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乳母役への招待

 

「貴女にお相手して頂きたい子供というのは、他でもない陛下の御子なのです」

「国王の?」

「じゃあ王子様だね」


 五人は興味津々でテーブルの上に身を乗り出している。そんな子供達は気にならないのか、ラフィスはそのまま続けた。


「はい。先の戦争中、王妃は幼い殿下を残してみまかりました。そのショックからか、殿下はいつもどこか塞ぎ込んでおられて……陛下の計らいで離宮にお移りになられてからは少し良くなったものの……以前はよく笑う方でしたのに、今は全く笑われません」

「……」


 話を聞けば確かに可哀想だとは思う。けれど――。


「国王は何もしないのか?」

「……戦後の激務で、殿下とまともにお話しすらされていません」


 ラフィスの表情が暗くなる。それだけ、ラフィスが親子を心配しているのだと理解出来た。だから。


「……面倒見てもいいけど、条件がある」


 ぱっと顔をあげるラフィスをシャーリルは見つめる。


「条件、とは?」

「こいつらも一緒だ」

「「「「「一緒に行くの?」」」」」


 ラフィスが答えるより早く、五人はシャーリルにそう言った。


「もちろんだ。どうだ?」

「「「行く!」」」


 即答したのはクロウ、サフィ、ミルーだ。ティアとリアは困ったような顔で悩んでいる。ラフィスはといえば、頼みに来たとはいえ、下民に条件を出されるとは思ってもみなかっただろう。しかも不遜なシャーリルの態度には内心煮えくり返っている筈だ。


「世話係をこちらへ置きますので、シャーリル様のみ来て頂くわけにはまいりませんか?」

「駄目だ」

「……」


 きっぱりと言ったシャーリルを、ラフィスはしばし見つめる。


「そういう事でしたら、陛下にお許し頂けるか聞いてまいります」

「ついでにそうじゃなきゃ行けないと言ってくれ」

「シャル! そんな事……」


 青くなるティアとは裏腹に、シャーリルはラフィスを平然と見返していた。そんなシャーリルに腹が立って仕方ないのか呆れているのか、ラフィスは絞り出すようになんとか言葉を吐き出した。


「……今日はこれにて失礼致します。また後日、お伺い致します」


 すっと立ち上がり、綺麗に礼をする。そうして珍しい来訪者は帰って行った。



 ラフィスが扉を閉めた瞬間、ティアは立ち上がって叫んだ。


「シャル! あんな物の言い方をしちゃ駄目よ! 陛下の命なのよ!?」


 青い顔で主張するティアに、シャーリルは困ったように首を傾げた。


「だってなぁ。お前らの事は譲れないからな」


 そう言われてティアはぐっと言葉に詰まった。だってシャーリルは、いつだってこの五人を一番に思ってくれるのだ。黙り込んでしまったティアの肩に、リアはそっと手を置く。


「ティア。今は何も無かったんだから、もういいでしょ?」

「……うん。わかった」


 すとん、とティアが椅子に腰を降ろすと、クロウが溜息を吐いた。


「でもまあ、ティアの言う事は一理あるだろ? シャル」


 それに首を傾げたのはミルーだ。


「どうして?」

「シャルの無礼があんまり過ぎると、俺たちもまとめて処罰されるかも知れないからな」


 クロウのその言葉に、シャーリルはむっとして言い返す。


「無礼はあっちだろ。下民とは言え同じ人間だろ? なんで家族同然のお前らと勝手に引き離されなきゃならねぇんだよ」

「でも、王子様が落ち込んでるんでしょ?」


 助けてあげないの? とミルーが問うと、シャーリルはむぅ、とテーブルに肘をつき、顎をのせて唸る。


「……まあ、その辺にいるガキだったら助けてやりたいけどさ。離宮へ行けって言ってただろ? 離宮ってよく分かんねーけど、つまりは貴族の中で暮らせって事だよな? あたしに順応出来ると思うか? 耐えられると思うか?」


 少し考え、五人は一様に首を横に振った。


「「「「「無理。耐えられないと思う」」」」」

「だろ?」


 思った通りの答えが返ってきて、シャーリルは嬉しくなってくすりと笑う。それを見てから、サフィがぽつりと言った。


「……だけどシャル。王命なら、シャルは行かないといけなくなると思う」

「!」


 サフィの指摘に、シャルはぴきりと固まった。こりゃあ行かなくてもよくなると思ってたなー。とクロウは半笑いだ。


「……シャル。その王子の面倒見てやってもいいって思ってるんだろ?」

「……まあ、な……」


 ここまで五人を拾ってしまったシャーリルの事だ。可哀想な子供はきっと放って置けない。


「じゃあ行ってみようぜ。無理なら帰ってくればいい。な?」

「んー……」


 また困り顔で五人を見回す。すると、クロウがにっと笑った。


「俺たちだって、話しを聞いたら気になって仕方ないんだ。とにかく行ってみようぜ!」

「……まったく、お前ってお人好しだな」


 言われてクロウは笑っていたが、本当は皆思っていた。お人好しはシャーリルなのだ。


(でも……無理なら帰ってくる、なんて出来るのかな……)


 ティアは一人、不安で胸がいっぱいになっていた。





 ラフィスという騎士が訪れてから一週間。


 いつも通りの日常を送っていたシャーリル達は、乳母の話しはなくなったのかも知れないと思い始めていた。それもその筈、シャーリルが乳母に向くとはやっぱり思えないのだ。


「だってシャルってば、全然女らしいところがないだろ?」


 夕食の片付けをしているサフィが声を潜めてそう言うと、手伝っていたティアがくすりと笑った。


「まあそうね。シャルを見て女性らしいと言えるのは、やっぱり“お嬢さん”してる時くらいかなぁ。容姿は綺麗なのにね。どうしてか“可愛い”とか“美しい”とは感じないのよね。やっぱり、“凛々しい”……かな」


 サフィが食器を洗い、ティアが水気を拭き取っていく。そうこうしながら二人は意見を言い合う。


「男っぽいんだよね。何をしてもさ。だから“乳母”は向かないんじゃないかな」

「うーん。シャルは……そうね、“お兄さん”かしら」


 ティアの言葉にサフィが思わず噴き出した。


「ぶっ、お兄さん!」

「だってそうじゃない? “父親”にしては威厳がないし、“母親”にしては優しさがないでしょ。“お姉さん”にしては女性らしさが足りない、と……」

「あはは、ティアって面白い! そんな風に考えるなんて……!」


 可笑しそうに笑うサフィを前に、ティアは少し自慢げに胸を反らした。


「だってそうじゃない? シャルが男性だったら私、きっと好きになっていたもの」

「くっ、あはは! シャルが男!」


 楽しそうな二人の背後に、すっと暗雲が立ちこめた。はっと凍り付くサフィとティア。


「……人の性別で随分話しが弾んでるなぁ?」

「「ご、ごめん、シャル!」」


 べしっ、と二人に容赦なく平手が落ちる。うぅっ、と縮こまる二人。


「さっさと片付けて寝るぞ」

「「はぁい」」


 いそいそとまた片付け始める二人を見て、シャーリルは欠伸をしながら去って行った。


「「……やっぱり乳母よりお兄さんかな……」」


 同時にそう口にして、可笑しくてまた笑い合った。



「シャルが“乳母”って……無理があるよな」


 ぽつりと呟いたのはクロウで、リアと共にミルーの部屋へ来ていた。本当はミルーとティアの部屋だが、寝る時以外は皆部屋を共有している。リアが眠そうなミルーの頭を撫でてやりながら首を傾げた。


「そう?」

「リアはそう思わないのか?」


 ベッドに並んで腰掛けて、間にミルーを挟んでいる。


「うーん……絶対に不向きだとは思わないよ」

「……なんで?」


 クロウが不思議そうに目を丸くして首を傾げるので、リアはくすりと笑った。


「だって、僕たちがまともに育ってるんだもん」

「……」


 あっけにとられて固まるクロウ。リアはそれをしげしげと眺めやる。


「な……まとも? 俺も?」

「だってそうでしょ? 僕たち、どこか可笑しいかな? ちゃんと人を思いやれるし、自分の言動には責任を持てるでしょ?」


 思わずちらりとミルーを見た。ミルーはまだ六歳。自分の言動に責任を持つ、という心構えは出来ているものの、まだしっかりとは分かっていない。それは仕方のないことで、リアもそれは分かって話している。クロウは小さく息を吐いた。


「……まあ、馬鹿ではない。と思う」


 子供より馬鹿な大人なんてたくさんいる。それこそ、この下町に留まらず、おそらくは世界中に。


「でしょ? 僕たちはシャルを見本に育ってるんだよ? それでこれだけまともに育つんだから、シャルは子育ての玄人だよ」

「……けど、ティアもミルーも徐々に女らしさがなくなってきてないか?」


 そう言うと、リアは言葉に詰まって苦笑した。


「うーん……ちょっと、ね。ちょっとなくなってきてるかなとは思う」

「それにリアやサフィだって。なんか思い切りがよくなってるし、やっぱりだんだん粗雑な性格になってきてると思うぞ」

「え、そうかな?」


 きょとんと驚いている様でも、リアはどこか気品がある。そんな少年がこんなところにいるのが本当に今でも不思議だ。けれどリアは、ここにいるのが自然かもと思うくらい、粗雑になってきている。


「……自覚ないよな、やっぱ」

「そういうクロウはどうなの?」

「俺?」


「最初からクロウはこういう性格なの?」

「…………」


 問われて考え込む。そして、暗い記憶を呼び起こしかけて、頭一つ振ってやめた。


「……俺はましになった。昔より」

「まし?」

「ああ」


 しっかりと頷くクロウを見て、リアは問いを諦めて微笑む。


「……そっか。それじゃあクロウが一番、シャルの良さを分かってるって事だね」

「……なんだよ、それ」


 くす、と笑ったクロウの顔がとても柔らかくて、リアはなんだか嬉しかった。


「まあでも、シャルの育て方は男っぽいよな。ほんと粗雑。男に生まれてたらよかったのにな」

「そうしたらシャル、今以上に生き生きしてそうだよね」


 顔を寄せてくすくす笑う。と――。


「残念だったな……」

「「うわあぁっ!」」


 いつの間にか二人の足下から睨み上げていたシャーリルに、クロウもリアも動く事が出来なかった。


「ったくお前ら、別々の場所にいるのによく同じ内容の会話出来るな!」


 ごん、と二人の頭に拳を落とす。頭を抱えて悶絶する二人をよそに、シャーリルはミルーににこりと笑う。


「ミルー、もう寝ような。ちゃんと横になれ」

「うん……」


 半分目を閉じているミルーを寝かしつけ、シャーリルは優しく額を撫でる。


「おやすみ」

「うん、おやすみなさいシャル」


 しっかりと挨拶をして、ミルーは睡魔に誘われていった。くるりとシャーリルが振り返ると、クロウとリアは逃げ出した後だ。


「……ったく! 女に生まれたんだからしょうがないだろ!」


 囁くように文句を言い捨て、シャーリルも自室へと戻っていった。




 翌朝、六人揃って朝食を食べていると、こんこん、と上品なノックがした。はた、と六人の視線が合わさる。


「……まさか、あの騎士か?」


 嫌そうなシャーリルに、ティアが釘を刺す。


「シャル。断るなら断るで、丁寧にね」

「うっ、分かったよ」


 こんこん、と再びノックがして、シャーリルは溜息を吐いて立ち上がった。扉へ向かおうとしたシャーリルに、クロウが慌てて声をかける。


「あ、シャル!」


 立ち上がって側へ寄る。


「なんだよ、どうした?」

「髪縛れよ」


 ほら、と髪紐を差し出され、シャーリルは少し戸惑いつつも受け取った。


「あ、ああ。分かった」


 不思議に思いながらもいつものように高い位置で髪を括るシャーリルの後ろ姿に、クロウはそっと息を吐いた。シャーリルは分かってない。長い髪をおろしていれば、しっかり“お嬢さん”に見えるという事を。それが、黙っていればだが、とても魅力的であるという事を。



 がちゃり、と以前と同じように少しだけ扉を開け、シャーリルは相手を伺い見た。それを迎えるのはやはり菫色の瞳、茶色の髪の騎士だった。


「シャーリル様にはご機嫌麗しく……」


 突然の挨拶に、シャーリルは意味が分からず首を傾げる。


「は?」


 そんな様子は目に入らないようで、ラフィスは淡々と用件を告げた。


「陛下より、早々に離宮へお移り頂くように仰せつかっております。御子ら共々、離宮へお移りください」

「えっ!?」


 思わず一歩後ずさったシャーリルとは対照的に、五人が一斉にラフィスへ詰め寄った。


「あの話まだ生きてたのか!?」

「僕たちも一緒でいいんですか?」

「シャルに乳母が勤まると本気で思ってるんですか!?」

「下民を宮へ上げて大丈夫なんですか!?」

「シャルと離れなくてもいいの?」


 クロウ、リア、サフィ、ティア、ミルーの順番で問い詰められ、ラフィスは一瞬たじろぎそうになったが、すぐに平然とした態度に立て直した。


「陛下のお決めになったことです。シャーリル様は乳母として離宮へ来て頂きます」

「「「「「……」」」」」


 唖然と見上げる十の目に我に返り、シャーリルは慌てて叫ぶ。


「無理無理! あたしは下民だぞ!? それによく見ろ。いわゆる“女らしく”ないだろ? こんなんが王子の乳母なんかやらない方がいいだろ!」


 自分を“女らしくない”だの“こんなん”だの言うシャーリルを複雑な思いで眺めている五人だが、ラフィスはいたって平然とものを言う。


「シャーリル様。王命です」


 きっぱりと、見下すような視線でシャーリルにそう告げる。ぐっと言葉を呑み込んだシャーリルを見て、ラフィスはすぐに行動に移った。


「それではこちらの馬車にお乗りください」


 すっと扉からずれて道を開ける。古ぼけた館の前に今、下町には不釣り合いな馬車が鎮座していた。周りには野次馬がわんさかいる。


「……!」


 絶句するシャーリル。それは後の五人も同じだった。半端ない目立ち具合だ。もしかして以前来た時もこれ程に目立っていたのだろうか。気付いていなかったと思うとぞっとする。


「身の回りのものはこちらで御用意致します。ともかくこちらにお乗りください」


 平然とそう告げるラフィスを、思わず助けを求めて見てしまい、その目が早くしろと苛立っているのを察して視線を逸らした。逸らした先に奇異の目が数多注がれているのを直視してしまい、シャーリルは逃げ場がない事を悟りしぶしぶその馬車に乗り込んだのだった。もちろん、五人も一緒に。


「朝の片付けだけはさせて下さい」


 と、ティアがさっと家に入ったのを見た時は、その手があったか! と思ったものだが、ものの数秒で戻ってきたのを見て望みは絶たれた。



 もう、腹を括るしかないのだ。シャーリルは思い出の詰まった我が家をしぶしぶ後にした。



 

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