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賑やかな初見報告

 

 それぞれが顔合わせを済ませた日の夜。食卓を囲みながら、珍しくシャーリルたちは静かだった。もう習慣になってしまってシェイザードも一緒に食べている。


「……みんな、気が合わなかったの?」


 首を傾げているのはティアとミルーだ。二人はラルセーナが教師だからか、戻ってきたときも心なしか気分が良さそうだった。


「合わないなぁ、あたしは」


 少しむすっとしながら食べるシャーリルの横で、シェイザードは苦笑するほかない。クレイヴが当主を勤めるレステル家は昔から身分や階級を重んじる家柄で、シャーリルを乳母にと国王が決めたとき、一番に不服を申し立てたのがクレイヴなのだ。当然今回も、シャーリルたちがいかに乳母役にそぐわないかということを先頭切って言っていたのだが、あいにく国王は臣に反対されたくらいでシャーリルを乳母役から外そうとはしなかった。ならばとシャーリルの教師を買って出たわけだった。


「リアたちはどう?」

「うーん……」


 嫌そうでも嬉しそうでもない、どこか困ったような様子で二人は苦笑した。


「伯爵は……いい人だと思うよ。ね、サフィ」

「うん……けどなんか、変わった人だった」


 いい人、ということはサフィに接近しても大丈夫だったということだろう。しかし、変わった人というのが知らない者には伝わらない。知っている者は一様に頷いていた。


「とりあえず大丈夫なんだな?」


 念を押すシャーリルに、サフィはしっかり頷く。アルマレウス伯爵は、一目見て大丈夫だと分かるような人だった。それが、変わっていると称する要因でもあるのだが。


「大丈夫」

「そっか。じゃあ頑張れよ!」

「……うん」


 無理はしなくていい、自分で大丈夫だと思うなら頑張れ。そう言われているのが分かるから、サフィはちゃんとシャーリルの目を見て頷いた。


「クロウはどう?」


 食べながらリアにそう聞かれたのだがクロウはなんとも言えない表情だ。


「……それなり」

「それなり、ね。まあ良かったじゃない。いじめられなくて」


 なんとなく二人の様子が想像出来るようで、リアがからかい半分に笑いながらそう言った。クロウはまあな、と頷いただけだ。


「ラフィスはクロウを気にいっていると思うぞ」

「ぶっ!?」

「「「「うわ、汚い!」」」」

「汚ねぇぞクロウ!」


 何気なく呟いたラズウェルの言葉に、クロウがたまらず吹き出してしまった。ラズウェルは見たことのない光景に反応が出来ない。シェイザードとルヴィスも目が丸くなっている。


「わ、わりぃ……ラズが変なこと言うから!」

「わ、わたしのせいか?」

「クロウったら! 吹き出したのは完全に自分のせいでしょ!」

「ぐっ、怖い顔するなよティア! 悪かったって……」

「クロウ、めっ!」

「…………スミマセン……」

「よしよし」


 給仕たちもぎょっと固まっていたものの、子供たちが騒ぎ出したら慌てて片付け始めた。クロウはミルーに怒られたため、一旦席を立ち、給仕を含めみんなに頭を下げている。それをミルーが温かく慰めていた。


「……そ、そんなに変なことだったか? ラフィスがめん……人の世話をするというのは珍しいことだから、そうだと思ったんだが」

「今めんどくさいこと引き受けるのが珍しいって言おうとしただろ。バレてんぞ」

「……そんなことはないぞ」


 顔を逸らしながらそういうラズウェルの言葉に説得力はない。


「確かにラフィスがクロウの教育を引き受けたのは意外でしたね。わたしがここにいる分、仕事が増えていますから」

「えっ、そうなのか?」


 そのへんの事情がよく分かっていないシャーリルの目が丸くなる。シェイザードはくすりと笑って答えた。


「そうなのです。仕事に手を抜かない性分なので安心して任せられるのですが、その分無理をしがちですね」

「そっか……なるべく睨まないようにしてやろ」

「そうしてあげて下さい」


 シャーリルの台詞にシェイザードはますます笑ってしまった。こんな風に言われているとラフィスが知ったら憤慨しそうだ。


「あ! そういやレヴェリーたちになんも言わずに行っちゃったな〜……あいつらなんか言ってたか?」

「ああ……シセルは付いて行ったのだったな。レヴェリーたちは驚いていたぞ。シャルたちが作法など覚えられるのか、とな」

「あははっ、よく分かってんな〜あいつら!」

「ここは普通、ばかにされてるって思うところだよね?」


 ぼそりと呟いたサフィの言葉を、リアは面白がってわざわざシャーリルに聞こえるように問いかける。


「え、サフィがばかにしてるってこと?」

「なんでそうなるんだよ!」

「サフィ? 今なんかリアが言ってたけどそうなのか?」

「違うって分かってるのに絡むのやめてよ!」


 叫びながら慌ててラズウェルの後ろへ回り込んだ。回り込まれたラズウェルはびっくりして戸惑ってはいたが、サフィを庇うように少し姿勢を直す。


「そのくらいにしてやったらどうだ? 食事がきちんと摂れないだろう」

「「はーい」」


 シャーリルとリアが顔を見合わせてくすくす笑う。


「……どうして笑っている?」


 注意を受けて笑う、という反応を初めて見たラズウェルは、その行動が不思議で首を傾げた。ばかにしたようなものではなく、どこか嬉しそうにも見える。


「だってさ、ラズがサフィを庇うから」

「……?」


 言われた意味が良く分からない。自分がやらずとも誰かやっていることなのに。


「ラズが僕たちに馴染んできたんだなぁって思って、嬉しくてさ」

「……馴染む? ……わたしが?」


 うん、とリアが嬉しそうに頷く。そうされるとどうしたらいいのか分からなくて、ラズウェルの目線がうろうろと彷徨った。


「あのさ、ラズ。変なこと考えなくていいよ?」

「……?」


 嬉しそうにしたと思ったら急に所在無さげにリアの視線が逸らされた。それを見てクロウとサフィが声を抑えて笑っている。


「だからさ……なんでも遠慮なんかしないで、立場だとか考えたりしないで、思ったこと言えばいいし、やればいいと思う」

「リア……?」


 突然なんの話だろうか。戸惑って視線を彷徨わせていると、シェイザードがそっとラズウェルに囁いた。


「貴族が嫌い、と言っていた件ではないですか?」

「え?」

「リアはきっと、殿下がご自分の身分を気にしておられたことを知っているのですよ」

「あ……」


 視線をリアに戻すと、困ったように笑われてしまった。


「うーん……わざわざ言うの恥ずかしいから今だと思ったんだけど……結構わざとらしかったかな」

「いや! ……いや、ありがとうリア。……わたしは気にしすぎ、か?」


 即座に否定されてリアは驚いていたが、すぐにおかしそうに笑い出した。


「気にしすぎだよ! ラズは考えすぎ。シャルみたいに多少つっぱしったっていいと思うよ?」

「……そう、か……」


 シャーリルを見て子供たちは笑っている。それにつられてラズウェルもリアに笑い返した。


「シャルのようにはいかないが、見習うことにしよう」

「殿下……それは困ります」


 うん、と頷いた子供たちとは対照的にシェイザードが困りきってそう言った。その様子に、今度は心の底から笑ってしまったのだった。




 夕食が終わり、皆がぞろぞろと部屋を出て行くなか、シェイザードはシャーリルを呼び止めた。クロウはちらりとこちらを見たが、皆と一緒に自分の部屋へ戻っていく。


「どうした?」


 シャーリルが不思議そうに首を傾げる。シェイザードは少し過剰かと思いつつも、念のため言っておくことにした。


「クレイヴさまのお屋敷に行った時のことなのですが……」

「ああ、あの人か。それが?」

「触れられることに、少しは気をつけてください」

「……え?」


 まったく心当たりがないらしくぽかんとしている。シャーリルの貞操観念は皆無に近いのかも知れないと、いまさら思い当たった。


「髪に触れられていたでしょう。覚えていませんか?」

「…………あー……ああ、そう言えば。でも手櫛とおしただけだろ?」

「交際をしているわけでもないのにああして男が女性の髪に触るのは、あまり好ましいことではありません。女性もそれを受け入れるのなら、その男に気があると思われてしまいますよ」

「えっ? ……で、でも! そんな気まったくないぞ? あっちだってそうだろ?」

「クレイヴさまは試されたのだと思いますよ」

「そ、そうなのか?」

「シャルはまず、性別を意識するところから気をつけなければいけませんね……」

「うっ……だってさ……何をどう意識すれば……」

「……」


 何をどう、と言われると非常に困る。服装だの接触だのをいちいち注意するのは自分の役割ではない筈だ。これはもう、クレイヴに言って侍女やらなんやらに教えてもらうしかないだろう。徹底的に。


「……ともかく、もう少し注意してくださいね」

「う……はーい」


 返事をしたシャーリルに頷いて、頭を下げて去ろうとした時、シャーリルが悩みつつも訊いてきた。


「あのさ……どこなら触ってもいいんだ?」

「シャル……それは明日にでもクレイヴさまのところで」

「なんかもやもやするからさ〜……じゃあとりあえずシェイだったらどれくらい触ってもいい?」


 訊かれて思わず息が詰まった。シャーリルに他意はないだろうが、お互いの年齢を考えるとそうそう軽々しく口に出す言葉ではない。

 返答に窮している間にシャーリルは自分で探り始めてしまった。


「こう、手を握るのはいいだろ?」

「! よ、よくはありませんよ、シャル。だいたい男女が」

「シェイは顔見知りだからこの中だったらいいって言っただろ?」

「いえ、それは……」


 思わず逃げ腰になりそうになり、それだけは騎士としてだめだろうと言い聞かせて一歩後ずさるだけにした。が、シャーリルは追ってくる。


「腕は?」

「触れる機会がありますか? 握手くらいでしょう?」


 なんだか真っ向から両腕をがっちり掴まれて、非常にいたたまれない。


「そこまで気ぃ使うかぁ? そんなの気にしないだろ?」

「してください! というかクロウたちと接するのとはわけが違います」

「そうかぁ? そう変わんないと思うけどなー……まあさすがに抱きしめたりしないけど」

「……手まで、にしてください」

「でもさ、肩叩いたりするだろ?」

「男女ではしませんよ!」

「励ましたり?」

「言葉で充分です」


 手から腕へと移ったシャーリルの手が両肩に触れそうになり、思わずその手を押しとどめる。


「シャル! そもそも女性から触るものではありません!」

「……」


 きょとんとしたシャーリルの様子にはっとした。自分が今掴んでいるのは、紛れもなくシャーリルの手首だ。立場が逆になってしまった。


「……これは?」


 戸惑ったシャーリルがとりあえずそう訊いてきて、ぱっと掴んでいた手を放す。どっと疲労が押し寄せてきた。


「……すみません、良いことではありませんね……」

「……」


 下げた頭を元に戻すと、シャーリルがおかしそうに笑っていた。


「……からかったのですか? 酷いですね、シャル」

「いや、そうじゃなかったんだけどさ、シェイがすっごい慌てるから面白くなっちゃって」

「……シャル……酷いです」

「わりぃ、もうしないって」


 ぽんぽん、と肩を叩かれてしまった。もうなんだか、シャーリルにこうした接触を諭すのにも多大な体力を使う。


「でもさぁ、顔見知りでも触るの気をつけるのって、なんか変じゃないか? 怪我とかあるわけじゃないんだしさ」

「……」


 もう諭す気力が残っていない。なので妥協しておいた。


「ではせめて……」

「分かってるよ、この中でだけな。シェイとルヴィスくらいか?」

「そう……ですね」

「ん。じゃーなシェイ! また明日」

「……はい、良い夢を」


 シャーリルは嬉しそうに手を振って部屋へ戻っていく。その姿が見えなくなった途端、不覚にも大きな溜息が出てしまった。


(……先が思いやられるな)


 きちんと教育を受けた男女間の交流しかしてこなかったシェイザードたちには、シャーリルの教育は難易度が高そうだ。







 食事中の不用意な発言は気をつけましょう(笑)

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