第一話
西暦2412年、地球は過去の付けが廻り、海や大気を汚染され早100年。
ほとんどの生物は生きていけなくなっていた。
わずかな食料で生きている人類であったが人口は減少の一途をたどった。
死の星と化していたのである。
一昔前は高層ビルの立ち並ぶ大都市だったと思われる廃墟。
今は風が吹き、砂が舞う茶一色の世界となっていた。
そこへ、今となっては不似合いな音がする。
廃墟に鳴り響く音の正体は車だった。
砂嵐が吹きすさぶ中、確かに車が走っていた。
「車か…… 期待できそうだな」
車が向かう先、廃墟の二階で不審な影が見つめていた。
車は悪路に強いジープだったので、酷いジャリ道に悪戦苦闘しながらも何とか走れた。
運転手は視界の悪さも重なり、不審な影に気付く事はできない。
「頼むわよ。こんなとこで止まってみなさい。死あるのみよ。お願いだから、頑張ってよジープちゃん」
車に乗る女性は安全を祈った。
しかし、この環境で安全など約束されるはずはない。
ここで約束されるのは出会いだけだ。
更に少し走ると落石でもあったのか轟音が聞こえた。
音だけではない凄まじい衝撃もある。
「よりによってぇぇ!」
女性が叫んだのは何かが車の上に落ちたからだ。
幸いなことに故障はせず、しばらくのあいだ走り続けた。
被害を最小限にとどめ、危険を切り抜けたと感じた女性はエンジンを止め、ハンドルに突っ伏せると一息ついた。
呼吸をととのえ、後ろを振り向くと砂嵐で良く見えない。
目を細め遠くを見る。
何度見ても落石・落盤の痕が見られなかった。
「まさかジープの上にだけ落ちるって、よっぽど運が悪いわ」
自分の不幸を呪いながらエンジンをかけようとすると違和感を覚える。
その違和感の正体は一瞬で発覚した。
急に助手席のドアが開き、ゴーグルとスカーフで顔を隠した男が銃を突きつけてきからだ。
良くも悪くも、約束された出会いが訪れた。
「手を頭の後ろに。要求に従えば殺すつもりはない」
落ちてきたのは強盗だった。
ジープの上にしか落なかった訳はアッサリ分かる。
狙われたからだった。
「お金はないの。嘘じゃないの。調べれば分かるから」
生まれて初めての強盗は少女に大きな恐怖を与えた。
銃を向けられ、嘘をつくどころか考える余裕さえない。
有り金を渡さなければ殺される。
しかし渡す金がない。
女性は殺される事を覚悟した。
「この状況で金だと?」
「お金じゃダメなの? 宝石なんて持ってないわよ。私が欲しいぐらいよ!」
男の妙なリアクションに逆ギレ。
『どうせ殺されるのだ』という思考が、そうさせたのだ。
男はなぜか銃を下ろした。
昔からの知り合いのように隣に座りドアを閉める。
ゴーグルとスカーフを首まで下ろすと話しかけてきた。
「オレが金を要求したと思ったのは、なぜだ?」
「要求するものって言ったらお金でしょ」
二人とも納得できない様子。
お互い理解し合えない無言の空間は数秒続いた。
「絶対危害を加えないから何の目的で、どこから来て、どんな生活をしていたのか教えてくれ」
そう言うと男は黙った。
女性は銃を向けられる死の恐怖から一転、柔らかい口調で話しかけてきた男を信じてしまっていた。
「分かった。とりあえず自己紹介から。私の名前はハルノ・J・エーカー、十八歳よ」
ハルノは、まず故郷について話しだした。
ハルノは『めぐみの塔』と呼ばれる巨大な建造物の中で生まれた。
信じられない事だが『めぐみの塔』には『第二の太陽』と呼ばれる直径三キロぐらいの太陽があるらしい。
『第二の太陽』は熱くなく塔の明かりになっていた。
しかし最も男を驚愕させられたのは太陽の恵みによって食事を必要としなくなる事だった。
詳しい原理は分からないが塔の内側にいると空腹にならない。
つまりエネルギーや栄養補給が知らない内にされているのだ。
そのせいか軽い病気やケガなら自然治癒だけで治る。
大きなケガでも応急処置だけで大丈夫だと言う。
男は一切喋らないが表情から察するに大層驚いている。
「簡単に言えば、こんなとこね。食事は娯楽の一種になってるわ。最後に私の目的だけど」
ハルノの目的は自分を助けてくれる人を探す事だった。
食料の奪い合いを続けてきたネオにしてみれば、空腹に苦しめられない『めぐみの塔』は生きていくには優しく感じた。
だが実態はまるっきり違う。
恩恵を受けられるのは、あくまで塔の内側に住める人だけなのだ。
塔に住むには割り当てられた部屋を手に入れなければならない。
スミカは買うのも借りるのもお金がいる。
貧乏人は塔から追い出され、食糧がないのに食糧を必要とする世界で死んでいく。
そしてハルノは悪い奴に騙されスミカを奪われた。
取り返すために力を貸してくれる人など『めぐみの塔』にはいない。
だからこそ危険を犯してまで死の大地に足を踏み入れた。
「信じがたいが、なぜ金を要求されたと思ったのかは理解した」
ようやく口を開いた男は遠くを見ながら答えた。
「そういえば名前聞いてなかったわね。あなたの名前は?」
「ネオ」