011 おとぎ話の怪物
『
月無き夜、家を出てはいけない。
その夜は彼の物、家を出てはいけない。
月無き夜、決して明かりを絶やしてはいけない。
その夜は彼の物、決して明かりを絶やしてはいけない。
彼には姿などなく、実体も無い。
それは、まるで闇が蠢いているのよう。
月無き夜、家を出てはいけない。
その夜は彼の物、家を出てはいけない。
月無き夜、決して明かりを絶やしてはいけない。
その夜は彼の物、決して明かりを絶やしてはいけない。
彼はの夢を食い、悪夢を見せる。
決して目覚める事のない、長き悪夢を見せる。
もしも、蠢く闇を見たならば、逃げなさい。
朝まで逃げれば彼は消える。
朝には蠢く夜の王は闇に帰るのだから。
』
それは、誰もが知っているようなおとぎ話。
夜遊びする子供に言い聞かせる夜の王の話。
夜中に遊んでいると、夜の王様に夢を食べられちゃうわよ。と、母親達が子供を脅すのに利用されるおとぎ話。
僕もこの話を聞いて、夜が怖くなったものだ。
蠢く夜の王に夢が食われてしまうと、怖くなったものだ。
「ははっ、まさか、そのおとぎ話の怪物と戦う事になるとは夢にも思ったなかったな、ほんとに」
僕は、たった一人。村の中心に位置する井戸に腰かけて、呟いた。
町の中心で、たった一人。蠢く夜の王を待っていた。
最初に、デコリさんの話を聞いた時点で予感はあった。
悪夢に魘される兄弟の話を聞いた時点で予測は出来た。
だけれど、それは考え過ぎだと思った。
まさか、おとぎ話の怪物がこんなところにいる訳がないだろうと、勝手に結論付けたからだ。今にして思えば、現実逃避以外の何物でもなかった。しかし、誰も伝説級の魔物と、いや、文字道理伝説の魔物と遭遇する羽目になる事など誰が考えるだろうか。
少なくても、僕は考えないようにした。
魔物の中で唯一悪夢を見せるという能力を持つ魔物の存在を僕は忘却しようとした。
きっと、恐ろしい魔物に出会ってその恐怖から悪夢を見るのだと、自分に言い聞かせ、被害者の家には行かなかった。
だけれど、魔物がいるという洞窟に居たのは美しい魔族だった。
可愛らしく、臆病で、素直な、一人の獣人だった。
そうして、僕は自分の予感がどうやら間違っていなかったようだと、知った。
二回目にギンカのところに向かう前、逃げ帰ってきた兄弟の家に行き、その二人が意識を取り戻さず眠り魘され続ける弟と逃げ帰ってきた兄だと知って予感は確信へと変わった。
兄の話を聞けば、洞窟で不気味な音を聞いて逃げ帰っている途中に弟と逸れたのだと言う。そうして、村民総出で探して見つけた時には弟は覚めぬ眠りについているのだと言う。
もはや、確信は事実へと成った。
その後すぐ洞窟に向かい、帰ってから僕がした事は全ての人間をこの村から逃がす事だった。
デコリさんは耳を疑い、そんなおとぎ話の魔物の存在を中々信じてはくれなかったが、僕の正体が勇者ツキシマである事を語り、勇者のあかしである右肩の龍を模ったような痣を見せると、すぐに避難を促してくれた。
まあ、避難したところで安全な場所など無いのだが、少なくても、村や町をいくつも滅ぼしてきた魔物がいる森から少しでも離れるべきだろう。
蠢く夜の王は闇に生きる魔物。
月の光すらも嫌い、新月の夜しか行動を起こさない。
おとぎ話の通りなら、新月である今日を逃げ切る事が出来れば彼は闇に帰るはずなのだから。
「あくまで、はず。でしかないんだけどね」
新月でもないのに襲われたという兄弟がいるのだから、闇に帰ると言うのが、暗闇に潜むという意味である可能性は高いが、もしかしたら、本当に闇に帰るのかもしれない。五十年もの間存在すら確認されていない魔物だから、もしかしたら後者で正しいのかも知れないけれど、その闇に帰るというのが何を意味し、そして、いつその闇に帰るかも分からない。
今日なのか、明日なのか、一週間後なのか、一か月後なのか、一年後なのか、それは誰にも分からない。
「だから、僕が今日戦う意味は無いかもしれない」
伝説の魔物。
誰にも打倒されず、数多の勇者たちを殺してきた厄災とも言われる怪物。
僕に勝ち目など殆どないだろう。
殆どどころか、1%も無いかもしれない。
0.1%あるかどうかも分からない。
だけれど。
「時間稼ぎくらいは、しなくちゃな」
そう言って、僕は愛刀を鞘から抜剣した。
せめて、少しでも村の人々が、ギンカが逃げる時間を稼ぐ。
僕にできる事はそれくらいだ。
「はっ! こいよ 蠢く夜の王 勇者月島刀祢がお相手してやる!」
そうして、僕は真名を名乗り蠢く夜の王と対峙する。
その姿は、おとぎ話の通り、まるで闇が蠢いているかのようだった。




