8話「秘密の小庭」
宮廷サロンから兄の執務室がある東棟へとゆっくりと散策する。
傍らには護衛騎士オスカー、侍女ヴィオラの二人だけ。
他はすでに深窓へと戻っている。
いつもより格式高い装いをそのままだが、
人が減るだけでユノは一息付けた。
「静かでいいわ」
外回廊から見る景色は――庭木や装飾の像などが見える。
中庭のような場所だ。
「この辺りはもうシリウス殿下の執務室がある東棟に入ります。散策路として整備されているのでしょう」
オスカーの言葉に頷く、視線を上げれば近くの壁が東棟と呼ばれる建物だ。
続けて侍女ヴィオラが習いたての知識を披露してくる。
「東棟は皇太子さまのための建物だと聞いています。でも暫くは封じられていて最近ようやく使われ始めたのですよね」
「あら、ヴィーもそういう事を教わるのね」
2歳上なのにどこか年下感のある侍女を、ユノは気に入っていた。
護衛騎士のオスカーが少しだけ顔に出ているが、ぐと口を噤んでいる。
年齢は40歳代、父である皇帝と同年代だ。
父は、皇太子を経ずに皇帝になっている。
(思ったより不穏な時代だったのよね……)
まだ10数年前の話だが、この宮殿はそのころ荒廃一歩手前だったという。
だが今は―――静かな庭が広がっている。
枯れた庭木も視線も感じないまま、ユノはその庭を通り過ぎる。
***第一皇子執務室
「よし、侯爵令嬢をしょっ引きましょう!」
「……大変お美しいですよ、ユノ様」
「そう?カイルありがとう。もう、とっても大変だったのよ」
準備が、と言外に含ませつつ扇で口元を覆う。
オスカーとヴィオラは控えの間に入る、オスカーは少し兄の護衛騎士達とお話もするのだろう。
ヴィオラも兄付きの侍女たちとおしゃべりをしている。
この辺りは兄の提案もあり、情報共有しているようだ……
怖い、私の生活全て筒抜けなのでは思ったが…
悪いことしてないし!いいよね。
と開き直っている。
いつもとは少し装いが異なるユノの姿にカイルが褒めてくれる。
くるりんと回転していると、侍従長がううん、とか喉を詰まらせるような音を鳴すが気にしない。
「さすがは我が妹、よく化けたな」
「これが素です」
扇を口元に添えほほほと微笑む。
何言ってるの素よ、これが素!
ははは、と感情の籠らない笑みでシリウスが答える。
二人の様子にカイルが、小さく息をついている。
「ユノ様、お茶をお入れいたしましょう。本日もこのあとシリウス殿下には決裁書類がたんまりございますので」
ほほほほ!!ユノの笑いが少し高まった。
ふかふかソファにユノが腰を下ろす、向かいには兄。
傍らにはカイル、そして奥には侍従長が佇んでいた。
一口紅茶を飲み、ユノは急遽行くことになった宮廷サロンでのおしゃべりを話す。
「厳密にはあの花は違うものね、でも似ている。…恐らく改良版の方が令嬢が送って来た花で。
ただみんな噂程度で存在しているが見た事ないか、手に入らないか――。
令嬢が手元で育てていて、流通はしていないのかも」
「命を吸う花など売っていると知れたら侯爵家は没落どころの話ではない」
命を糧に願いをかなえる花が誕生するというなら、それは価値が付くだろう。
だが、宮廷としては――見逃せない案件になる。
思ったよりすごいヤバイ…市井に流通している花このままにはしておけないだろう。
「消えてなくなるなんて、………よくそんな花、サロンに持ち込んだわよね」
掃除いらずと笑っていた貴婦人たちの言葉をユノは吃驚よと告げれば、シリウスは苦笑いを浮かべる
「サロンの花は、しばし観察させよう」
侍従長に兄が指示を出していた。
宮廷サロンの話を聞き終えると、次はカイルが口を開く。
特に東棟に務めている者たちの間や、庭師などそれぞれに世間話をするように聞いてきたようだった。
「亡霊のように歩いている女性がいた、と言って東棟に務める者たちの間で騒ぎになりかけています」
にわかに、彼女の目撃情報が増えているとカイルが言う。
様々な人間が出入りする帝国の中枢でもある場所だ、それなりに人の目がある。
見かける場所は、やはりこの近くだった。
「昨日から、というと…書庫を極寒にした時から?」
ユノの言葉に兄とカイルが頷く。
「庭木が枯れる現象は、本日はなかったようです」
「視線もなくなった、そして次は令嬢がご登場ときたか」
「東の庭園回廊だったわよね、静かでいいところだったわ」
「あの回廊の先から少し外れると、生垣に囲まれたところがある。僕の、ちょっとした庭だよ」
「特にあの辺りは分かりにくく作られています、敵をかく乱させるためという説もある場所ですね」
「――僕が通った正解ルートを辿って草木が枯れている。偶然ではない」
シリウス皇子を追いかけている何かは亡霊でも令嬢自身でもない、
―――得体の知れない『花』
ホラーかな。
「先日――風の書庫で見つけた宝玉ですが、似たモノが宮殿内で落とし物として届けられていました」
「え!?」
「姫様と見つけたものとは、色味も少し薄いですね。何か衣装か装飾の一部が落ちてしまったのではと思われていたようです。こちらがその一つですが、…触っても大丈夫です」
目の前に、小さな宝玉が乗せたトレイが置かれる。
恐る恐る、一つを持ってみる。
ひんやりとしている。
書庫で触れたものとは、明らかに違う。
「報告では、令嬢は今では幽鬼のようにやせ細っているという、…亡霊と見間違われるのも無理はない」
「……あぁ」
ユノは思わず声を零す。
生気を吸う巷の花、その進化版。
恐らく令嬢が作り上げた、その際に令嬢の生気、命を奪い、蓄えている?
更に『保存魔法』の魔力も吸った可能性が高い。
まるで魔物化した植物のようだわ……。
「……花が小さな幸運を叶える。偶然かはわからないが多少なりとも周囲の生気を吸い魔力を帯びたなら、魔法として叶えている可能性はあるな」
「それでも微々たる効果でしょうが、偶然叶った事例があったのかもしれませんね」
よくある流行のプロセスだ。
ただ、更にその辺りを強化してしまったのが令嬢なのだろう。
対価は命、そしてそれが『皇子の行動把握、場所の特定、そして追跡』
(ストーカーです、ありがとうございます……。)
恋文の裏で追跡魔法なんて――
この国の重要人物を密かに追跡、場所を把握し、その移動ルートを知らせている。
もうこれだけで
(下手すれば、極刑)
ただ、皇子に会いたい、または想いを伝えたい。
にしては妙な動きでもある。
「そう考えると妙ですね、殿下を見つけるのは……それほど苦労はしません」
「1人になる所を探してるのではないかしら…?」
「そういえば、誕生会の時に、令嬢方に囲まれて息抜きはどうしているのかと聞かれたよ」
ユノは今頃…?
カイルはそういう事か、察している。
「この宮殿は広く、そして人も多い。ですが私にとっては庭のようなもの、…幾らでも秘密の場所はあるのですよ。と答えたかな」
「……」
「シリウス様の祝賀会は今から1か月前です」
時期が合いますね、とカイルが言う。
彼女はその話を聞いていた、誕生日会には招待されていただろう。
腐っても侯爵家。
『皇子の憩いの庭』を知る為の方法を令嬢は幸か不幸か持っていた。
だが、それはつまりーー
「お兄様には、囮になっていただきましょう」
「いいだろう」
口元だけが笑っている。
お兄様、腹黒さ漏れ出ていますよ。




