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異世界

 目を覚ますと、そこには雲一つとない澄みきった蒼い空が鬱蒼と茂る木々の隙間から覗かせている。

 木々の隙間から射す太陽の光が眩しくて、おもわず目を細める。

 背中から伝わってくる柔らかい草の絨毯の感触が心地よく、周りの木々から大自然の恵みを彷彿させる爽快で、どこか安心できる匂いが僕の鼻腔を通り過ぎる。

 「……来たんだ」

 太陽の陽射しを手の甲で受け止め、細めた目を見開き、ゆっくりと起き上がる。

 まず目に入ったのは、見渡す限りに広がる木々だった。人間の腕ぐらいに細さの木があったり、逆に腕を巻きつけても手と手を交わすことが出来ない程の樹齢何十年ものの巨木もある。

 それらの木々の数は膨大で僕の目に映る範囲には木々で埋め尽くされていた。

 「ここは……森の中?」

 見渡す限りの光景を見て僕はそう判断した。

 くるりと後ろを振り向くと、眼前に樹齢何百年という果てしなく大きい大樹が居座っていた。目を凝らして見ると、ごつごつと波打つ幹に一筋の切れ目があった。

 おそらくこの切れ目が僕が先程までいた世界と僕が今いる世界とを繋げるゲートみたいなものだったのだろう。

 梢の切れ目をそっとなぞり、

 「ここから来たんだ」

 ポツリと独り言を呟くことによって、自分が違う世界に来たことを改めて認識する。

 ふと、ここである問題点に僕は気づいた。

 「喉乾いた」

 この世界に来る前に、海斗と同じスピードで約十分間の疾走は、サッカーを辞めてから長いこと経つ僕には激しい運動だった。そのために橋の下に行く前にはかなりの疲労と喉の渇きを覚えていた。喉の餓えをそのままにしたため、これ以上なく水への欲求は天井知らずに高まっていた。

 いつまでも一か所に留まっていても、問題は解決しないので、とにかく前進あるのみと自分に発破をかけて、歩を進めた。

 僕はよほど深い場所にいたらしく。どれだけ歩いても一向に森の出口は見つからず。尚且つ水も食料も見つからない始末だ。

 「喉乾いた……、お腹すいた……」

 そういえば今更になって自分が昨日の昼から何も食べていないことに気づき、余計に腹の空腹感が増した。

 腹の空腹感と喉の渇きを必死に我慢して、ひたすら両足を交差させて、前に進む。

 森を進むにつれ、木々の感覚が広がっていることに気づき、足を止め、耳を澄ますと、川のせせらぎの音がかすかに聞こえてきた。

 自然と足が動き、次第に早まり、いつの間にか僕はせせらぎが聞こえる方へと走っていた。

 「み、みずだ!」

 木々の間を縫うように走る。木々の間から光が零れる。僕は木々の間から勢いよく飛び出した。

 目の前に広がる景色には湖があった。

 直径五十メートルはあるだろう巨大とは言わないまでも、そこそこに大きい湖だ。

 波一つない真っ平らな水面はきらきらと光を反射して輝き、湖の底まで透けて見える清く澄み渡った水は透明で、たとえ人間が管理していない水であっても一切の害はなく逆に身体に良いと思わすほどに美しかった。

 湖の淵に辿り着くと、膝を地面について、両手をお椀の形にして透明な水の中に入れ、水を掬い上げると、顔を近づけて一気に手の中の水をゴクゴクと音をたてながら飲み干す。

 「おいし~~」

 両手を立て続けに何度も水の中に突っ込み、掬うと喉に入れる。何回目だろうか、喉の渇きを忘れた頃。

 パシャ、パシャと遠くから水が弾ける音がした。そして、水面が波紋が広がったように波打つ。

 僕はその音と波に反応して、今まで美しい水面に釘付けにされていた視線を少しだけ上にゆっくりと押し上げる。

 「お前は誰だ?何故こんな場所にいる?」

 上げた視線が声を発した者の視線とぶつかり、僕は驚き、そして戸惑った。

 なぜなら、声を掛けたのは女性で、その格好が僕には直視するには過激すぎた。

 女性は古くてボロボロになったさらしを申し訳がないように胸に纏い、下はゆったりした袴を履いているのでけっして裸ではないのだが、その姿思春期真っ盛りの男子高校生からしてみれば途轍もなく過激な格好だった。

 水にしっとり濡れた腰まで伸びた黄金色の髪が艶めかしく肩や大きめな胸に貼りつき色香を放ち、対女性スキルが皆無に等しい僕には目を泳がすことしかできなかった。

 ターコイズブルーの澄んだ瞳が警戒心を剥き出しにして僕を睨んでいる。

 どうやら、この世界で初めて出会う人間は敵意と警戒心を持っているらしい。

 「もう一度質問する。何故こんな場所にいる?」

 「あっ、えっ、」

 今まで気づかなかったが黄金髪の女性の右手にはにび色の刃を持った刀剣が握られていた。刀剣の鋭い剣尖が真直ぐに僕に向けられている。

 「ご、ごめんなさい!」

 剣尖が向けられたことにより、自分の置かれた状況の重大さに気づき、反射的に謝って僕はその場から逃げ出した。

 「ま、待て!」

 背中にバシャバシャと湖から出る時の音が聞こえる。おそらく黄金髪の女性が湖から上がったのだろう。その音を聞き僕は速度を上げて森の中へと突入した。

 後ろから追われていると実感し、背中に妙な圧迫感が押し寄せる。

 僕は女性から逃げる為に森の中をジグザグに走り抜ける。方向感覚もデタラメですでに自分が何処を走っているのかも分からなくなっている。

 数分間の間全力疾走で森の中を駆け廻っていると、森の中に広く開けた空間に入った。ここまでくれば安全だろうと思い速度を段々と落とし、その場に止まった。

 「はぁ、はぁ、」

 膝に手をついて、荒れた呼吸を元に戻す。落ちつき始めた呼吸を確認してから僕は辺りを見渡した。

 「ここは……森の中なの?」

 疑問形になったのは僕の目に入った光景が、信じられないものだったからだ。

 焼け野原。

 森の中に焼けた焦土があった。森の一角の木々はほぼ全てが焼き焦がれて消し炭なっており、黒い灰が風に吹かれてぐるぐると舞い散り地面に散乱していた。

 すでに火元はないが、安全とは限らないので、いち早くこの場から離れなければと思うが、この異様な風景が目から離れなかった。

 「!?」

 突如、カサカサと後ろの森から何かが蠢く音が聞こえてきた。僕はその音に驚き瞬時に身体を反転して何が来ても大丈夫なように腰を落とし、前後左右どちらともにも移動できるようにする。

 もしかしたら、あの女の人がもうここまで追いついてきたのかもしれない。と淡い期待と不安が脳裏を横切った瞬間。

 ザッ!と目の前の森の茂みから黒い影が飛び出してきた。

 黒い影の正体は、赤錆色にぬめる鱗状の皮膚を光らす蜥蜴とかげだ。

 「なに?これ……」

 僕はこんな生物は見たことはなかった。

 確かに目の前に現れたのは蜥蜴だ。ただし、身体の大きさが三メートルを超える蜥蜴だ。目測だが尻尾まで入れると四メートルはあるかもしれない。

 ぐるる、と大蜥蜴が唸り、細長い幅に並んだギザギザと尖った鋸状の歯が剥き出しになった。大蜥蜴は僕をじっくりと吟味するかの如く、のしのしと地面にばら撒かれた黒い炭を踏み鳴らしながら回り込んでくる。

 少しでも動いたならば、飛び掛かって食い殺さんとばかりに睨み捉える大蜥蜴。

 しかし、これ以上睨みあってもいつかは大蜥蜴は襲いかかってくるだろう。僕は大蜥蜴を刺激しないように少しずつ、距離を取ろうと後ずさりした。

 蜥蜴という生き物は足が速い。なので逃げようと背を向けでもしたら、その鋸状の歯が僕の足に喰らいつくだろう。

 逃げては駄目だ。

 ここで逃げたら、秋咲 歩夢じゃない。

 そう思い。僕は改めて大蜥蜴と対峙する。

 動物と闘うには、人間には武器が必要だ。

 大蜥蜴には、吻に人間の肉を引き千切る為の鋸状の歯と鋭い鉤爪がある。

 かえって、人間にはすり減った歯と丸い爪。

 このどうしようもない差を埋めるには人間に武器は必要だ。

 「バーゼルセイバー!!」

 僕は胸に手を置き、思いの丈に叫ぶ。

 夢の中で、フォストアブリアが僕の胸から出した剣ーーバーゼルセイバー。

 僕の心の形。

 僕が今持っている唯一の武器。

 この剣があると知っているから僕はこの世界にやってくることができた。謂わば、僕の心の支えだ。

 「……っえ?」

 しかし、叫んでも、あの美しい透明な剣は胸から出なかった。

 「バーゼルセイバー!!」

 もう一度叫ぶが何も起こらなかった。

 この状況を第三者が見ればマヌケな奴だと嘲笑していただろう。いや、もしかすれば僕の目の前の大蜥蜴も心中ではほくそ笑んでいるかもしれない。

 若干の恥ずかしさと剣が出てこない焦りに僕は動揺を隠せないでいた。

 その隙といわんばかり、大蜥蜴が物凄い勢いで黒い灰を撒き散らしながら走りだしてきた。

 ガバッ!とギザギザした歯を見せて僕に飛びついてくる。

 「うおっ!」

 僕は間一髪のところで大蜥蜴の噛みつきを回避する。

 何か武器になる物は?

 バーゼルセイバーはあてにならないと悟り、僕は細心の注意を払い。目元だけを動かして辺りを見渡す。しかし、僕の周囲には炭と灰しかなかった。

 と。そこで、僕から遠く離れた焼け野原になっていない森付近に長さ二メートル棒があった。

 あれだ!

 即座に思い立つと、僕は棒切れ目掛けて走りだした。

 背後から大蜥蜴が僕を追っかける時に発する灰と炭を踏みつける音が恐怖を煽る。

 「うぁあああああああ」

 木の棒に飛び付き、両手で掴むと大蜥蜴がすでに背後に迫っていたので、僕は何も考えずに木の棒を振りまわした。

 ガンッ!と鈍い音が森に響く。

 飛び掛かってきた大蜥蜴の頭部に木の棒が運よく命中したようだ。大蜥蜴が怯んだ隙に僕はもう一度距離をとる為に焦土の真ん中へと駆けだす。

 すぐ後ろにある森の中に逃げないのは、森の中は隠れることができる方が有利なのと、僕が森の地利を行かせないからだ。たとえ森の中に隠れても、まだこの森の地形を把握していない僕は隠れる場所も分からないし、また、隠れたとしても相手は動物だ。人間の匂いや体温を感知してすぐに見つけるだろう。なのでここは敢えて見晴らしの良い障害物も何もなく、あるのは灰と炭の焼け野原で決着をつける。

 「こい!」

 人間の言葉を理解できているのか分からないが、こういうのは気持ちの問題だと思い大蜥蜴に呼び掛ける。

 僕の言葉を理解したのか、大蜥蜴が三度 グルガアアア、と喚きながら突進してくる。

 僕は蜥蜴のスピードとは思えないほど速く突進してくる大蜥蜴に向かって、全身全霊で木の棒を振り下ろそうとした。

 その瞬間。

 喚きながら突進してくる大蜥蜴の口腔がガバッと大きく開くと、その口蓋の中の空間がぐにゃりと歪んだ。

 何が起こっているのか分からなかったが、これは危険だと第六感が告げ、すぐさま左へと飛んだ。

 僕が飛んだ直後。

 轟!とオレンジと赤の炎が先程まで僕の顔があった空間を埋め尽くした。

 大蜥蜴の口蓋から発射された炎の熱気が僕の肌をチリチリと音をたてて焦がす。

 「な、炎!?」

 僕は驚愕の表情を浮かべているだろう。なにせ蜥蜴が炎を口から出したのだ驚かないはずがない。

 「焦土の原因はこいつか」

 この焦土はこの大蜥蜴の縄張りなのだろう。そして、おそらく僕は縄張りに入った敵もしくは餌といったところか。

 大蜥蜴は獲物を狙う獣のようにゆっくりと確実に僕に近づいて来る。

 どうする?

 木の棒で勝てる相手ではない。せめて、バーゼルセイバーがあれば何とかなっていたかもしれないが、ない物ねだりをしてもこの状況を打破するわけではない。

 思考を巡らせている内に、大蜥蜴が再び口腔を開き、こちらを向いて、狙いを定めていた。

 あの炎のブレスがくる。

 「なっ!?」

 直後。目の前がオレンジと赤で埋め尽くされた。

 先程とは比べ物にならないほどに広範囲に広がる炎が目の前を埋め尽くす。

 死ぬ。

 そう思った矢先。

 「まったく、探したぞ」

 一陣の疾風が僕の目の前を吹いた。

 それは黄金を纏った風。

 黄金の風が目の前に広がる炎の壁が切り開き、こちらを見据える。

 黄金の風の腕には黒と白の羽根が交差した紋章があった。

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