エルフの住む森
これも後から追加した話です。話の大筋には何も変更がありません。
◆旅の商人ラウス
「畜生、このラウス様がこんな目にあうなんて……。もうすぐプテア王国だってのに」
プテア王国まで商売のため、街道を歩いていたらゴブリン達と遭遇し命からがら森に逃げ込んだのである。
愚痴の1つも言いたくなる。
「プテアの騎士達は何をしているんだ」
騎士は街道など城壁の外を守るのが仕事のはずだ。あんな魔物が出て来るなど職務怠慢である。
だが、怒った所でどうにもならなかった。
「ここは何処だ、そんなに街道から離れてはいないと思うが……」
森は魔物達の領域である。
また、先ほどのゴブリンのような魔物に襲われるかもしれなかった。
はやく街道に戻らなればならない。夜になれば更に魔物達が出て来るだろう。
それまでに城壁のある都市の中に入らねばならなかった。
歩き続ける。
しかし街道には戻れなかった。
「喉が渇いたな……」
ゴブリンから逃げる時に全力で走ったせいで喉がカラカラだ。
「それにしても急に追うのをやめたがどうしたのだ?」
ゴブリンは足が短いわりに足が速い。40歳を超えた小太りの自分が逃げ切れるとは思わなかった。
だがまあ良いだろうと思う。命が助かったのだから、今はそんな事よりも喉が渇いた。
「歌……?」
歩いていると歌が聞こえてきた。
歌が聞こえてくる方に森の中を歩いていくと大きな泉があった。
その泉の真ん中に下半身を泉につけた裸の女性がいた。
歌はその女性が歌っているようであった。
美しい女性だった。思わず見惚れてしまう。
思わず近づいていくと木の枝を踏んで音を出してしまう。
「誰かそこにいるのですか?」
音で気付いたのか美女がこちらを見る。
「もっ! 申し訳ない! 覗くつもりはなかったんだ! ただ綺麗な歌声が聞こえてきて……」
あわてて弁解する。
「いえ、こんな所で水浴びをしていた私が悪いのです。どうです、あなたも一緒に水浴びをしませんか?」
裸を隠しもせず美女が微笑む。
その笑顔を見ると頭に靄がかかったように何も考えられなくなる。
「いえいえ、あなたような美しい方と水浴びなんてとんでもない! ただ、喉が渇いているので水さえ飲ませていただければ……」
自分は泉に近づく。
「そうですか。この泉は誰の物でもありません。自由に飲まれると良いと思います」
「そうですか。それでは遠慮なく」
美女がどうぞと言っているのだから良いのだろう。
それに喉が渇いているだけだ。ただもっと近くで見たいというやましい心からではない。そう自分に言い聞かせる。
美女はにこにこ笑っている。
泉の淵まで来ると身をかがめる。だが、視線は美女から目を離せない。
手さぐりで泉の水を掬うと口に含む。水はとても甘く感じた美女が浸かっているからだろうか?
もう一口飲もうとする。だがそこで自分の体に異変を感じる。
「体が……」
体がしびれて手が動かない。そこでようやく泉の中を覗きこむ。
「なっ……!!」
泉の中に巨大な獣の顔があった。その瞳は自分を見ている。
その獣の瞳を見た瞬間、頭の中の靄が晴れる。
そうだ、なんでこんな所にこんな美女がいるのだろう。こんな魔物だらけの森の中で。
なんでこんな異常に気付かなかったのだろう。
しびれる体を無理やりおこし美女の顔を見る。
美女は楽しそうに笑っていた。
泉から獣の頭が出て来る。その獣が大きく口を開ける。
「ああっ……」
もうどうにもならなかった。
獣の頭が向かってくる。
そして闇へと包まれる。
◆暗黒騎士クロキ
「はあ、結局今日も入れなかったな……」
ナルゴルを出て4日目である。
先ほど立ち寄った都市にもやはり入れてもらえなかった。
レイジ達がいる聖レナリア共和国まで旅を続けている。
ナルゴルから聖レナリア共和国までかなり距離があるようだが、この世界の自分は馬よりも速く移動できるため、わずか4日で目的地まですでに3分の2以上の距離を移動した。
計測していないが時速200キロメートル以上は余裕で出していただろう。
この世界での自分は超人だ。
彼らも映像で超人的な動きをしていたから、自分がいた世界の人間がこの世界にきたら超人になるのだろう。
人間の住む土地を旅している間にこの世界の人々がどのように生活しているかを見た。
この世界の人間は面ではなく点を基準に生きている。
昔のギリシャのように都市国家が無数にあるのだ。
そして都市の外は人の世界ではない、多数の魔物が跋扈する魔境だ。
人間は城壁を築き都市の中とその周辺のみで生活する。
そして街道で都市と都市をつないでいるのだ。
都市国家は村のような小さな物から、衛星都市を持つ巨大な都市国家もある。
政体もまた様々で王制だったり共和制だったりで違いがある。
ようするに市長が世襲なのか選挙で選ばれるのかの違いだ。
また、王制でも市長だけでなく、次長や課長クラスも世襲である貴族がいる国家もあれば、市長だけが世襲の国家もある。もちろん、共和制の国家でも貴族のいる国家も存在する。
宗教はやはりというかエリオスの神々だ。
ナットの話によればエリオスの神々を信仰しない人達も辺境にはいるそうだが、彼らは蛮族と呼ばれているらしい。
ちなみに、自分が立ち寄った都市はプテア王国と言って人口が約2万人の都市国家である。
もっともそれは市民権を持つ者が約2万人というだけで、市民権を持たない者を含めるとさらに人口が増えるだろう。
市民権を持つ者はその都市国家の国民であり、市民権を持たない者は外国人である。
そのため、市民権を持たない者は簡単には城壁の中に入れてもらえない。
それでは流通をどうするのかと言うと。国家間で条約を結び、互いの国の市民権を持つ者の入国を自由にする。そういった条約を複数締結することで、人の往来を自由にするのだ。
もちろん、まったくどことも条約を結ばない完全自給自足経済の閉鎖的な国家もあるそうだ。
ちなみにどこの市民権ももっていない自分には、どこの都市国家にも正式な手段で入る事ができなかった。
それなら、いままでどうやって飲み食いしてきたかというと。
まず、森には食べ物が豊富にあり、ザクロのような果実等が取りほうだいであった。
他にもたくさんの果実があり。魔物さえ出なければ普通の人間もここで生活できただろう。
火の通った食べ物が欲しい時は、さすがに城壁の中に入るしかなかった。
飛行の魔法でこっそり入って、店主に謝りながら肉の串焼きを一本盗んで食べたりした。
お金があれば良いのだがモデスは人の世界で流通している金銭を持っていなかった。
変わりにナルゴルで取れる宝石をもらったのだが、自分はもちろんナットも換金する方法がわからず結局使えず、どうする事もできなかった。
「さて今日はどうするかな、ナット?」
自分は旅の同行者であるナットに聞く。
「影のマントで中にこっそり入りヤスか?」
正面から正規の手続きで入る事はできないがモデスからもらった魔法の道具である影のマントを使えばこっそり入る事ができた。
この影のマントと呼ばれるフードの付のマントは、フードを被り顔を完全に隠す事で隠形の魔法を使ったのと同じ状態になる事ができた。
隠形の魔法はその存在感を消す魔法であり、その魔法を発動させると人はその人に気付かなくなる。
もっとも隠形の魔法は探知系の能力を持つ者や探知系の魔法を使う者には効かず、また一度認識されると隠形の魔法は解けてしまう。
それは影のマントを使っても同じだった。
「いや今回はやめておこう、レイジ達の情報は大体どれも一緒だったし」
レイジ達の情報を集めるのが目的なので、なるべくレイジ達が立ち寄った都市を通って聖レナリア共和国に向かっている。
レイジ達の話はどれも似たような物だった。
レイジ達は多くの魔物を打倒して人々を救っているらしい。
もちろん多くの人から感謝されている。
だけど中には怖れを抱く人もいるようだ。
人間とは思えない程の強力な力を持つ者に対する畏怖である。
また中にはレイジ達によって被害を受けた者もいるようだ。
そういう訳でプテア王国に入ってもレイジ達の話も特に変わらないだろうと思うし、お金が無いので宿屋にも泊まれないからプテア王国に入る意味はなかった。
「ナット、今日はこの近くで野宿にしよう」
「それじゃ寝床と食事を探しヤスか」
「そうだね」
もうすぐ、日が暮れそうなのでそろそろ休んだほうが良いだろう。
幸いこの近くの森は豊そうである、食べ物には困らないだろう。
魔物も魔法で結界を張ればよほど強い魔物でないかぎり寄ってはこない。
森の中を食べ物と水を求めて歩いて行く。
しばらく歩いた時だった。
森の奥から歌が聞こえる。
「歌……」
自分は首をかしげる。
ここは魔物が跋扈する森の中であり、こんな所で歌う者がいる事は異常であった。
「綺麗な声でヤンスね……」
ナットがうっとりした声で言う。何も疑問に思っていないようだった。
「ディハルト様、行ってみやせんか?」
ナットは声のする方に行きたそうに言う。
声から察するにナットの状態がおかしい。
どうやらこの歌を聞いた事でこうなってしまったようだ。
「わかった、行ってみよう」
自分もまたこの歌の主を見てみたかった。
しばらく歩いて行くと、森が開けた所に大きな泉があった。
その泉の真ん中で下半身を泉に付けた裸の女性らしき者がいた、歌はこの女性らしき者が歌っているようだ。
「そこにいるのは誰ですか?」
女性が自分達に気付いたのかこちらを見る。
「あっいえ……、歌うのを邪魔してすみません。どなたが歌っているのか気になりましたので」
自分は頭を下げる。実際に興味があったので見に来て良かったと思う。お陰で珍しいものが見る事ができた。
「いえ、気にしないで下さい。どうです、あなたも一緒に水浴びをしませんか?」
「いえ結構です。自分達はこのまま去ります。歌を続けてください」
自分はそのまま去ろうとする。
「ディハルト様。綺麗な水があるでヤンス。ここで夜を過ごしたらどうでヤンスか?」
ナットがここに留まりたさそうに言う。
「ナット、この泉の水は飲めないよ。毒が入っているからね」
「えっ毒でヤンスか!!」
ナットがその言葉に驚く。
この泉の水には魔法の毒が入っている。おそらく体を麻痺させるたぐいの物だろう。
「そんな毒だなんて……。もう少しゆっくりされてはいかがでしょう」
女性が言う。
その言葉は少しだけ不快だった。
この女性は自分を捕食対象として見ている。
自分はこの世界に来てから敵意や自分を害する視線に敏感になった。
たとえ、何十メートル離れていても敵意を向けられれば気付くことができる。ルーガスがいうには敵感知の能力らしいのだが、不快な視線にさらされるのはあまり良い感じがしない。
それに、先ほどからこの女は自分達に魅了の魔法を使っている。
それも不快の原因だ。おそらく先ほどの歌にも似たような効果があったのだろう、ナットがおかしくなったのはそれが原因に違いない。
この女は魔物なのだろう、この女の裸を見ても何も感じない。
歌やその人間のような容姿で惑わして近づいた獲物を捕食する魔物だ。
もちろん食われるつもりはない。
だけど、この魔物と戦う気も起きなかった。
こちらは平和的に去ろうと思う。このまま行かせて欲しい。
自分はこれ以上、敵意を向けさせないために威嚇する。道中もたびたび魔物から狙われたが、威嚇すれば大概の魔物は逃げていった。
しかし予測ははずれ女の姿をした魔物はより自分に敵意を向けてくる。
「貴様っ!!」
女性の顔が憤怒に変わると突然泉から巨大な獣の頭が出て来る。獣の頭は6つあり首を伸ばして襲いかかってくる。
予測ははずれた、自分を食べるのをあきらめてはくれなかった。それに予想以上に速い。
「はっ!!」
自分は抜剣しながら獣の頭を避けるとその1つを斬り落とす。
「ぐうううう! 人間ごときが!!」
女は苦悶の表情を浮かべる。その顔には先ほどのような優美さはどこにもない。
「これでも喰らえ!!!」
泉の水が大きな塊となって空中に浮かんでいく。
「水泡散弾!」
魔物が叫ぶと大きな水の塊が砕け散り自分に向かってくる。
「魔法盾!」
咄嗟に叫ぶと自分の前面に円形の光の盾が生まれる。水の散弾は魔法の盾に阻まれる。
水の散弾が止み、魔物が陸上に上がってくる。
魔物の泉によって隠されていた下半身が白日の下にさらされる。上半身は人間の女で下半身には巨大な6つの獣の頭と複数の触手が蠢いていた。
その姿はとても醜悪だった。
魔物がこちらに来ようとする。
あまり速くはない、おそらく陸上では速く動けないのだろう。
「ナット、無事かい?」
「はいでヤンス……。目を回しそうですヤンスがなんとか」
突然の展開にナットはついていけていないようだった。
「ナットは下がってて」
自分はナットを地面に降ろすとナットは自分の後方へと下がる。
「よっ、よくも頭の1つを!!」
魔物は憤怒を込めた目でこちらを見ている。斬り落とした頭があった所から黒い血がぼとぼと地面にこぼれている。黒い血が流れた地面から白い煙が出ている。血の落ちた周りの植物が枯れている。魔物の血には毒があるのだろう。
速く動くことはできなさそうなので、逃げれば助かるだろうが魔物の様子から放っておくとどこまでも追って来そうな気がした。
それは少し面倒だった。それに戦えばたぶん勝てる。
「人間ごときがー!!」
魔物がこちらに向かってくる。その動きは遅い。
獣の頭と触手が襲ってくる。
自分は体を回転させ、獣の頭と2つと触手を斬り落とすと飛び上がる。
「馬鹿な!!」
魔物の驚きの声。
自分はそのまま魔物の上半身に飛び込み斬り裂き魔物の後ろに着地する。
「ば……馬鹿な……!!」
魔物はそのまま倒れこむ。
魔物は頭を仰け反らせるとこちらを見る。
「そ……そうか……き……貴様は神族だな……。人間と思って……あなど……失敗……」
魔物はそう言うと、ガクッと崩れ落ちる。
「神族じゃないのだけどな……」
だが間違いを訂正する気は起こらなかった。
魔物は白い煙を上げながら縮んでいく。どうやら、倒せたようだ。
「ディハルト様~。大丈夫でヤンスか?」
ナットが魔物を迂回しこちらまで走ってくる。
「今まで見たことない魔物だね、しかもかなりの強敵だね」
これまで道中で見たのはオーガやゴブリン等ばかりでこんな魔物は見た事なかった。
「へい……あっしもこんな魔物を見るのは初めてでヤンス」
ナットですら見た事がないとは驚きだった。よっぽど珍しい魔物のようだ。
では別の誰かにこの魔物の事は聞いたほうが良いだろう。
自分は森の中を見る。
自分達を見ている者がいた、その視線から敵意は感じられない。ゴブリンやオークではないようだが何者だろう。
「そこに誰かいますか?」
自分は一応尋ねる。
自分が呼びかけると1人の少女が木の影から現れる。
歳の頃は自分と同じか少し下ぐらいだろう、白い肌に青い髪の綺麗な少女だった。
なぜ、こんな所にこんな少女がいるのだろうか、先程の魔物のようにこの少女も魔物なのだろうか。
しかし、少女からは何も敵意を感じず、その視線は先程の魔物のように不快ではなかった。
「ディハルト様。ありゃエルフでヤンスよ」
「エルフあれが」
よく見ると、耳がエルフ族の特徴として教えてもらった通り長く伸びている。
確かルーガスから聞いた話ではエルフ族は人間よりも遥かに長命の種族で女性しかいない。また、エルフ族の全員が精霊魔法の使い手で平均的な人間よりも遥かに強い種族であり、そのため魔物の多い森の中でも城壁に頼らず生活ができる。
また人間の若者に恋をして、しばしば攫っていったりするらしい。
自分は彼女を見る。彼女に攫われるなら人間の若者も悪い気はしないだろう。まあ自分には関係のない話だが。
そのエルフが自分に何の用事があるのだろう。
「あの……。あなた達は神様なのですか?」
エルフの少女はおずおずと尋ねてくる。
「いえ、人間だと思います?」
自分は疑問形で答える。
実は少しだけ気になっていたのだ。この世界の人間に相当する人々は自分の世界の人間と同じと考えて良いのだろうかと。
なぜなら自分はこの世界の人間よりも遥かに超人的な力を持っている。レイジ達も同じだ。外見が同じなだけで違う種族かもしれなかった。
「嘘、人間がスキュラを倒せるなんて、私達でもあいつ等には敵わないのに。本当に神様じゃないの?」
どうやら先ほど倒した魔物はスキュラというらしい。
「いや間違いなく神様ではないよ……」
自分は神と呼ばれるほど大した存在ではない。
「そうなんだ」
少女が近づいてくる。そして、目の前に来ると自分を上から下まで眺める。
「ふーん、ところであなた何者なの? どうしてこんな所に……?」
少女の顔が寄ってくる。
少女の瞳に自分がうつる。思わず目をそらしてしまう。元の世界でシロネ以外の女の子からこんなに近づかれた事はないのでドキドキしてしまう。
「い……いえ、ただの旅の人間です。ちょっと寝る所を探しているのです」
自分はしどろもどろに答える。
「あれ、人間の住処には入れないの?」
人間の住処とは城壁のある都市の事だろう。エルフの少女の問いに頷く。
「はい……ちょっとわけありで……」
「ふーん、じゃあ行くところがないんだ。ねえ私の家に来ない?」
「えっ!?」
自分は驚く。エルフは人間の若者に恋をしたりするそうだが、あまり人間とは友好的ではないと聞いている。
少女を見る。敵意は何も感じられない。その視線はむず痒いが不快ではない。
自分は少し考える。
「あの、それじゃ好意に甘えても良いですか」
好奇心に負けた。エルフの生活に興味があったのだ。
「うん、いいよ」
エルフの少女は明るく笑うと森の中へと案内する。
「気に入られたようでヤンスね」
ナットが茶化すように言う。
確かに少女からは好意のようなものを感じる。
少女はそのまま歩いて行く。
しばらく、歩くと周囲の景色に異変が起きた。
普通の森に見えるのに何かが違う。
「すごいね、結界に気付いたんだ」
「結界?」
「そう、入った者の感覚を狂わせる魔法が張られているの。だから、私の後についてきて」
少女はそのまま歩いていく。
そして大きな木にたどりつく。
それは非常に大きな木だった。その木の枝に複数の家が取りついている。
自分はそれを見ておおっと思う。テレビで見たことあるツリーハウスだった。
実はこういう家に少し憧れていたりする。まるで秘密基地みたいだと思った。
「ここが私の家だよ」
少女が言う。
「テス!」
上から声がする。声がした方を見るとツリーハウスから1人の女性が出て来る。
エルフの少女を少し年上にした感じの女性だ。その女性が家から降りてくる。
「あっお母さん! ただいま!!」
お母さんという言葉にびっくりする。お姉さんかと思ったのだ。
「テス! ただいまではありません。どこに行っていたのですか! それに……」
少女の母がこちらを見る。
「この方は一体?」
少女の母がじっとこちらを見る。
少女の母は少女に似て美人だ。そんなに見られると落ち着かない。
「お母さん! この人すごいんだよ! あのスキュラを倒したんだから!!」
少女は自分の腕にしがみつき自分を紹介する。
少女の柔らかい体が自分の体にくっ付く。
「スキュラ……。あの泉のスキュラをですか……」
少女の母の視線が下から上へと動く。
「あまり……強そうには見えないですね」
その言葉にこけそうになる。
「お母さん!それは失礼だよ!!」
少女が母に抗議する。
「そうですね、申し訳ありません。初めまして人間の殿方。私はハーディの森のダヴィア。そこにいるテスの母でございます」
ダヴィアと名乗った母親が礼をする。どうやら少女の名はテスと言うらしい。
「はい、自分は……クロと申します。旅の途中です」
自分は迷ったすえ、偽名を口にする。本名を名乗っても良かったが、何かの拍子に自分の名がシロネ達に伝わる可能性があった。なるだけ本名は使いたくなかった。
「お母さん、クロは旅の途中だって。家に入れて良いでしょ」
テスは母の了解をとるまでもなく家に入れようとする。
「あのテスさん……」
母親の了解を取らなくて良いのですかと言おうとする。
「しょうがないですね。どうぞクロ殿、我が家にお越しください」
しかし、あっさりと家に入れる。
正直見ず知らずの男を簡単に入れて良いのだろうか。それともそういう文化なのだろうか?
ルーガスの話によればエルフ族はそれほど人間に友好的ではないはずだ。ルーガスの知識も間違う事があるのだろう。
テスの家は大きな木の高い所にある。そこに登る梯子か階段らしき物はなかった。
どうやって登るのだろうか?と疑問に思ったがテスはふわりと飛ぶと簡単に届いてしまう。どうやら、精霊魔法が使えるエルフにとってこの高さは問題ないらしい。
「クロもおいでよ! 飛べるでしょ!」
テスは屈託なく笑う。
確かに自分にとってこの高さは何も障害にならない。
ツリーハウスにも興味がある、母親の了解もあるし入ってみよう。
自分は飛ぶとわくわくしながらツリーハウスにたどりつく。
そしてツリーハウスを見ておおっと思う。
このツリーハウスは木の上に建てられているのではなく、木にツリーハウスが出来ているのだ。木が膨らんで家になっている。なんとも不思議な家だった。
中に入って見ると以外としっかりした造りになっていた。部屋の中には火ではなく光の精霊を使った照明であった。自分が見た人の世界では、照明は松明か油であった事を考えるとエルフの生活は魔法をより使ったものなのだろう。
周りを見ると調度品も見事であり、人間の世界とはまるで違う。他にもいたる所で魔法が使われているようだ。
エルフの住居は一見原始的に見えるが、この世界の人の住居よりもはるかに快適な造りになっているようだ。
魔法があるためかこの世界は元の世界よりもある意味発達している。
もし元の世界も魔法が使える世界なら文明の発達もこのような物になっていたかもしれない。
「クロ殿、どうぞこちらにお座りください。今お茶をいれますね。テス手伝って」
「はーい」
ツリーハウスに戻ったダヴィアとテスがおそらく台所の方へと歩いていく。
気配から、このツリーハウスに住んでいるのはこの2人だけのようだ。
しばらくして、2人が戻ってくる。木のトレイにはお茶と食べ物が乗っていた。
2人は自分が座った椅子の前にあるテーブルにお茶と食べ物を並べていく。
お茶は赤く澄んだ色をしていて良い香りがした。食べ物は大きな平べったいパンが1つに、ニンジンのような野菜を輪切りにしてキャベツのような野菜と一緒に土鍋で煮込んだスープ、後は干果の入ったケーキがついていた。
「どうぞクロ殿」
自分はお茶を口に含む。その味は初めてだった、しかしとても美味しかった。
野菜を口にする。正直ちょっと薄味だが、今までろくな物を食べていなかったのでとても美味しく感じられる。
「どうかなさいました」
ダヴィアが自分に尋ねる。
「いえ、ちょっと今までまともな食事がとれなかったので。とても美味しいです」
人間よりもエルフの方が自分をもてなしてくれている。先ほどのプテア王国の門番こと入国管理官は自分を不審者のようにあつかって追い払った。実際この世界では自分は不審者なのだろうが、そういう扱いはされたくなかった。
テス達が歓待してくれるのに感激して涙が出そうだ。
「そうですか。どんどんお食べください」
ダヴィアが食事を勧める。
自分は久しぶりのまともな食事を口に入れる。
テスはそんな自分をにこにこしながら見ていた。
◆暗黒騎士クロキ
「おおっ久しぶりのまともな寝床だ」
夜もふけ寝室へと案内された。
「少しおかしいでヤンスね……」
ナットは訝しげな声をだす。
「エルフの事はあまり詳しくないでヤンスが、なんでここまで歓待してくれるんでヤンスか?ありえないでヤンしょ」
ナットの疑問は自分も感じていた。
今日初めて会ったばかりである。人間の都市に何度か立ち寄ったが皆冷たかった。他種族であるエルフがなぜ自分にこんなに優しいのだろう。
それに、エルフはまれに人間の若者に恋することがあるらしいが、基本的に人間に友好的ではないらしい。
「でもねナット。彼女からあまり敵意は感じられないんだ」
テスと名乗った少女からは嫌な感じはしなかった、むしろ良い感じだ。
「精霊の魔法を使われてるんじゃないでヤンスか?」
「いや、それはないと思うよ……」
なぜなら、ナットの様子が普通だ。正直に言ってナットの対魔力より自分の対魔力の方が上だと思う。
もし、魔法をかけているならナットは先ほどの魔物の時のようにおかしくなっているだろう。
自分にだけ魔法をかけたのなら別だが、テスはナットが喋る所を見ている。人間並みの知恵がある事に気付いているはずだ。何かを企むなら、自分にだけ魔法をかけるなんて事はないと思う。
「でも多分、何か思惑はあると思う。何か自分に頼み事があるのかもしれない……」
それが何かはわからない。でも一宿一飯の恩はなるべく返すべきだろう。
「頼みごとでヤンスか?」
「彼女は自分がスキュラを倒すのを見ている。何か別の魔物の退治を頼みたいのかもしれない」
「なるほどでヤンス、それなら納得でヤンス……」
ナットがうんうんと頷く。
ナットが納得した所でベッドに入る。ふわりとした柔らかさに驚く。
「すごいな、元の世界でもこんなに柔らかいベッドはなかった」
高級の羽毛布団で寝たことはないが、想像だがそれ以上かもしれない。
テスは丁寧にナットにも寝床を用意してくれていた。
「おやすみナット……」
「おやすみでヤンス」
久しぶりのちゃんとした寝床である。非常に気持ちが良くベッドからは良い匂いがする。
道中まともに眠れた事はなかった。そのため少し疲れが出たのだろうすごく眠い。
意識が闇の中に落ちていくのを感じた。
◆エルフの少女テス
「クロ殿は寝たみたいですよ、テス」
母が私に教えてくれる。
「お父さんには報告したのですか?」
ここは父と母の部屋である。
先程クロの事を父に報告したのだ。
自分の座っているベッドには父が眠っていた。父が眠っているのは私が生まれる前からずっとだ。
母が恋しただけあって美形だと思う。もちろんクロも負けてはいない。
自分が物心ついたころから父親は眠っていた。起きた姿を見たことはない。
父は人間だ。エルフには女性しかいなくエルフから生まれた女性はエルフになり、エルフから生まれた男性は父親と同じ種族として生まれてくる。
醜いゴブリンやオーガなんかと一緒になりたくないので大半は人間である。
実は私には兄と弟がいるが慣習にならって生まれてすぐに人間の住処に置いてきたと聞いている。
私の兄弟にあたる2人は人間の住処で今も暮らしているだろう。
また、恋したエルフは人間の男性を攫い伴侶にするため、人間の女性と諍いが絶えない。
母が父を攫って伴侶にしてしまった時も人間と揉めたらしい。もっとも醜く魔法が使えないひ弱な人間の女に母が負けるはずがなく父は母の物になった。
しかし、父は寿命の短い人間である以上、普通にしていたらすぐに死んでしまう。
エルフの女王様のみが使える魔法を使えば、人間でもエルフと同じ寿命が得られるが、妖精の騎士になる資格がなければ女王はその者に魔法を使ったりしない。
そこで一般的に眠りの魔法をかけた上で停滞の魔法をかける事で寿命を延ばす。
魔法をかけられた父は眠り続け、今もベッドで寝ている。
眠っているが父は死んでおらず生きている、体の生理機能も健在なので眠った状態で子供も作れる。
会話をしたい時は精神潜入の魔法で眠っている父親の夢の中に入り会話をする。今もクロに出会った事を夢の中で父親に報告してきた所だ。
「少し寝顔を見ましたが気持ちよさそうに寝ていましたよ。少し心に触れましたが優しい方のようですね。私に似てあなたの直感も優れているのでしょう」
母の言葉に私は頷く。
「当然よ、だって私が選んだ人だもの。はじめてクロを見た時運命を感じたの」
泉でクロを見たときビビッときたのだ。彼を自分の伴侶にしようと思った。
母は日ごろから直感が大事だと言っていた。母と父の出会いもこんな感じだったらしい。もっとも母は魔法をかけ強引に攫ったらしいのだが。
母に言わせれば醜い人間の娘と一緒になるより、自分のほうが綺麗なのだから問題ないとの事らしい。
それはクロにも同じ事がいえる。だから、クロも永遠にここにいた方が幸せのはずだ。クロの反応から私の事がまんざらでもないようだ。
人間の娘なんかより私の方がずっと綺麗なのだから当然だろう。
「じゃあ、クロの所に行ってくるね、お母さん」
私は母と入れ替わりに父と母の寝室からでる。
クロと夢の中で会話しようと思う。
夢の中は基本的に無防備だ。クロのいろんな話が聞けるだろう。
私はクロの眠る自分の寝室へと向かった。
◆暗黒騎士クロキ
「お世話になりました」
自分とナットはテスとダヴィアにお礼をいう。
テスが悲しそうな瞳で見ている。
テスの顔がまともに見れない。昨晩夢の中でテスは自分の甘い恋人となっていた。妙にリアルな夢だった。夢の中でかなり恥ずかしい事をしたような気がする。
「去ってしまわれるのですね」
ダヴィアも悲しそうだ。
「すみません、行かなければならない所がありますので……」
テスやダヴィアから何かを頼まれる事はなかった。
本当にただの親切心だったようだ。
ただ気になるのは朝の事である。朝起きるとすでにテスは起きていた。ただちょっと昨日より様子がおかしかった。それがちょっと気になる。
だが、先に行こうと思う。
「ありがとうございました。いつかこのお礼は返したいと思います」
自分はそう言うとツリーハウスを後にしようとする。
「クロキ!!」
テスが自分の名を呼ぶとよって来る。
「テス?」
「クロキ……また会えるよね……」
テスの目に涙が浮かんでいる。
「ああ、きっとまた会えるよ、テス」
自分はテスの頬をなでる。この行為も自分には似つかわしくない恥ずかしい行為だが、夢の中に比べればましだ。
自分は何度も振り向き手を振りながらテス達と別れた。
そして、しばらく歩いた時に気付く。
「そういえば、なんでテスは自分の本当の名を知っていたのだろう?」
◆エルフの少女テス
「良かったのですか、テス?」
母の言葉に首を振る。
「だって、仕方がないよ……。まさか異世界の人間だなんて……。クロキにはきっと何かこの世界の役割があるみたい。引き留められないよ……」
クロキと夢の中ですごした一夜は私の大切な思い出となった。
その夢の中でクロキの正体を知った。
クロキの力は凄まじく神族並みだった。人間なら魔法で永遠に自分のモノにできるのだが、クロキには私の魔法は効かないだろう。
クロキが去るという以上どうすることもできなかった。
私はクロキの背を見送る。
クロキは何度も振り返ってくれた。少なくとも嫌われてはいないはずだ。
また会いに来てくれるかもしれない。
「また会いに来てね、私の優しい暗黒騎士」
◆暗黒騎士クロキ
「ディハルト様。あれが聖レナリア共和国でヤンス」
丘の上から大きな都市が見える。
エリオス山を源流とする聖なる河と海が交わる河口にその国はあった。
テス達と別れて2日、ついに自分は目的地に辿りついた。
「さあ行こうかナット」
この世界のエルフはニンフの要素が多く混じってます。