シンユウ否定説
この物語は作者の体験談のようなもので、作中の『私』の過去の話は全て実話です。
この手紙を読むころには、私はもう飛行機に乗って雲の上にいることだと思います。ですから、あなたに正直に言えなかったことをこの手紙に綴ろうと思います。普段ため口の、私の敬語が可笑しい? 真剣な内容だからため口は駄目だと思った、だから敬語なのです。少し我慢してくださいね。
……では、語らせて頂いてもよろしいでしょうか。
私の『シンユウ否定説』を。
それは、小学校中学年のときです。私は2人の友達に引っ張りだこで、いつも休み時間にはどちらと遊ぶのか決めろ、と迫られていました。私の立場が男だったら、モテモテだなんて大騒ぎできてよかったのでしょうね。ですが、これは私が女で、よく言えば優しい性格、悪く言えば「NO」と言えない性格だったから起こったことなのです。
11月のある日、そのうちの一人――仮にAちゃんとしましょう。私とAちゃんの住む町から車で40分ほどかかる少し遠い市のショッピングモールに、Aちゃんのお母さんの車に乗せてもらって行きました。そこで、2人でおそろいのキャラクターの定規を買いました。私の好きな、黒猫のキャラクターでした。私はまだ、おそろいを嫌っていなかった頃だったので、軽いノリで賛成しました。
次の日、それを持って私たちが学校へ行きました。そして、ここで登場したのが、Aちゃんと私を取り合っている友達――Bちゃんです。彼女は私たちのおそろいの定規を見ると「これ、2人でおそろいにしたの?」と訊いてきました。私は頷きました。Bちゃんはその後、どのような態度を取ったのか覚えてはいませんが、私の中に少しづつ罪悪感が湧き上がっていたのは覚えています。ですが、私がBちゃんの知らないところで何をしようと私の勝手、と自分に言い聞かせると、私はその場を去りました。
それから数週間が経ちました。買い物に行ったことを忘れかけていた頃。Bちゃんは新しい定規を買った、と言ってきました。それは、私たちがおそろいで買った、あの定規とまったく同じものでした。Aちゃんも私も、クラスメイトの女子たちも、Bちゃんの執着に驚きました。
余談ですが、私を巡ってAちゃんとBちゃんが争っている、ということはクラス中の女子が気づいていました。……男子は争いのことなんて露知らず、私たちのことを「3姉妹みたい」なんて言っていましたが。とてもその発言に腹が立ったことを今でも覚えています。私の板挟みのつらい気持ちなんて、お前にはわからないだろう、と。ですが、男子には女子のゴタゴタを理解することも、空気を読むこともできないのです。私は怒りを抑え、笑顔を作りました。
話を戻しますね。そして、いつごろかは忘れましたが、Aちゃんの定規がなくなったのです。最初に私と一緒に定規を買ったAちゃんです。きっと、クラスのみんなはBちゃんを疑ったでしょう。もちろん、私も。先生が問うても、当たり前のことですが犯人は現れません。Aちゃんも「もういい」と言うので、犯人探しはすぐに終わりました。そのすぐ後の休み時間のことです。Bちゃんが私のところへ来て言いました。
「Aちゃんの定規が無くなったこと…可哀そうだけど、いい気味だと思う」
その瞬間、Bちゃんへの“疑い”が“確信”に変わりました。
しかし、疑問が残ります。なぜ、Bちゃんはわざわざ犯人だと自供するようなことを言ったのでしょうか。
もう、本人は覚えていないでしょうし、知ることのできないことです。
この事件は、もう時効なのです。
それから数か月後の冬…たしか2月ごろだったと思います。Aちゃんと私で、Aちゃんのお母さんの車に乗せてもらって隣町の本屋さんに出かけました。本だけでなく、文房具やDVD、CDなども充実しているお店でした。Aちゃんの提案で、くっつけると一つのハートになるという、ハートが半分に分かれているストラップを買いました。友達同士やカップルがおそろいとして持つことが目的のストラップだと、それを初めて見た私でもすぐに解りました。
翌朝、私たちはそれを筆箱につけて登校しました。
すると当然のことですが、Bちゃんがそれに気づきました。といっても、羨ましがるわけでもなく、ただ訊ねてきました。「それ、Aちゃんとおそろいなんだね」と。ドキドキしながら私は答えました。「うん、そうだよ。この前の休みに、一緒に本屋さんに行ったんだ」……と。Bちゃんは「ふうん」とストラップを睨むように見つめた後、去っていきました。
時は流れ、それから1カ月後、3月のことです。私はその年、引っ越すことになっていました。修了式が終わった後、個人的にお別れ会を開いてくれた10人の友達がいました。その中には、AちゃんもBちゃんもいました。そのときにBちゃんのくれたプレゼントが……。
私とAちゃんのおそろいと全く同じの、ハートのストラップでした。
Bちゃんはまるで双子のサクランボを分けるかのように、私の目の前でハートを分け、
「大切にしてね!」
にっこりと、
楽しそうに、
幸せそうに、
笑って言いました。
そのとき私は、何を思ったのでしょうか。
今は何も覚えていません。
● ○ ●
この数年間忘れていましたよ、ストラップのことなんて。最近、押入れを整理していて見つけたんです。それで、一気に記憶が甦ってきました。
結局、私はどちらについたのかって? 今まで話した部分を振り返ると、Aちゃんが被害者でBちゃんが酷い奴…みたいですね。ですが、どちらかというとBちゃん贔屓でしたね。……どうして? そう思いますよね。
ここからは私の《被害妄想かもしれない部分》、《無意識のうちに脳によって書き換えられた、事実と異なるかもしれない部分》が出てきます。
ですから、Bちゃんが完全に悪役みたいなことを言いますが、事実ではないかもしれないということを理解しておいてください。もちろん私はこれが真実だと信じていますが。
……混乱するような説明ですみません。
それでは、いいですか?
1月頃、Bちゃんから手紙を渡されました。
【××(私)が引っ越すと聞いて、毎日がつらいの。毎晩涙が出てくるの。
だからそばにいて。Aちゃんのところに行かないで。
残りの時間を、無駄にしたくないから。
私と一緒に遊ぼうよ。】
そんな内容のことが、紙2枚に綴られていました。普通に考えてみればおかしいですよね。私の時間=彼女の時間のように書かれているんですから。でも、その時の私は何故か異常でした。彼女の言葉を鵜呑みにして、休み時間はAちゃんとの時間を削りました。Bちゃんと遊ぶ時間が多くなりました。
すると、こんな手紙がきました。
【私たち、心友だよね!もう、××は私の一部だよ!】
私はそれを読んで、当時何を思ったのでしょうか。
心友という言葉に感激した?
コロッと変わった態度に激怒した?
今の私は、どちらでもありません。
今はただ、嫌悪感しかありません。
それから引っ越した後は、しばらく引きずっていました。この事件のことを。でも1年も経てば忘れていました。……今、二人とはどういう関係…ですか。それはご想像にお任せします。
そうそう。下校の時に私の相談に乗ってくれる、Cちゃんという友達もいました。
私はCちゃんに【心友】の件を話しました。きっと、その頃の私もあの手紙は不快だったのでしょうね。すると、話を聞き終わってCちゃんはこう言いました。
「Bちゃんが本当に心友なら、××ちゃんの心を解ってくれてるはずだよね」
今思うと、Cちゃんが一番私のことを解っていてくれたような気がします。
● ○ ●
小学校高学年のとき、転校してきた私と一番仲良くなったのはあなたでした。家が近かったこともありますし、共通の趣味で話の話題が絶えませんでしたね。しかし、私は“親友”について拒絶するようなことばかり言っていました。
下校途中のある日。あなたから「親友ってどうすればなれるの?」と言われました。咄嗟に、私はとぼけて誤魔化しましたよね。でも、そのあと家に着くと反省しました。過去の“シンユウ”に囚われすぎて、今の“友達”を見ていないのだと。
それから中学でもずっとあなたと一緒にいても、あなた以上に話の合う人なんて見つかりませんでした。小、中学校と続けて仲の良い私たちを見て、「二人は親友なんだね」と言うクラスメイトや友達はたくさんいましたよね。しかし、その度に私はあのことを思い出して「私たちは“親友”じゃない」と心の中で反逆していました。いつまで経っても、“親友”という特別な枠を作るのが怖かったのです。
高校、大学は違ったけど、家は近かったしよく遊んだよね。
楽しかったよ。
この町に来てから数年間。
ごめんね。
私が弱いから、あなたを傷つけてばっかりいた。
遠くになってから手紙を通してじゃないと本音を言えないくらい、弱い人間だから。
ごめんね。
また、この町に帰ってくるから。
また、遊ぼうね。
そのときは私たち、本物の“親友”になれてるよね?
前書きにも書きましたが、この過去の話は実話です。A、B、Cさんの許可はもらっていません。それがいけないのかどうか解らないのですが、良くない場合は作者に教えてください。よろしくお願いします。
追記:忘れていましたが、「あなた」の存在も実話です。「あなた」へのメッセージも、私が今本当に思っていることです。