う。
やがて僕達赤熊の戦士団の野営地へたどり着く。
「ただいま戻りました団長」
天幕に入ると団員のほとんどが集まっていた。
「ああ、ごくろうだったなレムス。で、どうだった?」
僕は先程までポルトス将軍の元に報告のために行っていた。
本当は団長が行かなくてはいけないが、怪我をしてしまったので代わりに僕が行ったのだ。
ポルトス将軍はその報告書類をまとめてヴェロス王に謁見するだろう。
「まだ、わかりません。ですが報酬は出ると思います」
森の異変を解決することは出来なかった。
そもそも、人の手に負えるものでは無い。
何しろ、あの光の勇者様ですらどうにも出来なかった。
だけど、その森の危険性がわかっただけでも成果だと将軍は言っていた。
だから、報酬は出ると思う。
僕はその事を伝える。
栄えあるトールズの戦士が金に固執するのは良くない事だ。しかし、背に腹は代えられない。
お金が無ければどうにもならない事は多いのだ。
「そうか、それじゃあまとまった金が入る事だし、予定通りアリアディア共和国に行くとするか!!!」
団長がそう言うと団員達がおおっと叫ぶ。
アリアディア共和国は遥か西にある大国だ。
そのアリアディア共和国のあるミノン平野には強力な魔物が潜む大迷宮がある。
赤熊の戦士団はその迷宮に挑戦するために向かう予定である。
最初から、この仕事が終わったら向かう予定だった。
もっとも、それは表向きの理由だ。
実は迷宮よりも世界一の大国を見に行く事が目的だったりする。
ずっと戦ってばかりだったので、たまには良いだろう。
「世界一の大国か、行くのが楽しみだねレムス」
カリスが嬉しそうに言う。
「そうだね。大国なのだからきっと色々な本があるだろうな~」
僕もすごく楽しみだ。
アリアディア共和国の事を思い浮かべる。
黒髪の賢者チユキ様の紹介でリジェナという女性を頼る事になっている。
向こうに付いても路頭に迷う事は無いだろう。
「ぐふふふふ。世界一の大国か、色々な美女がいるのだろうなあ」
側にいたトルクスがいやらしく笑う。
明らかに性格が変わっている。あの森の影響で頭がおかしくなったのかもしれない。
カリスがそっと僕の後ろに隠れる。
怖れ知らずのカリスにしては珍しい。
それとも、カリスの持つ獣の超感覚がトルクスから何かを感じ取っているのかもしれない。
僕としては以前に比べて丸くなったので、助かる。しかし、どうしても違和感が消えない。
トルクスはアリアディアの事を考えてにやにやとしている。
以前はこんなスケベエでは無かったと思う。
僕とカリスはそんなトルクスを眺めるのだった。
◆黒髪の賢者チユキ
邪神達との戦いから一晩が経過した。
しかし、私達は未だにエルド王国に戻れていない。
2隻の空船は並んで青い空をゆっくりと進んでいる。
甲板から外を眺めると白い雲が通り過ぎる。
とても、のどかだ。
普通ならこの高さを飛んでいたらかなり空気が薄く、肌寒いはずだろう。
しかし、空船の甲板の上は快適だ。何か仕掛けがあるのかもしれない。
「どうぞ、美しき黒髪の女神チユキ様」
外を眺めていると半裸の男性の天使が飲み物をすすめてくれる。
「えっ? ええ。ありがとう」
お礼を言うと私の杯に果実酒を注ぐ。
彼はおそらく、愛と美の女神イシュティアに仕える愛の天使だろう。
彼らは時々下界に降りては、人間の願いを聞いて縁結び等をするらしい。
カップルが多く生まれ、人の数が増える事で人類の発展に貢献していると言える。
注ぎ終わると愛の天使はにっこりと笑って離れる。
私はなるべく彼の方を見ないようにする。
はっきり言って、ほとんど裸だ。
小さな前掛けの隙間から、ぷるんぷるんとしたものが見え隠れしている。
まともに見る事が出来ない。だから、横を見らずに正面を見る。
目の前には様々な美食が並べられ、変声期を迎えていない人間の美男子達が歌っている。
これらは全てイシュティアがこの船に持ち込んだものである。
そのため、レーナの空船の甲板は小さな宴会場へと変わってしまった。
私は溜息を吐く。
全く何をやっているのだろうと言う感じだ。
私達はレーナの空船に乗ってエルド王国へと戻る最中である。
転移魔法を使えばすぐに戻れる。先程エリオスに帰還した知識と書物の女神トトナのようにだ。
彼女とは色々と話をしてみたかったのだが、兄である力と戦いの神トールズの治療のため一足先に戻らざるをえなかった。残念だ。
私達も転移魔法で早く帰りたいのだけど、それは出来なかった。
なぜなら愛と美の女神イシュティアがレイジを離してくれないからだ。
2人はイシュティアが持ち込んだ長椅子に並んで座っている。
彼女は自身の空船に乗らずにレーナの空船に乗り込んできている。
そして、レイジにぴったりくっついて離れない。
その周りにはイシュティアの侍女達がレイジをもてなしている。
それを面白く無いと思ったのだろうかレーナはこの船にある自室に籠ってしまった。
翌日になり、もう昼になるというのに出て来ない。
これは相当怒っているのだろう。
まあ、気持ちは分かる。
好きな男が他の女性にデレデレしていたら面白く無いだろう。
それに対してレイジはちょっと嬉しそう。
まあ、あれほどの美女がヤキモチを焼いてくれているのだから仕方が無いだろう。
だけど私達やこの船の戦乙女達は面白く無い。
イシュティアはそんな私達の態度を察したのか、近侍である男性達に私達の接待をさせている。
そのため、リノは御満悦だ。
しかし、私には少し刺激が強すぎる。
普段男性との付き合いが少ない、ニーア達戦乙女も困っているようだ。
獣化による影響で休んでいるナオはともかく、シロネも顔を伏せて男性達を見ようともしない。
「大丈夫? シロネさん?」
隣にいるシロネを見る。
だけど、返事が無い。
あれ?様子がおかしい?
「ちょっとシロネさん?!!」
私はシロネの体をゆする。
「えっ……? 何チユキさん?」
シロネの顔が青ざめている。
「ちょっと?! シロネさんどうしたの?! 何があったの!!」
「えっ?何でもないよ……」
その様子にレイジも気付いたのかシロネの方を見る。
「どうした?! シロネ?! 顔が真っ青だぞ!!!」
レイジの慌てた声。
「え……? あれ……」
そう言った瞬間だった。シロネがそのまま前へと倒れる。
「シロネさん! しっかりして!!!」
私の声が空船の上に響いた。
◆知恵と勝利の女神レーナ
「改めてお礼を言うよ。レーナ。ありがとう。本当は直接会いたいのだけど、彼女達が離してくれなくてね。だから通信の魔法で我慢して欲しい」
「えっ?あっそう? 別に大した事じゃないわ。アルフォス。お礼なんていらないわ」
アルフォスが通信魔法で私にお礼を言う。
おそらく今アルフォスは詩の女神ミューサ達に看病されているのだろう。アルフォスの声に混じって沢山の女性の声が聞こえる。
「それにしても君が僕を命がけで庇ってくれるとは思わなかったよ。暗黒騎士には負けたけど晴れやかな気分だ」
アルフォスはすごく感動したような声を出す。
「はあ?」
全く何を言っているのだろう?
確かにあんなのでも兄なので、助けたのは間違いない。
だけど、命がけではない。
「それじゃあレーナ。エリオスで再会しよう」
アルフォスの通信が切れる。
何か勘違いをしているが、まあ良いだろう。
アルフォスは私が命がけで助けに来たと思っているようだ。
だけど、それは違う。
そもそも私がクロキに危険を感じるわけがない。
私はすぐ隣で寝ているクロキの顔を見る。
安らかな寝顔だ。先程までが嘘みたいだ。
空船をこっそり抜け出した私は御菓子の城へとやって来た。
後片付けのために残ったクロキとクーナを除いたナルゴルの者達が去ったの確認した後、御菓子の城の城主の寝室へと向かった。
そして寝室に来たときにはクロキは半ば正気を失っていた。
無理もない。
あれ程の力を無理やり抑え込んだのだ。
むしろ、よく自我をあそこまで保っていられたなと思う。
私の為に頑張ってくれたのだ。
きっとすごくきつかったに違いない。
私はそんなクロキを愛おしく思う。
力の後遺症のため暴れるクロキを私とクーナはなんとか鎮めた。
とても、大変だったけど私の為に力を押さえてくれたクロキのためなら耐える事ができた。
そして、暴れ終わったクロキは気を失い眠っている。
安らかな寝顔を見ていると、とても危険な存在とは思えない。
「全く。何を言っているのかしらアルフォスは? クロキが私を傷つける訳が無いのに……」
クロキの頬を撫でる。
クロキは私を愛している。
私を愛して愛してどうしようも無いはずなのだ。
そのクロキが私を傷つける訳が無い。
問題はクロキが私の所に来てくれない事だ。完全に支配できるわけでは無い事はわかっているのだが、少し残念に思う。
それとも、自身が私の所に来るのではなく、私を攫いに来るのだろうか?
それはそれで面白いような気がする。
しかし、私はエリオスの女神だ。この立場は捨てられない。少しは抵抗させてもらおう。そして、クロキの力にあらがう事ができず、か弱い私は強引に攫われるのだ。
私はその情景を思い浮かべて笑う。
さて、そろそろ戻らないとニーアに感づかれる。
寝台から立ち上がる。
「戻るのかレーナ?」
振り向くとクロキを挟んで反対側で寝ていたクーナが上体を起こしてこちらを見ている。
「ええ、そろそろ戻らないとニーアが無理やり部屋に入ってくるかもしれないもの」
部屋には誰も入れないようしているが、あんまり静かだと心配して無理やり入ってくるかもしれない。
そして、私が空船を抜け出した事に気付くだろう。
そうなったら騒ぎになる。
それまでに戻るべきだ。
転移を阻害する結界が無くなった今なら簡単に戻れるはずだ。
「そうか……。それならレーナよ、1つ言っておきたい事がある。勇者共はやっかいだ。何をするのかわからない。しっかりと手綱を握っておくべきだぞ」
「そんな事はわかっているわクーナ。だけど、レイジ達は強いわ。行動を制限するのは難しいのよ」
私は額を押さえる。
レイジ達の力は神々に匹敵する。そんな彼らを操る事は難しい。
私がそう言うとクーナは「むうっ」と唸る。
「だが、あの長い黒髪の女は危険だ。クロキが元いた世界へ戻る方法を探している。それだけは阻止しなければならないぞ」
その言葉に頷く。
チユキは独自で元の世界に戻る方法を探している。クーナはその事を危険視しているのだ。
「そうね。もし、その方法を見つけたらクロキまでこの世界からいなくなってしまうかもしれないものね」
そんな事はさせない。
だから、チユキが元の世界に戻る方法を探す邪魔をしてやる。
クロキの顔を見る。
とても無邪気に寝ている。まるでコウキみたいだ。
コウキは間違いなく父親似だろう。
世話役の天使達を残しているが、泣いていないだろうか?
やはり、そろそろ戻らねばならないだろう。
私は振り向くとクロキの頬にそっと触れる。
クロキ。貴方はこの世界で私と共に永遠に生きるの!!
絶対に元の世界に帰してなんかやるもんか!!
書いていたら長くなりそうだったので、エピローグを2つに分けました。本当にぐだぐだです(T^T)
ゴズはリジェナと再会するのですが、そのエピソードを書く予定は無かったりします。
次回で本当に第6章は最後です。
ようやくポレンが変身します……。明後日までにUPの予定です。