3話「亡霊と恋文」
「亡霊がさ迷っているのでは、という噂が最近ささやかれているんです」
カイルが正確な訂正を入れる。
シリウスは平然と茶を飲んでいた。
「そ、そんな噂……前から、あるわよ」
ユノは内心の動揺を隠すが、ごくっと紅茶を飲みこむ。
1000年以上の歴史を持つ帝国。
その皇族が住まい、政治の中心でもある皇宮なのだ。
オルガ宮殿を中心に幾つもの宮や塔、などが集まっている。
亡霊の話など溢れるほどある。
「回廊脇の草木が枯れているらしい、それを見て、何かが通った跡だと言ってね」
「…宮殿の『外延』?」
オルガ宮殿は大きく二つに区分されている。
政治的、外交など公共の場の『外苑』と、皇族の私的居住区である『深窓』。
「ああ、『深窓』ではそういう現象も、噂もない、……亡霊ではないだろうとは結論づけている」
その言い方…え、まさか……『深窓』に………ぼ、ぼう?
「嘘は言ってない。――得体が知れないのは亡霊のようだろう?」
シリウスの話からしてまだ判断するには早いのか、
ただの噂程度、枯れるといっても本当に微々たるもの、
という言う事なのか。
「それがシリウス様が通われる回廊の近くで多く見られているらしく、それに最近視線を感じるともおっしゃっておられて…」
それは軽い話ではないのでは?
ユノは少し声を潜め伺うように問いかける。
「お兄様、……それはスト……じゃない追っかけられいるのでは?
まさか恋する乙女たちの視線、と言うわけではないのでしょう」
春生まれのシリウスは先日、十六歳の誕生日を迎えその祝賀会が行われた。
年頃の令嬢や側近候補のような令息が内外から集まったのだ。
祝賀会の日を境に、令嬢だけでなく様々なところから『恋文』のような嘆願書や依頼、中には脅迫めいたものまで届くようになっている。
「視線だけなら、それも考えたかな」
慣れている、とばかりにシリウスは悠然と構えている。
だが、放置も出来ない理由があるのをユノも承知していた。
”立太子の儀”が迫っている。
『私だって恋をして、何れは結婚…!』と夢見るユノとしても
それは何としても無事に終わってほしい。
「……大事にするほどでもない、てこと?」
「騒ぎ立てるには、まだ弱いだろう。だからカイルに少し話を聞いてきてもらったんだよ」
いや、だから私の従者なのよ?
という突っ込みを紅茶と共に呑み込む。
「些細な事でも気になったならちゃんと確かめる、とはユノ様が良く云っておられたことですね」
子供の頃の話に、ユノは当然でしょとばかりに頷く。
庭師や、下働きなどの間で少し不気味がられているのは事実のようだった。
カイルはこういう話をさらっと集めてくるのが上手い。
基本、『人たらし』なのだカイルは。
人前では丁寧で職務に忠実な従者だけれど、
乳兄弟として幼いころから一緒に育った。
(愛想がよく、嫌な事はいわない、距離を詰め過ぎず、程よく相手の望みを察する)
従者には惜しい。ユノも自覚していた。
「私のお仕事とカイルのお手伝いにはちゃんと、日当払ってもらいますからね」
「……ユノ、ちゃんとご褒美は用意している。当然、カイルもいつもありがとう助かっているよ」
「いいえ、楽しくやっておりますので」
人たらし………とシリウスとユノはお互いに目線を合わせる。
それにカイルは平然として、茶を飲んでいる。
そしてシリウスが先に席を立つ。
すぐ近くに皇子付きの護衛と侍従が待つ部屋がある。
私とカイルはそのまま書庫で残っていた手紙の処理を手早く終わらせることにした。
気になる一通を手にした。
美しい花が一輪、紐で括りつけられている封書だ。
「…ねえ、カイル。これ保存魔法であってるわよね」
この世界、魔法は当たり前にある。
ただ使えるのは才能と努力、そして血統、血筋が大切だといわれている。
その観点から、ユノもそしてカイルも。
幼いころから魔法に関する勉強や訓練は当たり前に行っていた。
保存魔法、それも高位のものだ。
花一輪に使うには――贅沢すぎる。
「そのようです、…これなら1週間はこのままでしょう」
封書には侯爵家を現す封蝋、それをカイルが花を手に取るとそれを脇のトレイにおく。
封蝋を解き、中身の封書をユノへと渡した。
「手紙は…一般的なものですね、香りも仄かに自然なものです」
「そうね、悪くないわ。可愛いし」
「侯爵家ですね、格式は高いですが……こちらのご当主はたしか宮廷にお勤めです」
手紙の内容は、花を見て頂きたいという、なんともじれったい文。
お茶会のお誘いでも、何でもない、言い方は悪いが、ただの恋文。
そこに花開き始めた、蕾のような花。
「……そう、家柄的にも手紙も問題はないわね」
手紙の仕分けをする記録紙に『可』と記した。
何か引っかかりを感じつつ。
手紙を、花が崩れぬように丁寧に箱へと戻し蓋をしめた。
気になったらしっかり確かめる、それをユノがこの時疎かにしたことを
後々後悔することになる
***
先日仕分けした兄宛の封書の早急なものは処理をおえていた。
残っている恋文、無害で純粋なお手紙はまとめて、シリウス皇子の侍従長へと渡す予定になっている。
カイルと共に風の書庫へと、
少し入り組んだ道、階段や廊下を通り抜ける。
『風の書庫』と見取り図には記されている。
なのに辿り着けない者が多い。
兄や私についてくる者たちは、途中の控室で待つ。
ここまで来られるのは、限られた者だけだ。
亡霊、という言葉を思い出す、兄の半ば冗談…じゃあとの半分は?
噂があるのは知ってる。
育った場所だ、…そして兄も嘘は言っていないと
ふと立ち止まる、
「見た事ないもん!!」
突然のユノの叫びに、カイルが肩を揺らした。
「気にしてたんですね、…どうりで昨日からお静かだと思っておりました…、
大丈夫ですよ。私も見た事ありません」
本当に?
こういう時のカイルは本心を隠すのが上手い…!
『風の書庫』と掘られた木の戸を開けた瞬間、冷気が流れ出た。
カイルが前に出る。
私は一歩退いた。
書庫は、静かに荒れていた。
積まれていた本が倒れ、机上の小物が散乱している。
だが“荒らされた”というより――何かが吹き抜けた跡のようだった。
「ユノ様、…誰もいません」
「え、…ええ、ありがとう」
窓を開け、外も確認していたカイルは
窓枠を越え外の様子を伺いに出る。
本棚が少し、ズレている。
一番乱れているのは机の上だ、昨日ユノが手紙の仕分けをしていた――
手紙が入れてあった箱が落ちている。
封書が散らばっていた、まるでそこだけ竜巻が起こったかのように
ほとんどが裂け、封蝋は砕けていた。
何故…恐怖か不安か、震える身体をいさめようと息を吸う。
深呼吸すれば冷たい空気が肺を痛める。
さ、っむ!!!!!
「なんでこんなに寒いのっ」
震えてるのは寒いからなの?どうなの!!
開け放たれている窓に駆け寄ると、暖かい。
外のがあったかいぃぃぃーーー!
その窓外からカイルが顔を出す、びくっとユノが驚く。
「外に異常はありませんでした」
「……、そんな危ない事しないでっ!?」
いつのまに。
見ていた筈だけど、自然過ぎてうっかり見逃していた。
カイルはどちらかというと、武力派ではないはずなのに…!
ニンジャ、ニンジャなの?




