セルキーの里
◆暗黒騎士クロキ
アスピドケロンに乗って北海へと進む。
北海には氷の島という氷の精霊力が強い場所がある。
そこから吹く風が中央大陸の北部を寒い地域へと変えている。
その氷の島の付近にクラ―ケン達が多く生息しているのだ。
自分達は今そこへと向かっている。
オークの国であるノソイを発って三日。
順調に進んでいると言えるだろう。
アスピドケロンの周囲にはオークのエザサが率いる船団が、アスピドケロンを守るように航行している。
このオークの船には帆も櫓もない。
ではどうやって航行しているかというと、オルカという海の魔物がこの船を引っ張っているからだ。
オルカは巨大で、鱗があり、牙と豚のような鼻を持っていて、剛毛が生えている。
顔つきがオークに似ている事から、別名を海オークと呼ばれていたりする。
エザサ達オーク族はこのオルカを飼いならし、漁を行っているそうだ。
アスピドケロンの背に建造された館の3階の窓から外を眺める。
この世界にはガラスがあるので窓を開けずに外の世界を見る事ができる。
ガラスは高価であるが、魔王の別荘であるこの館の窓には全て嵌められている。
外を眺めると、海に氷が浮かんでいるのが見える。
この館の周りには防寒のための結界が張られているので寒くは無い。
もっとも霜竜の力を得た自分ならば結界の外での活動も可能である。
自分は外を見るのをやめて部屋の中を見る。
「いや~。やっぱ寒い時は鍋にかぎるね。ぷーちゃん」
「全くなのさ。殿下」
ポレンとプチナがチーズ鍋を食べている。
さっきから2人は食べてばかりだ。
特にポレンは食べ過ぎじゃないだろうか?
何か食べないと死んじゃう病にかかっているのではないだろうか?
しかし、食べ過ぎではないですかと言えない。
ポレンは最初クラ―ケンを獲り行く事を嫌がっていた。だから、彼女が気を悪くする事は言えない。
そう思い、ポレンを見る。
凄く幸せそうに鍋を食べている。
そして、この笑顔である。
あんなに幸せそうに食べていたら何も言えないではないか。
「クロキ先生~。先生も一緒に食べませんか~」
「いえ、殿下……。さすがにもうお腹一杯ですので、遠慮しておきます」
ポレンが自分を誘うがさすがにもう食べる事はできないので、やんわりと断る。
「そうですか……」
ポレンが寂しそうにする。
悪いと思う。さすがにもう食べれない。
最初は付き合っていたが、これ以上は無理である。
「ぬふふふふ。閣下が食べないのなら。かわりにうちが食べるのさ」
「あっ!!ずるい! ぷーちゃんそのお肉は私のだよ!!」
ポレンとプチナは楽しそうに食べている。
それにしてもプチナも良く食べる。
見た事は無いが正体は巨大な熊らしいので、人間の少女の時も食べる量は変わらないのかもしれない。
自分は再び外を見る。
すると前方に氷の塊が浮かんでいるのが見えてくる。
どうやら氷の島の近くにたどり着いたみたいだ。
「殿下。どうやら氷の島に近づいたみたいです。自分は少し外を見に行きます」
「はふ~」
自分がそう言うとポレンは口に物を詰め込んだ状態で返事をする。
館を出てアスピドケロンの頭の方へと行くとハイリザードマンの将軍であるリブルムがいる。
「これは閣下。どういたしました?」
リブルムは自分に気付くと礼をする。
「いえ、リブルム将軍。氷の島に近づいたみたいなので様子を見に来ました。航海は順調ですか?」
「はい。エザサ殿が先導してくれますから」
自分とリブルムは前を見る。
エザサ率いるオーク船団が先に進み、海に浮かぶ流氷にぶつからないルートを探してくれる。
「なるほど、ところでリブルム将軍。クラ―ケンはこの辺りに生息していると聞いているのですが、どうやって探すのでしょうか?」
「その事なら大丈夫です閣下。クラ―ケンの所へはセルキー達に案内させます」
「セルキー? というとあのアザラシの?」
「はい。閣下。クラ―ケンはセルキーを捕食します。ですからセルキーの居る所にはクラ―ケンがいるのです」
リブルムのいうセルキーとはアザラシの姿をした獣人だ。
セルキーは海中ではアザラシとして生活しているが、陸にあがるときは皮を脱いで人間の姿になる。
人間状態のセルキーは非常に美しい姿をとり、人間を誘惑することに長けていると言われている。
そして、セルキーは夫や妻に不満を抱いている人間を探して、誘惑して愛の契りを結ぶ。
ただし、それは一夜だけだ。朝になると海へと戻ってしまう。
セルキーは一人の相手と短い時間しか一緒に過ごすことができず、その後はすぐ海へと戻らなければならないからだ。
ちなみに人間の方からセルキーと会いたいならば、海に七滴の涙を落とさなければならないと言われている。
また、もしセルキーが脱いだ皮を盗ってしまうと、セルキーは海に帰れなくなり、伴侶になるしかなくなる。
だけど本当の住処は海なので、結婚してからも恋しそうな面持ちで海を眺めていることが多いと言われる。
ただ、盗られた皮を見つけると、海にある本当の家や、時にはセルキーの伴侶の元へと直ちに戻ってしまう。
セルキーはアザラシの魔獣が人間と交配した結果生まれたらしい。
普通なら男の子は父親の、女の子なら母親の種族になるが、稀に両方の種族の形質をもった新種族が生まれるそうだ。
それがセルキーの祖先らしい。
似たような種族ではヒポグリフがそうだ。ヒポグリフはグリフォンと馬が交配した結果誕生した種族である。
「どうやら、セルキーの里へとたどり着いたようです。閣下」
リブルムの指差す方を見ると氷の上に複数のアザラシがいるのが見える。
かなりの数だ。
大亀のアスピドケロンはそのままセルキー達の方向へと進む。
こうして自分達はそのままセルキーの里へと向かうのだった。
◆魔界の姫ポレン
アスピドケロンの館の謁見の間。
美形の殿方達が、私の前で、膝を床に付き頭を下げる。
その光景にぐふふふふと笑いそうになってしまう。
美形の殿方達は全員がセルキー族の若者達である。
彼らは自分達の里に着いた私達を歓迎しに来てくれているのだ。
彼らはアザラシの自らのアザラシの皮を腰に巻いただけの半裸である。
すらりとした身体が良く見えるので目の保養になる。
「よくぞ、いらっしゃいました。偉大なる魔王陛下の御子、ポレンナ殿下」
涼やかな声が私の名を呼ぶ。
私の名を呼んだのはセルキー達の代表であるイヌルだ。竜魔将軍リブルムから名前を聞かされたので覚えている。
イムルは茶色の髪に漆黒の瞳を持つ凛々しい若者である。おそらくこの中で一番の美形だろう。
今彼は他のセルキー達同様膝を付いて頭を下げている。
もっと顔を見せて欲しい。
「皆さん。顔を上げて下さい」
私は顔を上げるように促す。
促されてイヌル達が顔を上げる。
綺麗な瞳が私に向けられる。
やはり美形は良い。
お持ち帰りしたくなる気持ちをぐっとこらえる。
過去に私はセルキーの若者と会った事がある。
その時、彼はお父様に貢物を持って来ていた。
私は彼と仲良くなりたくて腕を握った。すると彼の腕は簡単に折れてしまったのである。
軽く握ったつもりだった。
しかし、セルキーは私に比べるとすごく脆弱な体をしている。そのため、私がちょっと触っただけで大けがをしてしまうらしいのだ。
腕が折れた彼は泣き叫び、最後は泡を吹いて気絶してまった。
あの時の悲劇を繰り返してはいけない。
だから、美形の殿方が目の前にいてもお触りは禁止である。
「どうぞ殿下。選りすぐりの海の幸でございます」
イヌルがセルキーを代表して私に魚や海老や貝が乗ったお皿を差し出す。
それを見た、ぷーちゃんが思わず身を乗り出す。
「やったのさ、殿下。クラ―ケンを獲る前に海鮮鍋で前祝いなのさ」
ぷーちゃんが涎を流しながら言う。
何とも意地の汚い。
だけど、その気持ちはわかる。
「そうだね。ぷーちゃん。ぐふふふふ」
セルキーの美男子を眺めながら海鮮鍋。
これはとっても食が進みそうだ。
「イヌル殿。クラ―ケンの居場所なのですが、心当たりはありますか?」
私の隣で立っていた、クロキ先生が前に出る。
クロキ先生は何時もの暗黒騎士の格好だ。
ただし、兜は外しているので顔は見える。
先生はイヌルの前で床に膝を付いてニコリと笑う。
おそらく、イヌルと同じ目線で会話をしようとしているのだろう。
美形のイヌルとクロキ先生が並ぶと絵になる。
これでは色々と捗ってしまう。
「はい、閣下。その実は最近巨大なクラ―ケンがこの付近に出没しているのです。奴は僕達に目をつけたみたいで、漁をする僕達の前に何度も現れています」
「そうですか……。クラ―ケンに目を付けられているのですね……。そのクラ―ケンの元に案内してくれますか?」
「もちろんです閣下! 僕らの仲間がすでに何名も犠牲になっているのです! どうか我らの同胞の仇を取って下さい」
イヌルは涙を流しながら言う。
その涙に心が動く。
美男子は世界の宝だ!!それを食べるなんて!!許すまじクラ―ケン!!!
「安心しなさい! イヌルよ! そのクラ―ケンはこのポレンが退治して見せましょう!!」
私は席から立つと力を込めて言う。
周囲からおお!!っと声が上がる。
イヌル達からは感動した瞳を向けられ、クロキ先生からは感心したような瞳を向けられる。
今ので、クロキ先生の評価がすごく上がったような気がする。
やったね!!
「ど?! どうしたのさ?! 殿下?! 喰っちゃあ寝てばかりで、いつものものぐさな殿下らしくないのさ!!」
ぷーちゃんが横で余計な事を言う。
ちょっと黙ってて欲しい。
「さすがです! 殿下! 仕えてくれる者達のために動くのは上に立つ者の義務! さすがは魔王陛下の御子です!!」
クロキ先生はとても嬉しそうだ。
何だか照れくさい。
「えへへへへへ。そうですか?何だか照れちゃうな~」
思わず身をくねらせてしまう。
「ありがとうございます! 殿下! 僕らのために、動いてくれるなんて!!」
イヌル達が感動してくれる。
抱き着いてくれても良いのよ~。と言いたくなる。
「さあ! みんな! 取りあえず海鮮鍋を食べよう! そして明日から本格的に動きましょう!!」
私が言うとみんなが、おー!!っと声を出すのだった。
ついにブックマークが1000を越えました。やったー( ̄▽ ̄*)
そして、今回はクロキ達の話です。セルキーもまた、出そうと思っていた幻獣です。次はどの幻獣を出そうかと考えるのは楽しかったりします。
それでは来年もまたよろしくお願いします<(_ _)>