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王子さまの一日

「それで、本日はどうなさる御予定ですか?」


 そう訊ねられてシャーリルは首を捻った。


「いや、何すりゃいいのかなぁ。乳母っていわれても……あたし、こいつらと遊んだり、食料調達するくらいしかしてないんだよ。世話しろって言われても、どうしたらいいのかさっぱりなんだよなー……」

「そうでしたか……」


 この“食料調達”というのはつまり、山野に野菜や動物を獲りに行く事なのだが、シェイザードに分かる筈もない。単なる“買い物”だと思っただろう。


「ああ、言い忘れていましたが、今日からお部屋を殿下の側へお移り頂きます」

「「「「「「え?」」」」」」


「殿下のお側で、御子らと同じように世話を焼いて頂きたいのです」

「……乳母ってつまり、親代わりみたいなもんか?」


「そうですね……そのようなものです」

「ふーん……」


 ちょっと考えて、シャーリルはにっと笑った。


「じゃあほんとにこいつらにしてるように、やればいいんだな!」

「ええ」


「よし! そういう事ならさっそく行こうぜ!」

「「「「「おう!」」」」」


 シャーリルに応えて五人が拳を突き上げる。シェイザードはきょとんと瞬きした。


「どちらに?」

「そりゃあ殿下のところだよ。さ、行くぞ! 案内してくれ!」

「あ、はい。こちらです」


 戸惑いながらも先頭を歩き出したシェイザードに六人が続いた。




「シャーリル様。今のお時間ですと、殿下は勉学の最中だと思いますが……」

「そうなのか。まあ取りあえず行こうぜ。話しはそれからだ」


「……殿下にお話が?」

「いや、そうじゃない。……なあ、あいつの勉強っていつ終わるんだ?」


「あいつ?」

「あー、殿下の勉強っていつ終わる?」


「それでしたら、午前中は全て勉学をされますよ」

「午前中ずっと!?」


 驚いて立ち止まると、背中にティアがぶつかった。


「シャル!」

「あ、悪い。大丈夫か?」


 こくりと苦笑い混じりに頷かれ、シャーリルは頭をぽんと撫でてシェイザードに向き直った。


「じゃあ午後は?」

「午後は武術の稽古が二時間程あります。それからは自由に過ごせますが、多分午前に学ばれた事の復習をなさるでしょう。それに、子息達のお相手もあります」

「なんだそれ。遊んでる時間ないじゃないか!」


 するとシェイザードが首を傾げた。


「ええ。遊んでいる暇はあまりございません。殿下は今だ幼いとはいえ、いずれ王位をお継ぎになる。その為に学ぶ事は山ほどあるのですから」

「……」


「それでも今は、王妃——お母上を亡くされて気を落としていらっしゃいますので、僅かですが勉学の時間も少なくなっていますよ」

「今のでか!?」

「はい」


 にこりとそう言われても、シャーリルにはそうですかと頷けない。


「……昨日の態度もそうだけど、ますますちゃんと会っといた方がいいな」

「おや。もう殿下とお会いになられていたのですか?」

「まあ、ちょっとだけな」


 ちょっと眉を顰めたシャーリルに気付き、シェイザードはそっと顔を覗き込んだ。


「何かございましたか?」

「ん?ああ……」


 シャーリルは空を見つめ、頭を一つ振って笑った。


「ちょっとな」

「秘密ですか?」


 いやに可愛らしい台詞が聞こえて、シャーリルはびっくりした。


「へ?」

「教えて下さらないのですね」


 何故か目がきらきらしている。


「あんた、子供みたいだなぁ」


 思わず呆れ気味にそう言うと、シェイザードは嬉しそうに笑った。


「そうでしょうか? 好奇心旺盛だとはよく言われます」


 つられてシャーリルもくすりと笑った。


「「「「「……」」」」」


 顔を見合わせて笑い合う二人を、後ろから五人が見ていた。


——若干の不機嫌さをもって。






 ラズウェルは広い部屋でいつものように目覚めた。


 カーテンの引かれた薄暗い部屋の天井をぼんやり眺め、ゆっくりと身体を起こす。軽いノックの音と、入室の許可を求める声がして、いつものように許可をする。


 入ってきた侍女達はまずカーテンを開け、次に足を洗い、顔を洗うように促され、見繕いをされる。


 食卓へ案内され、ずらりと並んだ料理を一口ずつ口へ運び、咀嚼する。それが終われば、書庫で勉学をする。昼まで学び、昼餉を食べれば僅かに息吐く時間がある。しかしすぐに中庭や遊戯室で貴族の子息達の相手をさせられる。


——俺の遊び相手、話し相手として集められたそうだが、実際はどうだろうか。俺は遊ぶ気も会話する気もない。誰も構わないでくれ——。






 今日もぼうっと講義を聞いていた。国際情勢から治水の仕組みから。色々な知識を押し込んでくる。本当は目を塞ぎ、耳を塞ぎたくなる時でも、自分を取り巻く世界はそれを許さない。


「ラズウェル殿下、セレイ様。シェイザードですが、少しよろしいでしょうか?」


 突然声をかけられ、教師—セレイも一瞬反応が遅れた。


「如何致しますか、殿下?」

「……シェイザード、入れ」

「失礼致します」


 すっと扉を開けて入ったシェイザードに続いて、シャーリルと子供達五人も入ってきた。


「なっ、ルーヴェルス様、一体どういう事ですの?」


 昨日シャーリルがラズウェルを掴み上げた事を鮮明に覚えているのだろう。年配の女性——もといセレイは、シャーリルを見て蒼白になった。


「それが——」

「殿下がいつも何やってるのか知りたくてさ。ここにいてもいいか?」

「なんですって!?」


 ぶるぶると身体が震えている。そんなセレイを綺麗に無視して、シャーリルはラズウェルに近づいた。膝を少し折って目線を下げる。


「な、いいだろ? 邪魔しないから」


 そんなシャーリルにかなり戸惑いつつ、ラズウェルは口を動かそうとした…が。


「なりません! こんな野蛮な下民、殿下のお側には置けませんわ!」

「シャルは野蛮じゃないよ。粗雑なだけ」


 しらっと言い返したのはリアで、セレイを見てにこりと微笑んだ。その笑みがちょっと怖いと思うのは、シャーリル達だけだろう。他の人から見れば、どうみたって天使の微笑みだ。


「なっ……え?」


 皆は今、下民の一般的な服装ではなく、用意されていたお仕着せを着ている。それでもクロウ、サフィ、ミルーはあか抜けないが、リアとティアは下民とは思えない雰囲気を醸し出している。


 特に、リア。貴族の子供にしか見えない。それを目の当たりにして、セレイは反応に困っているようだった。


「ねえ、殿下。僕たちも一緒にいていいかな?」


 リアはずうずうしくもラズウェルに声をかける。それにもセレイはとっさに反応出来ないようだった。


「……お前達もか?」


 ラズウェルが驚いてそう訊ねると、全員がこくりと頷いた。


「……そう楽しいものじゃないが」

「うん。いいんだよ。殿下のいつもの生活が知りたいだけだから」

「……乳母は必要ないと言ったと思うが?」


 返答に困ってシャーリルをつついてみると、にっと笑って返された。


「そういうのは気にすんなよ。で、いてもいいか?」

「……」


 六人と、何故かシェイザードにまで見つめられ、ラズウェルは溜息を吐いて降参した。考えるのも、言い合いをするのも面倒くさい。


「……好きにするといい」

「殿下! 宜しいのですか?」

「……よい。続けてくれ」

「は……はい……」


 かなりきつい視線をシャーリルに送りながら、セレイは講義を再開した。シャーリル達はラズウェルの後ろに座る。ラズウェルは一度だけシャーリル達を振り返ったが、その後は振り返る事はなかった。




 そしてしばらくして。




「……(シャーリル様)」


 シェイザードが囁く。シャーリルは眠っていた。


「(クロウ! ミルー……は、仕方ないか)」


 サフィが声をかけるも、起きているのはラズウェルとティアとリア、そしてサフィのみ。しかしリアも首がふらふらしていた。

 眠ってしまうのは、時間の問題だった。




「—―これにて本日の講義は終わりとします!」


 セレイの怒気を孕んだ声に、眠っていたシャーリル、ミルー、リアははっと顔を上げた。目は半分閉じている。


「ん……終わりか?」


 シャーリルがゆっくりと身体を起こすと、セレイがすたすたと近づいてきてシャーリルを睨み下した。


「貴女はなんのおつもりですか! 殿下の勉学の邪魔をするだけでなく、講義に参加する気すらな——」

「あー、お邪魔しました!」


 セレイが詰め寄り喋り出すと、シャーリルは慌ててにこりと笑って立ち上がり、さっと扉へ走った。


「お待ちなさい!」


 部屋を飛び出したシャーリルは直角に曲がって廊下を逃げようし、真っ黒な暖かい壁に阻まれた。ふわりと、視界に葡萄色が躍った。


「!?」


 ぶつかりそうになって慌てて手をつくと、僅かに柔らかい。顔を上げると葡萄色の瞳と目があった。


 切れ長の瞳はただそこにあるだけで艶っぽい。同じく葡萄色の髪は肩口で不揃いに切られていた。


 慣れない雰囲気に思わず後ずさると、後ろからそっと肩を掴まれた。慌てて振り返ると、シェイザードの柔らかい笑みがあった。逃げなくても大丈夫な相手らしい。


「ルヴィス、よい」


 さらに後ろからラズウェルの声がして、葡萄色の髪と目を持つ青年は、シャーリルから一歩後ずさった。そして、軽く頭を垂れる。状況がよく分からず困惑するシャーリルに、シェイザードが説明した。


「彼はルヴィス=バレル。殿下の護衛騎士ですよ」

「……へぇ」


 目を丸くして見つめるシャーリルに、ルヴィスはにこりともせずに胸に手を置き、再び小さく頭を下げた。さらりと流れた髪に、妙に視線がいってしまう。


「あ、突っ込んで悪かったな」

「貴女は!」


 謝った相手とは真逆から声が聞こえて、シャーリルは慌てて飛び退って振り返った。


 またルヴィスにぶつかりそうになったが、これには気付いていない。シャーリルの目はずんずん迫ってくるセレイに向いている。


「下民が礼儀知らずだとは知っていましたが、貴女は女性としての礼儀すらなっていません! その言葉遣い! その態度! どうしたらそのように野蛮に育つのです!」


 二度までシャーリルを野蛮呼ばわりされ、五人の怒りが一気に膨れ上がる。それを視界に収めたシャーリルは、即決して行動に移した。


「皆逃げろ!」

「あっ、待てよシャル!」

「「「「シャル!」」」」


 ぱっと身を翻して走り出したシャルを、条件反射で五人が追って走り出した。


「なっ、お待ちなさい!」


 セレイの叫び声などとうに聞こえていないだろう。


「……私は置いて行かれるのですね」


 残念そうに笑って、シェイザードも後を追って走り出した。


「ルーヴェルス様まで!」


 セレイはもう、力尽きそうだ。ラズウェルは思わず笑いそうになったのを堪えてルヴィスを見上げるたが、珍しく他人に興味を持ったのか、あっという間に去って行ったシャーリル達を目で追っていた。






 昼餉をいつものように一人で食べる。側にルヴィスが控えているのもいつもの事。義務のように昼餉を終える。するとルヴィスが扉を開けて侍女を招き入れ、片付けさせた。

 

 ふぅ、と溜息を吐く。二階にある自室の窓から、かすかに笑い声が聞こえた気がして、なんとなく窓へ歩み寄った。窓に手をかけて、そよ風に揺れる木々を見下ろすと、木漏れ日と影が揺れて、何か落ち着く。


 今日はそこに、普段見ないものがあった。


「……?」


 あれは確か、ミルーという少女だったと思う。中庭の中心部分に植えられた巨木に、両手を置いて目を隠すように張り付いていた。気になって、思わず窓を開けてしまう。 


 すると、ミルーの声が聞こえてきた。


「さーん、よーん、五!」


 五まで数えたかと思うと、ミルーが元気よく走り出した。途端に木陰から二人飛び出す。


「「逃げろ!」」


 乳母役と一緒にいる子供達だろう。どうやらミルーは二人を必死に追いかけているようだ。しかし少し走ると、今度は近くの植え込みへ走っていく。すると、昨日ミルーを助け起こしていた少年が飛び出した。確か、クロウと言っていた。ミルーをからかいながら走って逃げている。


「ほら、もっと頑張んないと追いつかないぞ?」

「クロウの意地悪! 負けないから!」


「……」


 ひょっとしてミルーはいじめられているのだろうか、と少し気になる。が、追いかけていたミルーが転んだ途端、皆が集まって助け起こした。あの乳母役も一緒に遊んでいた事にかなり驚いた。


「あーあ、転んだ」


 クロウがやれやれといった感じでミルーを助け起こすと、その横で少年が声をかけた。


「転ばせたんじゃないの? クロウが意地悪したからー」

「なんだとサフィ!」

「ほらクロウ、怒ってる場合じゃないでしょ?」


 少女が呆れたようにクロウを睨むと、乳母が意地悪そうに笑って茶化す。


「そうだぞほら、ミルーが泣ーくーぞー」

「ミルー!?」


「大丈夫。泣いてないよ、クロウ」

「なんだよ〜めちゃめちゃ笑顔じゃん!」


「「「騙されてやがんの〜!」」」

「お前ら〜!」


「今からクロウが鬼! 逃げろ!」

「「「「逃げろ!」」」」

「待てぇー!」


 ひとしきり騒いだ後、何故かクロウと呼ばれた少年が追いかける側に回ったようだ。皆笑いながら走り回っている。木の葉の影、日向を駆け抜けて行く。笑い声が心地よく広がって溶けていく。


 気がつけば目を閉じて、その声と陽の光に身体を委ねていた。




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