9話「ハルデアの想い」
Side:ハルデア
最初の花はすぐに枯れてしまった。
瞬く間に枯れていく様は……急ぎ足で、何だかとても悲しく感じた。
『まるで消えるように枯れる。
そう、望まれているみたい』
そんなこと、わたしは望んでいない。
だから色々と試した。
土いじりをする令嬢なんて、周りからは奇異の目で見られたけど。
もう一度、咲いてほしくて。
そして長く私の傍にいてほしくて。
宮殿の庭師さんに父が話を通してくれて、色々と聞いていた。
そして、偶然お見かけた殿下は、時折回廊で立ち止まり花を愛でておられた。
そして偶然聞いた。
この庭のどこかに、あの方の秘密の場所がある。
知りたい……どうやったら知れるのだろう。
そんな思いを抱いていたからだろうか。
花は散るためではなく、
わたしのために咲いてくれた。
薄暗い温室。
既に維持できるほどの財はこの家には残っていない。
明り取りの蝋燭を手に、温室の隅の花壇の傍に屈みこむ。
こんもりとした庭木、そこにはもう一つしか蕾が残っていない。
本来なら小さな花を幾つも咲かせるのに。
何時からか、一つの大きな蕾をつけるようになった。
つい先日、開けかけた花を切り花にした。
そして封書と共に宮殿に届けたのだ。
本当ならあともう少し後に花開き、私の元へと戻ってくるはずだった。
美しい花に誘われて、
あの方が私の元に来てくださる。
きっと。
必ず。
そうなるはずだった。
「そうよね…殿下はご多忙な方。あの方に…来て頂こうなんて」
私はなんて贅沢な事を思ったの。
初心にかえる。
「お願い、…わたしをあの方の元に――連れて行って」
ふんわりと仄かな光が舞う。
その様子にハルデアはキラキラと瞳を輝かせた。
少し力が抜ける、何だか体調が悪い…?
……でもあの方の為なら、耐えられる。
光を薄く通す薄い花びら、仄かな明かりに照らされ
その奥も照らし出す。
八重に重なる花弁の奥に、
もう一つ、違う形の花がある。
まるで二つの花が、
寄り添うように咲いているみたい。
それは、きっと私が願う未来の――
殿下とわたし。
***夕暮れの庭園
そこにたどり着くまでに、幾つもの警護、すれ違う人々をすり抜ける。
足取りに迷いがない。
スカートの裾が木々や草むらで葉がすれて、汚れても気にしない。
花が教えてくれる道筋、もう迷わない。
夕暮れが広がっていく。
影が伸びる。
ハルデアは駆け足の歩を緩め、立ち止まった。
生垣には美しい花が咲き乱れている、春の花だ。
穏やかな風がふいている。
少し乱れてしまった髪を、手櫛で整え息を――整える。
真っ直ぐに視線を向けた先に、その方がいる。
周りに人はいない。
ああ、ようやく、辿り着いたここが、きっと『殿下の秘密の庭』なのだ。
期待に胸が高鳴り、息も切れ。
どさりと、足元が崩れた。
力が抜けてしまった、困惑したが、気を取り直す。
お優しい方だから、…きっと、この後―――
庭柱の影の中に、追い求めた姿が確かにある。
ふわりとした金の髪が赤くそまり、春風にそよぐ。
鮮やかな蒼穹の瞳、その中には金の光が煌めいて…、
目が、視線が絡みあえば、それまでの熱が、
急激に冷えていった。
春先の冷たい風を思わせる姿。
石柱の影が、蒼穹とその奥の金色の光を陰らせている。
動かない、ただこちらを見つめ返している、ただそれは――まるで、何の価値もないモノを見るような。
夕暮れの空が、―――血のように赤く感じられる。
ハルデアが知っている『春風の殿下』とは違う存在がそこにいる。
恐怖で、硬直した彼女の近く、
不意にがさっと、大きく葉が揺れる。
生垣の影から飛び出してハルデアの前へと躍り出る。
「ようやく姿を現したわね!この、……!
お兄様を追いかけるなんて、趣味が悪いわよ」
ストーカー呼びをかろうじて耐えたユノが
冷たい風など吹き飛ばす勢いの熱をまとい、現れた。
***少し前
「殿下、令嬢がタウンハウスより出られ宮殿に向かわれているようです」
執務室にて書類に目を通すシリウスの元に政務官の男が告げる。
年齢は20代後半、帝国貴族ではなく属国王領出身の男だ。
優秀で、シリウスが皇太子と内定した折に引き入れた。
そして傍にいる護衛騎士はシリウスよりは3つほど年上の男だ。
カイルからの紹介であり、腕もたつ、それなりに付き合いが長い。
信頼している二人だが、破天荒なところがあるユノがいる場にはまだ呼ぶ気にはなれないでいた。
「ユノは?」
「東棟内を散策されております、呼び戻されますか?」
「……そうだな、カイルに知らせを。侍従長」
「はい、殿下」
決裁された書類を政務官の男が纏めている。
侍従長が手にした上着を着こむ。
「お気をつけて。シリウス様」
「爺、安心しろ。優秀な腹心に、可愛い妹……それに頼もしい幼馴染もいるからな」
シリウスは軽く笑いながら、己が親しむ、小さな隠された庭へ”囮役”を務めに部屋を出た。
「あの回廊を迷わず真っ直ぐにこちらに向かっております」
「……早いな、面白い、こんな真似ができるとは……」
腰を下ろし、日が暮れる空を眺めていたシリウスは立ち上がる。
腹心を下がる様に手で制して。
ハルデアが来るだろう方角へ、目を向ける。
はちみつ色の髪―――、淡い色のワンピースドレス。
侯爵家の令嬢にしては質素すぎるが、大切にしているのだろことは目に見えて分かる。
その傍らに、不思議な光が見えた。
――――アレか。
ふわりとゆれている。
空を泳ぐように。
薄く赤い夕暮れの色が透ける花びら、
確かに美しい。
膝をついた令嬢からの視線が、熱を帯びたものから困惑と恐怖の色へと
変わるのを肌で感じ取る。
私を付け回していた癖に、その程度か。
シリウスは若干の期待外れ感を抱きながら、ただ、佇んでいた。




