風変わりな伯爵さま
今日からシャーリルたちの指導が始まる。シャーリルに限ってはすでに昨日からされてはいるのだが、子供たちは今日が始まりの日だ。
行きたくなさそうなシャーリルをシェイザードが優しく追い立て、それを見送った子供たちも各々離宮を後にする。楽しそうなティアとミルー、どこか居心地悪そうなクロウと別れて、リアとサフィは迎えの馬車に乗り込んだ。
昨日も驚いたのだが、アルマレウス伯爵の周りには若い男がいない。こうして迎えにくる御者は老人だし、ついてくれる従者は女性だ。屋敷にも老人か女性しかいない。
どういう趣向の人間かと不安が大きくなった二人だったが、会ってみてその理由が分かった気がした。
「やあ、いらっしゃい! さっそくだけどまずは着替えようか」
「「えっ!?」」
「見た目から入らないとね! 大丈夫、寸法は昨日測ったからちょうどいいのが出来ているよ」
屋敷へ着いて部屋へ案内された途端、きらきらと眩しい笑顔でそう告げられた。挨拶などあってないようなものだ。唖然とする二人ににっこり笑いかけ、上機嫌でさっさと部屋から去ろうとする。
「侍女に手伝ってもらうかい? まあいずれはそうなるんだけど、慣れないうちは自分たちで着替えてもいいよ。どうする?」
「「じ、自分でやります!」」
「うんうん、じゃあ広間で待っているから、着替えたら外にいるウィルナに言いなさい」
「「はい……」」
じゃあね、と言って伯爵はきらきら笑顔で去って行く。その眩しさと勢いの良さに若干くらくらしながら、顔を見合わせて苦笑した。
「なんか……」
「うん……変わってるとしか言いようがないよね」
アルマレウス伯爵は、容貌を一言でいえば『美しい』だろう。ほっそりとした体系。背はそう高くなく、肌は色白で、髪は背中まで伸びる艶やかな檸檬色。唇は血色の良い桃色で、一瞬女性かと見紛うほどだ。物腰も柔らかく、笑うと少女のような瑞々しさがある。声がそう低くないのも男性らしさを感じさせない原因の一つだろう。
同時に、近辺に若い男性がいない理由の一つではないかと察した。
わざわざ用意してもらった服に着替えて侍女に声をかける。それにしてもこの屋敷の侍女たちは可愛らしい容姿の人が多い気がする。どうも、単に男性を遠ざけているだけではないような気がした。
「ご主人さま、リアさまとサフィさまをお連れ致しました」
「入って」
「失礼致します」
「「失礼します」」
侍女にならってリアとサフィもぺこりと頭を下げて部屋へ入る。伯爵はわくわくした様子で急ぎ足に近寄ってきて、二人の姿をぐるぐる回ってじっくり観察した。
「うん、うん! よく似合っているよ。さすが我が家の仕立て人が仕立てただけある!」
「「……」」
遠回しに素材はそうでもないと言われている気がしないでもない。
「まあ、ご主人さま! そこはお二人をお褒めになるべきですわ」
「ああ、すまない。二人とも素材がいいからね、腕の振るい甲斐があるというものだよ!」
「「……どうも」」
このテンションをどうしたらいいものやら。戸惑う二人に気付く様子もなく、伯爵は『あっ』と声を上げて急に優美な礼をした。
「そういえばちゃんと挨拶もしていなかったね。わたしはリーレス=アルマレウス。次期当主の予定だよ」
こうした動作は到底女性のようには見えなくて、やはりちゃんとした男性なのだなと感じさせられる。背筋をぴんと伸ばしていると余計にそうだ。
「僕はリアです」
「僕はサフィです」
二人も応えてぺこりと挨拶する。本名を言うべきか少し悩んだが特に求められもしないので言わないことにした。リーレスも気にする様子はない。
「うん、よろしく。ではさっそくだがお茶にするとしようか。準備は出来ているかな? ティテア」
「万端です、ご主人さま!」
応えた侍女は元気いっぱいだ。侍女は主人に似るのだろうと二人は学習した。
「さ、では座りなさい! お茶の作法といこうじゃないか!」
「「……はい」」
もっと普通に話せないのだろうか、と二人は早くもげんなりし始めているが、リーレスも侍女たちもまったく気付く様子はない。
リーレスは始終元気よく話す。そして無駄にきらきらしている。そして侍女たちも元気いっぱいだ。その勢いの良さからいい加減そうな印象を受けるが、こうして指導を受けているときちんと教育を受けた立派な人なのだな、と二人は思った。
「いいかい? まずは置かれている茶器や出された菓子、茶葉の種類などが大体分かるようでないといけない。ここに置かれているもので、分かるものはあるかい?」
テーブルの上にはポット、カップ、それと同じ銘柄と思われるお茶請け皿、そして一口サイズの菓子が三種類ほどあった。
「シュークリームに、タルトに、ケーキ?」
サフィが首を傾げながらそう答えるとリーレスはにっこり笑う。
「まあそうなんだがね。でもそれだけじゃあ公の場で恥をかくことになる。君たちが知っておかなければならないのは、今の流行だよ」
「そんなもの、僕たちが覚える必要があるんですか?」
胡乱げなサフィの視線にもリーレスは明るく笑って答えてくれた。
「あるよ。まあ披露する機会は少ないかも知れないがね。そうだな……まず君たちは、なぜこのように指導を受けるのか、分かっているかい?」
「……王様がシャルと……僕のことで批判されていて、それによってラズも危ないから?」
「そう、そう通り!」
リーレスは大げさに拍手してみせる。リアとサフィは戸惑って顔を見合わせた。
「まあ言ってみれはそれだけのことなんだが、詳しく言うとちょっと違うのだよ」
「「違うって?」」
「少し重い話になるが、まず今の陛下を取り巻く……というか王宮内の様子を理解してもらわねば、ね。君たち、ラズウェル殿下は好きかい?」
少し柔らかさをもった笑みに、リアもサフィも素直に頷いた。
「好きですよ」
「友達だし」
悩む素振りさえ見せずに言い切った二人に、リーレスは嬉しそうにうんうんと頷いた。
「いいね! 身分を越えた友情というのは美しい!」
「「……あの、それで?」」
「あ、そうそう。それならば包み隠さず話してしまうが、実は今、陛下への忠誠心が揺らいでいるのだよ」
「「!?」」
あまりにも飾らない言葉に思わず絶句してしまった。というか貴族の子でもなんでもない自分たちにそんな情報与えていいのか、とまた顔を見合わせる。リーレスはそんな様子に気付きもしないで話を続けた。
「その揺らぎは戦前からあったにはあったのだが、戦後、より増してしまった。原因は王妃さまの死により、陛下もお心を閉ざしてしまわれたことだ」
「えっ……」
「王様も?」
うむ、と大仰にリーレスは頷く。
「仲睦まじい夫婦だったからね。戦後王宮へ戻られた陛下は、王妃さま死去の知らせを聞いてから一週間は誰も近づけなかったらしい。その間に殿下は離宮へ移され、お二人の間には大きな溝が出来てしまった……というわけだ」
「えっ、じゃあ王妃さまが亡くなってから一度も会ってないんですか?」
サフィの問いかけにあっさりリーレスは頷いた。
「そうなのだよ。そうやってお二人が心を閉ざしている間に、常日頃から陛下の考えに不平を感じていた輩がこそこそと動き回り、今、陛下をこのままにしておいたら国が傾くのではないかという懸念が膨れ上がっている」
「え……どういうことですか?」
「また戦争する可能性があるってことですか?」
サフィが問いかけた横で、リアが鋭い目をしてリーレスに問いかけた。サフィはちょっと驚いてリアを見つめる。どこかティアと似た雰囲気があると思った。
「ふむ。君は聡いね……もしかして貴族と繋がりがあったのかな?」
「! ……そうじゃなくて、戦争が終わって落ち着いたところなのにそういう動きがあるってことは、まだ安心出来ない状況だってことじゃないんですか?」
リアの表情が強ばったのは一瞬で、すぐに見慣れたものになった。だがサフィにはその一瞬の表情がとても気になってしまう。対してリーレスは気付いたかどうか。リアの言葉に頷いて話を進めた。
「なるほど、確かにそうだよ。いくら勝利したといっても仲良くなったわけではないからね。陛下と、その王位継承者が精神的に参っている今は、つけ込む絶好の機会なのだよ」
「「!」」
「……と、いう不安を煽っている輩がいるということだね」
神妙な顔つきが一気ににっこり笑顔に変わった。唖然とそれを見つめて言葉をなくす二人に、リーレスは可笑しそうに声を上げた笑う。
「はははっ、ぎょっとしたかい? いやー、面白いほど動揺していたね! それでこそ真面目な顔をした甲斐があったというものだよ!」
「「っ……!」」
愉快そうに笑う美貌に殺意を覚える。思わずお互いの拳が握られているのを確認してしまった。
「いや、しかしだね……! 実際にはそういう刷り込みもあって忠誠心が揺れているというわけだよ。つまり付け入られているのは臣ということだね!」
「「……笑いごとですか?」」
同じ貴族で国王の側にいることには変わりないと思うのだが、ラフィスとはえらい違いだ。あの男がこの人の話を聞いたら激怒するに違いない。
「いや、このままでは笑いごとで済まないから君たちが作法を習うというわけだ。分かるかい?」
「「あまり……」」
今のやりとりで完全に思考能力が持っていかれた。サフィ的にはシャーリルより疲れる人間がいるとは思っていなかったのでダメージが大きい。
「あっちからもこっちからも文句を言われたら、どんな人間も対応しきれないだろう? だから君たち(・・・・)が迎撃出来ないといけないのだよ。殿下への精神攻撃は君たちをだしにして行われる場合もある。むしろ今はそうしようという動きが強まっているからね」
「……つまりリーレスさんは、シャルや僕たちを応援してくれるの?」
ラフィスの話では自分たちを擁護していない人物を教育係に当てる、というようなことだと思っていたが。
「……応援というほどでもないがね。陛下には借りがあるからというだけだよ」
そう言ったリーレスは笑ってはいたが、その目はどこか悲しい色が混ざっているように見えた。
「リーレスさん……」
思わず声をかけた途端、リーレスはさっと元の明るい表情へと戻った。
「ああ、いけない子だね、サフィ」
「!?」
その言われ方に、恐怖は感じなかったがぞくりと鳥肌が立った。隣のリアまでもぎょっとしている。
「わたしたちだけの時はいいが、人前ではアルマレウス伯爵と呼ぶように。いいかい?」
「長い……」
「長くても呼ぶのだよ。いいね?」
「……ハイ」
げんなりしながらサフィが頷くと、リーレスは嬉しそうな眩しい笑みで頷いたのだった。