第8.5話 『Minerva⇔Athena』
間章です。
現実世界での主人公の様子と、新キャラをちょこっと。
神宮児アテナの朝は早い。
基本的に高校生故なのであるが。
アテナには同世代に友達と呼べる者が一人も居ないので、基本的に授業の無い休みの時間は屋上で昼寝をするのが日課だ。
独りで居たい思いが強いせいか、弁当を一人で作って屋上で食べる。
勿論、雨の日など天候の悪い日は屋上の入り口の鉄のドアに寄り掛って食べる。
昔は…入学したての頃はその他大勢の中でも平気だったのだが、VRMMOのプレイを皮切りに孤立してしまったのである。
初期はその様な事は無かったし、やりたい放題に物作りに専念していた。
唯一、ゲームの原作者とも面識も持つ事も出来たプレイヤーでもあった。
しかし、物語が進むにつれて陰りが彼を襲った。
無論、と或るプレイヤーによる過度の誹謗中傷の数々である。
それ以上に、独り暮らしが拍車を掛けた。
孤立故の孤独。
悪意に呑まれ、その道を絶たれてしまった。
そして引退、現在に至る訳である。
「ふぅ…」
寝そべって延々と空を眺める。
雲はゆっくりと蒼色の海を漂い流れて往くのみ。
太陽の輝きは標。
と、誰かが扉を開けて屋上へとやって来たのだ。
「あれ、人が居る?」
「あれ、ほんとだ」
声からして少女と少年の様である。
いや、“女子生徒”と“男子生徒”…と言った方が正しいか。
兎も角突然の登場に、まどろみの彼方に旅立とうとしていたアテナの心は、儚くも着き落されてしまう結果となった。
眠りを妨げられたアテナは、不機嫌な口調で一言「邪魔」と言うと、扉の上のコンクリート製の屋根に昇って再び寝そべった。
「感じ悪」
嫌そうな感じで女子生徒が口を開いた、がそれもその筈で実際睡眠時間を邪魔され機嫌を損ねたからに過ぎない。
「というか何で私達のプライベートタイムを邪魔するのよ!」
「煩い。昼寝の邪魔するな。あっち行け」
流石に女子生徒の言葉に頭にきたので、敵意を向けて噛み付く様に言い放った。
「何ですって!?」
「ちょっと、弥生!?」
どうやら女子生徒の名は“弥生”と言うらしい、がアテナには当然関係の無い事である。
「邪魔なんだよ。大体さぁ? 折角独りきりになって良い気分だったってのに、それをぶち壊されたんだ。これ以上騒ぐならとっとと僕の目の前から消えてくれない? 今すぐに」
正直な話、アテナは気の許せる者以外、全て敵だと思ってしまっている。
『AMO』は別としても、その想いだけは譲れなかった。
今回、アテナは女子生徒と男子生徒を『昼寝を邪魔する嫌な奴』と判断し、牙を剥いたのだ。
「……ふんっ。何処のクラスか知らないけど、噂の美少女新入生のあたしに向かってそんな事を言っても良いのかしら?」
「知らない。それに今更知る必要なんて、無い」
「うう~~~~~~~~!」
弥生と呼ばれる女子生徒は、アテナの態度に唸り声を上げ、睨み付けた。
「ちょっと、弥生。幾らなんでもそれは失礼じゃ…」
「関係無いわ」
「で、でもっ」
「良い、勇樹? あの女は私に向かって喧嘩を売って来たのよ? それをわざわざ無視できると思うの? 思っているの?」
「う…」
実際、喧嘩を売っているのは弥生と呼ばれる女子生徒の方である。
「あたしはB組の晴香弥生。あたしが名乗ったんだから貴女も名乗りなさい!」
偉そうに、と思ったが名乗らなかったら名乗らなかったで更に煩くなると感じたのでしぶしぶ名乗る事に決めた。
「……Bの神宮児アテナ。それ以上でもそれ以下でも、無い」
「そう、Bの――――って、嘘仰い!」
「煩いな。僕はあんたが名乗れと言ったから名乗っただけ。嘘だと言うなら倉田先生に聞いてみれば?」
「嫌よ。なんであたしがそんな事しなきゃならないの?」
「我儘なお嬢さんだ事」
「あんただって女でしょうに」
実はアテナは男子でありながら男子生徒の制服を着ていない。
もっと突っ込めば、“女子生徒の制服”に身を包んでいるのだ。
「……はぁ」
「何よ」
「少年、名は?」
「え?」
「名乗れ、と言っている」
「剣持勇樹だけど」
「じゃあ勇樹少年、次に出会うまでこのアホ娘の首に鈴を付けとけ」
「あ、ちょっ…」
イライラを抑えながら、コンクリートの床へ飛び下り、そのままばこんっとドアを乱暴に閉めて立ち去って行っってしまうのであった。
「ああ、もう何よアイツ!」
少女は呟きは少年の耳にも入らず、虚空にかき消えていった。
「――――神宮児アテナ?」
着替えの最中、少女・弥生は休み時間に起きた出来事に腹を立てていた。
「そう。あの女、そうアイツ! ああっ腹立つ!」
そのやり取りを見て、隣に居た女子生徒は苦笑していた。
「な、何よ」
「ううん。で、その子の特徴って?」
「…………」
「あー…見て無かったのね?」
「あ」
思い出した様で険しい表情になった。
「確か、青いタイリボンだった筈!」
「…ええと、弥生ちゃん?」
「…何?」
むすりと不機嫌そうな表情で、どろどろと黒雲の中で鳴り響く雷の様に重く低い声で彼女を睨み付けた。
「ああ、うん。何でも無い」
その様相に気押された女子生徒はきっと気付かないんだろうなぁ、と思いつつも女子生徒は何も言わずに苦笑するばかりであった。
「で、此処へ来た、と?」
「……うん」
保健室であろう、消毒用のアルコールの香が漂った個室で無精髭を生やした白衣姿の中年男性がアテナに視線を向けながら椅子に座っていた。
「そうか…お前の言い方も悪かったのかもしれんが、一言謝りゃ済んだのにな」
と、アテナの頭を撫でながら先程屋上で彼に噛み付いてきた女子生徒へと呆れの感情を向けていた。
現実世界で同世代や世代が近い者はいないが、その分年の離れた大人達には気を許していた。
同世代には恵まれていなかった分、上の世代には恵まれていた様だ。
これまで接触を試みた大人は悪意から今までアテナという少年を守って来ているのである。
両親然り、原作者及びゲーム会社の運営陣然り。
そして、保健室の教員・倉田弓比子も彼の理解者の一人だった。
此処三年間で、アテナとの付き合いは最も長い。
アテナがゲームの中で巨大な悪意をぶつけられ、絶望の淵に立たされてしまった時も、彼はアテナの傍で彼を救い出している。
――――彼に甘えられるのも後僅か。
それでも、アテナにとっての倉田弓比子とは、学校と言う家族の中で優しく生徒達の背中を推し、肩を支えてくれる父親と同等の人物である事には変わりは無かった。
「そういや最近はどうだ? 弓姫がそろそろお前の声を聞きたがってるぞ?」
「え、えっと…実はね」
一昨日新たにVRMMOを再開した事、そこで偶然にも気の許せる仲間を見付けて楽しくやっている事を伝えた。
「そうか…ゲームの中とはいえ、世代の近い友人が出来たってのは凄いな」
一回り程年下ではあるものの、時間を共に共有し合った仲なのだ。
人当たりも良いし、何よりアテナ自身信用に足りると判断している。
「取り敢えず、もう授業が始まってるからな。叶の奴も心配してるだろうし、もう出た方が良い」
「うんっ」
これまで溜め込んでたものを出し切ったかのようにすっきりとした笑顔で保健室を後にするのだった。
放課後、帰り支度を済ませて廊下を移動していると意外な人物とばったり会ってしまう。
なるべく人と会わない様にしているため、アテナは嫌な表情で訴える様に睨み付けた。
「…出会って早々嫌われるとか、傷付くんだが」
「だったら尚更此処、通らないでください…生徒会長さん?」
「人目に付かないから良いと思ったんだがな…」
「だから余計に、貴女が嫌い」
生徒会長と呼ばれる女子生徒は、目の前に立ちはだかるアテナにどうしたものかと困惑の表情を示した。
と、そこに現れた人物によりアテナの苛立ちは更に限界近くまで上昇してしまうのであった。
「住吉生徒会長、此処にいらしたんです――――――――あぁ~~~~~~~~~~~~~~~!!」
「煩い」
その現れた人物は屋上で最悪の出会いを成し遂げた晴香弥生であった。
「晴香弥生」
「なんですってぇ!!?」
失礼な物言いだが、彼女の登場にアテナとしてはそれが的確な表現だと判断する。
「二人とも、知り合いかな?」
「――――ご冗談を」
「知り合いも何もっ! あたしに喧嘩を売って来た奴よ!」
「…正確には売って来たのはアンタだって自覚してる?」
「何かあったかは知らんが、弥生会計」
「な、何でしょうか」
「今の彼は私達同世代の人と関る事を極端に嫌っている。絶対に…とは言い切れないが、過度な接触は控えてくれないだろうか?」
「――――へ?」
生徒会長はアテナに向き直る。
「今の生徒会の者が失礼したね。貴方の要望に応えてこのルートは使用しない様にしよう……済まなかったな、先代」
「ちょ…」
生徒会長はその場を後に晴香弥生を連れて後にした。
「――――住吉生徒会長?」
「何だね?」
晴香弥生は先程のやり取りについて、疑問を投げ掛けてみた。
「あいつを知っているんですか?」
「……あの方をアイツ呼ばわり、か」
はぁ、とため息を吐く。
「丁度良い、貴女に話しておきたい事が有る」
「…何でしょうか? 住吉会長」
「神宮児アテナ…彼は去年の前期において生徒会長を任されていた御方だ」
「――――へ?」
晴香弥生は驚きを隠せなかった。
去年の前期といえば、まだ自分は中学三年生生活が始まったばかりである。
そんな時期に彼が生徒会の会長の席に就いていたのだから。
「実際、彼は有能だった」
迅速な対応もそうだったが、何より彼は格好が保有する備品――特に機器類――の修理等でも活躍していたそうだ。
開発、改造、改良もお手の物らしく、現在の校内に在る機器類は彼の手によるものが殆どである。
下手に業者に頼むより圧倒的に技術が有るという理由からだ。
同時にお忍びでクラブ活動の視察し、改善点を指摘して部の存続を図ろうとする事も多かった。
廃止して、予算を切り詰めようとするよりも生徒のほんの少しのサポートで自主性を高めさせた上で好成績を出させる天才でもあったのである。
ただ、良く解らない部に関しては終始首を傾げる事が多かったが。
「信じ…られ、無い」
「当時、同学年の副会長として彼の補佐をしてきた私がいうんだ。そこは信じてくれ」
「…え!?」
晴香弥生は思わず目を剥いてしまった。
現生徒会長・住吉桐葉と前代会長神宮児アテナが同学年と、のたまったからである。
自分は新入生、生徒会長は三年生。
生徒会長のタイリボンを確認すると、青色であった。
思い返してみると、神宮児アテナも同じ青色のタイリボンであった。
さぁー…と血の気が引き、彼女の顔が、段々と青白くなっていく。
「今はああだが、当時はダントツで美人認定されていたな…男子であるにも拘らず、だ。いや、あれは良い思い出であったな…」
現在は三位であるがな、と苦笑交じりに付け加えた。
晴香弥生は、彼のその圧倒的存在に自信を無くしてしまった様で両膝を付き、両掌を着いていまうのであった。
しかし、そこでふと疑問点が。
「…あれ、何でそんな人が生徒会長辞めたんですか?」
「理由は…後から聞いた話だが『|エターナル・ポシビリティー・オンライン《EPO》』と言うゲームで悪意に呑み込まれた結果、と言っていたな」
「え、『EPO』で!?」
「何だ? 君はPPCだったのか?」
「勿論です」
「ふむ…私も最近始めたクチだが…の今彼がそれをやっているとは思えないな」
「解らないじゃないですか」
「君はプレイヤーなら『デウス・エクス・マキナ事件』について少しは知っておいた方が良い」
「はぁ…?」
「兎も角、私から言える事は彼に関して余計な刺激を与えないでくれ、という事だけだ」
「解りました、会長」
そう言うと、晴香弥生は掛けて行くのであった。
(とは言ったものの、あの勢いでは刺した釘の頭を潰しかねないな)
また彼女が暴走するのではないかと言う心配を余所に、ため息を吐きながら廊下に備え付けられた窓の外の向こうの世界をを覗き込む生徒会長であった。
現実世界がメインなので、ステータスは基本的に無しです。
そして、そろそろストックがすっからかんになりそうです。