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皇女殿下は恋をご所望  作者: 伊吹永実
第一章 花冷えの追跡者
7/11

7話「不思議な花」

***オルガ宮殿、社交区画


社交の場として帝国貴族や、他国の外交団などに対して、

用途はさまざまだが宮殿の一室が貸し出される一角がある。


この日も帝国貴族であり公爵家という高位貴族のご夫人主催のサロンが開かれた。


大きな窓ガラスが庭側一面にある等級では最高位の部屋だ。

この日、急遽この部屋を抑えられたのは――主催である夫人の力というより

彼女に舞い降りた偶然の奇跡、によるところもある。


開催時間は既に30分前に始まっているが。

いつもと空気の違いに集まった夫人やその付き人達も少し浮ついていた。


話題の花が所狭しと、あらゆる場所に飾られている。

色は白と桃色―――だけでなくアイボリーや赤など多種にわたっている。


そして宮廷から貸し出されるのは部屋だけでなく、給仕たちも宮殿勤めの者たちだ。


この日は少しだけ顔ぶれが異なっていた。

普段は壁の傍に騎士など立たない、なのに本日は―――ちらほらと見慣れない騎士の認証を持つ者たちがいた。

【深窓騎士】彼ら彼女たちは皇族直属の近衛騎士の一部隊である。


それだけで、皆はこの後――――誰かが来るその事は察していた。

これは参加者や付き人たちの為の予防策でもある。

万に一つも不敬があれば首が飛びかねないからだ。



そして、朗々とした静かだが遠くまで届く美しい声が宮廷サロンの一室に響いた。


「ユノ・シアレスティン皇女殿下、お越しでございます」


ざわっと空気が震えるほどのざわめきがおこる。


女官を伴った皇女が現れる。


銀でも白でもない灰の髪が、陽光を受けて静かにきらめく、

髪飾りの小さな装飾が2連、長い髪を彩っていた。


宝石とは違う魔法石で作られているのか、

皇女が歩くたびに、揺れ、美しい輝きを放っている。


可憐な皇女の姿ながら燐とした、意思が宿る瞳が彼女の高貴さを示している。

精巧な透かし彫りが美しい扇を手にし、堂々と物怖じせずに現れた十五歳の少女。



「皆様、お邪魔させて頂いてよろしいですか」





ユノは微笑みを崩さないまま、サロン内をさり気なく伺う。


少し空気が冷たい、ちらとセレネを一瞥する。

セレネも気が付いているのか、少し表情が厳しい。


皇族に対して一礼を向ける人々の中、

主催である公爵夫人はふくよかで、人の良さそうなご婦人で――

何度か会った事はあるが、儀礼的なもので親しく話す事はなかった。



「リーフベルト公爵夫人でいらっしゃいます」


セレネが公爵夫人の名を告げる、夫人は顔を上げ微笑みを向けてくる。


「シアレスティン皇女殿下、お越しいただき光栄でございます」


さあ、こちらにと招かれる。


夫人が何度か値踏みするような視線を送ってくる。

傍には女官セレネが、いい感じで冷たい目線を夫人へ向けている。


ユノは『私、可憐な皇女』です。

とばかりにセレネにお任せしている。


庭に面した室内はユノの目から見ても美しく歴史ある様式で、大きな窓が特徴的な部屋だった。

公爵夫人が参加者の紹介をされ挨拶を交わしたのち。それぞれが席に座る。


「皇女殿下にご興味を持たれるなんて、光栄ですわ」

「公爵夫人のサロンはとても人気だとか、私も嬉しいです」


公爵夫人は興奮が抑え切れなさを声に含ませている。

彼女の承認欲求を十分に満たせているようで、ユノは一先ず安堵する。


流行りに目ざとく、気になるものはすぐに手に入れ、

いち早くそれを披露するのが彼女の今の生きがい、だとか。


セレネから人となりを聞いていた。


今回も市井で流行った花を持ち込み、このサロンを覆うほどだ。


(なかなか手に入らないって話はどこいったの)


件の花へ目をやる、確かに、可愛く上品でいい花だ。

香りも強くなく、心地いいとすら感じる。

ただ切り花向きではなさそうだ、幾つか切り花で小さな器に飾られているが

周囲は鉢へ土植えされている。


部屋には花の仄かな上品な香り、土のにおい―――そして、

底冷えしているような冷気。


―――花が原因?



「そちらの花、とても可愛らしいですね」


「はい、少し苦労いたしましたが、皆さまにも楽しんでいただこうと頑張りましたのよ」


花に触れようと、少し手を伸ばした。


「殿下、お気に召しましたか?」


公爵夫人が嬉しそうに声を上げる。

周囲の夫人たちも、にこやかに微笑みながらも皇女の一挙手一投足を見詰めている。


「ええ、珍しい花ですね。市井で流行っているとか、…実物は初めて見ました」


それだけで十分だった。


「まあ、殿下もご存知でしたの!」

「私はベガ通りの花屋で見つけましたのよ」

「わたくしは侍女が先に持っていて、それで知りましたの」


夫人たちが我先にと話し始める。

皇女という珍しい客人に、情報を提供しようと競っているのだ。


やりやすい。


「恋が叶うと聞きましたわ」


一人の若い夫人が、少し頬を染めて言った。

くすくすと笑いが広がる。


「占い師が言ったんですって。この花を持つ娘には幸運が舞い込む、恋の成就にはこれを、と」


その話、ここのご婦人方は信じているのだろうか。


「このお花、二つ異なる形の花を咲かせますのね。蕾だとどちらか分からないですわ」


「それも面白いところですわ」


ユノは微笑みを保ちながら、花にそっと指先を触れさせる。

少し下向きに咲く花が数輪まとめてある。


八重咲の花と一重の花が絶妙に混じっていた。

それらが2つ、3つ寄り添うよう集まり華やかさを増している。


手が触れた瞬間に今までの妙な気配の理由がわかる。


(これは、何かを……吸っている)


部屋中に飾られた大量の花が、じわじわと何かを吸い上げている。

生気、だろうか。


魔法的な気配ではあるが、宮殿の結界には引っかからない程度の、薄く静かな作用。


「…不思議な花ですね」


「そうでしょう!皇女殿下。実はもう一つ不思議なことがありまして」


公爵夫人が得意げに身を乗り出した。


「枯れると、跡形もなく消えてしまいますの。花びら一枚残らず」


「まあ」


「最初は驚きましたけれど、後片付けがいらないのは助かりますわね、ふふ」


笑い声が広がる中、ユノは内心で静かに整理した。


枯れると消える花、静かに生気を吸い、

『小さな幸運』を起こし、占い通りから流行り出している。


そして、宮殿の中に安易に持ち込める。


「ところで殿下」


別の夫人が、少し声を潜めた。噂話をする時の声だ。


「この花、もっと大きくて形の整った品種があるという話、ご存知ですか?」


「いいえ」


「わたくしも噂でしか聞いていないのですけれど。これより花びらが大きくて、一輪でも見栄えがして…とても手に入らないと聞きましたわ」


隣の夫人が「まあ、そんなものが」と目を輝かせている。


ユノは花から手を引き、扇を開いた。


この怪しげな花の進化した品種が、ただ美しいだけのはずがない。

しかも…一輪で見栄えよい、似た花なんて、


(最近見ましたね、ええ)


恋文に添えられた、花びらも葉も茎もしっかりとしていて1輪咲きでも十分に見栄えをする――。

左右対称の葉、二つの花の形が、あの一輪に混ざっていたのかもしれない。


「素敵なお話をありがとうございます。皆さんとても物知りですのね」


そう微笑むと、傍らのセレネがそっと耳打ちしてくる。

ユノは静かに、ゆっくりと席を立つ。

セレネが、一歩引いた。


「ええ、そうなのです。皆様博識ですの、ぜひ殿下もまたいらしてください」


夫人が上機嫌に続ける。

その言葉を笑顔で返し、少し顔色が悪い方もいるが。


この場は静観することを決め、ユノはそよ風が通り過ぎるかのよう訪れ、

そして去っていった。


それに連なり『深窓』から出された騎士たちも静かに、姿を消していく。


 


本来の空気を取り戻した場は、公爵夫人を中心に更に賑わっていたという。





その後、


夫人たちの話題として消費され、遺された花々は密かに宮殿の奥へと運ばれた。


「花の散り際がみたいわ」


皇女殿下のその一言を受け、皇子殿下は『深窓』近く――

人の往来もまばらな外回廊へと飾らせた。


春先の柔らかな陽が差す場所であるにもかかわらず、

花が咲く間だけは、そこに薄い冷気が留まっていた。


そして、通常の庭木よりもはるかに早く、その話題の花は枯れ始め。

一日――否、数刻で枯れてしまう。


触れれば、灰のように崩れそうな乾いた姿。


消えはしない。


ただ、異様なほど早く、そして美しく朽ちる。



その事実は、やがて静かに宮殿から民達へと広がることになる。


――それは、もう少し先の話。

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