狙撃手
◆黒髪の賢者チユキ
朝になり陣幕のまわりに戦士達が集まる様子を感じる。
この陣幕の中には魔法の照明があるから暗くはない。
しかし、外の空模様は曇りで薄暗く、深くて霧が出ている森の中はもっと暗いだろう。
これから戦士達が突入するが大丈夫だろうかと心配になってくる。
「お帰りなさい。シロネさん」
翌朝になりアルゴア王国からシロネが戻ってくる。
「ただいま。チユキさん。ところでお空のあれは何?」
陣幕に戻って来たシロネが空を指差す。
おそらくこの場にいる私達以外の人には見えないがだろうが、実は雲の上には空船が浮かんでいるのだ。
「ああ、気にしないで良いわ。ただの見学よ」
「?」
私は額を押さえて言うとシロネが首を傾げる。
「シロネさん! アルフォスっていう、すっごい!!美形の神様が来てるの! さっきナオちゃんと一緒に御舟を見に行って来たんだよ!!」
リノが興奮したように言う。
空船は歌と芸術の神アルフォスのものだ。
アルフォスは私達の戦いぶりを見学するつもりらしい。
その姿を思い出す。
とんでもない美男子だった。
リノが興奮するのもわかる。あれが真剣な目をして言い寄って来たらどんな女性も心が揺らぐかもしれない。
レーナにくらりとする男性の気持ちが少しわかったような気がする。
アルフォスは間違いなくレーナの男性バージョンだろう。
「確かに。ものすごい美男子だったすね~。それに側にいる女性達も美人揃いだったっす。まさに天国のような光景だったっすよ」
ナオがうんうんと頷く。
空船にいるのはアルフォスだけではなく、彼の妻達もいる。
その数は千名を超えるらしい。
全員が美女で、神族に女性天使にハイエルフに、中には元人間の女性もいるそうだ。
ナオの話によると一応男性もいるらしいが、あくまで護衛と雑用係みたいらしく、美女達に顎で使われていたそうで可哀そうだったとの事だ。
リノは「そんなのいたっけ?」と言っていたから、かなり影が薄かったのだろう。
しかし、美女達に加えて護衛もいるのでかなりの大所帯である。
それが雲の上で私達を見ている。
少しだけ腹が立つ。
「全く見ているだけでなく、手伝ってくれても良いのに……」
思わず呟く。
人間が困っているのだから、彼が出て来て戦えば良いのにと思うが、そんなつもりは無いようだ。
神のごとく見ているだけのようだ。
「別に良いさ。見させて置けば。妹の勇者である俺の戦いぶりを見たいだろ。だったらたっぷりと見せてやるさ」
レイジは不敵に笑う。
おそらくレーナが絡んでいるからだろう。レイジはやる気みたいだ。
だけど、私は不安に思う。
アルフォスの話しぶりからして、この森の中には何かが待ち構えているような気がする。
帰った方が良いのかもしれない。
「勇者殿。戦士達がそろいましたので、できれば彼らに激励の言葉を述べていただけないでしょうか?」
ポルトスが私達のいる陣幕にやって来る。
「わかりましたポルトス将軍殿。すぐに伺います」
私達が外に出ると戦士達が勢ぞろいしている。
勢揃いしているが並び方は整然としておらずただ集まっただけといった感じだ。
特に軍事訓練を受けていない自由戦士なので仕方がないだろう。
そして、そんな自由戦士達の装備もまたバラバラだ。
皮鎧を身に付けている者もいれば、ただ服を着て剣と盾を持っている者もいる。
戦神トールズの信徒なんかは上半身は裸である。
彼らはその教義から原則的に裸だ。ただ例外として大型の獣に魔獣、そして魔物の皮ならば身に付ける事が許される。
そのためトールズの戦士を見ると動物の仮装をしているように見える。
狼に熊に猪にオーク。
これではちょっとした、どうぶつの森だ。もっとも、おいでと言われても行きたくない。
それに対してポルトス将軍の側に控える騎士や兵士達の装備は整っている。
騎士達は板金の鎧に腰には長剣、そして馬に乗った時に脚部まで守るための凧型の盾を左手に持っている。
兵士達は鎖帷子に長い槍、そして直径60センチメートル程の円形の盾を左手に持っている。
どちらも自由戦士に比べれば装備がかなり充実している。
だけど、騎士も兵士も後方に待機して、森に突入はしないみたいだ。
つまり、装備が貧弱な者が突撃して、装備が充実している者が後ろにいる事になる。
しかし、誰も疑問に思わないみたいだ。
むしろトールズの戦士達は真っ先に突撃したがっている。
「戦士達よ! いよいよ突撃である! ここには女神レーナ様の寵愛を受ける勇者レイジ殿がおられる! 勝利は必ず得られるであろう! 貴君らの戦いぶりは必ず戦乙女の目に留まる! 勇敢な者は必ずエリオスの園へと導かれるであろう! さあ今こそ戦いの時である!!」
ポルトスが叫ぶと戦士達が一斉に叫びだす。
教義ではレーナの信徒もトールズの信徒も勇敢に魔物と戦って死ぬと、その魂は戦乙女によってエリオスに運ばれる所は共通だ。
そして、エリオスでは美しい天女達が歓迎してくれるらしい。
そのため、死を恐れる戦士はあまりいないようだ。戦士達は喜んで戦いに赴こうとしている。
私はその光景を見て宗教の恐ろしさを感じるのだった。
◆ゴブリンの王子ゴズ
「外の様子はどうだいゴズ?」
魔法の鏡で結界の外を眺めていると母が後ろから声を掛ける。
「母上。どうやら、いよいよ突入してくるようです」
俺はそう言って後ろを振り返る。
御菓子の城の大広間。そこには多くの男神が集まっている。
「そうかいよいよか! 我が妻になるべきレーナを奪おうとする愚か者め! このハルセスが消してくれようぞ!!」
黄金細工の装身具で身を飾った褐色の肌をした男が言う。
その姿は翼が生えている所を除けば人間と同じ姿にみえる。
しかし、もちろん人間ではない。魔法で人間の姿になっているだけだ。
このハルセスと名乗る男は遥か西の黄金砂漠に住む光の神である。
この神の治める地は貴族階級であるスフィンクス族を頂点に犬人族に猫人族、隼人族に蛙人族、鰐人族にフンコロガシ人族等の多くの獣人が住んでいるそうだ。
「貴様に出来るかな? 砂漠の小僧」
一番最後に来た黒い獅子頭の男神がハルセスを馬鹿にするように言う。
「どういう意味だ? 貴様? 黒い獅子の被り物をしているが貴様の正体はわかっているぞ!! ズト!!悪しき戦争の神め!!」
「ズトか。確か貴様の住む地では相手を侮辱するときは名を縮めて逆さに読むのだったかな?いいだろう相手になってやる」
黒い獅子頭の男が背中から大剣を抜く。大剣には七つの宝石が嵌められ輝いている。
「望むところだ! 貴様には我が父を殺された借りがある! 今この地で決着をつけてやる!!」
そう言うとハルセスの背中の翼が輝きはじめる。
巻き込まれないように俺は後ろに下がる。
「ふん! イシュティアに手を出した貴様の父ウシャルスが悪い。貴様がイシュティアの子とは認めん。バラバラにしてやったのに復活するとはな……」
「ふん。貴様の妹トトナ殿とヘルカート殿で我が父は蘇る事ができた。しかし、それで終わったと思うなよ! 悪神め! それにこの左目の借りもある! ここで決着をつけてくれよう!!」
ハルセスが自身の左目の黄金細工の眼帯を触る。
「我が妹とカエル婆も余計な事をする。もっとも、あっちの方は蘇らなかったようだがな。今度は右目も潰してやる」
ズトと呼ばれた神が笑う。
このままでは戦いになるだろう。
「やめな! 今は争うんじゃないよ!!」
突然ヘルカートが大声を出す。
ハルセスとズトがヘルカートを見る。
「ヘルカート殿。止めないでくれ、この悪神とは決着をつけねばならない」
「ハルセス。ウシャルスとイシュティアの子よ。今は優先順位を守りな。周りを見てみなよ。他の神が、お前達が潰し合ってくれるのを待ち望んでいるよ」
ヘルカートが笑いながら周囲を見る。
他の男神達がにやにやしながら二神が争うのを見ている。
ここにいる神達は勇者を倒す事で一致しているが、本来同じ天上の美姫レーナを狙う敵同士だ。
敵が減ってくれた方が良いのだろう。
「全く。ヘルカート殿。争いたければ争わせておけばよいではありませんか。ここにいる者達等いなくても勇者など私だけで充分ですよ」
そう言って赤銅色の肌をした男が前に出る。
この男も蠍の尾が有る事を除けば人間の姿をしている。
蠍の尾を持った男神の名はギルタル。愛称でギルターと呼ぶ事もあるらしい。
ギルタルはハルセスとは違う砂漠に住む蠍人達に崇められる神だ。
また確かブルウルという妹神がいたはずである。
これで遥か西に住む砂漠の神がここに二柱もいる事になる。
「どういう意味だ?! ギルタル! 砂漠の死の神よ!!」
ハルセスがギルタルに噛みつく。
ギルタルはかつて死神ザルキシスに従属していた神だ。
そのためギルタルも死神と呼ばれる事もある。
「言った通りの意味ですよ。私だけで充分です。もちろん、あの麗しいレーナに相応しいのもね」
気障っぽくギルタルが笑う。
「ふん!!レーナに相応しいだと! 貴様には蜘蛛女のアトラナクアだけで充分だ!!」
ズトもまた怒りを隠そうとはしない。
「アトラナとは今は別居中なのですよ。聞けば今はナルゴルに保護されているようですね。近況をモデスから教えてもらいましたよ。ヘルカート殿。妻がお世話になっています」
ギルタルがヘルカートに礼を言う。
「ああ、アトラナクアはこのヘルカートが預かっているよ。いずれお前の所に返してやるさ。それから、ギルター。お前さんも今は争わないで欲しんだがね」
ヘルカートがやれやれと首を振る。
「わかりましたよ。貴方には世話になっています。今は勇者を倒す事に協力しましょう」
ギルタルの言葉にヘルカートが満足そうに頷く。
「そういう事だよ! 争いはレーナの恋人である勇者を倒してからにするんだね! その後でいくらでもレーナを巡って争いな!!」
ヘルカートの言葉に男神が頷く。
彼らはレーナを狙っている所では一致している。最大の障害である勇者を倒す事では共闘できるみたいだ。
「それからダティエにゴズ!!」
ヘルカートがこちらを見る。
「な?! なんでしょうか?! ヘルカート様?」
母が慌ててヘルカートに寄って行く。
「人間共の相手はお前達がするんだよ!!それぐらいはできるだろうね?!!」
俺と母は頷くしかなかった。
◆暗黒騎士クロキ
「何だよ? あれ? レイジ達だけじゃなかったの?」
転移魔法でアケロン山脈へと移動して、そこから、竜のグロリアスに乗って御菓子の城に向かう事にした。
人狼のダイガンの話では突入は朝になるらしく、またクーナの話では大魔女のヘルカートが御菓子の城にいるらしい。
なぜ、ヘルカートが御菓子の城にいるのかわからない。
まあ、ゴブリンの女王ダティエはヘルカートの弟子らしいからヘルカートがダティエの所に行っても不思議ではないが、急にどうしたのだろう。
疑問に思ったけど、ヘルカートがいるなら安心した。
安心したせいか行動が遅れてしまった。
そして、御菓子の城に向かう途中で、雲の上に空飛ぶ船が浮かんでいるのが見えたのだ。
空船を見かけた自分は慌てて雲の中に隠れたのである。
そして、隠れたまま朝を迎えてしまった。
今頃レイジ達が御菓子の城に突入している頃かもしれない。
ダイガンの報告ではレイジ達しか来ていないはずだ。
何者だろう?
レイジ達の仲間だろうか?
だとしたらやっかいだ。
レイジ達だけなら何とかなると思っていたが援軍がいたのでは、ちょっときついかもしれない。
「どうするのだ?クロキ?」
クーナが自分に心配そうに言う。
本当は突入すべきかもしれない
しかし、ダティエには悪いがクーナや魔王の御子であるポレンの方が優先順位は高い。
危険な目に会わせるわけにはいかない。
レイジ達だけなら大丈夫だと思って連れて来たが状況が変わってしまった。
これでは迂闊に動けない。
振り返りクーナの後ろを見る。
後ろではポレンがグロリアスの背中で「もう、食べれない……むにゃ…むにゃ…」といかにもな寝言を言いながら寝ている。
一緒に寝ているプチナが抱き着かれて苦しそうだ。
「本当どうするかな?」
自分は悩む。
とにかく、あの空船に乗っている者がどうしてここにいるのか知りたい。
レイジの味方をしに来たのではないなら、何とかなるかもしれない。
自分はグロリアスをもう少しだけ空船に近づける事にする。
そして、雲に隠れながら、ある程度近づいた時だった。
強烈な敵意を空船から感じ取る。
「まずい!!!」
瞬時に魔剣を呼び出し振るう。
雲を斬り裂き、自分に向かって真っすぐ飛んで来た矢は魔剣によって二つに斬り裂かれて黒い炎によって燃やされて消える。
グロリアスが低く唸る。
背中ではクーナが大鎌を手に取る気配がする。
「すまないクロキ。防御が間に合わなかった」
クーナが詫びるが仕方が無い。
敵意を感じてから矢の飛んで来る速さがとんでもなかった。
あれでは防御魔法を展開する暇も無かっただろう。
「クロキ先生? どうしたのですか?」
異変を感じて飛び起きたポレンが不安そうな顔をする。
「敵です。殿下」
断言する。
これほどの敵意を向けている相手が敵でないはずがない。
自分は空船を睨む。
魔力を帯びた矢によって目の前の雲が消えたので視界を遮るものは何もない。
遠い空船の上では弓を構えた男が立っている。
男の自分から見ても、とんでもないイケメンだ。
そのイケメンの側には多くの美女達が取り巻いている。
イケメンと美女を乗せた空船が近づいて来る。
自分は油断なく構える。
「すまないね、巨大な竜が近づいているから、思わず攻撃してしまったよ。まさか誰かが乗っているとは思わなかった。怪我は無かったかい?」
イケメンがぬけぬけと言う。
矢は間違いなくグロリアスではなく、自分の心臓に向かって飛んで来た。
つまり、このイケメンは自分が乗っている事に気付いていたのだ。
何者だろう?
イケメンは穏やかに笑っているように見えるが、先ほどから強烈な敵意を放っている。
イケメンに恨みを持つことはあっても、イケメンに恨まれる事があるとは思えない。
自分はイケメンの周りにいる美女達を見ながらそう思う。
美女達は体のラインが透けて見える白い衣に金銀細工の美しい装飾品を身に付けている。
大きく開いた胸元やスリットからは魅力的な谷間と白い足が見える。
イケメンはそんな美女に囲まれて笑っている。
美女達はイケメンを見て瞳を潤ませている。
クーナが生まれる前だったら涙が出る程羨ましくて泣き叫んでいたに違いない。
美女達はイケメンに対して自分を嘲るように見ている。
「嘘!!あ!!あれはアルフォス様です! 先生! まさか!実物を見る事ができるなんて!!」
ポレンがイケメンの顔を見て叫ぶ。ちょっと嬉しそうだ。
それからアルフォスという名は聞いた事がある。
何しろレーナの兄だ。人間から歌と芸術の神と崇められているはずである。
そのアルフォスが自分を真っすぐ見ている。
よくわからないが、避けては通れないような気がするのだった。
エジプト神話を題材した小説は色々とありますが、昔読んだ聖刻の書が一番好きだったりします。
表紙や挿絵のメル王女の衣装がとっても印象的でした(≧∀≦*)
かなり昔の小説で、自分が初めて読んだ時も完結してから数年後だったりします。
もう一度読んでみたい。
最後に視点が変わりすぎるという指摘を受けたのですが、治せる自信がなかったりします……。ごめんなさい。