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長旅のあとは運動だ!

 

 半ば呆然としながら下町を出てしまい、六人はラフィスとともに、馬車にて一路離宮を目指していた。


 ミルーとリアは並んで馬車の内装やら窓からの景色やらを楽しんでいて、その横ではティアが難しい顔をしていた。そのまた隣では、サフィが所在無さげにそわそわしている。四人の対面にはクロウとシャーリル、そしてラフィスが座っていた。シャーリルとラフィスが隣なので、クロウとティアはちょっと機嫌が悪い。


「……あんたはあたしが乳母でいいと思ってるわけか?」


 相変わらずぞんざいな口の利き方のシャーリルだが、ラフィスは淡々と答えるにとどまった。


「陛下がそうお決めになったのですから、我らが口を出す事ではありません」

「そうじゃなくて、あんたは気に食わないんだろーが、あたしの事」


 ずばっと言われてシセルの表情がぴくりと動いた。そして、苛立ちを込めた目で隣に座るシャーリルを見下ろす。


「……ええ。せめて口の利き方くらいは覚えて頂きたいものです。殿下にそのような乱暴な言葉遣いが移らなければいいのですが」

「あんたらがちゃんとした言葉遣いでいれば、移る事もないだろ」


 至近距離で飛び散る火花に、対面のサフィはげんなりと肩を落とした。シャーリルは“偉そうな”奴が嫌いだ。遠慮がない。


「我々の事は心配なさらず。ご自分の言動には注意を払って頂きたい」

「相手にその気があればな」


 言われてラフィスの表情が変わった。平然としていた仮面は消え去り、苛立ちも露にシャーリルを睨みつける。


「……私が礼を欠いているとおっしゃるのですか」

「そんな敵意むき出しで。そういうのは“喧嘩売ってる”って言うんだよ」


 はっ、と嘲るような笑みを吐き捨て、シャーリルは腕組みをしてそっぽを向く。隣、至近距離から言いようの無い敵意(殺意)と威圧を感じるが、気付かない振りだ。


「…………」


 クロウが黙って見ていると、シャーリルはすぐに気付いて首を傾げた。


「なんだよ、クロウ。どうした?」


 なんとなくそのまま黙っていると、すっとシャーリルが目線を近づけてくる。


「どうした?」


 その晴天の瞳をしばし眺め、クロウは一つ瞬きをした。


「……あんま喧嘩売るなよ。しばらくは世話になんなきゃならないだろーしさ」


 言われたシャーリルはすぐにむっとした顔で言い返す。


「腹が立つもんは、腹が立つ」

「あのなあ……」


 言いかけたクロウの顔を見て、シャーリルは肩をすくめて笑った。


「分かってるよ。お前らまで睨まれる必要ないしな」

「俺はシャルの事を言ってんだよ」


 クロウの目がすっと鋭くなって、シャーリルは口を噤む。


「分かってんだろ、シャル。俺たちはもう、自分で自分の面倒は見れる」

「……」


 いつまでもシャーリルが面倒をみるわけにはいかない。いつまでも、六人一緒にいるわけじゃない。けれど今は、まだ一緒だ。


「……分かった。自重する」

「ったく、俺の方が年上みたいだな」


 不服そうに頷いたシャーリルの額にぽん、と手を置く。それに答えてシャーリルは笑った。


「あたしがガキだって言いたいのかよ?」


 それを聞いていたサフィが、ぼそりと呟く。


「シャルはガキだよね。挑発にすぐ乗るし」

「サフィ? 何か言ったか?」


 にこりと笑うシャーリルから圧力を感じる。サフィは視線を外へ向けて降参した。


「言ってない、言ってない」

「そーかー? ならいいんだけどな」

「ねえシャル、王子様の所に行ったら、スカートはいて“お嬢さん”みたいにするの?」


 ミルーが期待を込めてそう尋ねる。それに隣に座っているリアが笑った。


「ミルー、シャルは乳母様になるんだよ。そりゃあスカートはいて綺麗にしてもらうんだよね?」


 そう言ってシャーリルに笑いかける。シャーリルの口がひきつった。


「……誰がそんな格好するか」

「して頂きますよ」


 シャーリルの否定をあっさりと取り下げ、ラフィスは言った。


「当然の事です。離宮にはまず、殿下がおられる。そして後宮にいらっしゃる側室方も尋ねていらっしゃいます。そして、もちろん陛下も」

「でもあたしが会う必要はないだろ」

「あります。“乳母”なのですから」

「なんで乳母だと会わないといけないんだよ」

「殿下のすぐ傍らにいるのが乳母ですから」


 よく分からずに首を傾げるシャーリルに、ティアがたまらず助言した。


「どんな乳母なのか、どんな世話をしているのか、確かめにくるっていう事よ」

「へーえ……面倒だな」


 はあ、とすぐ隣で大きな溜息が聞こえた。じろりと睨み上げると、じろりと睨み下ろされる。


「……シャーリル様が侮られれば、殿下にも危害が及ぶかも知れないという事、肝に命じて下さい」

「……なんでだ?」

「下民でしかも能のない乳母が側にいると思われれば、殿下を狙う大きな隙があると思われるのです。それだけは避けて頂きたい」

「…………」


 ラフィスの目に、苛立ちや蔑みはなく。シャーリルは王子を思っての言葉なのだと理解出来た。


「まあ、舐めた真似するやつはただじゃおかないから、そこは心配すんな」


 その言葉に五人も頷いた。だが、シャーリルに対するラフィスの不安は増したように思えた。






 離宮へ着いたのはなんと、五日後。


 なんの説明もなく馬車に乗り込む羽目になったシャーリル達六人は、座ったまま動かないという慣れない環境もあって疲れきっていた。


 豊かな緑と少しの原っぱに囲まれた、穏やかな雰囲気の宮だった。暖かい陽の光に包まれながら、シャーリル達はやっと馬車から解放されたのだった。


「んーっ! 動かないってのも疲れるもんだな!」


 大きく両手を上げて伸びをするシャーリルの横で、クロウも身体をほぐす。


「ほんとだな! あー俺鈍ったんじゃないかな。ぜってぇ身体動かないと思う」

「じゃあ取り戻そうか!」


 わくわくと言ったリアに、にっと笑い返すクロウ。              


「よーし! サフィもな!」

「なんで僕まで?」


 首を傾げるサフィの肩をがっと掴んで、前のめりに傾いてたたらを踏んだのを見計らって離し、一気に駆け出す。リアもそれに続く。


「ほら、行くぞ!」

「ほら、サフィ!」


 止める隙もなく全速力で駆けて行く二人につられ、サフィも一気に駆け出した。


「クロウ! リア!」


 あっと言う間に走り去った三人を追いかけて諌めようとしたラフィスは、すぐ隣にいたシャーリルの行動に驚愕した。


「置いてくなっての!」


 長い、麦の穂のような柔らかな色合いの髪がふわりと躍る。駆けて行く時に垣間見た晴天の瞳は、先に駆けて行った子供達と変わらない、もしかしたらそれ以上に生き生きと輝いていた。それに思わず息を飲み、静止するのを一瞬忘れた。はっと我に返って慌てて叫ぶ。


「シャーリル様! 宮内は――」

「追いかけて止めた方が良いわ」


 苦笑まじりにティアが言う。それに内心舌打ちし、取りあえずこの二人を放っては置けないと口を開きかけると、見透かすようにくすりと笑われた。


「私達は大丈夫ですから、追って下さい。大扉に入ったところで待っています」


 まるでしっかりと教育を受けたかのような落ち着きに、ラフィスはひとまず頷いて、シャーリル達を追う為に駆け出した。



 クロウを先頭に、リア、サフィ、シャーリルが離宮の廊下を騒々しく走る。閑静な雰囲気が一気に消え去り、無邪気な笑い声が響き渡った。


「リア! どっち行く!?」


 走りながら問いかければ、笑顔で答えが返ってくる。


「じゃあ左!」

「よし!」

「じゃああたしとサフィは右な!」


 後方からそう聞こえて、サフィが叫ぶ。


「だからなんで僕まで!?」

「ごちゃごちゃ言うな行くぞ!」


 ぐいっ、とシャーリルに腕を引っ張られ、転びそうになりながらサフィは懸命にシャーリルの背中を追った。


 離宮の廊下は広く、それでいて意外にも分かれ道がたくさんあって面白い。けれど道順を覚えるという気はさらさらなく。当てもなく、衝動にまかせて走り続ける。後ろで息が上がってきたサフィにちらりと視線を送ると、案の定叫ばれた。


「もう! いい加減、に、止まっ、て、よ!」


 息も絶え絶えにそう訴えられて、シャーリルは足を緩めながら笑う。


「ははっ、大丈夫か?」


 ぜえぜえと膝に手をついて、肩で息をするサフィの肩に手を置く。すると、じろりと睨まれた。


「……大丈夫じゃ、ない!」


 まったく、と文句を言われる。苦笑いしてぽんぽんと肩を叩く。


「じゃあ戻るか」

「道、分かる?」

「いや、まったく!」


 満面の笑みでそう言われ、サフィはがっくりと膝をついた。もう、本当に疲れた。



 二方向に別れたのを見たラフィスは、迷わず乳母役になったシャーリルを追った。離宮に詳しくないのだから、幾重にも別れる道に惑い、すぐに掴まるだろうと思ったのだ。が。シャーリルはまるで自分の庭のように、迷いなくどんどん走って行ってしまう。途中で脇道から聞こえたクロウとリアの声に一瞬目を奪われると、シャーリルとサフィの行方が途切れた。


「……何故躊躇いなく走り回れる!」


 苛立ちを隠しもせずにそう吐き捨てると、ラフィスは気配を頼りに走り出した。

 そして——。


「じゃあこっち行ってみようぜ」

「シャル! 頼むからもう少し考えて動いてよ!」

「だぁってこんなたくさんある分かれ道で、いちいち考えてたら陽が暮れちまうだろ」

「シャルが無計画に走るからでしょ!」


「運動するのに考える必要ないだろ?」

「運動するなら迷う心配のない所でしてよ!」

「サフィだってクロウ達追いかけてったじゃんか」

「僕は最初の分かれ道で止める予定だったのに、シャルが強引に連れてったんだよ!」

「え、そうか。悪い悪い」


 ぽりぽりと頬を掻くシャーリルに、サフィは渾身の力を込めて叫んだ。


「思ってないでしょ!」


 ぶるぶると震えるサフィを前に、シャーリルはあははと笑って流していた。



「――シャーリル様!」


 女性である事を失念して掴み掛かりたい衝動を、深呼吸して押さえ込み、ラフィスは心の中で言い聞かせた。シャーリルは女性だ。あれでも妙齢の女性なのだ。乱暴な態度はいけない。いくら下民であろうとも、騎士としてそれはいけない。


 そんなラフィスの努力を無視し、シャーリルは目を輝かせる。


「丁度いいところに!」


 丁度いいだと?


「迷ったんだよ、出口どこだ?」


 ブチッ。と小気味いい音が聞こえた気がした。



 もういい。



 ラフィスは素早くシャーリルの胸ぐらを掴み上げた。容赦など欠片もない。


「貴様、いい加減にしろ! 離宮内を遊び回るなどもってのほかだ!」


 驚きに身動きが取れないシャーリルを、胸ぐらを掴んだままぐっと引き寄せる。


「次は無い。覚えておけ」


 低い声で唸るように言えばシャーリルは瞬いた。驚いて声も出ないらしい。そんなシャーリルを乱暴に離し、ラフィスはそのままの態度で言う。


「ついて来い」


 言い捨てて歩き出す。少し遅れて二人の足音が追ってくる。ラフィスは怒りを鎮めようと、少しだけ早足に歩いた。




 大扉に連れて行かれると、ティアとミルーが笑って迎えてくれた。


「無事に見つかったみたいで、良かった」


 ティアがそう言うと、ラフィスはぎろりとシャーリルの方を向く。


「あとの二人は?」


 悪戯をこっぴどく怒られた子供のように縮こまり、シャーリルは答えた。


「あいつらも適当に走ってったと思う」

「……」

「えーっと、すぐに探しに行った方がいいよな」


 くるりと向きを変えたシャーリルの背に、ラフィスは首を捉えるかの如き圧力で言った。


「行かなくて結構です」


 ぴた、とシャーリルの動きが止まる。実際に触れられたわけではないのに、シャーリルは首根っこを掴まれたかに見えた。そんなシャーリルを見て、ティアとミルーは不思議そうにサフィを見る。サフィは首を横に振った。どうやらラフィスをとても怒らせたらしい。


 ティアとミルーは目を合わせて首を傾げる。不思議な事もあるものだ。シャーリルが“偉そうな奴”に縮こまるなんて。



 

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