<黒と赤の怪光I>
6つ目の、ヘルテスからなる赤く熱を帯びた光に照らされる夜。
エルナードとリノの視線の奥には、いまにも顔の見えない戦士に止めをさしそうな黒いローブに身を包んだ少女がいた。
そして数秒後には、エルナードの視界には一目散に駆けていくリノの姿が映っていた。
雄叫びと共に駆けるリノの背中を追いかけつつも、顔の見えない戦士の顔をうかがった。どこかであったような気がしたからだ。どこかで、最近何処かで見たようなシルエット、あまりいい印象を持っていないシルエットだ。
いや、まさかそんなはずはない。あるはずない、という微かな期待が脳裏を過ぎるが、目に映る光景はその期待を裏切った。
いまにも少女に殺されそうだったのは、昨日であったばかりの治癒魔導師、ヘネスだった。
一目散にかけるリノは少女の戦闘対象外であるはずと考え、エルナードはヘネスのほうへ駆け寄った。かなり消耗しているようで、ぐったりと体を倒し、荒い呼吸を繰り返している。左手に持つメイスは魔法石が砕けており、治癒魔法は使えない様子だ。
エルナードは腰のポーチからポーションを取り出すと、軽く口に含ませた。
げほっげほっ、という咳と共に目を薄く開いたヘネスの視線は即効鋭いものへと変り、エルナードを睨みつけた。
「……異教徒野郎か。ふっ、俺はお前にすら劣るんだな。我ながらがっかりだな」
「何を言ってるんだ?」
「俺よぅ、昨日見てたんだよ――」
昨日、見ていた。その単語だけでエルナードはヘネスが言いたい事を察し、右手をゆっくりと背中へと回した。
「昨日お前は亡霊と同等に対峙していた。それも、俺にもセンスにもない特殊な魔力で。俺にはそんな力もないし、お前らほど武器の扱いもうまくない。戦闘技術で劣り、潜在能力ですらも劣っている。全ての人間から異教徒と蔑まれるような状況であっても、お前は同様1つせず、昨日だって中央広場で騒ぎやがったしな」
ヘネスは疲れたかすれ声で言った。
罵声が飛ぶかと思ったら、まったく別の言葉が出てきたことにエルナードは驚き、シルバークロスの柄を握った右腕は力を失い、口はぽかんと開いている。しかし、何よりも先に訊かなくてはならないこともあり、思考を走らせた。
「その話、センスにはしているのか?」
「いや、センスは言わなくてもそのうち勝手に気づくだろうと思ってな。言う気はねぇよ。んで、ここで俺を斬るか? それも悪くない。どうせお前らがこなきゃ死んでた命だ……」
――どうせお前が来なかったら死んでたんだ。俺は約束を守れなかった。もうダメだ。死んで当然だ……――
この時、エルナードはヘネスと過去の自分が重なったように思えた。そして、彼女に言われた言葉もまた、ともに思い出した。
「お前、そんなこと本気で言ってるのか? ……拾った命でも簡単に諦めんじゃねえよ! 少なくとも俺はセンスがお前をどれだけ信頼してるか知ってる! それにお前には家族だっているだろ、ギルドにだって所属してるんだろ? だったら、センスのほかにも、帰りを待つ人間が山ほどいるだろお前には! 簡単に死んで言いなんていうな。死んだらそこでおしまいなんだよ。何も始まらない、ただの終わりなんだ!」
全てを言い切った。
俯くヘネスには何の反応もない。そして、小さく口を開いた。
「なんか、悪かったな。さっきのは忘れてくれ。……1つ、訊いていいか?」
「なんだ?」
「お前は、どうしてこの町にきたんだ? ただ亡霊討伐に来た訳じゃねえんだろ?」
「そうだな。俺は大切な人を救い出すための、有力な情報を探してここまで来たんだ。そのために、噂になってる亡霊とやらを拝みに来た」
「ふっ、そうかよ。……精々気い付けな。あいつの《スピニング・スプラッシュ》はかなり手ごわい。まぁ、一回戦った事があるならわかるか」
「そうだな。忠告どうも」
エルナードは中央街を囲む石廊下の端にヘネスを落ち着かせると、その奥で剣を交えるリノと亡霊/少女の許へと向かった。
青白い火花を散らしながらぶつかり合う青と黒の剣閃を視界に納めつつ、右手を背中に収めるシルバークロスへとまわした。
リノはやはり剣の腕が乏しいようで、防戦一方だった。
「リノ!」
「師匠!」
その2言を交わすと同時に、エルナードの灰色の刃が亡霊の持つ黒い刃を強く弾いた。
リノを後退させ、亡霊を見ると、亡霊はなにか呆れたような表情をうかべた。
「昨日の少年か。まさかリノを連れてくるとはな……。お前は何を考えているんだ?」
「何も。リノが勝手について着ただけだ。そんなことより、あんたこそ何者だ? リノの魔力が消えた原因、てことは知ってる」
緊張した空気が足元を漂い始める。亡霊の表情はどこか落ち着いていて、それでいてどこか怒ってるようにも見える。
「そうか。リノに聞いたのか。リノも私を追いかけてきたようだな。困ったものだ」
「そうだな。困ったやつだ。でも放っておくことはできない。それで、お前の正体はなんなんだ? リノとなにか強い繋がりがあるんだろ?」
亡霊はまた、俯き黙りこんでしまった。しばらくすると、顔をあげ、口を開いた。
「私はリノ自身であり分身であり、彼女の痛みであり恨みであり、彼女の……魔力だ」
その言葉に絶句したエルナードは、右手からシルバークロスが落ちるのに気付くことはなかった。




