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震える心/サフィ



 サフィのトラウマによるお話です。パニックになりますので苦手な方はご容赦ください。

 飛ばして読んでも大丈夫なように、次話前書きにちょこっと説明いれます。






 

 シャーリルたちが婆さんに出会ったころ、門番のところへ一人の貴族が訪れていた。


「これはタークナス子爵!」

「やあ、ご苦労さま。陛下にこちらの書物を借りる許可を頂いたんだ。失礼するよ」


 にこやかに言って脇を通ろうとする子爵を、なるべく失礼にならないように気を付けながら門番は止める。


「お待ち下さい。離宮へ入ることはフェルセイルさまよりきつく禁じられております。書物はこちらで取りにいかせますので」

「いや、すぐだ。君たちの手を煩わせるほどのことじゃあないよ。それに陛下は離宮へ入るなとはおっしゃられなかった。殿下や乳母殿への面会は禁止されているがね。そういう目的ではない。よって君が気にすることじゃあない」


「しかし……タークナス子爵!」

「なに、すぐだよ。私も陛下の不興を買いたいわけじゃない。本を取りにきただけだ。心配無用」

「あ……」


 小太りな子爵は胡散臭い笑みを浮かべながら行ってしまった。陛下から離宮へ入るなとは言われていない、と言われてしまうと、拒否するのは躊躇われる。


(ああ……何事もなければ良いのだが……ルーヴェルスさま、早くお戻りください!)

 




 その頃、リアとサフィは書庫で思い思いの本を読みふけっていた。リアは幻獣の図鑑を。サフィは雑学書を。先にサフィが読み終わり、時計を見てラズウェルの講義が終わったころだろうと本を片付ける。そろそろみんなでお昼を食べる時間だ。まだ読みふけっていたリアのすぐ隣に座って図鑑を覗き込むと、リアがくすりと笑った。


「リアってこういうの好きだよね。幻獣使いの研究者か、魔法士になりたいの?」


 シャーリルたちの住まう世界には幻獣使いという、とても特殊な職がある。普通は感知することの出来ない空間にいる“幻獣”と血によって契約をし、使役する職だ。これは頑張れば出来るというものではなく、完全に天賦の才だ。この才能はなかなか世に生まれず、幻獣使いは国にひとり、いるかいないかだ。


 それに比べてまだ頑張ればなれるのが、魔法士。幻獣を構築する自然の精のごく一部に力を借りることが出来る。自然の精は神代の言葉を好み、それをしっかり理解出来れば力を借りることが可能だ。この“理解する”がなかなか難しくて、魔法士は国に三人もいれば良い方なのだ。


「研究は面白いかなって思うよ。でも戦える職種はいやだな」

「……それは、そうだよね」


 少しでも戦力になるなら、また戦争が起こったときにいやでもやらなくちゃならない。でももう戦争はいやだ。


「あ、もうこんな時間か。行こうか、サフィ」

「うん。そうしよう」


 分厚い図鑑を一緒に片付けて、二人は書庫を出る。


「髪がよれてるよ、サフィ」

「ほんと?」


 言われてサフィは結んでいた髪をほどいた。肩下まで真っ直ぐに伸びた銀色の髪がさらりと広がる。サフィは、いつも髪を縛っている。シャーリルのように高い位置ではなく、首の後ろでだ。そしていつも丸い眼鏡をかけている。


「ほらここ、ぼさぼさだよ」

「ほんとだ。リアはなんでそんな綺麗なの」

「みんなと変わらない筈だけど。生まれつきかな?」

「ティアがいつも羨ましいって言ってる」

「ティアもじゅうぶん綺麗なのにね」

「……まあそうだね」


 なんだか目がむず痒い気がして眼鏡を外してこすった。そうすると下ろした髪のせいもあって、どこか弱々しい、それでいて構いたくなるような雰囲気になる。サフィがなるべく人に見せないようにしている姿だった。


「なにか入った?」

「そうかも知れな」

「おや?」

「「!」」


 聞き慣れない大人の声に二人ははっと立ち止まり、声のした方を見た。今まさにリアたちが進んでいた方向だ。そこに、見慣れないおっさんがいた。小太りで、どうにも胡散臭い笑みを浮かべた男だ。


「これは……乳母殿がつれてきたという子供かな?」

「「……」」


 二人ともじりりと後ろへ下がる。熊に会ったときのように視線は逸らさず。

 おっさんはなにが嬉しいのか、ものすごく気持ちの悪い笑みを浮かべてずかずか近寄ってくる。


「可愛らしい子たちじゃあないか。名前は? なんというんだ?」


 リアがぼそっと、誰か呼びに行こう、と呟いた次の瞬間、二人はぱっと走り出した。リアはサフィを置いていかないように、サフィはリアに置いていかれないように。だが、おっさんは見た目を裏切る俊敏性を見せた。すぐに追いついたのだ。


「待ちなさい! いきなり逃げるとは失礼だぞ」

「っ!」

「サフィっ!」


 一歩遅いサフィにおっさんの手が伸びる。捕まると悟った瞬間、サフィの身体を例えようのない悪寒が走り抜け、おぞましい記憶が牙を剥いた。忌まわしい、過去が。


 冷静でいようとした心が、震えた瞬間だった。


「う、うああああああ!」

「なっ!?」

「サフィ!」


 絶叫して恐怖のあまり倒れ込む。それでも怖くて、万が一にも近寄られたくなくてめちゃくちゃに腕を振り回した。


「やめろ! くるな、くるなくるなぁっ! いやだあぁああ!」

「サフィ! 大丈夫だ僕がいるよ!」

「いやだあぁあ! 助けて! 誰か助けて!」


 リアが側にいるのが分からないようだった。驚いたのはおっさん——もとい子爵だ。触れようとしただけで、まるで化け物のように恐怖されてはたまったものではない。これでは自分が何か無理強いをしたようではないかと、慌てて近づいた。


「これ、そんな大声を出すことでも」

「近寄るな!」


 ぎっと睨みつけたのはリアだった。子爵とサフィの間に立って、普段の穏やかさなど欠片もない。全身で威嚇していた。


「なっ……なんなのだ、これは!」

「ああぁいやだいやだいやだ、こないで、いやだ」


 サフィはリアの後ろにいてもまだ、子爵から遠ざかろうともがいていた。いやだと首を振りつつも怖くて目を逸らせないらしい。


「こないで……」

「し、失礼にも程が」

「うるさい! さっさと消えろ!」

「なっ……」


 子爵は怒鳴ろうとして、二人の子供のまえに怯んでしまった。異常だ、この子供たちは。怯え方もこちらを睨みつける目も尋常ではない。


「一体……」


 その時だった。シャーリルたちが駆けつけて来たのは。


「サフィ! リア!」

「シャル! シェイザードさんこっち!」


 振り返った子爵はシェイザードを見つけてほっとする。


「ああ、シェイザード殿。この子供たちは……」

「お話は後で伺います。サフィ、サフィ。どうしたのですか?」


 子爵を一瞥してシェイザードはサフィに駆け寄る。しかし。


「あ、あ……いやだ……いやだ! こないで! こないで……」

「サフィ?」


 シェイザードも分からないようだった。すぐに追いついたシャーリルがシェイザードの肩を叩く。


「今はだめなんだ。男は」

「男は……?」


 サフィは呼吸困難に陥りそうなほど荒い呼吸をしている。戸惑うシェイザードに頷いてシャーリルがサフィに近づく。ちょうどラズウェルも何事かと駆けつけてきた。サフィの後ろの方から駆け寄ってくる。


「いったい何事だ? サフィ、どうした?」

「っ!」


 びくっ、と大きくサフィが震え、ラズウェルを見るが怯えは治まらない。


「ぁああ、いやだやめて、こないでいやだ……誰か助けて、助けて……」

「サ、フィ……?」


 サフィはうわごとのように小さく叫びながら、双方から逃げるように壁に縋り付く。ラズウェルはぴたりと足を止めた。やはり自分は立ち入るべきではないのかと戸惑う。だが、この場に不釣り合いな姿を見咎めて疑念が沸く。


「タークナス子爵?」

「お、おお、殿下! お元気そうで」

「てめえ、サフィになにしやがった?」

「なっ、なんだと!?」


 いつの間にかクロウがすぐ前で子爵を睨んでいた。射殺さんばかりの迫力は思わず後ずさってしまうほどだ。


「サフィ、あたしだ。シャーリルだぞ」


 はっと全員の視線がシャーリルとサフィに注がれた。そっとしゃがみこんで見つめるシャーリルを、サフィは震えながら見つめ返している。


「っ……、あ……シ、シャル?」

「そうだよ。ほら、おいで。もう大丈夫だから」

「ぁあっ、シャル!」


 サフィはシャーリルだと分かった途端に必至で縋り付いた。絶対にシャーリルの存在を失わないように、出来る限りの力を込めてしがみつく。その背を抱きしめて、その頭を撫でて、シャーリルは優しく声をかける。


「大丈夫だよ、サフィ。もう大丈夫」

「シャル、シャル! ……こわい。こわい。もういやだ……」

「大丈夫。大丈夫だよ。もう大丈夫」


 ぽん、ぽん、と背中を撫でられるうちにサフィの震えと呼吸は治まってきて、周りはほっと息を吐いた。同じように息を吐いた子爵をシェイザードが睨む。


「タークナス子爵。面会は禁止されているはずですが?」

「わ、私はここの書物を借りる許可を得たので来たまでだ! なにも禁を破ろうとしたわけでは」

「子爵でありながら主の意図も読み取れないのですか」

「なっ、なにを……!」


 憤る子爵をまえに、シェイザードは冷ややかなものだった。


「すぐにここを立ち去るのが良いでしょう。これ以上陛下のご不興を買いたくなければね」

「……!」


 よろ、と子爵は後ずさる。屁理屈をこねて無理矢理やってきてみれば、この有様だ。


「……御前を失礼いたします、殿下……」


 ラズウェルは子爵を見なかった。代わりというようにルヴィスに睨まれ、子爵は恐ろしさと恥ずかしさで足早に離宮を去って行ったのだった。






 昼食の席をみんなで囲う。全員に料理が取り分けられたところでシャーリルが戻ってきた。


「サフィはどうだ?」

「眠ってるよ。もう大丈夫」


 それを聞いてみんながほっとした。ミルーがそばにいると言ってきかなかったので、ティアと一緒にサフィの部屋にいる。


「サフィは一体どうしたのですか?」


 シャーリルたちは事情を分かっているみたいだが、シェイザードたちにはさっぱり分からない。ラズウェルとルヴィスも不思議そうにしていた。シャーリルが重そうに口を開く。


「サフィはさ、うちがすごく貧しかったんだって。戦争で父親が兵力に取られて、母親の負担にならないようにって自分から家を出たらしい。でもすぐ人買いに捕まって、ずっと男娼みたいなことをさせられてたらしい」


 三人は思わず息を呑む。戦中の民の悲惨さは知っているつもりだった。しかしやはり、実際に自分の目で見たわけではないから現実味がなかったようだ。あれほど怯えるサフィを見れば、そんな状況がどれだけ悲惨なものかは容易に想像出来る。


「だから親しくもない男に近づかれるだけでも駄目なんだ。シェイの場合は距離を取ってから近づいたから大丈夫だったんだよな」

「……そうでしたか」

「特に兵にかり出されたやつらに見つかるのが本当に怖かったって」

「……」


 望まない戦争。陰鬱な空気が漂う時代で、やり場のない様々な思いを、様々な形で吐き出そうとする。サフィは、その犠牲となっていたのだ。


「うちに来たときは虚ろだったけど、今はけっこう上手くやり過ごせてたんだけどなぁ。まあ、そう簡単に克服出来ることじゃないよな」

「そうですね……」

「それでも本人がましになってきたって言ってるからさ、そんな顔してないで、今まで通りにしてやってくれよ」


 はっと顔を上げるとシャーリル、リア、そしてクロウは三人に笑いかけていた。


「そーそー。サフィがまったく怖がらないのってシェイザードさんとルヴィスさんくらいだし」

「それに、ラズは一緒にいて落ち着くってサフィが言ってたよ」

「……え?」


 思いがけない言葉に、とっさに反応出来ない。


「僕たちだといつむりやり絡まれるかと思って、落ち着けないんだって」


 くすくす笑いながらリアが言った台詞に、ラズウェルはじんわり胸が温かくなった。


「そう、か……」


 噛み締めるようにそう呟く。なんだか無償にサフィの顔が見たくなって、ラズウェルたちは急いで昼食を終わらせたのだった。

 

 

 

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