第八話
「負けるのを怖がるのは結構だが、逃げるなら早くしてくれないか」
ジェイカーの眉がピクっと動いた。
見栄を張るのが仕事だと言っても過言ではない。
ここで引き下がるのは威厳に関わる。
余興にはなるかとジェイカーは勝負の確認に入った。
ひとまずはネオに軍配が上がったのだ。
「勝負は受けてやる。しかしだ。まずは七百万見せろ。お前たちが燃えるのを見た所で一銭にもならんからな」
「ネオ見せたげて! 私が借りたお金を」
「ほう。借りたのか」
借りたという言葉に反応したジェイカーは、紙袋から出した七百万を子分に調べさせた。
金額も間違いなく、調べ終わった子分が合図を送る。
ネオが札束を子分の手からブン取り、紙袋に投げ入れると部屋の隅に置いた。
「もういいだろ。サッサとルールを言え」
「細かい確認は、ここでの基本だ。気を悪くするな」
ニヤっと笑いながらジェイカーはトランプを用意させる。
上から床が見える透明のテーブルにトランプを箱ごと投げ置くとネオに調べさせた。
ネオとハルノがトランプとテーブルを調べている間にジェイカーが説明する。
「ルールは単純だ。カードを並べ、交互に一枚ずつめくる。めくったカードと同じ数字を出したら負けだ。これなら最長でも十四回めくれば終わる。お互い暇でも無いし、手っ取り早く済ませようや」
様子を伺うこともなく、すでに勝った気でいるジェイカーを見ると、何か仕掛けているのは分かりきっていた。
仕掛けを見つけられないネオは、調査を兼ねた予防線として追加の要求をしてくる。
「ルールは飲んだ。だが、こちらにも譲れない部分はある。一つは子分を全員、そっちの壁際に集めろ」
子分はジェイカーに指示を仰ぎ、壁際に移っていった。
ハルノとネオの後ろから子分が消え、全員視界に捉える。
おかしな動きをするのを防げる上、子分が後ろで何かするような仕掛けでない事が判明した。
ネオは次に現金の入った紙袋を指差し。
「紙袋もそうだがカードやテーブルにも一切触るな。カードに触って良いのはオレとそこのボスだけだ。これを破ったら、その時点で負けだ。良いな」
葉巻を灰皿に押し付け火を消すと、次の葉巻を子分に用意させる。
子分がライターの火を点けジェイカーは新しい葉巻を吸い出した。
独特の間を醸し出すと、呆れたようにこう言った。
「少しは考えたようだが、みっともないぞ」
ネオはいつも通り動揺する素振りはなかったが、ハルノにも瞬時に看破される程、取るに足らない策だった。
やはり付け焼刃でどうにかなる相手ではない。
少なくとも一フロアー制覇したのは伊達ではないのだ。
「触ってイイのはカードとテーブルにして貰おうか。そうしないと別のゲームになってしまう。俺は運の勝負がしたいんだ」
ニタニタ笑うジェイカー。
疑い無く運の勝負などするつもりは毛頭ない。
分かっていてもハルノは手が出せない。
制限を掛けられるかもしれないので助言も、ここぞという時に備えて温存しておきたかった。
「ああ、それで良い。ルールは以上だ。オレたちは勝とうが負けようが、すぐに帰る。この件は、これで終いだ」
「契約成立だな。では始めるか」
ネオがカードを切って、テーブルに並べ始めた。
誰も何も言わず、滞りなく並べ終わる。
ジェイカーはネオに先攻を譲った。
このゲームでは、一回目は絶対に数字が被ることはない。
お互い被らずに十三枚引くと後攻の負けになる。
つまり先攻の方が有利なのだ。
それでも先攻を譲ったのは仕掛けが機能している事を表した。
ネオが一枚めくる。
ハートのAだった。
次にジェイカーがめくる。
ダイヤの8。
未だに仕掛けを見抜けないネオが不利なのは変わらない。
カードをめくる手が止まる。
考えてもカードが透けて見える訳でもはない。
トランプに細工が無いのは確認済。
注意深くジェイカーと子分を見張るも動きはない。
「せっかく早く終わるゲームにしたのに意味がない。少なくとも一分以内にめくる事にしよう。異論は認めん。どうせ運なんだ。気楽にめくればイイ」
心にもない言葉だ。
だが時間稼ぎは出来ない。
一分以内にめくるのはルールでは無いが、ないがしろにも出来ない。
暗黙のルールというヤツだ。
相手の正論を否定もせず無視する。
人道に反する行為は法律では罰せられなくても、状況を悪くするには十分な効力がある。
責め立てられると非常に厄介極まりない。
言葉の駆け引きはジェイカーの方が一枚上手だった。
仕方なくお互いめくっていくが、六枚づつめくっても被らなかった。
キングだとセーフ。
汗ばむ手を服で拭いカードに手を伸ばした。
ハルノが緊張しながら見つめる中、カードをめくる。
「クローバーのキングだ」
そう言うとカードを投げ捨て、紙袋を取りに歩き出した。
ハルノが大喜びする声だけが聞こえる。
なぜか子分たちに動きはない。
微動だにせず立ったままだった。