旅立ち
「歩夢!歩夢!起きろ!歩夢」
凄まじい揺れと共に聞こえた声には聞き覚えがあった。
「うっうう」
激しい揺れに苦しみながらも瞼を開くと、眼前に海斗がいた。
「海斗?」
不思議そうにその名を呼ぶ、何故僕の僕の目の前に海斗が?と疑問が浮かぶがそれを発言する前に遮られる。
「お前、皐月が何処に行ったか知らないか?」
焦った様子で、早口喋る海斗の顔は青ざめていた。
「どういうこと?」
「お前が皐月と最後にあったんだろうが、皐月は何処に行ったんだ?」
「ちょっ、ちょっと待って。話が分からない」
焦って僕の身体を揺らす海斗を宥めると、僕は海斗から事情を訊いた。
「皐月が行方不明なんだ。あれから家に帰ってないらしい。今は俺と親達が必死で探しているけど、手掛かりも全く掴めてない状況だ。歩夢。お前が最後に皐月といたんだろ。皐月は何処に行くって言ってた」
「本当に?」
僕は目を丸くした。
夢じゃないのか?
夢の中で出会ったフォストアブリアの言ったことが現実に起こっているのか。
焦りから、僕の背中からどっと汗が噴き出る。
壁に掛けてある時計の単身はすでに二時を指していた。カーテンを閉め切っているが、光が全く刺していないところを確認すると、夜中の二時であることは明白だった。
こんな時間に皐月が家に帰らないなど、今までになかった。
たとえ、友達と遊びに行っても、八時には帰るとマメに連絡もしていたと僕は記憶していた。
そんな皐月が夜中の二時にまでになっても、家に帰らず、親にも連絡を入れていないのは重大な問題だ。
僕は愕然と海斗と見上げた。
すると、
「頼む!こんなこと言えた義理じゃないのは分かってる。一緒に皐月を探してくれ」
海斗が頭を下げて、僕に懇願してきた。
「頼りになるのは後はお前だけなんだよ。警察は子供の夜遊びだと思って、全然動いてくれないし、友達も寝てて電話に出てくれない。頼む。皐月を探してくれ」
僕は暫くの間沈黙する。
本当は僕なんかに頼りたくはないはずだ。それでも僕に頼ろうと頭まで下げてくれた。元親友の言うことを無下には出来なかった。
それに僕は今からこの世界とは違う世界に行かなくてはならない。
おそらく、そんなに簡単帰れるはずもない。この世界で最後に隣にいてくれる人が海斗なら何も言うことはない。
「……分かった。一緒に探すよ」
はっと海斗は下げていた頭を上げると、僕の手を掴んで、
「ありがとう」
と言ってきた。
僕と海斗は道路を走っていた。
どちらかというと田舎な方である僕たちが育った街の道路沿いには街灯は少なく、時間も時間で車の通りも全くなく、走っても走っても薄暗い情景が続いていく。
「電話は?」
「繋がらない。電源が入っていないか、電波の届かない場所にいるらしい」
「今まで何処を探した?」
「皐月が行きそうな所はあらかた探したはずだ。でも何処か見落としているかもしれねえ」
海斗からの情報によると、皐月は本当に行方不明なのだと理解が深まった。
僕は走っていた足を止めて、その場に立ち止まった。
焦っている海斗は数メートルほど前方で止まり、
「何してるんだよ?」
「時間がない。二手に分かれよう」
時刻はすでに二時半を過ぎている。
「あぁ、確かにそうだな」
海斗は納得したように頷いた。
「じゃあ、僕はこっちに行くから。海斗はそっちを探してくれ」
そう言って僕は、二つに分かれた道を指差した。
僕が選んだ道は、もちろんあの河川敷に続く道だ。
「分かった。じゃあ、俺は行くから。皐月が見つかったら。連絡してくれ、番号まだ変わってないから掛かると思う」
そう言って、海斗は駆けていき、その姿が闇に包まれ消えていった。
「ごめん。帰ってきたら。ちゃんと謝るよ」
海斗の姿が見えなくなるのを確認してから、僕は呟いた。
そして、僕は海斗が進んでいった道とは逆の道にへと足を進めた。
河川敷。
橋の下の壁に一筋の光があった。
光の筋に触れると輝きが増し、光の筋が広がり、人一人が通れるほどの大きな長方形の光の壁になる。
その光景を僕は目を細めながら眺める。
この河川敷でいろいろあった。
秋咲 歩夢が秋咲 歩夢で無くなった場所。
僕は今。ここに立っている。
一日に二度も来るなんて思いもしなかった。
ここでの思い出は数知れず。
皐月と遊んだ場所。海斗と初めて出会った場所。みんなで遊んだ場所。皐月の気持ちを知った場所。海斗と喧嘩した場所。そして……。
いろいろあった。
辛いこと、苦しいことばかりだった。
でも、逃げる為にこの世界から離れるんじゃない。
僕は、皐月を取り戻すために、秋咲 歩夢になるために、
僕は違う世界に行くんだ。
僕は自分の世界を変えるために周りの世界を変える。
光の壁に向かって一歩踏み出す。
この一歩は世界に比べて小さな一歩かもしれない。
でも、一歩一歩が積み重なっていき、百歩、千歩、一万歩と進んでいく。
だから、この始まりの一歩は大切なんだ。
僕は今までこの一歩が踏み出せなかったんだ。
一歩。
また一歩と光の壁に向かって歩いていく。
「待ってて、絶対に助けに行くから」
僕の身体が光に包まれていく。暖かい優しい光だ。
僕の物語はここから始まった。
もうちょっとアユムと海斗の話を上手く書きたかったんですけど…短すぎますね。いつか書き直そうと。
ちなみに海斗が家に入れたのは、昔、アユムの家に遊びに行った時にポストに鍵があることを知っていたからです。
不法侵入というツッコミは華麗にスルーってことで、
いいんです。友達なんですから