4話「侵入の跡」
カイルが何処かから上着を調達してきてくれた。
それを着込んでから再度室内へと入る。
窓は締め、風で更に荒らされないためにだ。
室内を巡る空気の冷たささえ除けば、穏やかだ。
「こういうの、花冷えっていうのかしら」
「では、ユノ様が花ですね」
「あら、カイルもでしょ」
花冷え、なんていわないけれどそんな軽口を交わしている私たちが、
やっている事は凍える部屋の現場検証です。
手紙は殆ど、紙屑だった。
「刃物では、なさそうね」
「魔法でしょうか、少し魔力に似た気配を感じます」
「………………………この部屋、不思議ね」
「風、と名がつく部屋ですから、風に関してはこの部屋の特徴でもありますね」
ユノは少しだけ首を傾いだ。
「…このさっむいのって、もしかして掃除してる…?」
「その結論に至った理由が知りたいですが、…風の浄化作用という可能性はありますね」
空気清浄機とか、なんて説明できるわけもなく。
ユノは黙った。
「風って、冷えるものね」
「………特に、草花などには致命的になるでしょう」
怪しい。
あの花、二人は既に確信めいた気持ちのまま視線を絡め。
例の恋文は探さずとも、すぐに見つかる。
ばっさりと二つに切り裂かれ跡がある封書を手に取る。
あの、美しい未熟な花が添えてあったものだ。
「花が、……ないわ」
他の花や飾りは散りばっているのに。
保存魔法の施された一輪、その残骸がみつからない。
「妙ですね、他のは…乱雑に散らばっていますが規則性があるというか、破られたような、――切り裂かれた跡ではないようですし」
二人で探していれば、絨毯の上に落ちている紙きれ?のようなものを見つける。
「これ、花弁?」
薄桃色の美しい花びら、だっただろう乾いたひとひら。
力を入れたら塵になってしまいそう……
「こちらはたしかに侯爵令嬢からのお手紙ですから、…花だけそちらに?」
箱が落ちている場所に二つに引き裂かれた封書が落ちていた。
だが花弁だけ、少し離れた場所だ。
「グランディス侯爵家よね、調べた?」
ユノの指摘に、「はい、少し」とカイルは素直に答える。
午前中の僅かな時間に、侯爵家のこれまでの封書類について調べていた。
優秀です。
「シリウス様にここ数週間、毎日のように花を贈っていたようです」
「そうなの?私は、昨日初めて見たわ」
「それまでは花にカードだったようで、記録だけ残されていたのかと」
「……初めての封書の手紙と魔法をかけた花を贈ってきて偶然にこの状況?」
目が座ってきているユノの様子に気づいて、カイルは柔らかく微笑む。
「ええ、その通りです。姫様」
「カイル、まさか私、宣戦布告されたのかしら?」
「流石にそれは、…姫様がシリウス様へのお手紙の…しかも恋文を仕訳けているとは知りませんよ」
「では、狙いはお兄様かしら」
「大胆で何をしたいか不明ですが、あて先はシリウス殿下です」
「いいわ、……証拠がないなら、つくればいいのよ!」
「それは流石に不正ですよ」
「では、見つかるまで探すのみよ…!!
私の大事な部屋を極寒の地にしてくれた落とし前は必ず、取る!!」
許すまじ侯爵令嬢!
しかもミステリアスホラーとか望んでないのよ!
ユノの決意する手からすっと、カイルが花弁を回収すると、小さい箱へと仕舞っていた。
「他にもないか隈なく探したいところですが、今は封書を集めましょう。このままでは風邪をひいてしまいます」
「そうね、この寒さ…堪えるわ……」
クッションが重なる場所をぱふぱふしたり、本の隙間を覗き込んだりして。
数枚見つけた花弁はどれも酷く冷え切っていて、枯れていた。
Side:ハルデア
極寒の部屋の中で寒さに皇女が震えているころ
ハルデアは焦っていた。
(どうして?何が起こったの)
無意識に胸元を押さえ、こみ上げる息をそっと飲み込む。
袖の隙間から覗く腕は、いつの間にか驚くほど細くなっていた。
……けれど、それに気づく者は誰もいない。
ハルデア自身さえも。
どこに行ってしまったのか。
今頃は皇子の元へ届いていてもおかしくない、そこで花開く筈だった。
(私の花、とても美しく作れたのに……)
でも、今はもうない、何故?
「わぁ、とても綺麗です。お父さま、ありがとうございます」
宮廷から戻った父はいつも肩を落としていた。
だから母とともに、お迎えするのが_わたしの子供の頃のおしごと。
その日は、鉢植えの美しい花をお土産に珍しく笑顔で父は帰宅していた。
「あまりに美しくて見惚れていたら、くださったのだ。
ただ早くに枯れてしまうらしい。お前に見せたくてね」
「嬉しいです!大切にいたしますね」
無邪気にわらう娘に父も、そして母もその日はとても楽しそうにしてくれていた。
本来は枯れて、それでおわり。
ただ鉢植えだったから、球根は残っていた。
幸いにも我が家には植物に関する本が沢山残っていた。
子供ながらに気づいていた。
我が家は火の車。
屋敷のものもどんどんなくなっていく。
残ったのは価値のわからない本や、古びた家具だけ。
いつか家名も返上し、
田舎にひっこもうとそう話しているのを聞きながら育った。
それでもよかった、でも
皇子殿下。
以前から宮殿で時折お見掛けしていた。
春の季節はシリウス殿下の誕生日の祝賀会が催され、
それに私も呼ばれたけれど
色んな方々に囲まれていて、つい気後れしてしまった。
ご挨拶出来る機会はなく、
遠くから見つめることしか出来なかった。
とても素敵な方だった。
きっと父に花を下さった方も、
皇子殿下のようなお方なのかもしれない。
お見せしたい。
わたしの花を、
そして、ーーーわたしを。
ふらふらと、その姿はいつの間にか宮廷から消えていた。




