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「私たち、付き合ってることにしない?」と、転校初日に学校一の美少女に頼まれました

作者: モーヒアス
掲載日:2026/09/02

 俺が通う高校は、山と田んぼに囲まれた、どこにでもある田舎の県立高校だ。

 全校生徒は三百人にも届かない。

 一学年は三クラス。

 誰が誰と付き合って、誰が別れたかなんて、下手をすれば本人たちだけじゃなくクラス中が知っている。

 そんな平和で代わり映えのない学校に、その日一人の転校生がやって来た。


「今日からこのクラスに転校してきた、天宮美月(あまみやみづき)さんだ」


 担任の紹介に合わせて、教室の前に立った女子生徒を見た瞬間。

 教室が、ほんの少しだけ静かになった。


 長い黒髪。

 透き通るような白い肌。

 大きな瞳に整った顔立ち。


 田舎の高校には似つかわしくない、という表現がぴったりだった。


「天宮美月です。よろしくお願いします」


 それだけ。

 たったそれだけの自己紹介だったのに、男子たちの空気が変わったのが分かった。

 昼休みになる頃には、すでに彼女の周りには人だかりができていた。


「前の学校って東京だったんだよな?」

「どの辺?」

「部活とかやってた?」

「連絡先交換しない?」


 次々に話しかけられる美月を、俺は自分の席から眺めていた。

 大変そうだな、とは思った。

 でも、それだけだった。

 どうせ俺には関係のない話だ。


 美人が転校してきた。

 男子が浮かれる。

 しばらくすれば、そのうち誰かが告白する。


 それだけだと思っていた。

 放課後、俺が彼女を見つけるまでは。




 その日、部活に入っていない俺はいつものように校舎裏の自販機でジュースを買おうとしていた。

 すると、普段なら誰もいないはずの場所に、人影があった。


 転校生の天宮美月。


 彼女は校舎の壁にもたれかかり、遠くに広がる田んぼを眺めていた。夕方の風が、長い髪を揺らしている。たったそれだけでまるで映画のワンシーンのようだった。

 教室ではずっと笑っていたのに、今はまるで別人。

 どこか、ひどく疲れているように見えた。


「……大丈夫か?」


 思わず声をかけると、美月が振り返った。

 そして……


 彼女の時間が止まった。


 そうとしか思えなかった。

 彼女は、俺を見たまま動かない。

 目を見開いていた。

 まるで、目の前にいる俺があり得ないものだったかのように。


「……おい?大丈夫か?」


 返事はない。


「おーーい!?」


 少し強めに言うと、美月の肩が跳ねた。


「あ……ごめん」

「大丈夫か?なんだかしんどそうだけど?」

「うん、大丈夫」


 そう答えたけれど、明らかに大丈夫ではなさそうだった。

 美月はしばらく俺の顔を見ていた。

 そして、困ったように笑った。


「ちょっと、びっくりしただけ」

「俺、そんな変な顔してる?」

「ううん」

「じゃあ何だよ」

「……なんでもない」


 その言い方が妙に引っかかった。

 けれど、転校初日の女子にそれ以上踏み込むほど、俺は距離感の分からない人間ではない。


「そっか」


 それだけ言って、自販機に向かう。

 ジュースを買い、振り返ると、美月はまだ俺を見ていた。

 その目が、なぜか少しだけ泣きそうだった。




 翌日。

 俺は美月に呼び出された。

 放課後の教室。

 すでに他の生徒はいない。


「何?」


 そう尋ねると、美月は少しだけ迷ったあと、俺を見上げた。


「朝倉くん」

「ん?」

「あのー……。ちょっと相談なんだけど……」


 あー、これはあれだ。

 告白とかではない。

 俺も男だ。告白でもないことに無駄な時間は使いたくない。さっさと用件を聞いておこう。


「何?単刀直入にお願い」

「じゃあ言うね。……私たち、付き合ってることにしない?」

「……は?」


 意味が分からなかった。

 昨日会ったばかりだ。いや、会ったのはもっと前だが話したのは昨日が初めてだ。クラスは同じでも、まともに顔すら合わせていない。

 もちろん会話らしい会話もしていない。

 そして相手は、転校初日に男子たちの人気を独占した学校一の美少女。


「いや、待て待て。何の話?」

「そのままの意味」

「え?なんで?」


 すると美月は、盛大にため息をついた。


「今日だけで三人に告白された」

「ははっ、モテるな」

「笑い事じゃないよ」

「いや、俺に言われても」

「このままだと毎日こんな感じになりそう」


 確かに、今日も彼女は休み時間のたびに誰かに話しかけられていた。

 廊下を歩けば視線を集める。

 昼休みには、他のクラスの男子まで……もちろん他学年の連中も様子を見に来ていた。


「だから彼氏がいることにしたいの」

「それで俺?」

「うん」

「なんで?」


 本当に心当たりも、何もないせいで俺は率直に聞いた。


「もっといるだろ。彼氏役に向いてそうなやつ」

「例えば?」

「サッカー部のエースとか」

「嫌」

「なんで」

「余計に目立つし女子人気が高いやつは女子の標的にされる」

「女子ってめんどくせぇな。じゃあ、生徒会長」

「もっと嫌」

「人気者だぞ」

「だから嫌だって。バレたら余計に標的にされる」


 俺は少し考えた。


「じゃあ俺はなんで?今のところ遠回しにディスられてる気分だけど」


 美月は一瞬黙った。

 そして、俺の顔を見た。

 昨日と同じだった。

 まるで何かを探すように。


「そういう意味じゃないの。気を悪くしたならごめん。朝倉くんが、一番安心できそうだったから」

「それは……褒められてる?無害そうってこと?」

「たぶん」

「たぶん?」


 美月は笑った。

 初めて見た、自然な笑顔だった。


「自分でもおかしい事を言ってるのは分かってる。でもお願い。彼氏のふりして」

「俺にメリットは?」

「私と一緒にいられる?」

「自分で言う?」

「だって美人でしょ」

「自覚あるんだな」

「そりゃあるよ」


 即答だった。

 俺は思わず笑ってしまった。

 そして、そのまま。


「……まあ、いいけど」

「ありがと!よし、じゃあ私のことは美月って呼んでね!私は和也(かずや)って呼ぶからさ?」

「ああ……」

「じゃあ連絡先教えて!明日からのことまた連絡するから」


 それが始まりだった。





 翌日から、美月は俺の隣にいるようになった。

 朝は途中のコンビニで待ち合わせて、一緒に登校する。

 昼休みは一緒に弁当を食べる。

 放課後は一緒に帰る。

 俺たちが付き合っているという話は、驚くほど早く学校中に広まった。


「なんで朝倉なんだよ」

「いつの間に?」

「マジで?」

「おい、詳しく聞かせてくれ」


 男子たちの視線は痛かった。

 正直、最初の数日はかなり居心地が悪かった。

 けれど、その一方で美月は明らかに楽そうだった。


「告白されなくなった?」

「だいぶ減った」

「よかったじゃん、ってか減った!?無くなったじゃなくて?」

「うん。でも助かった。和也、便利」

「それ、彼氏に言う言葉じゃないだろ」

「偽装彼氏だから」

「ま、それもそうか」


 そんなやり取りをしているうちに、俺たちは少しずつ普通に話すようになった。

 美月は、見た目から想像するような完璧な女の子ではなかった。


 虫を見ると本気で逃げる。

 炭酸が飲めない。

 方向音痴で、学校から駅までの道を覚えるのに三日かかった。

 ホラー映画を見ると、その日の夜に一人でトイレへ行けなくなる。

 鳩が苦手。


「それ、誰にも言わないでね」

「なんで」

「私のイメージが崩れるから」

「学校一の美少女にもイメージってあるんだな」

「あるよ」

「ちょうちょで悲鳴上げてたけど」

「言ーわーなーいーでー」


 美月は、よく笑った。

 最初は、男子たちに囲まれながら愛想よく笑っているだけだった。

 けれど俺と二人でいる時の彼女は、もっと適当だった。


 よく怒るし。

 よく拗ねるし。

 くだらないことで笑った。

 そして俺も。

 いつの間にか、美月といる時間を楽しみにしていた。


 ただ、時々。

 彼女は俺を不思議そうに見ていた。

 俺が何かをしたわけでもない。

 ただ笑った時。

 何気なく手を伸ばした時。

 夕方、隣を歩いている時。

 そんな時、美月は急に黙って俺を見る。


「何?」

「……ううん」

「またそれか」

「何でもない」


 最初は気になった。

 でも、そのうち慣れた。

 美月には美月なりの事情があるのだろう。あまり偽装彼氏の分際で踏み込みすぎるのは良くない。

 そう思っていた。


 夏休みが近づく頃、俺は美月の未来の話をするようになった。


「卒業したらどうする?」

「どうだろうね」

「大学は?」

「考えてない」

「東京に戻るのか?」

「……戻れたらいいねー」


 その答えが、妙に引っかかった。


「戻れたら?」

「うん」

「帰りたいんじゃないの?」

「別に」


 美月は窓の外を見た。


「ここ、嫌いじゃないよ。それに遠距離恋愛はあんまりねー」

「いや、いつまで続けるつもりだよ」

「もう、そんな先のことよりも、私は今が大事なの」

「ふーん」


 校庭の向こうには田んぼがある。

 さらにその向こうには山。

 都会から来た彼女にとっては、退屈で仕方ない場所だと思っていた。


「こんなとこずっといても何もないけどな」

「だからいいんじゃない?」

「それ褒めてるの?」

「え?褒めてるよ?」


 その日、美月は少しだけ笑った。

 けれどその直後、ひどく咳き込んだ。


「大丈夫か?」

「うん、大丈夫」

「なんなすごい咳だったぞ?病院行った方が……」

「大丈夫だって」


 少し強い口調だった。

 何故か俺はそれ以上、聞くことができなかった。




 美月は時々学校を休んだ。

 理由を聞くと、病院だと言う。


「どこかすごく悪いのか?」

「昔からちょっとね。体弱いの、私」

「大丈夫なのか?」

「大丈夫じゃなかったら学校に来てないよー」


 そして。


「今はね」

「なんだそれ」


 美月はそう付け加えていた。

 俺はその意味を深く考えなかった。

 夏休みが始まる。

 俺たちは、ほとんど毎日のように会った。


 田んぼ道を自転車で走った。

 川辺でアイスを食べた。

 夕立に降られて、コンビニの軒下で雨宿りをした。


 本当に大したこともない普通の休日だった。

 けれど美月は楽しそうだった。


「こんな何もない場所で大したことも無く、本当に毎日普通で良いのか?」

「何もないからいいんだよ」

「よく分からん。今時の女子ってお洒落なカフェとかに行きたいものだと思ってた」

「和也はずっとここに住んでるから、ここの魅力が分かってないだけだよ」

「そんなもんか?」

「ずっとここにいる人には分からないこともあるの」

「分かったようなこと言うな」

「分かってるから」


 美月は笑った。

 その笑顔を見るたびに、胸の奥が少し苦しくなる。

 いつからだろう。

 俺はもう、美月を偽装彼女だと思っていなかった。

 もちろん、口ではそう言っていた。

 でも朝、彼女から連絡が来ると嬉しかった。

 学校を休むと気になったし、誰かが美月のことを可愛いと言っていると、なぜか腹が立った。


 そして夏休みの終わり。

 町の花火大会の日。

 俺は、美月に会った瞬間、本当に言葉を失った。


 淡い色の浴衣。

 いつもと違う髪型。


「……何よ?」


 美月が少し不安そうに聞く。


「いや」

「変……かな?」

「違う」

「じゃあ?」


 美月はニヤニヤしながら俺に聞いてくる。

 俺は少し迷って。


「可愛いよ。その浴衣」


 と言った。

 美月はしばらく俺を見ていた。


「そこは浴衣じゃなくて浴衣『姿』の私を褒めるところでしょ?」

「もう良いって、行こうぜ」

「それだけ?」

「じゃあ何て言えばいいんだよ」

「せっかく一生懸命可愛くしたんだから、もっと褒めて!」

「……すごく似合ってる。可愛いし綺麗だ」


 すると美月は、満足そうに笑った。


「よろしい」

「勘弁してくれ。俺、今顔赤いよな」

「うん、すっごく」


 その笑顔を見て俺は思った。


 今日。


 言おう。


 偽装恋人を終わらせよう。


 そして。


 ちゃんと好きだと言おう。




 花火が上がる。

 夜空に大きな光が咲いた。

 隣で、美月が空を見上げている。

 人混みの中で、何度も手が触れそうになった。

 けれど、最後まで繋がなかった。いや、緊張で繋ぐことが出来なかった。


「ねえ、和也?」

「ん?」

「私と出会えて、よかった?」


 突然の質問だった。


「何だよ、それ」

「いいから」


 俺は少し笑った。


「……よかったよ」


 すると美月はほんの少しだけ、泣きそうな顔をした。


「そっか」

「なんでそんなこと聞くんだよ」

「なんとなく」

「美月は?」


 美月は少しだけ黙った。

 花火が夜空で弾ける。

 その音に紛れるくらいの小さな声で。


「私も」


 そう言った。

 花火大会が終わる。




 帰り道。

 俺は何度も、今言おうと思った。


 美月。

 俺はお前のことが好きだ。

 偽装じゃなく。

 本当に。


 でも、別れる場所まで来ても……言えなかった。

 美月が俺を見ていた。

 何かを言いたそうだった。


「……どうした?」

「ううん」

「何?」

「何でもない」


 そして。


「じゃあね」


 とだけ言った。

 いつもなら。


「また明日」


 と言う。

 でもその日、美月は言わなかった。

 俺は少し気になった。

 けれど。


「おう。またな」


 とだけ答えた。

 それが美月を見た最後だった。


 夏休みが終わって、新学期が始まった。

 美月は学校に来なかった。

 最初は、病院だと思った。

 翌日も。

 その翌日も。

 美月は来ない。


 メッセージを送った。

 既読にならない。

 電話をした。

 繋がらない。

 嫌な予感がした。


 でも、そんなことを考える自分が嫌だった。

 そして数日後。

 担任が教室で言った。


「天宮さんのことなんだが」


 先生の顔を見た瞬間。

 俺は、分かった気がした。

 分かりたくなかった。


「……昨日の夜中に、亡くなりました」


 何を言われたのか。

 最初、理解できなかった。


 夏休み中。

 俺たちは毎日のように会っていた。


 一緒に笑っていた。

 花火を見た。

 ほんの少し前まで。


 確かに俺の隣にいた。

 なのに……もういない。

 美月の机の中は、いつの間にか空っぽになっていた。

 まるで、最初から彼女なんていなかったみたいだった。


 けれど俺のスマホには、美月とのやり取りが残っていた。

 最後のメッセージは、花火大会の日。

 俺が送った。


『家着いた?』


『着いたよ』


 そう返ってきている。

 俺はその後。


『今日は楽しかった。また学校でな』


 と送った。

 そこから返信はなかった。

 ずっとそれが気になっていた。


 ある日、俺の家に一通の手紙が届いた。

 差出人は天宮美月。

 俺は震える手で封を開けた。


『和也へ』


 見慣れた文字だ。丸みのある美月の字。


『最初に和也を見た時。本当に、時間が止まったみたいだった』


 俺は、初めて声をかけた日のことを思い出す。


『ごめんね。最初の私は、和也のことをちゃんと見ていませんでした』

『和也の向こうに、もう会えない人を見ていました』


 手紙には、美月の幼なじみのことが書かれていた。

 この町で生まれ。

 この町で育った。

 小さい頃から、ずっと一緒だった男の子。


 美月が都会へ引っ越した後も、時々帰ってきては一緒に遊んだ。


 そして中学生の時。

 彼は事故で亡くなった。


『和也は、その人にあまりにも似ていました』

『横顔も。笑った時の目も。何かを見つけた時に、少しだけ口を開ける癖も』

『だから最初に見た時。もう会えないはずの人が、目の前にいるんじゃないかと思いました』


 あの時、校舎裏で俺を見た美月の顔。

 時間が止まったように動かなかった。


『だから、和也のそばにいたかった』

『それだけでした』

『男子に言い寄られて困ってるなんて、半分くらい嘘です』


 思わず笑いそうになった。


「半分は本当なのかよ」


 こんな時なのに。


『本当は、和也に近づく理由が欲しかっただけ』

『でも、似ていると思ったのは最初だけでした』

『和也は、あの人と全然違いました』

『あの人は、私が迷っていたら勝手に手を引っ張っていく人でした』

『でも和也は、私が立ち止まると待ってくれる』

『あの人は、私が泣いていても笑わせようとする人でした』

『でも和也は、何も聞かずに隣にいてくれる』

『最初は、その違いが寂しかった』

『でも、いつの間にか違うことが嬉しくなっていました』


 文字が少しだけ滲んでいた。

 書いた時に、涙が落ちたのかもしれない。


『もういない人と比べてしまって本当にごめんなさい。でも気づいたら……もう、あの人に会いたいと思うより』

『和也に会いたいと思う方が、ずっと強くなっていました』


 そこで俺の視界が滲んだ。


『私、和也のことが好きでした』

『たぶん……和也が思っているより、ずっと』


 俺は手紙を握りしめた。

 続きを読むのが怖かった。

 でも、読まなければならない気がした。


『だから、本当に付き合うことはできませんでした』

『和也のことが好きだったから……』

『って和也にその気が無かったらごめんね』

『もしお互いに、本気で好きになってしまってたら。私がいなくなった後、和也に大きな傷を残してしまうと思ったから』


 美月はずっと病気だったらしい。

 転校してきた時には、もう残された時間が長くないことを知っていたようだった。

 都会で治療を続けるのではなく、最後に大好きは幼なじみと過ごしたこの町へ戻ってきた。

 ただそこで俺を見つけた。


『最初は、最後にもう一度だけ、あの人のことを思い出せたらいいと思っていました』

『でも和也と出会ってしまった』

『それで……生きたいって思ってしまいました』


 その一文を読んだ瞬間。

 俺の目から悲しみが溢れた。


 もし、俺がもっと早く気づいていたら。

 もし、俺がもっと早く告白していたら。

 もっと何かできたのではないか。


 花火大会の日。

 引き止めていたら。

 好きだと言っていたら。


 でも手紙には、その答えまで書かれていた。


『あの日、花火大会で「私と会えてよかった?」って聞いたの、覚えてる?』

『あれはね、和也が私と会ったことを後悔しないか、怖かったからです』

『和也が「よかったよ」って言ってくれた時、本当に嬉しかった』

『だから、あれでよかったんです』


「ううぅぅっっっ……!!!」


 よくない。

 全然よくない。

 あれは……俺が臆病だったんだ……。

 もしかしたらこの夏でこの関係が終わってしまうかも、そしたら、そしたら……どうしても言えなかった。

 

『それから最後に「また学校でな」ってメッセージをくれたよね』

『返信できなくてごめんなさい。でもあれ、すごく嬉しかったよ』


 美月は、返信できなかったわけではない。

 したくなかったわけでもない。

 ただできなかった。

 お互い勇気を出せなかった。

 ただ、それだけだった。


 手紙の最後。

 そこには。


『和也?私はあなたと出会えて本当に良かったよ?』

『誰かを好きになるってこんな素敵なことだとは思わなかった』

『私は最初、後悔していました』

『だって、もう誰かを好きになるつもりなんてなかったから』

『また失うのが怖かったから』

『でも和也に会えてよかった』

『和也を好きになれてよかった』

『だから、ありがとう』

『私の、最後の恋人になってくれて』


 俺は、手紙を胸に抱えた。

 俺たちは、一度も本当の恋人にならなかった。

 告白もしていない。

 手を繋いだこともない。

 キスだってしていない。

 ただ。


「付き合ってることにしよう」


 その一言から始まった。




 一年後。

 俺は一人で、あの花火大会へ行った。

 去年と同じ川沿い。

 同じ場所。

 同じように、人が歩いている。


 頬を伝う汗。

 屋台から立ち昇るソースの匂い。

 子供たちの声。

 遠くから聞こえる祭囃子。


 何も変わっていない。

 俺だけが、去年とは違っているような……そんな感覚だった。


 夜空に、一つ目の花火が上がる。

 俺は、誰もいない隣を見た。


「……会えてよかったよ」


 去年、美月に聞かれた質問。

 あの時は、少し照れくさくてぶっきらぼうに答えた。

 今ならもっとちゃんと言える。


「本当に」


 花火が、夜空いっぱいに咲いた。


「会えてよかった」


 返事はない。

 もうどこにもいない。

 それでも夏の夜の風が、頬を撫でた。


 俺たちは最初から偽物だった。

 恋人のふりをして嘘をついて……本当の気持ちは、最後まで言えなかった。


 それでもあの夏。


 俺は確かに、人生で初めて一人の女の子を、心の底から好きになった。


 そしてきっと彼女も、最後には俺のことを……。


 幼なじみの彼ではなく、朝倉和也として好きになってくれた。


 空にまた一つ。


 大きな花火が咲いた。

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