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離宮の外へ行ってみよう!


 シャーリルたちの朝は騒がしい。それは朝食のときから始まる。


「おはよー」


 少し眠そうなシャーリルが姿を現すと、先に集まっていた子供たちが楽しそうに挨拶を返す。


「おはよ、シャル! なんで眠そうなの?」


 面白そうに笑いながらリアにそう聞かれて、シャーリルは苦笑した。まさか悪夢にうなされて起きたなんて正直には言えない。


「前に山で猪に遭遇しただろ? あれを夢に見てさぁ」

「ああ、あれ……」


 思い返してサフィがげんなりした。確かあの時はシャーリル、クロウ、サフィの三人で行ったのだ。猪に遭遇した時点でシャーリルとクロウが囮になってくれたので、サフィは無傷で済んだ。いくら普段一緒に走っているといっても猪と張り合えるほどではない。そのシャーリルとクロウは規格外だ。たまにほんとに人間かと疑いたくなる。


「でもあれはあれで面白かったよな!」


 クロウが笑うとサフィが否定する。


「面白いわけないだろ!」

「でもサフィは追いかけられなかっただろ? ずっと茂みに隠れてたんだからさ」

「それも怖いんだよ! いつまた戻ってくるかと思うと!」

「いやでも俺たちが連れてったじゃん」

「そういうことじゃない!」


 なぜ隠れて安全だったサフィが怖がっていたのか、クロウにはまったく分からないらく、きょとんとして瞬いている。


「ほらほらクロウ、サフィ。せっかくの飯が冷めるだろ?」


 二人の様子に笑いながらシャーリルが食べるように促すと、怒りや戸惑いはすぐに横に置いて食べ始めた。


「「いただきます!」」


 この賑やかな食事風景も見慣れた給仕たちは、シャーリルたちの会話を聞いては思わず笑ってしまう。本来ならば仕えるべき方々の会話を聞いて笑うなど罰されることなのだが、シャーリルたちの場合は違っていた。シェイザードが現れたときはさすがに気を引き締めたのだが、なんとシャーリルが言ったのだ。『なんだよ急に大人しくなって。いつもみたいにしたらいいのに』と。シェイザードが目を丸くして驚いていた。しかしシェイザードは笑ってそれを許してくれ、今ではシャーリルたちの世話を任されている者たちは笑顔が絶えない。


「あれ? このスープって……」


 リアが首を傾げて一口飲んだスープを見つめている。その正面に座っているティアが面白そうにリアをうかがった。


「どうかした?」

「……もしかしてティアが作ったの?」

「正解!」

「「「えー!」」」


 シャーリル、クロウ、サフィが大きな声で驚いた。ミルーがにっこり笑って喜んでいる。


「ティアの、久しぶりだよね!」

「ね。今日はミルーも手伝ってくれたんだよね」

「うん!」

「「「えー!」」」


 あまりの驚きように抑えた笑いが広がる。ティアはそんな給仕に向けて笑った。


「今朝早起きしてお願いしたの。それでこれから一品だけ作らせてもらえることになったのよ」

「ありがとうございます!」


 ミルーがぺこりと頭を下げると侍女たちが大慌ててミルーの前に膝をついた。


「お止めくださいミルーさま。お食事をつくっていただけるなんて恐れ多いことです!」

「?」


 首を傾げたミルーを見て、シャーリルたちが大笑いした。


「ミルー、恐れ多いって分かるか?」


 シャーリルに聞かれてミルーはさらに首を傾げる。その様子に侍女は困り果てて、ひたすら『いいんですよ、お気になさらないでください』と訴えていた。


「おそれおおいってなに?」

「あのね、あ、えっと……ごめんなさい、お名前は?」


 説明しようとして相手の名前が分からず訊ねたティアに、侍女は慌てて後ずさる。


「名前など! どうかご容赦ください」

「あの、名前分からないと居心地悪いので教えてください」


 ちょっと困ったようにティアに笑われて、侍女はようやく名乗ってくれた。


「はい……わたしはエルマと申します」

「エルマさん」


 繰り返して頷いてから、ティアはミルーに笑いかけた。


「あのねミルー。エルマさんたちは、わたしたちのご飯を作ってくれたり、今みたいにおかわりさせてくれたり、お茶を淹れてくれるのがお仕事なの」

「うん……お仕事なの?」

「そうよ。自分たちの世話をするのとはちょっと違うのよ」

「へえー」


 ミルーは目を大きくして頷いている。


「それで、今朝のわたしのお願いはエルマさんたちのお仕事をちょっと減らしちゃうことなの。わたしがお仕事を取っちゃったっていう言い方も出来るわ」

「えっ! じゃあいけないことだったの?」


 びっくりして慌てるミルーにエルマも慌てた。


「滅相もないことです!」

「あのね、二人とも落ち着いて」


 二人に笑いかけるとミルーはふうーと深呼吸をして、エルマは恥ずかしそうに『申しわけございません』と言って再び膝をついた。


「それでね、ミルー。わたしたちはお客さんで、エルマさんたちはわたしたちのお世話をしないといけないの」

「お客さんなの? こんなに長くいるのに?」

「そうなのよ。わたしたちいずれは下町に帰るんだし」

「そっかぁ……」


 不思議そうにしながらもミルーは頷く。しかしちょっと寂しそうでもあった。


「エルマさんたちにとってわたしたちは大事なお客さんなの。そんなお客さんに仕事をしてもらうのは申し訳ないってことなのよ」

「うーん……」

「ミルーだってうちを訊ねてきてくれた人にはゆっくりして欲しいでしょう? それとも手伝って欲しい?」

「ううん、ミルーが色々してあげたい」

「でしょ? そういうことなのよ」

「うん、分かった! 恐れ多いのね! でもちょこっとだけしたいの。駄目?」

「……ミルーさま……」

「邪魔しないから、お願い」


 よほどスープ作りが楽しかったのだろう。必死なミルーにティアが笑った。


「ミルー、朝食の一品だけ作らせてくれることになってるから、お手伝いしてくれる?」

「そうなの?」


 期待を込めて見つめられ、エルマはたじたじになりながらも頷いた。とたんにミルーは破顔する。


「やった! 頑張って手伝う!」

「ありがと、ミルー」


 そんな二人に微笑んで、シャーリルは明るい声で促した。


「さ! 朝飯食っちまおうぜ!」

「うん!」

「シャルってば……せめて朝ご飯って言ってよ」

「朝ご飯!」


 そこだけ笑顔で言い直し、賑やかな朝食が再開された。






 朝食が終わる少し前にシェイザードがやってきて、シャーリルたちのおしゃべりに加わったり、王宮内での動きについて少しだけ報告があったりする。それはラズウェルに対しての動きで、よく分からないながらもシャーリルはしっかり頭に入れようと真面目に聞く。


 その様子を見ているとシェイザードは不思議に思うのだ。なぜ陛下は一見しただけで彼女をこうも自由にさせているのだろうと。これだけの自由は、いうなれば信頼ではないのか。


 始めは彼女の手腕を見るためにさせているのかと思ったのだが、ラズウェルをつまみ上げたことも、男装を求めたことも、離宮内を走り回っていることも、勝手に鹿狩りに行ったことも、全て報告しているにも関わらず返ってくる反応は『そうか』の一言のみ。控えさせろとも、嫌な顔もされなかった。


 なぜ陛下は、シャーリルをこれほど自由にさせるのか。その謎はまだ解けない。しかしそんなシャーリルがラズウェルの心をほぐしているのは事実だ。


「そういやさ、今日はティアがカップケーキ作ってくれるって。な、ティア!」

「うん。そのつもり。ここでいただいたケーキがすごく美味しいから、教えてもらえることになったの」


 なんとなくぼんやりしていたシェイザードは、はっと視線をティアに移した。


「パーダさん……料理長さんたちが手伝ってくれるから上手く出来ると思うけど、成功したらシェイザードさんにもあげますね」

「ありがとう。勿体ないことですね」


 シャーリルたちの笑顔は明るい。そしてほんのり温かい。だからだろうか、周りにいる者たちは自然と表情が解れるような気がする。


「あ、あと門番のおっさんにもあげようぜ」

「そうだね」


 鹿狩りの帰りに頑張っていたあの門番だ。彼の反応を想像して苦笑してしまった。


「ミルー、手伝う?」

「うん!」


 ティアが問いかけるとミルーは椅子から飛び降りて、やる気まんまんだ。


「さあ、では今日はどうしましょうか?」


 食事も終わり、廊下を歩きながらシェイザードは問いかける。するとリアとサフィがすぐに応えた。


「僕たちは書庫に行ってくるよ」

「書庫?」


 シャーリルが首を傾げる。


「うん、図書館だよ」

「あー、へぇー。好きだなぁそういうの」


 シャーリルが苦笑すると、リアとサフィはにっこり笑う。


「シャルは苦手だもんね」

「おう」


 じゃあ、とリアとサフィは駆けて行ってしまった。楽しそうな後ろ姿だ。ティアとミルーはすでに厨房に籠ってしまって、残るはシャーリルとクロウのみ。


「どうする? シャル」

「どうするかなぁ」


 クロウとシャーリルは腕組みをして唸る。息ぴったりなその動作に笑いを堪えつつ、シェイザードは提案した。


「それならば、誰か話し相手でも呼びましょうか」

「「話し相手?」」


 揃って首を傾げる。これには笑いが抑えきれなかった。


「そうですよ。することがないのは困るでしょう?」

「困り……はしないけどさ。でもなんで“話し相手”なんだ?」

「なぜって……ではどういうお相手がよろしいですか?」


 訊ねながらシェイザードは思った。シャーリルは貴族と女性という範疇から外れている。ならば貴族女性たちのような“おしゃべり”などよく分からないのだろう。


「どういうって言われてもなぁ……」

「そういやさ、この周りってどうなってんだろ?」

「ん? なんだよ、クロウ」

「いや、鹿狩りに行ったときは近くの森に入ったけど、周りに何があるかよく見なかったし、もしかしたら市場とかあんじゃねーかな?」

「おおっ! それもそうだな。よしじゃあさっそ」

「いけません!」


 流れるような会話のまま、足が動きそうだったシャーリルの腕とクロウの肩を掴んで慌てて止める。クロウの視線がシェイザードから、シャーリルを掴む手に落とされ、さっと手を離した。


「なんでだよ」


 シャーリルはびっくりしている。


「シャルは乳母なのですから、気軽に外出しようとするのは止めてください」

「だからなんで?」


 不満そうに睨まれ、やれやれと頭を振りそうになってしまう。


「……ティアも再三言っているでしょう? 乳母を襲うやからもいるのですよ。出かけるのであれば兵を連れていかないと」

「でもさぁ、この間は大丈夫だったろ?」


 簡単に納得するシャーリルではない。こうくると思っていたシェイザードはぴしりと答えた。


「それはまだ目が甘かったからです。言っておきますが、シャル。ここで起こることは陛下に報告されます。もちろん近衛しか知り得ないことではありますが、どういう形であれ聞き耳を立てるものもいれば、シャルのやり方に反感を持つものは出てきます。ですから、自ら危険を呼び込むような真似はしないでください」


 シャーリルはうーんと悩んでいる。どうやら少しは思いとどまってくれているようだ。そのことにほっとしながら、クロウの様子もうかがう。クロウはちょっと考えたあと、真剣なまなざしで訊いてきた。


「身の安全が確保出来ればいいんだよな?」

「……ええ、そうです」


 答えつつも何か不安がよぎる。それが伝わったのだろうか、クロウが満面の笑みで猾い台詞を言った。


「近衛騎士のシェイザードさんがいれば大丈夫だろ? なんせ王様守ってんだし」

「!」

「おおっ、そうだよな! クロウ良いこと言うな〜」

「だろ〜」


 がしっ、と今度は二人に腕を掴まれぐいぐい引っ張られるのを、鍛えたその足で止めて抗議する。


「シャル、待って下さい! わたしが守れるのはせいぜい一人ですよ」

「もし昼ひなかに堂々と襲ってきたら、すぐ応援がくるだろ?」

「ですがクロウ、その間に何かあったら」

「シェイから離れないから。すぐそばにいればなんとかなるだろ?」

「シャルの言う『離れない』は信憑性が薄いですよ」

「そこは俺が捕まえとくから」

「クロウこそ離れるなよ?」

「シャルこそ」

「……だから不安なんです!」


 本音を漏らしたシェイザードに、二人はにっと笑っただけだった。




 結局、シャーリルとクロウは手をつなぐこと、三人揃っていることを確認しながら動くこと、離宮から離れないこと、そしてシャーリルは女物の服を着ることを約束させ、シェイザードは二人に同行することになった。出掛けに目を丸くする門番に戻るだろう時間を言いおき、自分に気持ちを切り替える合図をするように愛剣の柄を撫でた。





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