女神の国
◆暗黒騎士クロキ
聖レナリア共和国は数多の国家群の中でも強大な国家の一つである。
複数の衛星都市を持ち、中心となるレナリア市の人口は約20万人。
もっともそれは市民権を持つ者が20万人というだけで市民権を持たない者を含めるとさらに人口が増えるだろう。
聖レナリア共和国は、共和国の名のとおり世襲の王ではなく任期4年の執政官が統治する国である。
その執政官の選ばれ方だが、一般的な共和国の選挙と違い、一定数の市民権を持つ者の推薦を受けた者の中からレーナ神殿が選ぶ。
しかも、レーナ神殿には執政官の政策や市民権を持つ者で組織される民会の決議に対して拒否権を持っている。
つまりこの国の政治はレーナ神殿の意向を無視して政治を行う事はできない。この国の最高権力者はレーナ神殿と言えるだろう。
この聖レナリア共和国のレーナ神殿は女神レーナ信仰の最大の聖地であり、世界中から信者が参拝に訪れる。
また、豊かな国なので女神レーナの信徒では無い者も多く訪れる。
そんな来訪者の1人として自分はこの国に来ていた。
「これからどうするでヤンスかディハルト様?」
自分の肩に乗っているナットが尋ねる。
「うん、そうだね……。取りあえず拠点を探そうか」
そう言って自分は城壁の外の街を歩く。
規模の大きい都市になると外街ができることがある。
外街とは城壁の外に作られた街の事だ。
外街であれば入国するために市民権が必要では無いので自由に出入りする事ができる。
本来なら夜間に城壁の外にいることは危険である。
だけど、どこの市民権も持たない人間は他に行き場がないので外街に住むしかない。
この外街にいるのは滅亡した国の人、もしくは国を追われた犯罪者だったりする。
そのため、非常に治安が悪い。
本来なら城壁の外の治安を守るのが騎士の務めだ。
城壁の中は自警団や衛兵達が守り、騎士は城壁の外である街道を行く人の安全を守る。
街道には頻繁に魔物が出没するので退治しなければ、その街道を通る人はいなくなってしまう。
都市の中よりも広い地域であり、危険な魔物と戦わねばならない。そのため馬に乗れて、なおかつ戦闘能力が高くなければ騎士としては務まらない。
また、そんな戦闘能力が高い者が国家に反逆されては困るので騎士は王や国家に対して忠誠心を求められる。
だが、あくまで騎士が守るのは自国の市民や条約を結んだ都市の市民だけだ。
騎士は市民権を持たない人間を守ったりしない。
そのため、外街では市民権をもたない者同士が殺し合いをしても騎士は何もしない。
逆に市民権をもたないものが市民権を持つ者に危害を加えれば騎士は市民権をもたない者を殺すだろう。
騎士にしてみれば外街の人間はあまり魔獣と変わりないのである。
しかし、ならば何故、騎士達は外街の人間を追い払わないのだろうか?
それは、騎士にとっては治安を乱す者でも、商人にとっては安価な労働力として魅力的な存在だからだ。
普通の市民を雇うよりもはるかに安くすむ労働力は都市の発展に寄与する。
そのために外街は存在を許されているのだ。ただし、市民に被害が及ばない限りでの話しだが。
歩いているとガラの悪そうな人が通り過ぎる。
「どこを拠点にするでヤンスか?」
自分の懐に移動したナットが聞いて来る。
「できれば宿屋を探したいのだけどね……。でも城壁の外ではまともな宿屋を探すのは難しいだろうね」
拠点にするなら城壁の中の宿屋が一番良いだろう。
だけど、どこの国の市民権も持たない自分には城壁の中に入る事すら難しい状況で、中の宿屋に宿泊する事はできない。
こっそり城壁の中に入る事は出来るけど宿屋の人から怪しまれたら終わりだ。
意識を操作する魔法を使えたら良いのだけど自分にはそんな能力は無い。
だから、外街のどこかで寝泊まりできる場所を探そう。
自分は外街を歩く。
舗装されていない剥き出しの地面には昨日の雨のせいで水たまりがあり歩くたびに靴を汚す。
「前に来た外街よりも良いみたいだね……」
自分は周りを見ながら呟く。
外街がある都市に来るのは三つ目である。
前の2つはもっと治安が悪かった。
なにしろ普通に人の死体が転がっていたりする。
殺されて死体となった人間を見るのは初めてだった。
だけど、ちょっと嫌だなと感じるだけで、それ以上は何も感じなかった。
元の世界だったら大騒ぎをしていたと思う。
もしかすると、この世界に来た事で自分の精神に影響があったのかもしれない。
最初に魔物に取り囲まれた時もそこまで怖くなかった。
むしろレイジやシロネの方がよっぽど怖い。
もしかするとシロネ達も同じなのかもしれない。
レイジやシロネ達は多くの魔物を倒してきたらしい。
怖く無かったのだろうか?
そんな事を考えながら歩いていると宿屋らしき場所を見付ける。
しかし、素通りする。
何故ならお金がない。
取りあえず風雨を凌げる場所を探す事にする。
自分は外街のはずれの方へと足を運んだ。
◆戦士崩れの男ドズミ
「ちくしょう……。どうすりゃ良いんだ……俺は……」
いくら考えても良い考えは浮かばなかった。
酒でも飲んでなければやってられない。
少し気分が悪い。
人通りが少ない所に入って少し吐く事にする。
「おいドズミ!!」
吐いていると後ろから声がする。
ドズミ、それは俺の事だ。
本当の名前では無い。ドブネズミみたいな顔だから短くしてドズミと呼ばれているだけだ。
振り返るとそこには禿げ頭の大男を中心に5人の男が立っている。
全員知った顔だ。
俺が所属していた自由戦士団の仲間だった男達である。
見たくない顔ぶれだ。酔いが醒めてしまった。
俺はこの聖レナリア共和国の外街に存在する戦士団に所属している。
戦士団と言ってもごろつきの集まりだ。
騎士と違い、国の管理を受けない民間の魔物を退治するための組織だ。
だけど、魔物退治なんかした事は無い。
相手にするのは同じ人間だ。
弱い奴から奪い日々の糧を得る糞みたいな集団。それが、俺の所属していた組織だ。
この外街で生きるためにはどこかの組織に所属しなければ生きていけない。
だから、糞みたいな組織でも所属させてくれるなら文句は言えない。
しかし、生きるために所属したはずの戦士団が俺を殺そうというのだから泣けてくる。
「これは、これは団長殿……。どうしたんですか?」
俺は笑いながら団長を見る。
禿げ頭に顔に傷がある大きな男だ。
腹は少し出ているが腕は太くいかにも強そうだ。
「どこに行っていたんだドズミ? 困るじゃねえか、お前は勇者様に突きださなきゃなんねえんだからよ」
団長が笑う。
「何で俺が勇者に突きだされなきゃいけないんだよ……」
泣きそうになりながら叫ぶ。
「はん!!そりゃお前が勇者様の女の父親を殺したからだよ!!」
「俺じゃねえ!!俺はやってねえ! あの男は団長が殺ったはずなんだ! 狙っていたあの娘が勇者の女になったから殺したんだ!!」
「おい滅多な事を叫ぶんじゃねえ!!」
団長が近づいて来る。
俺は後ろに下がる。
「暗黒騎士によって殺されかけた勇者が回復したから報復を恐れて俺を身代わりにしようとしているんだ!」
「黙りやがれ!」
団長達が剣を抜く。
このままでは殺されるだろう。
しかし、逃げようにも酒を飲んでいるせいか足がうまく動かない。
俺はここで終わりなのか?
嫌だった。死にたくない。
「ねえちょっと良いかな?」
突然声が掛けられる。
声からして若い男だ。
団長達が振り向く。
俺からは団長が影になって見えない。
だけどその声を掛けた人物は団長達の間を通って俺の所に来る。
黒いフード付のローブに身を包んだ人物が前に立つ。
「すみませんが……。先程の話を聞かせてもらえませんか?」
黒いフードを被った人物が尋ねてくる。
フードで顔を隠しているからどんな顔かわからない。
何者だ?
だけどそんな事はどうでも良い。俺の話を聞いてくれるのなら誰でも良い。
「ああ良いぜ、聞かせてやるよ……。いやむしろ聞いてくれ……」
俺はこれまで会った事を話そうとする。
「おい待ちな兄ちゃんよ。そいつの話を聞かれると俺らが困るんだよ!!」
団長が後ろから剣を黒いフードの人物の首元に突きつける。
「あの……。人に剣を突きつける時は反撃をされても文句は言えないと思いますよ」
そう言うと黒いフードの人物は団長の剣を掴む。すると団長の剣が黒い炎に包まれて消えていく。
「な! なんだ! 魔術師か?!!」
団長が驚きの声を出す。
「悪いけど、しばらく喋れないようにさせてもらうよ」
黒いフードの人物が振り返ると突然団長達が倒れる。
何が起こったのかわからない。
団長達は全員口を押えている。
良く見ると顎が外れているみたいだ。
「ふが……ふが……」
団長は何か言いたそうに黒いフードの人物を見ている。
その目が恐怖で染まっている。
「ここで会った事を誰にも話さないのなら行って良いよ」
黒いフードの人物がそう言うと団長達は逃げて行く。
「さて……。くわしい話を聞かせてもらえないかな。勇者は……レイジは生きているのだよね?」
俺はその言葉に頷いた。
◆暗黒騎士クロキ
自分とナットはドズミと名乗った男が普段ねぐらにしている場所に移動する。
ドズミのねぐらは外街の外れにある木造の掘立小屋だ。
所々に穴が開いていて今にも壊れそうである。
「そういう事があったのですか……」
「へへ、そうなんですよ旦那……」
ドズミの話によると、彼が所属していた戦士団の団長が目を付けていた女性を勇者に横取りされたそうだ。
横取りと言っても団長が女性に無理やり迫っていただけで団長と付き合っていたわけではない。
団長は女性に対して言う事を聞かなければ父親を殺すぞと言って脅した。
女性は聖レナリア共和国の市民では無いから法の保護を受けられず、団長の言う事に従うしか無かった。
そこで現れたのが勇者レイジだ。
女性はレイジに助けを求めた。女性は美人だったのでレイジは女性を助けた。
レーナ神殿に認められた勇者を敵にするわけにはいかないので団長は引き下がるしかなかった。
しかし、そのレイジが暗黒騎士の手によって死んだという噂が流れた。
レイジが死んだ事で女性達は保護を受けられなくなり、女性の父親は団長の手にかかって死んだ。
だけど、レイジは生きていた。
さすがに外街でも殺人は許されない。
女性の父親を殺す時も実行犯は分からないようにしていたらしい。もっともレイジがそんな事で報復をしないわけが無い。
だからこそ団長はレイジの報復を恐れて犠牲の羊を差し出そうとした。
それが目の前にいるドズミだ。
もっとも、そんな事でレイジ達の目をごまかせるとは思わないのだが、団長の考えている事なぞわからないので黙っておく。
「ありがとう、良い情報を聞かせてくれて」
自分は腰の袋から宝石をいくつか取り出して渡す。
ドズミは目を開いて宝石を見る。
「これは……。本物?」
ドズミは宝石を違う角度から眺めたり、噛んだりもしている。
「少ないかな?」
自分が聞くとドズミは首を横に振る。
「これが本物ならこんな所から別の外街へと逃げ出せる。でも旦那、良いんですかい? こんな良い物を貰っても」
ドズミは少し呟くと叫ぶ。
「良いよ、必要な情報をくれたからね……。それにこのねぐらはもらえるんだよね?」
自分が聞くとドズミは今度は首を縦に振る。
「もちろんだ! こんなねぐらなんか旦那にくれてやるよ! 俺はこの街から出て行く! ここは旦那が好きに使ってくれ!!」
「後、色々と教えてくれないかな……」
「俺で良ければ何でも聞いてくれ! 旦那が悪魔でも構わねえ!」
ドズミが笑いながら首を縦に振る。
これで拠点が出来た。
後はどうやってレイジ達の事を調べよう。
割り込みした部分です。
本当は悪い事だと思うのですが……。