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君だけには笑っていて欲しくないんだ。

作者: のれん



「君にだけには笑っていて欲しくないんだ」



困った様に、笑いながら。

ひねくれ者の神山の口から出た言葉に、あたしは耳を貸ずにいた。



―――――――――――――


今日は誰とも話さなかった。

ただし、こればかりは毎度の事なので、日常と言えば至って日常的と言える。


さようならの声で一斉にばらけた高校生達は、何時もと全く同じ人間の元へ集まる。

まるで動物か何かの群れの様だ、あたしは思った。


「ねぇ。また、こっち見てるよ」

「何かさぁー見下されてるみたいなんだよねー」

「ムカつく」


女子達はあたしの方をチラチラ見ながら、潜めた声で喚き出す。

だが、その声は潜めていると到底言えない大きさだったので、声はあたしの耳まで優に届く。少しうるさい。


これは見下しているとか、そんな訳はないのだ。

どちらかと言えばそう、生き物観察を行っている様な、そんな気だ。


そうして訳を話す気もなく、あたしは一瞥してから教室を後にした。



今日は鞄を持って行かなかった。

何せ鞄の中に入っているものが丸で無いので、単に邪魔だと思ったのだ。

教師には注意されたが、無視した。

だから今は両手が空いている。

その左手で、ポケットの中をまさぐった。

確かなビニールの感触と、じゃら、と言う小銭の音が耳につく。財布は入っている。

金も少しは有るようだ。

確認した後、手をポケットから取り出す。

あたしにはこれだけあれば良い。

他には何も、だ。


家にはまだ戻りたくなかったから、夜までどうしていようか、と悩みながら東門を抜けた。

空は曇りかけてきている。



「今日も一人かい?」



かなり近めの後方から、声が聞こえた。

あたしはそれを丸きり知らぬ振りをし、足早に歩調を進める。

だが後ろから聞こえた声の主である者の歩調も、あたしのそれにぴったりと着いてきている。


「待ってくれよ、ねぇ」


またしても声が聞こえる。

あたしは何時もそれが不快で仕方がないのに、そいつの声はまた一段と明るく感じた。


「お腹がすいてるんだろう?」


ぴたり、あたしは足を止めた。

そして振り向いた。



「うるさい。」



するとやはり奴は嬉しそうに目を見開き、笑った顔を一層綻ばせる。

やっと気付いてくれたね、とでも言いたげだ。

それが私の嫌悪感を煽る行為だと言う事を、まだ一向にわかってはいない様子だった。


「やっぱりお腹が空いているんじゃないか」

「黙って」

「ハンバーガーは好きだったかい」

「こないで」

「サンドイッチならあるんだけど」

「うざったい」

「ああ、ツナ缶でよければ食べるかい?」

「あたしを何だと思ってんの。」


あたしがここまで罵っているにも関わらず、そいつは笑顔を浮かべながら話しかけてくる。

相変わらず、扱いに困る人間だった。


そんな彼の名は、神野と言う。


あたしが尋ねてなど言っていないのに、自ら名乗りをあげてきた。

いつも、下校時間になるとあたしの元に寄ってくる。

その意図は全く知れないが、余りにもしつこい為、毎日こうしてあしらっている。


神野とはクラスが同じだが、校内で口を聞く事は殆どと言って良い程無い。

何故なら、神山はクラスの中でも"人望の有る"人間だからだ。

だから、彼の元には何時も、誰かしら人が居る。頭はいいらしい。


それに比べあたしは"人が嫌い"な人間だ。

同じ歳の女子達がつるみあっていたり、人が沢山居る場所も、大嫌いだ。

当然、人間である自分も、嫌気が指すほど気に入らない。


神野が、ここまでも正反対な私にまとわりついてくるのかは何故なのかなんて、知るよしも無い。


「ほら、今日もお昼食べてなかっただろう」


神野は自分の鞄に手を伸ばし、中をごそごそとやり、サンドイッチを取り出した。

それを目の前に差し出すと、食べてよ、とでも言うように笑った。


あたしはその、レタスと玉子のサンドイッチを見て、す、と手を上げる。



「いらない」



そのまま掌で、神山の手の上のサンドイッチを叩き落とした。

ぱん、と言う音と共にそれは地面に落ち、叩き付けられて崩れ、塵や砂が付着した。

もう、食べれそうには無かった。


すると神野は一瞬驚く。

だが直ぐに何時ものにこやかな表情にもどる。

まるで、「笑う」表情しか知らんとでも言いたげだ。


「そうか、君は玉子が嫌いだっけ」


違う、と否定する行為事態が面倒臭いから、サンドイッチを拾う神山を無視し、あたしはその場を早足気味に逃げていった。


「待ってくれよ」


神野は着いて来た。

うざったい、そんな感情が心にたぎる。

ざ、と足を止めた。


「着いて来ないで」


あたしの足に合わせ、神野も立ち止まる。




「来たら殺すから」




再び歩き出したあたしの足に、神野が着いて来る気配は無かった。



―――――――――――――




いつから神野はあたしにまとわりつく様になったのだろうか。

いつだったのかは、全く思い出す事が出来ない。もう随分と前の事だからだろうか。

それにしても彼はいつもいつも、笑顔でやってくる。

怒りに震える表情や、嘆き悲しむ彼の姿を見たことが無いのだ。

変な奴、である。

そもそもあたしに声を掛け会話を成立させる事が出来る時点で神野は普通とは違うと確信している。


但しあたしは、あいつと居るのが嫌だし、あいつの事が嫌い。

それだけが今、明確に分かっている事実だ。


家に帰る気がしない為、暫く他で時間を潰す事にする。

あたしがこれから向かう先は決まっている。

不良学生や中年男が集まるゲームセンターは、煩くそして人が充満しているから近寄らない。

だからと言って住宅街の小綺麗な公園は、赤子連れの親や喧しい小学生で溢れているので寄る気になれない。


黙って歩調を進めると、目の前にやっと其が現れた。

のぼりの上がった建物。

色鮮やかなバルーンまであがっている。

子連れや若者、様々な人間が集う場所。

それは、デパートだった。

あたしはよくここに来る。

ただし、向かう場所は少々特殊であると言える。

建物の大部分であるショッピングモールには興味が無いのだ。


様々な人と人の間をすり抜けて上へ登る。

階段を使い上へ、上へ。


屋上手前の立入禁止テープを跨いでドアを開けた。


そこには、いつものあたしの空間が広がっていた。


錆び付いた金網と、焦げた様な鉄の臭い。

メダルで動く新幹線の乗り物は、汚れてとてもみすぼらしく見える。

動かないメリーゴーランドには、色褪せた白馬と、ペンキが禿げた馬車が並ぶ。



廃墟になった遊園地は、時が止まったかの様にあたしを待っていてくれる。



ずっと前、突然の火事でその半分程を黒く焦がしたデパートの屋上。

小規模な、遊園地と呼ぶのも癪なここは、以来、一度も使用される事もなく今に至っている。

立入禁止のテープを張られ、デパート内部の活気とは完全に切り離されてしまったかの様だ。

だから、この場所は何時だって変わった様子を見せはしない。


あたしはそれが大分好きだ。


すう、と空気の粒を吸い込めば、何かが焦げた香りが鼻を擽った。

良い決して良い匂いではないと思う。だが、嫌いではない。


金網に凭れ掛かり、あたしは目を閉じた。その時、あたしがこうして落ち着いていられるのはここだけだと確信する。



ひどく満ち足りた気分だった。



―――――――――――


あれから少し眠ってしまった様だ。

目が覚めた時にはもう空は濃い藍色に染まりかけ、もう夕方過ぎの時刻なのだと気づいた。

仕方無く、地面の砂をざりざりとやりながら自宅への足取りを進めている。

冬はもう随分近いらしく、くしゃみが幾つも出てきた。


ああ、家に戻りたくない。


そんな思考が浮かんだ。

何故なら家には奴がいるから。

あの、あたしが一番嫌いとする人間が。


汚いアパートの階段を登ると、さらに汚れたドアが目の前に立ち塞がる。

鍵は掛かっていない。ドアノブをガチャガチャとやれば、いかにも年季の入った、ギィと言う音がそこらに響く。

ふ、と溜め息を洩らして中に入る。


そこには勿論だが、居た。


酒瓶とビールの空缶に埋もれ、酒臭さと腐臭が混ざった異臭を放ちながら、汚いちゃぶ台に凭れ掛かる男。

ぶつぶつ呟く様は丸で精神に障害があるとしか考えられなかった。

顔をしかめたあたしは、直ぐにそれから目を反らす。見てはいけない物でも見てしまったかの様に。


そう、奴が自分の父親だというのは、変えがたい事実である。

そして考えたくない真実であるのだ。


母親は、あたしが7つの頃に娘と夫を捨てて去っていった。他の男と一緒になって。

それから父親は暴力こそ奮わなかったが、毎日酒に明け暮れ、上司は自分の力を認めてくれない能無しだと言っては貶した。

幼いあたしにまでそれを溢し聞かせ、更に酒に明け暮れた。

嫌だった。

そのうち父親は会社を辞めさせられて今に至る。


こんなの、よく在る話だ。


あたしはその場から逃げたしたくなる。

だがこの狭いLDKのアパートに、自分の部屋と言うものは存在しない。だからして、家に居る間はずっとこの、汚臭にまみれた部屋で、最低な人間と過ごさねばならないのだ。

それが嫌で、嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌でそろそろ死にたくなる程であった。


茶舞台に突っ伏していた父親突如体を起こし、うぐ、と言ってから汚物を吐き出す。

あたしはそれを、世の塵蟲でも眺めるように、冷たい目をして見ていた。



まだ秋だと言うのに、次から寒気がしてたまらなかった。




―――――――――――――



「なんであんたがいるの」


屋上で、あたしは叫んだ。

あの、以前は遊園地だった、デパートの屋上で。


放課後、家に帰る気が起きなかったため此処に向かった所、これである。

そろそろ嫌気が差すものだ。



「やぁ」



柵に寄りかかりながら、神野が片手を上げる。

軽い頭痛がした。


「何なの…」

「君に会いたくなったからさ」

「気持ち悪い」

「酷いなぁ」

「結構」


おかしいとは思ったのだ。

帰り道、何時もなら駆け寄ってくる彼の姿が、今日ばかりは現れなかったからである。


「ねえ」


先回りをして、ここに来ていたとは、正に呆れんばかりだと言える。


「なんで、ここを、」

「昨日も来ていただろう?」


呆れた。

昨日、神野はあの時のあたしに懲りもせず、後を着けて来ていたのだ。

間髪を入れずに答える、いかにも得意気に笑いかける彼の顔を眺めていると、怒りの感情さえ芽生えた。


「あたしに殺されたいの」


柵に凭れたまま、神野は少し驚いた様な表情を見せる。彼には珍しい、笑顔以外の顔。

だがそれは微妙にぎこちなく、まるで下手な役者が演技をしている様を見ている様であった。

だがまた何時もの笑みへと戻る。それはさっきまでのぎこちなさは嘘のように自然に笑うのだ。



「悪くないね」



細めた目の奥の、本当の感情を読み取るのは不可能とさえ思えた。

寒気の起こるような恐怖を覚える。


そんなはっきりしない思考の中で、明確な事実が一つ存在する。

あたしは神野が嫌いだと言う事だ。

どちらかと言えば、不気味だった。


彼はいつも笑顔で人に接し、笑っていた。

だかしかしその笑顔は、仮面であるのだ。

神野は本性を隠し、笑顔と呼ばれる仮面で自分の黒い部分全てを見せまいとしていた。

きっとそれを剥がしてでもしまえば、彼もあたしと同じなのかもしれない。


それが、不気味で仕方がなかったのだ。きっと。


「馬鹿みたい」


神野は凭れ掛けていた金網から離れた。

がしゃんと、金属の柵が音を立てる。


「ほら、僕は」


神野があたしに近づく。

ぴた、と足を止めた。




「君の事が好きだからさ」




にこ、と目を細めて囁く神野は、あたしより少し背が高い。

無条件であたしが見上げる形になる。



「知ってる」

「そうか」



人気の少ないここは、何時だって変わらない、あたしの空間だ。

一眠りしてから家に帰ろうと思考した。




――――――――――――




神野が、あたしの目の前に立っていた。


「お早う!」


笑顔で挨拶をしてから、そのまま前へ歩み寄る。あたしは後ずさる。


「気色が悪い顔ね」

「朝から酷いな」


此方だって、朝と言う極めて機嫌の悪い時間帯に、神野の顔面を拝む羽目になるのだら気持ちが悪くなる。

その明け透けな笑顔は、あたしにとって

気分を害する行為であると言うのに。


「その明け透けな笑顔が、あたしにとって気分を害する行為であるのよ」


神野はきょとんとした表情をし、またにこりと笑った。


「そうかもしれないね」

「分かっているなら止めれば良いのに」

「それは無理な話だ」


こいつは何を考えているのだろう。

本当の、仮面を剥いだ彼は一体どの様な表情をしているのだろうか。


「僕は臆病者だからね」

「そう」


あたしは神野の間をすり抜け、校舎へと向かった。

教室、と言う監禁所にも似た箱の元へ。


臆病者の神野も、それに慌てて着いてきた様だった。



―――――――――――――



変わらぬ日常程つまらぬ物はないと言っていたのは、たしか神野だったと思う。

それにあたしはろくな返事をしなかった気がする。



「筆記用具くらい出したらどうなんだ」



地理の時間。

あたしに取ってはどの時間であっても特に変わりはない。


「君はまともに授業を受ける気は無いのか?」


授業を受けず、ただ椅子に座っているだけだからである。

教師が自分の事を見下ろし、叱りつけている中で、あたしは机が固いから眠りにくい等と思考していた。


いきなりばん、と机を叩かれた。



「話を聞いているのか」



煩い。

取り敢えず、あたしの大嫌いな人間と言う生物が、あたしに話しかけてきているという事事態が嫌だった。

何処か遠い所で、あたしに関係のない人に説教でもしたら良いのに、と思う。


不意に頭を叩かれた。

くわり、と視界が揺れる。


「帰れ」


自分の髪があたしの顔にかかり、その隙間から教師の怒りに満ちた顔が見える。

どうやら、ちっとも話に耳を傾けないあたしに痺れを切らしたらしかった。


「お前の様な奴は、ここに居なくて良い」


クラスメート達の陰湿な、くすくすと言う笑い声が教室に響く。

堪らなく気分が悪かった。




「はい、」




あたしはそこで、今日初めて声を発してから教室を後にしたのだった。



―――――――――――



デパートはいつもの賑わい様だった。

カラフルなチラシやら菓子やらをそこらじゅうに飾り立てたここは、あたしには余りにも不似合いである。

笑顔の子供や、それに微笑む母親で溢れたこの場所に、あたしの様な不機嫌面を下げた女子高生が歩いているのだ。

無条件に浮いた様に見えるのは仕方がない。


だが、あそこは違う。

立入禁止のテープをまたぎ、鍵が壊れかけたドアを押し開ける。外の匂いが立ち込めた。


がぱ、と音がして、あたしは賑やかな空間から解放される。

鉄格子と、金属匂いのの充満した空気に包まれる。それを鼻から、肺へ吸い込んだ。

少し噎せそうになるが、心地よかった。


あたしの場所は、ここだ。


そう、確認して、辺りをぐるりと見渡す。

そして、色の褪せたメリーゴーランドの辺り見て、あたしは目を剥いた―――ではなく、至って自然に思った。

そして言った。




「なんであんたがいるのよ」




しかしこの問い掛けは、問い掛けの意味は込めていない。

あたしは確認するように、ゆっくりと。


こちらに近付いてくる影を真正面から眺めた。

いかにも楽しそうに声色を弾ませながら。



「僕がさぼりを犯すなんて珍しいだろう?」




神野が、いた。

予想こそてしていなかったが、そこに居ることが当然かの様にあたしは思えた。

その証拠に、あたしはちっとも驚かなかったのだ。


「いや、またここに来てみたくなったんだ。いきなりだよ。教師には身体の具合が悪いと言ってね。直ぐここに向かったさ。」


まるで武勇伝でも語るかの様に目を輝かせている。相変わらず分からない奴だった。

饒舌に語ってから、今度はあたしに問いかけた。


「君もここが好きだろう?」


あたしは頷かずに、ただ神野を見た。

それなのに、彼は「そうか」と勝手に納得した。


神野は、屋上の縁に立った。

フェンスが無いので、もう少し傾けば地上へ落ちる。

強い風でも吹けばいい、不意にあたしはそう思った。



「何で私に構うの?」



ずっと、出会った当初から疑問に思っていた事を彼にぶつけた。

それは、あたしが神野にした初めての質問だった。


「何故って」







「君にだけは笑っていて欲しくないんだ」





そして、神野も初めて「笑顔」意外の表情を見せた。

するりと抜けるようにいつもの笑顔は消え、無表情の、丁度あたしのような顔を露にしてみせた。

屋上の縁に、彫刻の様に静かな瞳で突っ立っている。


「君の笑顔意外の顔が好きだから。嘘のない、仮面なんてはなから存在していない君の表情が世界で一番好きだからね、僕は」


神野は続ける。


「少なくとも、僕が君の近くに居るとき君は、笑顔にはならないだろう?」


















ドンッ

















神野は、最後に笑顔を見せた。

いつもの完璧な笑顔だ。彼の背中を押した瞬間、驚いた顔すら見せなかった。いつもあたしを不快にさせる、いやな顔だ。

屋上から突き飛ばされた神野は笑顔のまま、やがて地面に落ちた。


あたしは屋上を後にした。

下の方から悲鳴が聞こえた。




――――――――――――――




次の日、クラス内では神野の話が飛び交っていた。遺書が見つかっていない事から、他殺の可能性もあるという噂が、休み時間始終聞こえた。

クラスメイトは、神野の死を哀れむと同時に、その状況に興奮している様だった。


『でも神野くんって自殺しそうな感じしなかったよねー』

『そうだよね、…じゃあやっぱ殺人事件!?』

『やだーチョーこわいー』


あたしはそんな話題たちを、机に突っ伏しながら聞いている。

神野の背中を押した時の感覚がまだ残っていた。



――――――――――



デパートの屋上も、今日は鍵が掛かり実質本当の「立ち入り禁止」となった。

仕方なく今日はまっすぐに、家に帰る事にする。帰り道、ずっと神野の事を考えた。


『君にだけは笑っていて欲しくないんだ』


不意に彼のその言葉を思い出した。そういえば、あたしが初めて神野に会った時も、同じ事を言われた気がする。

はっとなり、あたしは直後口を開いた。




「あははははははははははははははは」




それは、十数年振りに聞く自分の笑った声だった。

甲高い、笑い声が辺りに響き渡る。

口を開けて笑ったまま、昨日の事を思い出した。

昨日あたしに笑って欲しくないと言った神野は、無表情で私に訴えかけていたのだ。

「君に殺されたいんだ」と。

その虚ろな目は確かにあたしにそう語りかけていた。

初めてあたしが、神野の為に何かをしてやったのだ。きっと喜んだことだろう。


神野はあたしの笑った顔が嫌だと言った。だから、思い切り笑ってやっている。



「あははははははははははははははは」



愉快な気分だった。

とてつもなく良い気分だった。


しかし、さっきから目から溢れてくる水は一体なんなのか。あたしには知るよしもなかった。





END



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