クロウとシャーリルの事情
二人の騎士が情けなくもミルーに口止めをした数時間後。
ラフィスはさっさと王宮に帰ってしまい、シェイザードはシャーリル達が食事をしている時間に合わせて顔を出した。
「ごめんってばミルー」
「……」
「ミルー? ほら、今度は一緒に行こうな」
「……ほんとに?」
「ほんとほんと。だからもう拗ねないでよ。ね?」
「……ぜったい?」
「絶対。ね、ミルー」
ティア、クロウ、サフィ、リアが懸命にミルーの機嫌を取っていた。それを見てシャーリルが笑っている。
「そりゃあ拗ねるよなぁ。ミルー一人で置いてけぼりじゃあな」
すっかり起きているシャーリルを見て、ほっと胸を撫で下ろしてから部屋へ足を踏み入れた。
「おはようございます、皆さん」
「あっ、シェイザードさん! おはようございます」
いち早くリアが挨拶すると、各々も挨拶を返してくれた。勧められるままシャーリルの隣に座る。
「聞いてくれよシェイ。こいつら今朝さ、青い猫見かけたっていって、ミルー置いて探しに行ってたんだと。それでミルーが拗ねちゃったんだよなー?」
「うん、でももういいの。今度は連れてってくれるんだもん」
にっこり笑うミルーに皆が癒されている。
(やっぱりシャルはこの方がいいですね)
なんて思っていたら。
「……」
隣からじっとりとした視線を感じて嫌な汗が。
「……クロウ……どうか、しましたか?」
確かシャーリルと同室だった気がする、と焦るシェイザードに、クロウはにこりともしないで真顔で言った。低く、抑えた声で。
「どうかしましたか?」
「……」
言った後ににっこりと凄絶な笑みを浮かべられた。逃げられそうにない。この少年にはバレているのだと悟った。引きつりそうになる笑顔を抑えていると、さっきとは打って変わってクロウは無邪気に笑った。それが余計に怖い。
「シャルに男物の寝間着、用意してもらえる? それと——」
にやり、とクロウは笑った。その様が妙に大人びている。
「何がどうしてああなってたのか、詳しく教えて欲しいなぁ」
口調は子供らしい明るい口調だ。だが、その目が。
「わ、分かった……」
まるで子供らしくなかった。
「ねえ、何話してるの?」
リアがその様子を目敏く見つけて話しかけてくる。僅かに動揺したシェイザードとは対照的に、クロウは始めから違う話をしていたかのように躊躇いなく返した。
「いや、シェイザードさんって騎士の中でも強いって聞いたからさ。時間作って教えてもらえないか交渉してたんだ」
「へえ、そうなんだ。そう言えば近衛師団だって聞いたよ。本当ですか?」
何々、と皆の視線が集まった。それに苦笑してシェイザードは答える。
「ええ。陛下の近衛を努めています。今はシャルの侍従ですが」
「“このえ”って?」
首を傾げるシャーリルにリアが笑って教えた。
「王様の護衛騎士だよ。師団だから何人かいる筈だよ」
「……えっらい人がきたもんだな……」
びっくりして見つめるシャーリルに、ティアが呆れる。
「その偉い人の主人なのよ、シャルは」
「……そっか! そうなるのか……」
妙な納得の仕方だ。だがまあ、話が上手くごまかせているのでよしとする。
「それよりシェイザードさん。なんかシャルとラズを訊ねて人が来るって聞いたんですけど」
ふと、サフィがそんな事を言い出した。一瞬きょとんとしてから、シェイザードはまじまじとサフィを見た。
「よく知っていますね、サフィ」
良く躾けられている宮仕えの者達は、突然の面会や訪問があるからといって騒いだり動揺したりしない。するとしても表面上には悟られないように、だ。それを、十代前半の子供が見抜けるとは。
「サフィは情報収集が得意だもんね。やり方は教えてくれないけど」
リアが嬉しそうに、からかうようにそう言うと、サフィは照れ隠しなのか少し不機嫌になった。
「教えたら特技じゃなくなるだろ」
「あれ、特技なんて気にしてたっけ?」
すかさずクロウが突っつくと、サフィもつい反応してしまう。
「うるさいな、どうだっていいだろ!」
「え〜ちょっと聞いただけなのに。サフィってばそんな気にしてたんだ〜」
「クロウ!」
このままだと話が流れてしまいそうなので、シェイザードは声を大きめにして言った。
「実は先日いらしたラルセーナ様のお話を受けて、貴族の方々がシャルに興味を抱いているのですよ」
「「「「「「えっ?」」」」」」
六人の息がぴったり合う。
「昨日はシャルが黙って出かけてしまった為に言えませんでしたが、少し気をつけてもらいたいのです」
「う……まだ怒ってんの?」
どこか的外れな言葉だが、妙に子供っぽく感じて苦笑する。
「怒ってはいませんが、かなり焦りました。もう黙っていなくなるのはやめて下さいね、シャル」
「はーい……」
この返事もどこまで信じていいものか、非常に不安だ。
「ともかく、門番にはきつく言い渡してありますが、もしも貴族の方々が乗り込んで来たとしても、接触しないように気をつけてください」
「それはいいけどさ、分かるかなぁ」
シャーリルが自信無さそうに首を捻る。
「まあ、普段から個々で行動する事はないでしょうから、大丈夫でしょう。もし一人で遭遇する事があれば必ず侍女や兵を呼んでください」
「「「「「「はーい」」」」」」
(そこはかとなく不安だ……しっかり見張っていないと)
と考えるシェイザードに、クロウが目で合図した。
(……ああ……あの話か……)
ミルーに加えてクロウにまで事を知られる羽目になるとは、なんとも情けない。
二人は廊下へ出て、足早に物陰へと入り込んだ。途端にクロウが睨んでくる。
「で? 何があったんですか」
「……実は」
シェイザードは出来るだけ簡潔に事の次第を話した。……その時思った事は全て伏せて。
「ふーん……」
聞き終わった後のクロウの視線が痛い。何もないのに妙な罪悪感がある。
「……二人いて、しかもミルーがいて良かったですね」
(全くだ。運が良かったというべきか……)
頷くわけにもいかず、シェイザードは曖昧に苦笑した。
「今後シャルが寝てる時間は部屋に近づかないで下さいね」
ああ、と頷いてからふと思った。
「……君はいつもシャルと一緒の部屋で寝起きしているんだよな?」
すっかり口調が変わってしまったが、まあクロウも警戒心むき出しだし、いいだろう。
「まあ、そうだけど」
クロウも口調を変えた。この方が話し易い。
「……十五歳で、シャルと一緒に寝起きするのはもう止めた方がいいんじゃないか?」
クロウはぴくりと眉を動かした。
「……俺とシャルが一緒に寝起きする事に問題はない」
「今はな。でも君もいつまでも子供じゃないだろ?」
「……」
押し黙ったクロウを見て、シェイザードはなんとなく心情を察した。クロウも戸惑っているのかも知れない。成長していく自分に。どんどんはっきりしてくる、シャーリルと自分の差に。
「……部屋を女性達で使うわけにはいかないのか?」
「今更ティアと一緒にしてみろよ。あんな状態のシャルとずっと一緒に寝起きしてたのかってもの凄い目で睨んでくるに決まってるだろ」
「……」
確かに。ティアの考えは貴族に近い。なんだかクロウが可哀想な事になりそうだ。
「じゃあシャル一人で使ってもらうわけにはいかないのか?」
「……」
クロウが押し黙った。その表情を伺い見ると、どこか不安そうだ。
「……クロウ?」
呼びかけるとそろりと顔を上げた。そして、小さく溜息を吐いた。そんな動作がどこか大人びている。
「……これは秘密だけど」
秘密、という言い回しが子供らしいと感じる。思わず頬が緩んだ。
「シャル、たまに夢を見るんだ」
「夢?」
そこに何か問題があるだろうか。
「……シャルの家族が、戦争に行って死ぬ夢」
「!」
シャーリルの家族。親はいないと言っていたから兄弟だろう。
「兄さんがいたんだ、シャル」
シェイザードはちょっと驚いた。なんとなく、シャーリルは一人っ子のような気がしていた。もしくは、いるなら年下の兄弟だろうと。
「これは俺しか知らないことだけど、夢に見て飛び起きるんだ。兄さんが戦死する夢……だから、一人にしたくない」
「夢の事はクロウしか知らないのか?」
繰り返して聞くと、クロウはゆっくり頷いた。疲れたような表情は子供らしくない。
だからなのか、と納得した。
シャーリルがクロウを一番頼りにしているのはなんとなく分かっていた。それはクロウを一番始めに迎え入れたからなのかと思っていたが……本当の理由はここにあったのだ。クロウだけが、シャーリルの弱い所を知っている。だから。思えばクロウもよくシャーリルを気にかけていた。それは単に慕っているというだけではなく、この事もあったのだ。
「離宮に来て頻度が増えた。まだ、シャルを一人に出来ないと思うんだ」
呟くように零れた言葉には、一人でそれを抱えてきた疲れが見えたような気がした。
「……そうか……なるほどな」
どうしたものか。確かにそれでは不安だろう。だが、クロウはどうしようもなく“男”として成長していく。それに比例してシャーリルも歳を取るのだが、それでもクロウには辛いだろう。
「……すぐにどうこう出来る問題じゃないな」
クロウが顔を上げた。その表情は驚いていた。
「え……」
「なんとか出来るようにこちらも考えておく」
ぽかんとしたクロウの表情が面白い。
「考えて……くれるのか?」
「だって、困るだろ?」
「……」
クロウは小さく頷いた。やはり、とシェイザードは笑う。
「クロウが狼にならないうちに、なんとかしよう」
「……なんだよ、嫌な言い方するな」
睨んでくるクロウに笑い返す。
「仕方ない。男に生まれたんだから」
そう言って皆の所へ戻るために歩き出したのだが、ぼそりとクロウが言った言葉に固まった。
「……って事はなった事があるのか」
「!?」
どうもシャーリルの子供達は恐ろしい。