第七話
「つまりジェイカーというヤツに会った時、三百万持っていなかったら焼かれる。持っていれば交換でスミカが返して貰えるという事か」
ネオは二つ分かった事があった。
一つはスミカを取り戻す方法。
二つ目は、めぐみの塔の仕組み。
これで取り返す算段は整った。
相手にセブンス持ちや、特殊な機械でも無い限り負けは無い。
しかし問題はあった。
お金は用意できないので賭けをして取り返すのだが、ジェイカーが賭けに乗るかどうか。
その賭けにネオが代理として受けられるのか。
そこが問題だった。
ジェイカーには勝負すらせず、焼き殺しても十分メリットがある。
無理に賭けをして損をするとは思えない。
仮にネオ一人で会いに行っても、怪しい男が一人で来たと確実に罠を疑って追い返される。
二人は椅子に座るのも疲れ、あれこれ姿勢を変えながら話し合った。
お腹が空くことはないが時間は迫ってくる。
ネットカフェの時間ではなく滞在時間だ。
作戦にお金が用意できないと言ったのは滞在時間の関係。
ネオは最初にジェイカーに会う事なく仕事をこなし、コツコツ金を貯めれば良いと提案した時に知ったのだった。
基本的な話『恩恵を受けられるのは住居者だけ』スミカが無いと恩恵が受けられないはずなのだ。
しかしネオとハルノはお腹も空かず生きている。
なぜ生きているのか?
それはスミカのない非住居者は、人生のうち一週間だけ恩恵を受けられるのだ。
その間にお金を貯めスミカを見つければ良いシステム。
最初の新参者狩りは、主にこの一週間を与えないために行われる。
残された時間はネオが六日と十六時間、ハルノが三日と十一時間だった。
良い案が浮かばない二人は仮眠を取る事にした。
貴重な時間は刻一刻と失われていく。
常にライトが照らされ、時間の感覚は完全に麻痺していた。
睡眠によって頭は冴えたものの一向に名案が浮かばない。
「そうだ! セブンスでスミカを返せって言えばイイだけじゃないの! 何を真剣に考えてたのかしら」
ストレスの開放から尋常ではないほど上機嫌になったハルノだが、根詰めすぎて軽い混乱を起こしているだけだった。
とにかく何でも良いから結論を出したい。
そういう状態だった。
しかし現実は非情。
時間もなくなっていく。
ネオはハッキリと言い放った。
「オレの力では『命令』は出来ない『信じさせる』だけだ。相手が完全に信じていない事も信じさせられないし、あまり細かく言うと効果も弱まってしまう」
『明日、地球が爆発する』のような現実味のない話は、信じさせられない。
あまりにも細かく『どこで誰が何を』と言ってしまうと本来の効力が発揮されずイレギュラーが起こってしまうかもしれない。
ネオが言ったのは、そういう事だった。
ハルノにしてみればセブンスは万能だと思っていたのに勝手に裏切られた気分になる。
元気づける術のないネオも半ば諦めかけていた。
諦めるといっても一旦塔を出て作戦を練り直すという意味だったが、とにかく諦めかけていた。
わざわざ会いに行って負けるなら、勝負ができない方がマシだ。
そう結論付けようとした瞬間、ネオが閃く。
その閃きは今までの問題を一掃したのだった。
この時、ネオの残り時間・三日と十七時間、ハルノの残り時間・十二時間。
時は少しだけ進み、六階フロアーのエレベーター前に二人のガードマンが立っていた。
屈強で強面な二人の男はジェイカーの子分だ。
塔の中では武器は、逆に危険なので何も持っていない。
ゆえに屈強な男が見張り番だった。
悪名高いジェイカー一家のフロアーに来る人など普通は居ない。
勿論、今までも居ない。
誰も来ないと思っているガードマン二人が雑談をしていると、エレベーターが到着した音がした。
ガードマンが振り向くと、ネオとハルノがエレベーターから出てくる。
「ここが、どこか分かってるのか? 引き返すなら今だぞ」
帰るよう促すガードマン二人をしり目に無言で奥に進んだ。
当然、ガードマンが止めに入る。
「用があるのは分かった。だが許可は出していない。ボスに確認するから、しばらく待っていろ」
そんな猶予は無いハルノは言い返した。
「ハルノ・J・エーカーがスミカを取り戻すため金を賭けた勝負に来たと伝えなさい! 勝負の内容も決めさせてやるってね!」
内容を丸投げすれば、ジェイカーは必ず勝負を受ける。
危険な賭けだが、これで第一関門は突破できるはず。
ネオが考えた当初の策は使えなくなってしまうが仕方なかった。
すぐにガードマンはジェイカーに伝える。
金に汚いのはボスも子分も同じだ。
携帯電話ごしから如何にも悪者っぽい低い声が聞こえた。
小さく聞こえる言葉は読み通り、勝負に乗り気な言葉。
電話を終えたガードマンは二人を一番奥のスミカに案内した。
入口の前には、またもや屈強な男が二人立っている。
よほど悪さをしているのか警備が固い。
自分が太陽に焼かれてでも、殺しに来る人が居たのだとネオは予想していた。
その予想は、より確かなものになっていく。
三十畳ほどのスミカの中は私利私欲の塊だった。
明らかに高価な物しか置いてなく悪趣味な部屋。
ガードマンは四人に増え、懐に銃を所持しているのがネオには分かった。
相手から襲ってくれば正当防衛になり使用できるからだ。
最後の決めてはジェイカーの顔についた刀傷。
命を狙われたのは間違いなかった。
一番奥で偉そうにジェイカーは座っている。
メガネをかけシルクハットをかぶる紳士のような身だしなみだが、顔や立ち振る舞いは悪人そのものだった。
観察されている事を嫌ったジェイカーは要件を確認してくる。
「話は聞いた。俺のスミカを賭けて勝負しようってイイ度胸だな」
「あんたのスミカじゃ無いわ! 私たち家族のスミカよ! 絶対に返してもらうから!」
ハルノがスミカを取り戻したかったのは、亡くなった両親との思い出が詰まっていたからだとネオは聞いていた。
ネオは自分の両親を思い出し、顔つきが変わる。
その強い意志は隣に居たハルノにも感じとれる程だった。
「まあ、どうでもイイ事だ。どうせ俺の物になる。喜べ勝負してやる。勝負方法はカードだ。で、お前たちはいくら賭ける?」
葉巻に火を点け、煙を吐きながら問いかける。
煙たがるハルノが咽る横で、ネオが持ってきた紙袋をジェイカーに見せつけるよう前に突き出した。
「何だ、それは?」
疑問に思ったジェイカーが聞いた。
「この紙袋に七百万入っている。オレたちが万に一つ、負けたらスミカを七百万で買う。ただし、勝ったらタダで返してもらう」
これなら、どちらにしろスミカは取り返せる。
小賢しいが策としては悪くない。
悪いとすれば……。
「交渉が下手なようだな。その提案は無料になるか、倍以上になるか。実際問題、悪くは無い。だが悪いとすれば印象が良くない」
案の定、ジェイカーには悪い印象を与えたようだった。
勝とうが負けようがスミカを手放せと要求されれば印象が悪くなるのは当たり前。
しかしハルノたちも引くことは出来ない。
ネオは逆境の中、強気に挑発していった。