最終話
「まあ、待て。まだ終わってないぞ」
不敵な笑みのジェイカーは、テーブル上のあるカードの上に手を置いた。
歩みを止めたネオと喜びに釘をさされたハルノは、ジェイカーの手元にあるカードを凝視しる。
「トランプは一からKまでの十三枚だけでは無いぞ」
ハルノは敗北を実感した。
それはジョーカーの存在を思い出したからだ。
ジェイカーがカードをハルノの足元に投げ捨てる。
普段ならカードに触ると負けのルールを覚えていて触りはしなかったはずだが、気が動転してカードを拾ってしまっていた。
ハルノの瞳には鎌をもった死神が写っている。
カードがハルノの手をすり抜けると、体に力が入らなくなったのか、その場に崩れ落ちた。
「では約束通り、すぐに帰って貰おうか!」
二人はガードマンに連れられスミカから追い出されてしまった。
仕事を終えた子分たちは大笑いをしながらネオとハルノをバカにした。
「カードに仕掛けがあるのにな。ハッハッハ!」
仕掛けは二人があれだけ調べたカードだった。
特殊なインクで書いた数字とマークを、特殊なメガネで見るだけのネオよりも、みっともないズルだったのだ。
「ふんっ。まさかジョーカーまでたどり着くとは思わなかったな。運がイイのはヤツだった。勝ったのは俺だがな。アッハッハッハ!」
このイカサマはジェイカーの鉄板で、他にも雀牌やサイコロ等のイカサマ道具を完備していた。
例えトランプを断られても他の道具を使えれば、それでよかったのだ。
「しかしスミカを返す必要はあったのですか? あのまま帰さずスミカも奪ってやれば良かったのでは?」
子分の卑劣なセリフに、更に卑劣なセリフをジェイカーが言った。
「バカかお前は? あいつらは金を借りたと言っていただろ。七百万も借りられる場所は限られてる。どうせ返すことも出来ず、すぐに焼死体で発見される。スミカは、ゆっくり回収すればイイ。空家なら安く手に入るだろ」
久々の高額臨時収入にジェイカー一家は湧いた。
すこぶる機嫌の良いジェイカーに子分たちも、今日は無礼講と大いに飲み始める。
その頃、エレベーターに無理やり押し込まれたネオとハルノは……。
「スミカは取り戻したけど、結局借金を返せず焼かれて人生おしまいね。七百万か~、焼け死ぬのは避けられないわね」
エレベーターは一つ下の五階で止まった。
ハルノの案内で、取り返した思い出のスミカにトボトボ歩いて行った。
スミカには基本鍵が付いていない。
不法侵入は太陽に罰せられるからだ。
所有者ハルノ・同居人ネオになっているのでスミカには問題なく入れる。
ハルノにとっては、どんなに絶望的でも久しぶりの我が家は落ち着くようだった。
家具はジェイカーが売り払ったのだろう、何もなかった。
しかしハルノは室内に残ったシミや傷跡・落書きが、幸せだった昔を思い出させた。
「最後にジョーカー引くなんて絶対イカサマしてた。証拠さえ見つけられれば契約違反に持ち込む余地はあるわ」
静かな闘志を燃やすハルノだったが、契約はすでに完了している。
なにより、もう一度ジェイカーに会うことすら不可能に近い。
泣き寝入りするしかないのだ。
「あんなに運良く引き続けたのに…… んっ!」
ここでようやくハルノはネオが一言も口を聞かない事にようやく気付いた。
セブンスを使ったのは確か。
だとすると最後の言葉は『クローバーのキング』だった。
「もしかして!」
ようやく喋れるようになったネオは、上着を脱ぎ右手に持つと真実を語りだした。
「運だけで一枚も被らずに、最後にキングを引いたのはオレもイカサマをしていたからだ」
ネオのイカサマとはカードを確認したあと配り、配置を覚える方法だった。
勝ちを確信していたジェイカー一家は、テーブルの件もあってスキだらけだったのだ。
何とか十数枚記憶する事に成功したネオだったが、最後のキングの位置だけは記憶していない。
奥の手としてセブンスを使い、誰にもカードを見せる事なくクローバーのキングだと思わせたのだ。
「だったら自分で配ったんだからジョーカー入ってるって知らなかったの! 記憶するのは見ながらじゃないと出来ないでしょ!」
ハルノの意見は正しかった。
実際ネオはジョーカーを一度確認していた。
「イチゴ牛乳を頼む」
ネオは脱いだ上着を渡し、そう言った。
ハルノは最後の晩餐にイチゴ牛乳はどうかとも思ったが、最後の願いを叶えようとスミカを後にする。
受け取った上着は想像より重く、内ポケットが膨らんでいた。
上着をなぜ渡されたのかも分からず、奇妙に感じポケットを探ってみると札束が入っていたのだ。
その札束の重さや厚さをハルノは知っている。
ジェイカーに渡した紙袋に札束を入れるフリをして上着にしまったのだ。
いつ、どのタイミングかは分からない。
ただハルノの手に七百万の札束があるのは夢ではなかった。
もうすぐ莫大な利子が付いてしまう為、ハルノは大急ぎで借金を返し車を売った金で安物のパソコンとイチゴ牛乳を買い、帰ってくる。
息を乱しながらネオにイチゴ牛乳を渡し、詳しい話を聞かせてくれと熱望した。
ネオは『紙袋を渡す』とは言ったが『七百万を渡す』とは言ってない。
そう説明するとだんまりを決め込んだ。
取り敢えず聞いてはみたものの、ハルノには予想がついていた。
交換したのなら子分から札束を受け取り、隅に置くまでの僅かな時間しかない。
ネオが回りを観察していたのは死角を探していたのだろうと。
何はともあれスミカを取り戻した安心感から、ドッと疲れが出たハルノは地べたに寝転がり、すぐさま寝てしまった。
ネットカフェで気づいた『めぐみの塔の仕組み』とは法律や契約・ルールを守りさえすれば、他には何をしても良いと言う事だった。
始めから負けるのを前提に勝負を仕掛け、怪しまれないよう些細な抵抗もした。
嘘は法で罰せられない。
現に『最長でも十四回めくれば終わる』の嘘に太陽は無反応だった。
これが今回の一番の収穫だったのかもしれなかい。
長いようで短かった塔での出来事を振り返り、ネオも壁に持たれながら座ったまま眠りについた。
スミカを確保した二人は布団もベットも無かったが、ゆとりを持って気持ちの良い朝を迎えていた。
のんびり今後の予定を立てていると穏やかな生活を実感できる。
「ひとまず今日はのんびりしましょう。人生焦るのはもう懲り懲りよ」
すっかり気の緩んだハルノはパソコンの記事を読んで驚いた。
イチゴ牛乳を飲むネオを呼び寄せると一つの小さな記事を見せる。
《ジェイカー一家のボスが焼死。原因は不明》
その記事は二人の平穏が幻だった事を物語っていた。
ジェイカー焼死は塔内部では小さな事件。
しかし二人に取っては大きな事件だ。
ネオもイカサマをする為に、厳密にイカサマを禁止しなかった。
つまりジェイカーが焼かれたのはゲーム絡みではない。
だが昨日の一件が関連しているのは疑う余地がない。
タイミングが良すぎるからだ。
二人は必死に原因を探す。
真っ白な窓も無い部屋で、ネオは答えにたどり着けず座り込む。
ハルノがパソコンである情報を発見したのは一時間後だった。
「あったわ。原因はこれよ! あいつ私たちが借金で死ぬと思ってたんだわ」
ネオもパソコンの画面を見て、理解したようだった。
画面には売りに出されたスミカが載っていた。
そのスミカはすでに購入済みになっていて、引渡しは明日になっている。
ジェイカーが焼かれたのは、そのスミカを自分の物では無いのに売りにだし、引き渡せなくなったからだった。
そのスミカがハルノのスミカ。
だが、ネオには疑問もあった。
「だが引渡しは明日なんだから、明日までは死なないはず。ジェイカーはそれを知ってたから、ゲームを受けてオレたちの焼死を狙った。違うのか?」
ハルノは推測の域は出ないと、前置きをした上で自分の考えを述べた。
「多分、買い手が夜ここに来たのよ。話が違うと思った買い手はジェイカーに尋ねる。その時には紙袋に七百万入ってないのに気付いてたはず。そうなると話がこじれて燃えた。そんな所ね」
ハルノの予想は当たっていた。
ジェイカーは借金を返し無事に生きていると知ったが、取り返す術を見つけられずにいた。
ネオとの契約はキッチリ守られていたからだ。
終了した契約を覆すのは、めぐみの塔では不可能。
全てを見聞きした第二の太陽が結果を出したのだから。
実は、ジェイカーもハルノと同じく悩んでいたのだ。
焦るジェイカーは買い手に詰め寄られ、返金による取引中止を申し出るも拒否され太陽に焼かれた。
それが真実だった。
だが真実が分からない当人達は、複雑な状況に試行錯誤する。
「マズイ。かなりマズイわよ。明日には所有者が二人になっちゃう。どちらかが譲らないと……どうなるの?」
「答えは太陽のみぞ知る……か」
一難去ってまた一難、二人の戦いはまだ始まったばかり。