あるお姫様の物語
ある国に美しいお姫様がいました。
亡き王妃様に似た、王様のたった一人の娘でした。それはそれは大事に育てられました。
お姫様は危険な目にあわないように、お城の奥深くで暮らしていました。お姫様に会えるのは、王様以外には身の回りの世話をする侍女たちだけでした。
ところがある日、一人の若い騎士がお姫様の住むところまで迷い込んでしまったのです。そこで騎士は廊下にいた身なりの良い娘に道を尋ねました。その娘は廊下を歩いていたお姫様でした。
初めて自分のことを知らない人に会ったお姫様。面白がって、貴族の令嬢のふりをしました。
そうとも知らず、騎士は無事に帰りついてからも美しい娘のことを思いました。またお姫様も初めて会った父である王様以外の、男性が気にかかりました。
それからというもの、毎日のように騎士はお姫様のもとへ行き、二人はこっそりと会いました。
やがてお互いの身分を知ってしまいましたが、その頃には二人は惹かれあっていたので会うことをやめませんでした。
しかしある日、お姫様の食事に毒が盛られていたのでした。お姫様が生まれた時からお世話をしている侍女たちが、そんなことをするはずがありませんでした。そこで、一人の侍女がお姫様と騎士が会っているのを見たと言いました。すぐに騎士が誰なのか突き止められました。
王様は大変怒り、証拠もないのに騎士を捕らえてしまいました。
そうとも知らず、何時ものように騎士を待つお姫様。何日も何日も待ち続けました。しかし、待ち人が現れることはありませんでした。
やがて、通りがかった侍女たちの噂を聞いてしまいました。お姫様を騙し、毒殺しようとした騎士が処刑されたと。
お姫様は嘆き悲しみました。泣き続け、食事もしようとしませんでした。それが何日も続いたある日、お姫様は不思議な声を聞きました。乾いた声は、お姫様を慰め、どんな願いでも叶えてやると言いました。
お姫様は騎士を生き返らせて欲しいと願いました。しかし声は、それは出来ないと言いました。お姫様は落胆し、ある言葉を口にしました。
乾いた声は先ほどよりも少し高い声で、その願いを叶えてやろうと言いました。
突然、どこからかさらさらという音がしました。その音は段々大きくなっていきました。やがて誰かの悲鳴も聞こえてきました。
お姫様が部屋を見回すと、壁や天井、調度品まで砂のように崩れていっていたのでした。急に扉が開かれ、侍女が飛び込んできました。けれど、侍女が何かを言うより早く侍女の顔が崩れていきました。侍女は服まで残さず砂になってしまいました。そして、お姫様の周りもどんどん崩れていきました。
そう、願いは叶えられたのでした。
――彼がいない世界などいらない。
全てが砂になってゆきました。
さらさらさらさらさらさらさらさらさら…………
ついにはお姫様以外の全てが砂になってしまいました。
お姫様は静かな世界をあてもなくふらふらと歩き続けました。全てが夢であることを願って。やがて、歩き疲れて倒れこんでしまいました。不思議と騎士が処刑された時にあれほど出た涙が、出ませんでした。
このまま皆と同じように朽ち果て砂になるのだと思った時、かすかに音がしました。聞き間違いではなく、確かに足音でした。
お姫様が体を起こすと、そこには騎士が立っていました。お姫様はあの世から愛しい人が迎えに来てくれたと喜びました。そして、今までに起こったことを全て話しました。騎士は何も言わず目を閉じて聴いていました。
ふと、騎士が目をあけました。そして手を差し出しました。お姫様は手をとろうとしました。
お姫様には何が起こったのかわかりませんでした。騎士がお姫様の首を絞めたのでした。力を込めて、お姫様の知らない表情で。
お姫様は意識が薄れるなかで、再び乾いた声を聞きました。声は淡々と事実を告げました。
毒を盛ったのは敵国の者。騎士の疑いは晴れたのだと、しかし王様は騎士がお姫様と会っていたことに怒り、お城から追放したのだと。
そして、騎士は国を滅ぼしたお姫様を憎んでいるのだと。
お姫様の意識は途絶えました。
乾いた声が誰にも聞かれることなく響き渡ります。可笑しそうに、愉しそうに、嗤います。
――アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ
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