5話「密室vs花?」
***『外苑』第一皇子執務室
兄シリウスの執務室は、オルガ宮殿の公共区画『外苑』にある。
政治的中心であり、様々な役所が集まっているような場所だ。
例え皇族だろうと気軽には入れない。
ユノは護衛騎士と侍女を伴い『ご機嫌伺い』と称して訪れた。
護衛騎士と侍女は控えの間に待機し、
執務室には他の皇子付きの政務官などは一先ず休憩として人払いされる。
シリウスとユノ、
そしてユノの傍には先に【枯れた花びら】と【破損した封書を入れた箱】を届けたカイル。
第一皇子付き侍従長がいる。
「ここに来るのは初めてだね、ユノ。……カイルから事情は聴いたよ」
「いいお部屋ね、お兄様……、侯爵令嬢ひっとらえてよろしくて?」
「よろしくはないな。分かっているだろう」
直球な物言いをするユノに、兄は既に想像していたのだろう。
半目になっている目は、お前正気か?と珍しく感情が分かり易い。
やわらかなソファに身を預け、足を組む。
その姿は十六歳とは思えない落ち着きを帯びていた。
「極寒になってるんですよ!風の書庫が…っ、しかも不自然な令嬢からの手紙もあります、それと花びらも」
片やユノは皇女らしい装いをしながらもぐ、と拳を握り。
抑えていた怒りに声を荒げている。
「妹よ、淑女教育は順調と報告が来ていたのだが」
「三ヵ月ほど早いだけでしょう、お兄様。……ちゃんと受けてますよ、だから着替えて参りました」
「兄として妹の願いでも聞いてやれないな」
静かにいさめる声に、ユノは眉をぴくりと動かすも。
淑やかに座り直し、茶器を手に取る。
淑女教育の結果を存分に発揮して口をつける。
「カイル、――改めて聞く。風の書庫に侵入の形跡があるというのなら、
警備体制の不備を進言せねばならない」
シリウスはユノの正面に座り、カイルへと声をかける。
自身も暖かい茶に口をつけている。
「はい、本日、ユノ様と風の書庫へ参りました際、室内は極寒と呼ぶほどに冷え込んでおりました。
しかし窓は施錠されており、戸は――いつものように鍵はされておりませんが、外部からの侵入の可能性は極めて低いと思われます」
「風の書庫がある区画範囲で異常の報告もない、…となると?」
テーブルには既に幾つかの書類が置かれている。
その一つを手に取り、シリウスが促すように視線をカイルとそしてユノへと向ける。
「室内で、何事かが起こった。と見るべきでしょう」
侍従長がそっと皇女の前に本日の茶菓子である『シュークリーム』を置いた。
ダメだわ、物理的に口を封じらている……ユノは自覚しながら伸ばす手を止められない。
「何事が、とはなんだ?」
「グランディス侯爵家令嬢からの封書のみ強い力で一撃を受けておりますが原因はわかりません。
しかし花は花びら数枚のみしか残っておらず、加えて不自然に枯れています。
恐らく、花に何らかの変異が起こり、その異変に部屋そのものが反応し、衝突が起きたと見るべきでしょう。
保存魔法は花の力を封じていたか隠すためのものだったのかと」
「ご令嬢からの他愛ない手紙かと思ったが、随分なものをよこしたものだ」
えっ、そうなの…!?
カイルの見解にユノが目を見開く、はぐっと小ぶりなシュークリームをぺろりと食べ終える。
令嬢が何らかの手で宮殿に侵入したとしても、風の書庫まで誰にも見咎められずには無理がある。
なんたって魔法と剣の世界だもの。
あの恋文と花に仕掛けがあった、方が話は通る……。
だが主犯は令嬢で違い無い……、捕まえて聞いた方が早いわよね…。
「以前禁書があの書庫で発動したが途中で強制停止を食らっていたな。……そう思うとカイルが言うように、『風の書庫』が何らかの方法で対抗したのは十分にある」
シリウスが過去の出来事を思い出す。
その日も三人で、見つけた風の書庫を探索していたのだ。
「絵本に擬態してたのよね、広げたら、魔法陣が突然広がったのよ」
「そういえば、あの時も……少し風が冷たくなりましたね」
とても美しい光景だった。
ただ今なら分かる、あれは危険なものだったと。
ユノ、カイル、シリウスの三人が目を合わせる。
( 風の書庫vs得体の知れない花?
それはとても見てみたかった…)
ただその時の冷たい風も暫く立ったら元に戻った。
「今日みたいに極寒ほどではなかったはずよ…?」
それはつまり、あの禁書よりもあの花がーー危なかったという事なのか?
頭を悩ましているとふいに、侍従長が神妙に頷いた。
「ありましたな、突然”魔術”禁書をお持ちになってこの爺は心臓が止まるかと思ったものです。
……風の書庫でお見つけになったとは…ええ、爺は知りませんでしたなぁ」
シリウスがわざとらしく咳払いをし、一先ず話を進ませることにした。
「侍従長、この侯爵家はどういう家だ?」
「はい、殿下。グランディス侯爵家。帝国貴族では古参の家柄ですが、立場としては中堅といったところでしょうか。
宮廷内の政治的な争いにはほとんど関与せず、歴代当主も温厚な方々が多かったようでございます。
植物学に造詣の深い家としても知られており、そちらで名を馳せた方もおられます。魔法に関しては、それほど高い適性はなかったと記憶しております。
また、大飢饉の折には食料確保に尽力し、その功績によって侯爵家に叙された名門であることは確かでございます」
侍従長が長年の経験と知識から、淀みなく答える。
「……もっとも、先代の時代に多くの荘園を手放しておられます。
現状では、侯爵家の格式を維持することさえ難しい状況にあると、宮廷内でも噂されております。
わたくしといたしましても、帝国貴族の家門がこのまま絶えるのは――勝手ながら、思うところがございます」
「……魔法を宿した花を生み出す下地は、十分にありそうだな。
植物学の家系か……」
ユノは(なに、しょっぴく?)という顔をしていたが、
シリウスは微笑んだままスルーする。
「手紙の内容はどうだった? 『可』と、令嬢の文は評価したようだが」
「……“花を見てほしい”。それと、『春風の殿下』にお熱なのは確かね。
花も……“望みを叶えてくれる”とかで、流行りの品種と似てるのよね……」
「ユノが花の流行を知っているとは……」
「お兄様。馬鹿にしております? これでも今どき女子ですよ。
何でも、占い絡みで流行ってるんですって」
ユノが意気揚々と語るのを、シリウスがほぉ、と興味深げに聞いている。
「市井の“花”の話題は、宮殿内にも広がっております」
カイルの補足に、シリウスは即座に侍従長へ目配せする。
侍従長は一礼し、しばし席を外した。
「ひとまず、風の書庫に令嬢が直接侵入したわけではないだろう。花に関してもまだ想像の域だな。」
「極寒ですけど!? めっちゃ謎な花が……花が?、花が……侵入してますけど!?」
ユノが不満をあらわにするが、シリウスがじっと見つめ返す。
「あの部屋は、何かがおかしい。ユノもわかっているだろう。
極寒だというなら、理由があるのだろう。今はそっとしておけ」
「まるで部屋に意思があるみたいなことを言……、……」
こぽぽぽ―――……。
カイルが茶を淹れ直している音が、やけに響く。
腰を軽く浮かせていたユノが、静かに座り直す。
そしてシュークリームをもう一つ食べた。
「………………シュークリーム美味しい」
「ユノ様、恐らくそういう意味ではございません。
シリウス様も、そのような物言いはおやめください」
「お部屋に意思があるとは……つまり、それは何かに憑かれて……?」
戻ってきた侍従長の、興味津々な声音に。
さらにビビり散らかすユノの姿を見て、シリウスは静かに微笑む。
入れ直された茶に口をつけながら、カイルの非難の声を聞き流し、
「やはりカイルが淹れると違うな」
満足げに喉を潤した。
***風の書庫
夕暮れ時、まだ極寒だった。
春なのに冬物のコートを着込み、室内へ入る。
窓辺から夕暮れの光が差し込み、
徐々に室内を赤く染めていく。
どうしてこんなことに――ああ、私の憩いの場が……っ。
夕暮れの中、しんみりしていたいのに、あまりに寒すぎる。
亡霊とか、そんな冷たさじゃないのよ。
もう冬よ! 冬……っ。
震えながら、何か手がかりはないかと探しつつ、本を積み直している。
「これは……なにかありますね」
「!?」
カイルの声に振り返ると、彼は身を屈めて本棚の隙間を覗き込んでいた。
ころん、と硬質な音を立てて、それが転がってくる。
薄桃色の――宝玉のように見えた。
赤い夕暮れの光がそれを照らし、
宝玉はさらに深い色を帯び、長い影を床に落とす。
カイルが慎重に、ハンカチで包み込む。
それを二人で覗き込んだ。
「…………なにこれ。こんな飾り、あったかしら」
「姫様の記録紙にも、こういうものはありませんでした」
とても美しい色なのに――静かだ。
「不思議ですね。宝玉のようですが、冷え切っていません。
それどころか……」
私が触ろうと手を伸ばすと、さりげなくカイルが遠ざけた。
言われた言葉の意味に、遅れて気づく。
「え、ええ、どういうこと……?」
あ、あったかいってこと?
それ、それ石じゃない……感じ?
私が一人で慄いている間に、カイルはさっさと宝玉を包み込む。
彼の指輪の一つから、ぽわっと魔法の気配が現れた。
保存魔法――状態を固定し、劣化や変化を封じる。
「……花の成れの果てでしょうか」
「私のお花の概念にそんなものはないわよ……?」




