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海桐 海斗

またシリアスです。

短いです。もうちょっと長くしたいんですけど‥眠いんで考えれませんでした。

 夏の太陽は遅く沈む。七月の西の空は茜色に染まり、地平線が眩しくて僕の目を優しく刺激する。

 僕は今河川敷の橋の真下に立っている。太陽が一日中刺さないので地面がちょっと湿って、独特の匂いを放っていた。

 すぐ隣で流れていく川のせせらぎが静かに耳を通り過ぎる。

 「なんで呼ばれたのか分かってるよな」

 僕の目の前には海桐うなぎり 海斗かいとが目を伏せてながら、訊いてきた。

 海斗は高校生になってから成長期なのか暫く見ないうちにぐんぐんと身長を伸ばし、高校でサッカー続けている身体は中学の時よりも筋肉質になっていた。ブラウンの短髪を整髪料でツンツンに尖らせ、清潔感がありスポーツ少年といった容姿だ。

 「…………、」

 僕は何も答えなかった。

 何故呼ばれたかは分かっているが、それを口には出せなかった。

 あの後。泣き始めた皐月は教室から飛び出していき、また教室に一人残された僕は教室の机を綺麗に並べ終え、家に帰り、ベットの上に何をするわけでもなくただただ横たわっていると、

 ピンポーン

 と無機質な音を発するチャイムが家中に鳴り響き、玄関に行くと、誰もいなかった。

 玄関を開けると地面に一枚の紙切れが落ちていた。

 紙切れには、

 『あの場所に来い』

 とペンで書きなぐられていた。

 あの場所と言われ、一つしか思い浮かばなかった。

 河川敷の橋の下。

 海斗と僕が本気で殴り合った場所

 海斗が僕に絶交を告げた場所。

 秋咲 歩夢が秋咲 歩夢でなくなった場所。

 「何か言えよ」

 海斗はイラつきながら、伏せていた眼を開き、真直ぐに僕を睨んできた。

 その瞳の中には憎悪しかない酷く濁ったいた。

 僕はその瞳に怖じ気づき、逃げ出したくなるが、それでも必死に足を地面に着ける。

 「皐月を泣かしたこと?」

 僕は沈黙を破り、唇を歪ませながら震えた声で喋る。

 「……そうだよ」

 海斗は分かってんならさっさと言えよ。と愚痴りながら僕の発言を肯定する。

 「でもな……、俺が怒ってるのはそれだけじゃないんだよ」

 その言葉の意味は僕には理解が出来なかった。

 一年前の秋咲 歩夢なら理解できたかもしれないけれど、今の僕には到底理解できない。

 「ど、どういうこと?」

 何故か教えてくれると思った僕は、海斗に言葉の意味の説明を求めるが、

 「お前、まだ分かんないのかよ」

 と海斗は寂しそうに眉根を眉間に寄せながら、答えを教えてくれなかった。

 「まぁ、そんなことはもういいんだ。終わったことだ。まずは皐月を泣かしたことだ」

 海斗がそういうと、僕にゆっくりと歩み寄ってきた。

 ドスッ!

 海斗の拳が僕の鳩尾に入った音だ。橋の下にいるせいで鈍い音が通常よりも辺りに響く。

 「グハッ!!」

 人間の急所に何の力も入れていなかった僕は、殴られた鳩尾を抑え、その場に崩れ落ちた。

 肺にあったはずの空気がいつの間にか無くなっており、呼吸をしようにも肺の下が痛過ぎて上手くいかない。じわっと額に汗が滲み、顔色が悪くなるのが分かる。胃の中は空っぽで吐く物がなかったが、口の中にスッパい液体が流れてきた。

 「ぅぅ、あぅ」

 地面に転がり、声にならない音が喉から洩れる。

 「皐月が泣いてる理由がお前には分かってるのかよ!お前が!全部お前が!お前が悪いんだろうが!」

 海斗が追い打ちをかけるかのごとく、地面に倒れている僕の腹部に次々と蹴りを入れてくる。

 僕は為す術もなく海斗の蹴りを受ける。

 現役サッカー部の蹴りは鈍器よりも重く、刀のように鋭かった。

 少しでもダメージを軽減するために身体を芋虫の様に丸める。

 「またそうやって目を逸らすのかよ」

 海斗は疲れたのか蹴るのを止めて、息切れをしながら責めてきた。

 「お前があの時に目をそらさなかったら……今頃こんなことには……くそっ!」

 苛立ちを抑えるために地面を蹴りつけて、憎たらしげに僕を見る。

 僕は何も考えることが出来ずにただ濁った瞳で海斗の目を見据えるしかできなかった。

 「皐月はいつも泣いてたんだよ。あの時もきっと今だって、泣いてるんだよ」

 感情を高ぶって、泣きそうな顔になる海斗。

 「知ってるよ」

 「あ?」

 「皐月がいつも泣いてることなんて知ってるよ」

 全身の関節がミシミシと音をたてながら軋み鈍痛が襲うが、そんなことは気にせずゆっくりと立ち上がる。

 「皐月が僕のことが好きだったことも」

 自惚れかもしれないが、中学の時秋咲 歩夢はカッコ良かった。

 今の僕とは大違いなほどに、

 全国大会に出場したサッカー部のエースで運動が出来たし、勉強も常にトップクラスだった。

 女子から告白されることは何度もあった。

 皐月が秋咲 歩夢に好意を持っていると実感したのは、良く覚えていないが、確か中学三年の全国大会が終わった時だ。

 それから秋咲 怜音は皐月の好意に気づきながらもそのままの関係を続けていった。

 そして、三月十五日に全てが終わったんだ。

 「だったら、何で!」

 「でも、それじゃあダメなんだよ。お、僕が欲しかったのは…………」

 この先の言葉が見つからない。

 僕が……僕が……秋咲 歩夢が欲しかったのは何だったのだろう。

 秋咲 歩夢ですら分からなかったのに秋咲 歩夢の抜け殻の僕に分かるわけがなかった。

 しばしの沈黙が流れるが、すぐに破れた。

 「何でお前なんだよ……、何でお前ばかりが、全部持ってるんだよ。俺が持ってないもの全部持っているのにまだ欲しいものがあったのか!」

 海斗の悲痛な叫びが僕の心を切り裂いていく。

 「少なくても秋咲 歩夢が欲しかったのは運動や勉強が出来るとかそんな些細なものじゃなかったんだ。そして皐月でもなかった。ただそれだけだったんだ」

 僕は正直に海斗に告げる。

 その言葉を受けて、海斗の唇が小刻みに震えだし、火山の爆発のごとく激怒した。

 「ふ、ふざけるなぁー!!!!」

 拳を固く握り、僕の頬に突き刺した。

 バゴンッ!と頬骨が砕けそうなほどの衝撃が左頬に伝わると、僕の華奢な身体が宙を舞い湿った地面に落下する。

 そして海斗が即刻僕に詰め寄り、僕の身体に馬乗りになると、さらに殴打を繰り返してくる。

 ゴン!バン!ドン!と次々と顔に拳が刺さる。

 僕はあまりの苦痛に腕を顔の前に出して十字をつくり防御をする。

 「ふざけるな!皐月じゃないだって!さっきの言葉を皐月の前でもう一回言ってみろ!言えよ!言えよーーーーー!!!!」

 いつの間にか殴打が止み、海斗は頭を項垂れ両拳を固く握って胸に置いた。

 海斗の拳はところどころ皮が剥げて血が出ていた。

 「ぼ、僕が……欲しかっ……たのは……」

 こんな現実じゃなかった。

 こんな苦しい世界じゃなかった。

 「皐月じゃ…………」

 言葉に表そうとする。海斗はそれ以上僕の言葉を訊きいれたくなかったのか、胸に置かれた右の拳を高々と上げ、顔面目掛けて振り降ろしてきた。

 すでに腕の十字は解いていたので、もう防御はできなかった。

 覚悟を決して、海斗の怒りに震えた拳を見据えた。

 その瞬間。

 「やめてーーーー!!」

 その言葉が聞こえると、横から衝撃をくらった海斗が僕の身体からずり落ちた。

 何が起こったのか全く分からないまま、僕と海斗は茫然と地面に倒れていた。

 「な……どう……して」

 驚愕と共に顔を上げたら、そこには目に涙を溜めた皐月がいた。

 「なんでこんなことになってるの!」

 皐月は唇をわなわなと震わしながら、僕に近づき頭を持ちあげた。

 「酷い……、何もこんなにしなくてもいいじゃない……なんでこんな……」

 「……大丈夫……だ……から」

 「大丈夫って、顔が血まみれなのよ!大丈夫なわけないじゃない!!」

 皐月はスカートからハンカチを取り出して、僕の額にそっと当てる。

 「何してんだ、皐月」

 海斗がのろのろと立ち上がり、怨みがましい目つきげ僕を睨む。

 「それはこっちの台詞よ。こんなに歩夢を殴って何してるのよ。それでも幼馴染なの?」

 「うるさい!こんな奴、幼馴染でもなんでもじゃねえ!」

 「帰って」

 皐月が冷静な声で言う。

 「帰って!!」

 それでも動かない海斗に、皐月は同じ言葉を荒荒しげに言った。

 「……俺は間違ってない。悪いのは歩夢だ」

 確かめるように海斗は僕たちに聞き取れる音量で呟くと、悔しそうに立ち去っていった。

 海斗が立ち去り、橋の下には僕と皐月だけが残された。

 皐月がハンカチで僕の顔を拭いていると、

 「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」

 呪詛のように謝罪を繰り返してきた。

 「な……んで、謝るの?悪いのは……僕なのに」

 鉄の味が口いっぱいに広がり、口の中に溜まる血が喉に張り付いて上手く喋れない。

 「歩夢のせいじゃない。私が泣かなかったら、こんなことにはならなかった」

 「そんなこと……ない」

 「だったら、何で歩夢がこんなに傷付くのよ!」

 皐月の悲痛な叫びに僕はそれ以上何も言えなかった。

 「私……もう……歩夢に……会わない……私がいるから……歩夢が……傷付く」

 皐月は瞳に涙を溜めて、一言一言辛そうに言う。

 何かしなくちゃいけないという衝動に駆られるが、何をしたらいいのか分からなかった。

 「………、」

 こんな時秋咲 歩夢はどうしたのだろう?

 いや、何も出来なかった。

 秋咲 歩夢でも何もできなかったんだ。

 どんなに運動が出来ても、勉強が出来ても、この問題だけは何も出来ずに逃げたんだ。

 立ち上がった皐月はハンカチを置いて泣きながら、

 「さようなら」

 精一杯の笑顔で言って、背中を向けた。

 僕は何か出来ないのかと、考え、痛みで動かない右手を無理矢理動かして、皐月の方へ伸ばす。

 「……ま……って」

 伸ばした右腕は皐月には届かなかった。

 皐月の姿が僕の視界から消えると、僕の腕が地面に落ちた。

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