第四話
「期待させて悪いが二つほど言いたい事がある」
期待がフルに高まったハルノは陽気に聞き返した。
「な~に。あっ! スミカなら心配ないよ。四人部屋だから狭くはないし」
「それは心配していない。早々に期待を裏切って悪いが、オレのセブンスは二・三分しか持たない。それと副作用として、その後しばらく声が出せなくなる。つまりバシバシ使うのは不可能だ」
満面の笑みのまま硬直したハルノと知らない事が多すぎるネオの不安だらけの挑戦が今から始まる。
心配は残るものの圧倒的な有利は揺るがない。
そう解釈したハルノはネオを連れて、見かけとは打って変わって小ぢんまりした入口をくぐった。
中に入りしばし歩くと今度は自動ドアがある。
近代的な機器を目の当たりにしたネオは驚くと思ったが、無表情のままでハルノは少しガッカリした。
「ここが一階の大フロアーよ。ここの中心に第二の太陽があるの。絶対に立ち寄らないといけないから後で行きましょ。とりあえず車を売ってくるから、絶対何もしないで待っててよ。いい! 絶対だから!」
やけに念を押したのは、実は命に関わる事だったのだが実際に見たほうが早いと後回しにしてしまった。
そんな事を知る由もないネオは余りにも眩しいフロアーに立ちくらみを起こし、良く聞いていなかった。
目が慣れてくるにつれ色々な物が見えてくる。
はじめは分からなかった匂いの正体は揚げ物だった。
フライや天ぷらの匂いは、油をほとんど取ってこなかったネオには胸焼けしか与えない。
次は洋服や靴だ。
実用性が低くオシャレに重点を置いた物を見ると、世界の違いを認識させられた。
他にも目に映るもの全てが新鮮だった。耳障りな人々の声や音楽は慣れるのに時間が懸かりそうだった。
そんな時、完全に浮いた服装のネオに興味を持ったのか可愛らしい服を着た女の子が近づいてきた。
「頭に付けてるの、それ何?」
ゴーグルの事だった。
ネオはこんなに物が溢れているのに、ゴーグルも知らないとは不思議な処だと感じた。
女の子はゴーグルに興味津々なようでモジモジしながら言う。
「それ、ちょうだい」
もう砂嵐に目をヤラレる心配はない。
外の世界に戻らないと決意するには良いキッカケになるかもしれない。
そう思うと女の子にゴーグルを上げるよう外そうとした。
その時!
「あなたに上げる物は無いから!」
急に割って入って来たハルノは、そう大声で怒鳴ると女の子を追い払った。
他人に厳しい外の世界で生きてきたネオですら上げようと思ったぐらいなのに、ハルノの断り方は尋常ではない。
「絶対に何もするなって言ったでしょ!」
ハルノの叱咤は回りの視線を全て集めた。
なぜそこまで怒られるのか分からないネオにイチゴ牛乳を渡し、噴水の前のベンチに連れて行く。
噴水の水しぶきや水音が心を静めていった。
回りの目も無くなり、住人たちは元の賑やかながら和やかな日常に戻っていった。
見た事もない色をした飲み物、イチゴ牛乳をマジマジ見続けるネオにハルノは絶対守らなければならない掟のような事を教えはじめる。
「ここで法律を守らなければ『第二の太陽』に裁かれると言ったけど、法律を守っても裁かれる。つまり太陽に焼かれる場合がある。焼かれてしまう人の大半は法律以外のパターンなの」
ハルノの話はこうだ。
『塔の中』にある『基本的な法律』とは別に『個人間の契約』という物が存在する。
個人間の契約とは例えば、お金の貸し借り等のお互い合意の上での契約の事だ。
この個人間の契約も第二の太陽による裁きの対象になる。
つまり期日以内に借りたお金を返せなかった場合、太陽に焼かれる事となってしまうのだ。
例外として期日が過ぎても貸した側が猶予を示した場合、または新たに契約を更新した場合は裁きの対象とはならない。
複雑そうにハルノは語ったが、当然と言えば当然の事だった。
実際ネオもその程度の認識は言われるまでもなくあったのだが……。
「それと女の子の関連が分からないんだが、オレが怒られた理由は一体なんなんだ?」
「その『個人間の契約』をするのに昔の人は契約書として直筆のサインとか必要だったらしいけど、ここでは必要なくなったの。『第二の太陽』が見ているから。まあ見てるだけでなく聴いてるとも言われてるけど」
ネオにも言いたい事が分かりかけてきた。