第六話
「では有り金全部を賭けて、力比べでもどうだ? オレは一文無しだから自分自身を賭ける。ルールは先に倒れた方が負け。武器の使用は禁止の一対一だ」
「イイぞ。外から来たからって強いと勘違いした小僧に教えてやる。塔には地下格闘場がある。そこでは毎日戦いに明け暮れている。勿論俺もな」
親指で自分を指しながら得意げな顔をする男。
男は屈むと靴紐をシッカリ結び直す。
無視するネオは何も警戒しない男を見て、ある事を思い出していた。
いつの間にか周りはギャラリーでイッパイになっていく。
男がネオを倒す瞬間を見物に来たのだろう。
それほど男の新参者狩りは有名だった。
「よし! はじめるぞ」
ネオが頷くと試合が始まった。
体格の差は素手の格闘では致命的だ。
傍から見てもネオが不利なのは一目瞭然。
しかし実際はネオが圧倒的に有利だった。
ネオが思い出していたのは『ハルノがセブンスについて存在すらしらなかった事』である。
外から来たと分かっているネオを男は警戒しなかった。
男もセブンスを知らないからだ。
そうなれば落ちている勝ちを拾うだけ。
「靴紐がほどけている。直さなくて良いのか?」
ネオが相手の足元を指差しそう言うと男は頭を下げ、靴を見た。
あれほど固く結んだのに見てしまったのだ。
両手をがっちりと握り合わせ、大きく飛ぶと組んだ両手を男の頭に強く振り落とした。
ネオの鍛えられた足腰もあるが、男が頭を下げたのが致命的。
一瞬でも相手から目を離した事もあり、男は勢いよく前のめりに倒れた。
ネオとしては多少スキが生まれるぐらいにしか考えていなかったが、不意に出来た大きなスキを見逃す事はない。
常にギリギリの殺し合いをしてきたネオが、常に優位な殺しをしてきた男に負けるはずも無い。
男の僅かな動きにも反応して、徹底的に行動を封じていく。
観念した男は無言のまま手を出したネオに有り金を全部渡すと、血が出る鼻を押さえながら歩いて行った。
悠々とお金を手にしたネオは、服を買い揃えるとハルノの元へ向かった。
「心配はしてなかったけど、服を着替えてくるとは思わなかったわ」
少し地味ではあったがハルノはネオの服装を褒めた。
第二の太陽が二人を照らしている。
ネオは暖かく力強いと思わせた。
ハルノには冷たく厳しいと思わせた。
ハルノが第二の太陽の前に来た理由は言わずもがな契約の為だった。
「信じてない訳じゃないけど、ここでは当たり前だから」
太陽の前で二人は契約の確認を取る。
ネオは首を縦や横に振りながら相槌を打っていった。
副作用が切れ口を聞けるようになった頃、内容がまとまる。
内容はハルノのスミカを取り戻す協力をする事。
その見返りとしてネオを住まわせる事。
住む期間は次のスミカを手に入れるまで。
そして次のスミカも協力して手に入れる事。
「この内容でイイわね?」
「ああ。問題無い。それより契約は太陽の前で行わないと、いけないのか?」
右手を振りながらハルノは答えた。
「いやいや塔の中なら大丈夫よ。ただ、ここで約束すると忘れないでしょ。約束した当人たちが忘れても太陽は覚えてる。だから大事な約束は皆ここでするの」
わざわざ太陽の前まで来たのは、ハルノの決心の現れだったのだ。
生きるために必要なだけでなく他にも訳はある。
それをネオが知ったのは別の話。
「それじゃあ、地下一階に個室があるから」
ハルノはネオを連れて地下へ続く階段に向かった。
エレベーターもあるが使わない。
体力のあるネオは階段を苦にしないが、塔の住人であるハルノが階段を使うのは違和感があった。
階段を使う塔の住人はおらず、二人の足音だけが響いていた。
地下に進むにつれ多彩な音楽が聞こえてくる。
どうやら地下一階はショッピングだけでなく娯楽施設もあるようだ。
ハルノが連れて行こうとするのは個室のようだった。
二人は人ごみを抜け目的地に辿り着いた。
聞かれてはならない話をするのに、都合が良さそうではある。
ネオにも情報が何より物を言うのは想像に容易かった。
ネットカフェと呼ばれる場所で個室を借り席に着くと、ハルノがスミカを奪われた経緯を話しだした。
「私からスミカを奪ったのは、六階を全て所有しているジェイカーって悪党よ」
ジェイカーは大勢の子分を引き連れている。
その子分を使って騙しとったスミカを子分になる事を条件にスミカの無い者たちに与えていった。
スミカが増えるにつれ子分も増える。
こうしてジェイカー一家として大きくなっていったのだ。
六階を全て手に入れたジェイカーは領土を増やそうと計画。
その時に五階に住んでいたハルノのスミカを奪ったのだった。
奪った方法は実に簡単な方法だった。
ある日突然、知り合いがジェイカーに騙されたとハルノを訪ねてくる。
話を聞いてみると、明日の賭けに勝てばスミカを返すと約束していた。
人の良いハルノは代わりに賭けに出る事を承諾。
なぜハルノが簡単に承諾したかと云うと、父親の影響だった。
頼りがいが有り、慕われていた父親を尊敬し目標にしていたからだ。
その事を知っていたジェイカーはハルノが出てくる事を予測していた。
それ以前に全てジェイカーの策だったのだ。
「実は騙されたって助けて貰いに来た人は、ジェイカーに買収されてたのよ! 父さんと仲が良かったから助けに入ったのに。その私を騙すなんて! あいつぅぅぅ!」
思い出し怒りというのか。
ハルノの怒りは尋常ではない。
しばらくは話にならず一方的な愚痴を聴き続けるだけだった。
ネオはイチゴ牛乳を飲みながら怒りが収まるのを待ち続けるしかない。
瓶で五本飲み終わる頃に話は核心部に迫っていた。
ネオは情報が漏れない為に個室に来たと思っていたが、それは間違いだった。
個室とはいえ厳重とは言い難い公共施設。
情報が漏れないと思う方がおかしい。
ネオは自身の知識のなさが、いずれ仇となるかもしれないと感じていた。
ハルノが個室を選んだのはジェイカー一家にバレない為。
上の階を目指すジェイカーは滅多に下に降りてこない。
実際、ハルノをハメたのも子分だった。
人ごみが多く地下一階に来たのは、そういう訳だった。
バレてはいけない理由は契約で『次にジェイカーと会う時に三百万用意してスミカと交換する』だからだ。