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Stand Alone Stories

死んだのは良いが生前の記憶を引き継げているか自信が無いんだが

【寝惚眼で転生についての思索ついでに書いてみたら何か恐くなった】の続編のようなもの。

 ある日の事だ。俺の身体は俺の身体ではなくなっていた。そう言う事が起こってしまったのだ。たまたま俺が死んだ事で、俺の魂とか意識とか精神とか、そういう概念的な存在は生前の記憶を保ったままこうして、またこの娑婆で生きる人間の視点を持つにいたった。どういうわけだか解らないが、憑いてるって言うのがこんな感覚なんだろうか。憑いてる側の視点だ。決して、憑かれてる側の意識がこちらに流れ込んでくる訳ではないので、俺の存在に気づくものはどこにもいない。

 しかし、憑いているからと言って、もちろんそれは仮定の話である。俺は誰かになってしまったとでも言うのだろうか。俺だけがこうなのか。それとも死んだ人間はみんなこうなるのだろうか。じゃあ、成仏しなければいけないと言う事になるんじゃないか。魂は不滅のはずである。これから修行をしなければ行けない。俺が死んだのであればそう言う事になる。そうした手続きが死後の世界には必要なものなのだ。しかし、だが、しかしだ。俺は本当に死んだのだろうか。意識が混濁しているだけかもしれない。この身体になってしまってから、自分の意識の支配のもとで身体を動かしたりしてみた事も少しはあるのだが、つまり今の俺は生きているのだろうか。生きている者に憑いてその者の身体を俺は動かしている。俺が生きていると言う訳ではない。なぜなら俺は死んだからだ。そこである。今のおれはどういう状況なのか。もっともな仮説が、俺は死んだが、何らかの事情で現世を彷徨い、この人間に取り憑く事になってしまった、という俺様幽霊説。

 転生と言うやつかもしれないという家庭も確かにあったが、それは俺の意識の支配のもとでこの身体を動かせるのがこの身体の実際の持主である意識が睡眠状態になった時のみである。それ以外はこうしてこの身体を通して世界をこの身体の視点で眺めるくらいのことしかできない。

 宿主しゅくしゅhost。やどぬし。つまり俺は寄生している訳のものなのだろうか。それならそれでも別にかまわない。憑いていようが寄生していようが、どちらにせよこの宿主が俺の存在に気付いたり、俺の存在を意識したりというようなことが今後起こるかどうかは、可能性としては考えられるがまだその段階ではないと言っていいだろう。

 例えば、この宿主が酔っぱらった場合。それも泥酔状態だ。酩酊状態だ。意識がはっきりしていないと言う状況に酒のおかげで陥った場合、その状態で何をしでかしてしまって、どういう結果になっても、最終的には酔い潰れて眠りこけるという段階に行って、起きた時には飲んだ後の事を既に忘れている、そういう酔っ払いになった場合はどうだろうか。自分のした事を記憶していないと言う事になる。

 ちなみに、宿主は女性である。要するに俺は俺だが俺じゃないかもしれないという、そこまで行くと現代階の思考領域を大きく逸脱してしまうために今は保留にせざるを得ないが、俺の意識と言うのは、この宿主にとってはそのようなものだ。酔っぱらっているときにしでかしてしまうような、自分でも解らない知らない自分、――それは彼女自身――の表象である。だから、俺は彼女ではないと思いたいのだ。

 思いたいが、眠っているときに、俺はこの身体を動かす事が出来る。その状態を宿主たる彼女の意識は、決して認識しない。途中で目が覚めても、自分は寝ぼけて寝床を離れてしまったのだと勝手に合点して、ベッドに戻り眠る。そういう具合である。俺の存在に気付くだとか、私は何かに取り憑かれているというような不安感さえも、彼女の意識には毛頭ないのである。

 では、この自分の意識というやつは何なのか。

 意識する事、意識がある事、意識と言うもの。それは動作であり、所作で有り、形式であり、概念である。要するに意識すると言う事は、脳が電気信号や化学物質の分泌を行い、筋肉に命令を出して動かす、刹那の一瞬のメカニズムである。しかし、俺は彼女の脳をどうこうしているという自覚は全くない。俺の脳はここには存在しない。なら彼女の脳を通じて、彼女の身体を動かしているのだろうか。

 全然解らない。

 宿主――彼女が覚醒している状態において、俺と宿主の意識が邂逅することは有り得ないのではなかろうかとも思う。

 俺はこの通りここに存在している。いや、存在していないのかもしれないが、いるものと仮定しなければ先ず何だと言う話である。霊魂だけの存在、とにもかくにも先ず俺と言う存在は間違いなくto beなのであって、しかし生前の俺がnot to beしてしまった結果としてこうなっているのではあるが、そんなのは余談なのであって、俺のこの意識、霊魂、精神、今ここに居ると言う自覚、意識は、生きるliveではなく存在のbeなのは間違いないと言う事である。Beってのはそういう意味だったはずだ。中学で習ったんだと思うが、そう言う事だ。

 そして間違いなく感覚している。

 暑い。この部屋の空気と言うものを、俺は自分の肌で感じるように感じている。俺が感じているのか。俺が感じている訳ではない。彼女が感じているのを俺の感覚として俺が感じているだけであって、俺はあくまで受身の形である。

 暑いと言うのはどういう訳なのだろう。俺の宿主である彼女の身体は、だいぶ汗をかきはじめている。肌着が文字通り肌に附いているというような具合の物だ。彼女はあまり酒は飲まないが、飲みだすととことん飲む。戻した事もある。しかしほとんどの場合一人で自室で飲んでいるので、彼女のそういう姿を知っているのは、――彼女自身気付いていないので俺自身としては何だかストーカーのような感覚で申し訳ないが――彼女自身と俺だけと言う事になる。

 先ほどから暑い暑いと唸っている訳だが、気付いたらエアコンが止まっていた。これはどういう事だろう。タイマーと言うやつだろうか。そう言う事なのである。彼女自身は寝ているので、意識が――夢を見ていたら夢の世界にと言う具合で――この世界ではないどこかへ行ってしまっているという状態なわけであって、夜中こうして睡眠中にクーラーがタイマーで停止しても、この暑さを彼女自身は意識の上で体感、経験、実感する事は無いのである。でなければとてもじゃないが、この部屋にはいられない。この暑さを感じているのは、この部屋では今意識がここにある俺だけなのだ。それは実に恐ろしい話である。確かに、さっきよりは暑くないからいいけど。勝手に止まってくれたんならそれで、いろいろ気にしないで済むから有り難いって事である。電気代の節約、冷房の利いた部屋で寝ていると風邪をひくとか、そういう問題がいろいろある。しないならしないで、熱中症やら脱水症状やら、熱射病やら糖尿病やら――冷たい甘いものばっかり飲み過ぎる羽目になる可能性が高いからだ――になる可能性が誰にだって平等にある、これが夏という季節の功罪、いや、功があるか知れたものではないが、とにかく夏とはそういう季節だと言う所の物である。

 眠っていたら、そう、眠ってしまおうと考え事をし続けてたらなんだかんだで眠る事が出来たので、俺こと私はあらためて考えるのである。俺ではなく私、と言うのは宿主である彼女の身体を拝借しているからなのであって。失敬していると言うのが正しいかもしれない。

これからについて。

 なるほど、クリアになった頭で考えてみたら状況が簡単に飲み込めてきたぞ。なかなか不思議なものだ。私はなかなかに聡明なのではないか。別に、俺の方の記憶と、この身体のほうの記憶が、混在しても、私的には何の問題もない。整理ができた。なんとなくだが、説明がつく程度には、納めるべきところに納まったみたいなもの、かもしれない。簡単な事だ。

 一つの身体に、三つの魂。

 その簡潔に言えば、三つの魂が一つの肉体に宿っているとして情報を統合すると、先ほどまでの混濁っぷりからして我ながらアレは恥ずかしいから忘れるとしても何だか味気ないが、現状はその仮説を結論付けても恐らくは相違なかろう。しかし、互いの記憶に干渉できるのは、私ただ一人の人格のみであると言う事だ。それは実感で解った。

 待て、何か重大な事をサラっと流した気がするが、俺は今何を言ったのだろう。果たしてそれが結論だとでも言うのか。三つ。

 俺が、この俺の意識が、宿主である彼女の記憶と言うものを見てみる、覗いてみる事が出来ると言うのは、何ら不思議ではない。一方的に取り憑いている状態で、元よりアンフェアである。プライバシーの侵害なんてものは度外視して、超越して、俺はここに存在している。そして俺は、本当に死んだのか。

 俺は死んだらしい。だから生前の記憶を辿ってみることにしたのだ。しかし、そんな馬鹿な。魂と言う概念がもう一つ、この身体には存在しているのである。俺と同じ立場の人間――だったものなのかもしれない――がここにもう一人、存在しているのである。俺の記憶は、生前の記憶は、俺の人生はこんなものではなかったはずだ。俺じゃない誰かの記憶が流れ込んできている。つまり、俺の記憶ではないと言うからには、俺の経験した事ではないと言う事で、覚えが無いのは当然である。俺にはこのような記憶は無い。

 俺の人格。

 娑婆で死んだのは確かだ、形容しがたい世の中をなめきったクズである俺の人格も、どうやらこの身体を器、宿主として巣食っているらしいが、俺は何故目覚めたのだろう。もう一人いて、記憶している誰かって言うのは、どうやらちっとも目覚める気配はない。永遠に眠っていてくれればいいものを。出来れば眠っているべきだったはずだ、死んだのだから俺も同じ事だ。

 いやせっかっく安らかに眠ってたってのに、起こされて迷惑だという話である。

 実際、永遠の眠りについていたのは間違いないので。記憶喪失らしい俺も恐らくは間違いなく死人なので、こうして魂がミックスされる事態に巻き込まれているわけだ。

 つっか、何だよ、趣味が痴漢って。

 あまりにも社会不適格者過ぎて辛い。クズすぎる。その記憶が自分の事のように思えてくるように設定がなされている状況で、なおさら辛いのである。こんな記憶はいらない。「こいつ」とは出来れば今後一生、死後の状況ではあるが便宜上人生において今後一度たりとも、会話をしたくない。会話と言うのか、念話というのか、まだそういった事が出来るかどうか定かじゃあないが、絶対に会話的な事はしたくないと思っているので、だから、眠っててくれ。頼む、お願いだから。

 まあ言っても仕方ないから、私はただ祈るだけだ。霊体が祈りをささげると言うのも奇妙な話だが。霊魂。精神。意識。とにかく死んでも不滅だったと言う事か。俺が今こうして存在しているのがその証拠だろう。しかしみんな死んだらここへ来るのだろうか。

 そうだ、仮に自分たちを霊体として置き換えてみる。その方が解りやすいのだ。

 俺が誰かになったとか、寝ぼけていたからそんな世迷言を口走ってしまったのだ。覚醒した今はもっと解りやすい言葉が選べるぞ。状況はちっともわかりやすくないが。

 とまれ、俺と言う記憶の持主たる痴漢野郎は永眠してたら良いな。そこまでは話した。記憶の混濁により自分を俺とか私とか言ってしまっていたが、改めて、自分の事を話す場合は俺として語ろう。

以降は、俺は俺であり、この身体の持主である女性――宿主の方が自分を何と呼んでいるかによって適宜対応するとしよう。

 さて、死んだと言うのに数カ月こうして見かけ倒しの娑婆で安穏としている俺自身が、未だにこのさっぱり意味が解らない状況を飲み込むすべが解らない。

 やっぱり解んないよォ、考えたって。突拍子もないし、滅茶苦茶すぎる。夢だったらよかったのに、そんな事にはならなかった。俺も眠ろう。

 そうして眼が覚めたとき、俺の身体はやっぱり女の身体になってしまっているのだった。そう言えば俺は記憶喪失だったのかもしれない。何だか失念していた。

 しかし脳が無い霊魂と言う概念の俺の記憶と言うやつはどこにストックされているのだろう。今俺が考えているのは、何を使っているのだろう。彼女の脳を借りているのだろうか。だとしたら迷惑な話である、きっと安眠妨害なのだろうが、憑いてるんだから仕方ない。いざとなったらお祓いでもして、俺を――いや、俺たちを追いだすしかないと言う事だ。


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