美神の到着
◆魔界の姫ポレン
「それで……。よろしいのですか? ポレン殿下?」
暗黒騎士であるクロキ先生が私に尋ねる。
「はい。できれば私もアルフォス様を助けて欲しいな~って、思っちゃったりしてます」
私はちらりと横を見ながら言う。
横には不機嫌そうなクーナ師匠が立っている。
師匠は女神レーナによって動きと口を封じられてしまった。
しばらく、自由に動く事もできず、喋る事もできないらしい。
クーナ師匠を封じ、巨大竜と化したクロキ先生を止めるなんて、すさまじい女神だ。
あのアルフォス様の妹だけの事はある。
レーナはアルフォス様を見逃すようにクロキ先生に要求すると癒しの魔法を使うためにアルフォス様の所に行った。
目の前には美女達が魔法を使いアルフォス様を回復させようと必死になっている。
無事だと良いなと思う。
美男子は世界の宝。それが減るなんてとんでもない。
それにしても先生の一撃はすごかった。
周囲を見ると大地がえぐれている。これはアルフォス様を地面に叩きつけた時の衝撃によるものだ。
その大穴の真ん中に私達は立っている。
クロキ先生は全力では無かったらしいが、それでこれほとは凄まじい。
ただ、その力を使ったクロキ先生も無事では無かったみたいで、魔剣を杖代わりにして前屈みになって立っている。
やはり、あれほど巨大な力を使えば、ただではすまないのだろう。
「「「アルフォス様!!!」」」
美女達の叫び声が聞こえる。
喜んでいるような声からしてアルフォス様が目を覚ましたのだろう。
しばらくすると目の前の美女達が左右に分かれる。
分かれると詩の女神ミューサに支えられたアルフォス様が立っていた。
土に汚れているが、それでもアルフォス様の顔は美しい。
体はふらつき、傷ついてもその華麗な美しさは少しも損なわれていない。
「どうやら僕は負けたようだね……。ははは……。全くなんて様だ……」
アルフォス様が自嘲気味に笑うとクロキ先生の方を見る。
「ねえ……。顔を見せてくれないかな? 僕に勝った君の顔をみたいのだけど」
そう言われてクロキ先生が兜を外す。
クロキ先生の顔を見た美女達がどよめく。
そりゃそうだろうクロキ先生はエリオスの若い神族の殿方達に負けない程に顔が整っている。
「嘘……。顔が整っているなんて……」
「意外だわ。魔王の仲間の邪神って、ほらなんていうか気持ち悪いのしかいないんじゃなかったっけ?」
「そうそう何て言うか顔がぐしゃってしているというか……」
「そうよね、何ていうか気持ち悪いのばっかりだったわよね……」
「おかしいわ。何で魔王の下にいるのかしら」
美女達が口々に言う。
それを聞いて私は鼻が高くなる。
どや!!って顔して美女達を見る。
クロキ先生はナルゴルの貴重な宝。それを失うなんてとんでもない。
「それが君の顔か。覚えておくよ……」
アルフォス様とクロキ先生の視線が交差する。
見つめ合う殿方。中々良い感じだ。
魔法の映像で永久保存しておきたい。
「アルフォス!! ポレン殿下の願いにより! 見逃してやる! ただし殿下を侮辱した事への謝罪はしてもらうぞ!!」
クロキ先生がアルフォス様達に向かって言う。
美女達が怯えた表情になる。
やはり、まだクロキ先生が怖いのだろう。
竜の咆哮には恐怖の魔法と同じ効果がある。耐魔力が低い者だと永遠におびえ続けなければならない。
後ろにいるぷーちゃんは竜に変わったクロキ先生の咆哮を聞いて本当に漏らしたようだ。
「……ごめんなさいブタさん。酷い事を言って悪かったわ」
「私も謝るわブタちゃん。許してね」
「本当にごめんなさい。良く見ると子ブタみたいで可愛いわ」
「本当。猪の子みたいで可愛いのに悪く行ってごめんなさい」
「この前、私を信仰する人間から格好良い雄ブタを捧げられたの。良かったら貴方にあげるわ」
美女達が口ぐちに謝る。
だけど、謝られている気がしない――――!!!!!
……やっぱりブタなのは変わりないのね。
「僕からも謝らせてくれないかな。魔界の姫君」
そう言ってアルフォス様がミューサから離れてこちらに来る。
「えっ?!! アルフォス様が!! そんな畏れ多い!!」
その瞬間。私の中で歓声が上がる。
アルフォス様に直接声を掛けてもらえるのは世界中の女の子の夢である。
アルフォス様が優しく微笑む。その笑みはとても魅力的だ。
これなら美女達に謝ってもらわなくても良いかなと思える。
綺麗な顔をしたアルフォス様がこちらに近づくと跪く。
跪いたアルフォス様が手を取る。
「ごめんね。僕の女の子達が酷い事を言って。君はこんなに可愛らしいのに。魔界に君のような可憐な子がいるとは思わなかったよ。今度は2人だけで会ってくれないかな?」
そう言って手の甲に口づけをする。
その動作はあまりにも自然すぎて誰も動けなくなる。
ナルゴルの姫の前に跪くエリオスの騎士の姿は珍しい。
そして、爽やかな笑みを浮かべるとアルフォス様は立ち上がりクーナ師匠の前から立ち去る。
って!!!あるぇ―――――!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
心の中で絶叫する。
あるぇ?おかしいぞう?姫は私なんですけど―――!!!
もしかしてアルフォス様は私の存在に気付いていない?!!!!!
私の隣にいるクーナ師匠の方しか見てなかったんじゃ?!!!
最初から私が目に入っていなかったような気がする。
手の甲に口づけしてもらったクーナ師匠も含めて誰もが呆然としている。
「さらばだ暗黒騎士! この借りはいつか返す! また会おう!!」
アルフォス様達が華麗に去って行く。
その去り方は見事だ。まるで風のようである。
あっというまにアルフォス様の空船がここから離れて行く。
「あいつ……。クーナの正体に気付いてないぞ……」
しばらくして、ようやく動けるようになった師匠がアルフォス様が去った方角を見ながら言う。
その目がジト目になっている。
「あの野郎……。くっ万全だったら、止めてたのに……。あまりにも自然な動作だったからさらに動くのが遅れた」
クロキ先生が動きにくそうに言う。
さすがのクロキ先生も憮然とした表情をしている。
「礼を言うわよクロ……。いえ暗黒騎士。アルフォスを見逃してくれて」
突然声を掛けられる。
そこにはレーナとレーナに従う天使達がいる。
彼女達はアルフォス様と行動を共にしないようだ。
「別に……。そちらの願いじゃない。殿下がそう願ったからだ」
クロキ先生はレーナの方を見ないで言う。
レーナはその様子を意味ありげな笑みを浮かべて見ている。
「ふふ。まあ良いわ。そういう事にしてあげる。そちらにも立場があるでしょうからね。それじゃあね。貴方達も御菓子の城に向かうのでしょう? 先に行かせてもらうわ」
レーナ達が去って行く。
そうだ。オババ様とダティエを救いに行くのだった。忘れていた。大丈夫だろうか?
「殿下。我々も向かいましょう」
クロキ先生が私を促す。
私はその様子を見て不安になる。
「わかりました先生。ですが大丈夫なのですか? その……先程から様子が……」
先程から先生の様子がおかしい。剣を杖にして前屈みになっていて動きにくそうだ。
「ああ。これですか、大丈夫です殿下。ただの副作用です。竜の力を活性化させると生命力がとんでもなく高まり、こうなってしまうのです……。ただ、動き難いのは確かですが、問題はありません。行きましょう」
クロキ先生は問題ないと笑って言う。だけど、無理をしているように見える。
「そうだぞポレン。クロキは後でクーナが何とかする。心配する必要は無い」
師匠が胸を張って言うと、豊かな胸がプルンと揺れる。
「そうですよポレン殿下。我々もいるのですから閣下は大丈夫です」
「待て? グゥノよ。それはどういう意味だ。お前達の出番はないぞ」
「「「「ええ~!!そんな~!!」」」」
師匠と女性のデイモン達が言い争いを始める。
みんな私に心配をかけたくないみたいだ。
「待ってみんな!! これ以上はクロキ先生に無理はさせられないよ!! オババ様を助けに私が先頭に立ちます!! クロキ先生は見ていて下さい! !行くよぷーちゃん!! 変身だよ!!」
私は後ろに控えているぷーちゃんに言う。
「わかったのさ……。殿下の覚悟をお手伝いするのさ」
ぷーちゃんの姿が変わっていく。これから大熊へと変身するのだ。
先生は私のために戦ってくれた。これ以上は無理をさせられない。
だから私達が動こうと思う。
◆黒髪の賢者チユキ
「出てきな!! 世界の根を食み!! 全てを腐らせる土の大蛇ニドヘグよ!! このヘルカートの呼び声に応えな!!」
レイジを支援するために動こうした私達の前に三つ首のカエル魔女が現れ、土の上位精霊を召喚する。
あくまでレイジを支援するのを邪魔するつもりらしい。
土の上位精霊ニドヘグはあらゆる物を腐らせ大地に還す能力を持つ。このままでは周囲が大変な事になる。
「リノさん!!」
私は慌ててリノの名を呼ぶ。
「わかってるよ! チユキさん! 世界の頂にて翼を羽ばたかせる風の大鷲! フレスベルグよ! リノの呼び声に応えて!!」
リノがニドヘグに対抗して風の上位精霊フレスベルグを呼び出す。
フレスベルグは風を起こしてニドヘグを封じる。
これで周囲への被害は減るはずだ。
将軍達には撤退するように言っているが、残っている者もいるかもしれない。大丈夫だと良いのだが。
フレスベルグを呼び出すとリノは再び歌い始める。
カエル魔女が呼び出した何百匹もの蛙人の歌姫達に対抗するためだ。
カエルの歌姫のゲコゲコした呪歌により邪神達の能力が上がる。
リノはその呪歌を消すために対抗して呪歌を歌っているのだ。
リノの可愛い歌声と蛙人の歌姫達の大合唱が戦場に響き渡る。
それにしてもリノは上位精霊を操りながら、同時に呪歌も使う。普段のきゃぴきゃぴした姿からは想像できない。
私も負けていられない。
「七重爆裂弾!!!」
「ふん!!妖雷よ!!」
しかし、私の放った爆裂弾はカエル魔女の雷によって簡単に防がれる。
爆裂弾は空中で爆発して相手には届かない。
カエル魔女には三つの首が有る。そのため、同時に三つの魔法を使う事ができるみたいだ。
1の首でニドヘグを操り、2の首で私の相手をして、3の首で天候を操っている。
空には魔法の雨雲が広がり、自身と蛙人達の魔力を高めている。
とんでもない強力な魔力の持ち主だ。私とリノさんの2人で挑んでも倒しきれ無い。
だとすれば直接攻撃をするべきだろう。
私は物理攻撃が得意なシロネとナオの方を見る。
シロネとナオは蠍人達の神ギルタルと戦っている。
このギルタルだけはレイジと戦わずに私達に向かって来ている。
彼は最初に見せた人間の姿から、赤い鎧のような外骨格に、四つ腕に四つの足、両肩から足まで届く巨大なハサミを翼のように広げた異形の姿へと変わり、シロネとナオの2人と戦っている。
四つの腕には弓と槍を持ち、巨大ハサミから風刃を放ち、何処までも伸びる蠍の尾を鞭のようにしならせている。
かなり強い。
レイジの次に強いシロネさんはもとより、あのナオが翼ある豹に変身して戦っている姿を見るのは久しぶりだ。
その2人を相手に互角の戦いをギルタルはしている。まさか、これ程の相手がいるとは思わなかった。
おかげでレイジを支援するどころか、カエル魔女にも近づけない。
このままではまずいかもしれない。
レイジの方を見る。
レイジは1人で邪神達の相手をしている。
たった1人で邪神達を相手にしているのはさすがといえる。
その邪神達はレイジに叩きのめされ、又は仲間割れにより半分以上がリタイヤしている。
しかし、数は減ったが、残った邪神はかなり強いようだ。
最初の頃のように簡単に倒せる邪神の数が減って来ている。
レイジは黒獅子頭の邪神と剣を交えている。
中々の腕だ。レイジを相手に一歩も引いていない。
巨大な七つの星の紋章が入った大剣を振るいレイジと戦っている。
2本の剣でたくみに受け流しているが、倒す事まではできていない。
そして、最初にレイジに吹っ飛ばされたキラキラした邪神も参戦している。
彼も中々の腕だ。レイジと同じ光の魔法を使い、また同じように二刀流である。
ただ、黒獅子と仲が悪いらしく全く連携が取れていないので、そこまで脅威になっていない。
だけど、敵の数が多いため勝負が決まらず、膠着状態になっている。
撤退すべきだろう。
だけど、この辺りには転移魔法が阻害されている。逃げるのは難しい。
何か策を考えなくてはいけない。
「何?!!!」
そんな事を考えている時だった。
カエル魔女ヘルカートが慌てた声を出す。
振り返ると雨雲を突き破り巨大な空船が姿を見せた所だった。
「何よ?! あれ?! すごく派手な空船」
空船は巨大である上にとんでもなく派手だった。見ていて目が痛い。
私だけでなく急に現れたド派手な空船にその場にいた全員が注目している。
レーナの空船が優美なら、あの空船は豪華である。
その空船の船首には1人の女性が立っている。
戦闘中だというのに不覚にも、その女性に目が奪われてしまう。
「うわあ……。すごいおっぱい……」
リノが女性を見て目を丸くしている。
その女性の胸はあまりにも大きかった。巨乳というよりも爆乳である。
胸が小さいのを気にしているリノにはとても羨ましいに違いない。
しかも、その女性の服装は半裸である。
爆乳ともいえるその胸の先しか隠しておらず、服の布地は普通の水着よりも小さい。しかもその白い布地は薄く透けていて大事な所が見えそうだ。
顔も良く、長い髪には沢山の宝石が散りばめられている。
「やっと着いたわ!! みんなの美の女神イシュティアちゃんが来てあげたわよ―――!!!!!」
美女の明るい声。
私達は突然の女神の来訪に驚くのだった。
予定では後2回で第6章は終わりの予定。
最後はエピローグなので実質次回で最終話。しかし、第6章のメインであるアルフォス戦が終わったので消化試合だったりします( ̄ω ̄;)