010 どうか、私を連れて行ってください
「きのう、トウヤが帰った後、なんであんなことを言っちゃたんだろうって、ずっと後悔してた・・・自分から、言っておいて、勝手に後悔した。
も、もしかしたら、トウヤが私の事、みんなに言うんじゃないかって、私の事、売るんじゃないかって・・・
だけど、そんなこと無い。トウヤはそんなことする人じゃないって思おうとした。『明日また来る』って言葉を信じて待っていようと思おうとした。
だけど、一度思ったら消えなかった。
私は騙されているんじゃないかって、トウヤは私を騙して、お金を手に入れようとしてるんじゃないかって・・・そんな考えが消えなかった。
脱獄奴隷を見つけて届けた者には沢山の謝礼金が出るって、聞いたことがあったから、もしかしたらトウヤもそれが目当てなんじゃないかって、考えたら消えなくなった。
だから、逃げようと思った。
この洞窟から出て、別の場所に行こうっと思った。
だけど、だけど・・・・私には、どこに行けばいいのか、わからなかった。
ここを出るのが怖かった。
ずっと、出て行こうか、待っていようか、考えてた。
トウヤの事を疑ったり、信じたり、繰り返した。
そうしたら、悲しくなった。
トウヤの事を信じようとしている自分と、疑って、貶して、死んでしまえと思っている自分がいるのが悲しかった。
どんなに信じようと思っても、そんな自分がいるのが悲しかった。
か、勝手だよね? 幻滅したよね? 嫌いになったよね? トウヤはそんな事考えないで、わ、私がお腹すいてるんじゃないかって食べ物まで用意してたのに、私は、トウヤが私を利用しようとしてるんじゃないかってずっと考えたんだよ?
トウヤに助けてほしいなんて自分勝手に思いながら、死ねとも思ってたんだよ?
勝手にそんなこと思って、そんな自分が嫌で、だけど騙されてるんじゃないかって考えも消えないで、それで、それで・・・・」
「もう、良いから。大丈夫、ギンカの嫌いになんてなってないから、泣くな」
「う、ううううぅ」
僕は、子供をあやす様にギンカの背中を優しく叩く。
弱り切って、今にも崩れ落ちそうな少女を優しく、壊れ物を扱うように包む様に抱きしめる。
どれくらいそうしていただろうか。
ギンカが「ありがとう、もう大丈夫」と言って僕から離れようとジタバタするまで続けた。
泣きやんだギンカにとりあえず「食え」とリンゴを差し出す。
恐る恐る、それを受け取り一口食べる。その後は一心不乱にリンゴに齧りついていた。
腹が減っていたのだろう。数分後には僕が持って来たリンゴをすべて平らげてしまった。
それでも物足りないのか、自分の手を念入りに舐めているのが扇情的でエロかった。
僕がそれをジーっと眺めていると、その視線に気づいたのか恥ずかしそうにしながら「は、はしたないよね」と止めてしまった。
寧ろもっとやって欲しかったとは思っても言えない。
さて、冗談はこれくらいにして、そろそろ本題に入るか。
「ギンカ一つ聞きたいことがあるんだが」
「なに?」
泣いた事が恥ずかしいのか、幾分腫れの引いた目をしながらもぶっきら棒に言う。
どうやら、昨日の調子に戻ってきたようだ。
「一週間前くらい、ええと、正確には九日前の事なんだが、ここにだれか来なかったか?」
「九日前・・・・」
そう言って、ギンカは視線を右に左にキョロキョロと動かして、
「九日前かは分からないけど、一回だけ何かが罠にかかった事があったのは確かだよ。見に行ったら誰もいなかったけど」
「・・・そうか。分かったありがとう」
「 ? 」
ギンカは腑に落ちないようにしながらも、何も聞かず、ただ黙っていた。
「ああ、そうだギンカ」
「なに?」
僕は、用意した服と食べ物の入った袋、そして、有り金の全てを差し出した。
まあ、有り金と言っても5000ガルぐらいしかないが。
「受け取ってくれ」
「こ、これトウヤの荷物じゃないか、受け取れないよ」
「これは僕の持ち物の一部であって、全部じゃない。金だってまだあるし、この後10000ガルも受け取る予定だ」
「お、お金なんて貰っても使えないし・・・」
「それなら安心しろ、その為にその服を買ってきた」
そう言って、僕は用意した服を広げた。
「これに着替えてみてくれ」
「え? う、うん」
渡してすぐ、ギンカはこの場で着替え始めたので、僕は慌てて背を向けた。
しゅるしゅると後ろから着替える音がして、気が気ではなかったが、今さらこの場から出ていくことも叶わず(出口はギンカ側にある)僕は着替えが終わるのを待つしかなかった。
「き、着替えたよ」
その声に導かれて、僕は振り返った。
そこには、犬耳の生えたメイドさんがいた。
「キターーーー!!」
「な、なに?」
僕の興奮ぶりにギンカは引いていた。
「あ、いや、すまん」
あまりの似合いっぷりに思わず我を忘れて叫んでしまった。
恐るべし、犬耳メイド・・・・だけど、それじゃあ駄目だ。
「ちょっと、屈んでくれるか」
「え? こ、こう」
素直に従ってくれるギンカ。
僕はそんなギンカの耳を掴んだ。
「ひゃん! な、なにすん――」
「まだ、動くな」
「え? う、うん」
僕の真顔に怖気づいたのか、ギンカは僕に耳を委ねる。
時折ギンカは「んっ、ひゃ」とか「んんっ」とか艶っぽい声を出した。
なんか変な気分になりそうだったので、そのふさふさとした耳の感触を味わうのをやめ、僕は耳を前に折るようにしながらメイドさんが被るような頭巾(名前は知らない)を被せた。
そして最後に、首輪と錠前を隠す様に大きめの白いリボンをつけてやった。
「これで良し」
「 ? 」
ペタペタと自分の頭に被せられた物を触りながら、しきりにギンカは首を傾げる。
僕は用意しておいた鏡を取出し「ほれ」とギンカを映す。
「これで、誰が見ても人間だ」
「あ・・・」
鏡に映った自分を見て、ギンカは目を見開いた。
自分の姿に驚いているのだろう。
その姿は凄まじいくらいに似合っていた。
「これで、人里に行っても大丈夫だろう?」
確認するように僕は問う。
そうして、最後に言ってやる。
「これで、一人で生きて行けるだろう?」
その言葉を聞いたギンカの顔はまるで、親に捨てられた子供の様にすがるようなものだった。
「と、トウヤ、ず、ずっとお願いしようと思ってたことがあるんだ」
「なんだ?」
ギンカは僕の声を聴いて、怯む様に、怯える様に、身を縮める。
それはそうだろう。
僕の声も僕の表情も、それは酷く冷めたものだろうから。
「こ、こういう服が好きっていうなら、着てもいいし、わ、私これでも料理とかも、ちょっとしたものなら作れるんだ」
「それで?」
「そ、その、あ、あの、そ、それに、私、力もある! 戦う事だってできると思うんだ」
「だから?」
「と、トウヤが望むなら、か、身体だって、さ、さしだしてもいい。手を出される前ににげたから、よ、よく分かんないけど、が、がんばるから!!」
「だからどうした?」
「・・・っ」
目尻に涙を溜め、泣きそうになりながら、ギンカは言った。
「どうか、私を連れて行ってください」
そう言って、ギンカは頭を下げた。
媚びるように。
卑下するように。
「もう、ひとりは、いやだよぉ」
僕は立ち上がって、言う。
「それは出来ない」
そうして、僕はギンカの横を通り過ぎようとした。
「ま、まってぇ」
ギンカはズボンの裾を掴んだ。
僕は、そんな彼女を見下ろし、
「悪いけど、僕は魔族なんかと旅をするつもりは無い」
そう言ってその手を振り払った。
「今日にでも、この洞窟から出て行け。分かったな」
僕は振り返らずに、洞窟を出た。
外に出て、僕は天を仰ぐ。
雲一つない青空は、まるで僕の心の中の鏡写しの様で嫌になった。
だけれど、仕方がないだろう。
僕はギンカを連れて行けない。
連れて行ってやれる訳がない。
下手な希望を与えるのは、絶望を与えるよりも残酷なのだから。
だってそうだろう?
「僕は、明日死ぬんだから」




