2話「春の日の小さな異変」
幾重にも敷かれた絨毯、山のようなクッション。
沢山の本。
子供の頃に似た光景だが、違うのは――ここが室内だということ。
木の扉には【風の書庫】と刻まれていたから。
私たちもそう呼んでいる。
***
心地よい風が窓から入ってくる、よく風が通る。
多くの本があるのに、劣化しないし不思議と居心地がいい。
季節は春。
うららかな日だ、恋に愛に、いそしみたいというのに……
デスクの上におかれた箱には沢山の封書が入っている。
それらはどれもこれも、美しく生花や光を受けて輝く小さなビーズのような飾りがついている。
ユノはその中の一つ、封を開け便箋を空にかざした。
透かし彫りの花が美しい、上等な紙、香しい香り付き。
この一通で金貨何枚かしら。
そんな事を考えるユノはこの帝国の皇女である、皇位継承権2位……
なのに、人様宛の恋文を読むとか…どんな苦行……
「『春風の殿下』へ、ですって」
美しい筆跡で描くように書かれている。
「乙女心をくすぐるだろう?」
シリウス・エグバート皇子、皇帝の第一子であり、皇位継承権1位。
部屋の片隅に設けられた一角、絨毯とクッションの中。
クッションを枕に寝そべって、春のうららかさを含む風に吹かれている。
私の目から見ると――春風の殿下、だれそれ、である。
「何故私がお兄様宛ての恋文を仕分けしているの……!」
ぐしゃ、つい手紙を握りつぶしてしまう。
「それ、東の伯爵令嬢からのだよ、君のお爺様の家門の一つだ。まあ返事はせず、花でも贈ろう」
すかさず、兄から声が掛かる。
何がいい?なんていいながらお花図鑑を読んでいた。
あの可愛いふわふわ金髪がこんな成長をするなんて、…詐欺!?
慌ててくしゃとなった手紙を伸ばす。
「お爺様…これ知ってるのかしら…?」
私と兄は異母兄弟だ。
そして母方の祖父は、兄にとって政敵にあたる。
「恨まれない程度にはお相手するよ、伯爵令嬢にとばっちりは流石に僕も心が痛い」
本当に心痛めるかは甚だ怪しい…。
記録紙に「格に相応しい花」と記す。
これで伯爵家は察するだろう。
「孫娘を女帝にしたいとお思いだからね、君のお爺様は……野心を隠さないからその分はやりやすい。ただ、ちょっと目障りな時もある」
「私もたまに目障りになっちゃう!」
私の言葉に、軽やかに兄が笑う。
肩を震わせながら、堕落していたクッションの山から出て来た。
その容姿には幼さが残るのに口調も表情もずっと大人びている。
ふわふわの金髪は子供の頃のままだけど。
身長はそれほど変わらなかったはずなのに今ではちょっぴり負けている。
本を丁寧に書棚に戻して、私が座る椅子の背に手をおいてくる。
「いつも感謝してるよ、ユノ」
みんなこの笑顔に騙されるのだ。
「感謝は形で頂きますので、期待してますよ。お兄様」
ご褒美がなきゃやってらんないわよ!と思いながらも
大量にある恋文を仕訳け、
『記録紙』に簡素に内容や対策を書き込んでいく。
***
シリウスは、もう一つある丸テーブルの椅子に腰を掛けると持ち込んでいる書類を読み始めた。
暫くユノが筆を走らせる音や、兄が紙をめくり、たまに思考を纏めるような呟く声。
さらに恋文を騙った手紙を目にして、ひぃ、やらきゃーやらいう騒がしい様子に。
兄はついつい、ユノの様子を伺い見て、すぐに手元に目を落としていた。
そんな静かな、お互いの時間を過ごす。
程無くし、足音が近づいてくる。
軽やかなノック、そして暗緑色の髪をした青年が入ってくる。
陽の光が差すと緑色が鮮やかに見える。
カイル・セファード。
ユノの乳兄弟にして、現在は従者だ。
そしてシリウスにとっても幼いころを過ごした友のような存在だ。
「ただいま戻りました、ユノ様、シリウス様お茶をすぐ入れますね」
「ありがと、そろそろ休憩しようと思っていたの」
「おかえり。例の件は?」
「はい、色々と噂にはなっていますね。ああ、その際にこれを頂きましたので本日のお茶菓子にどうでしょう」
とカイルが袋を差し出す。
そ、それはーーーー!!?
オルガ宮殿、宮廷とも言われるが、その公的空間『外苑』に存在するお店の袋。
「オルガ宮殿が誇る外延にある、お土産物屋さんのアマレでしょう。
あまりに人気でなかなか手に入らないという」
アマレ、と呼ばれるマカロンのようなお菓子だ。
まあ、ほぼマカロンなんだけど。
サクッと軽く、爽やかな甘さ。
……美味しい。
なんて浸っていると、シリウスとカイルは何やら話し合っている。
風の書庫では三人とも、座ってお茶をする。
これはここでの私たちのルールだ。
マカロンを満喫してて聞き逃していたユノが不審な目を向ける。
「カイル、最近は随分とお兄様と仲良しね…?」
お兄様、ことシリウスは指でテーブルの上を叩いている。
「まあね、僕とカイルの仲だよ」
当たり前感を出している兄よ、カイルは私の従者なのよ?
「殿下が少し気になる事があると言われてまして、姫様お茶をもう一杯如何ですか?」
「いただくは、…そんなので誤魔化されないわよ」
二人が静かに目配せしている。
これは、何かあるの……?
「ユノには言うかどうか、迷ったのだけれど……」
「な、何。怖いわ、何だか怖いわよ?」
「どうやら……亡霊が出るらしい」
とぽぽぽ……、紅茶の注がれる音が、やけに大きく響いた。
「………………、この、マカロンとても美味しいわね、カイル」
「アマレ、ですよ姫様。人気があるのも頷ける美味しさですね」
「僕の話、聞いてるかい?」
春風のような穏やかな笑み。
その笑顔に、私は騙されないからね…!




