11話「花冷えの春」
暗くなり始めた庭の一角に、臨時のランプが置かれている。
その中に、救護班と件の令嬢ハルデアがいた。
「ただ、見て頂きたかっただけなんです……」
医療班により、診察を受けその合間にも彼女は、ただその言葉を繰り返している。
救護班長らしき女性が、落ち着いた指示を飛ばしている。
極寒の風の書庫から発見した【宝玉】について既に彼らの手に渡っていた。
「お預かりした宝玉ですが、温度低下により活動低下状態の上に、保存魔法による状態固定が成功しておりました。
体内に入ったものはうまく令嬢の身体に馴染んでおりますので、同じように作用するか慎重に見定めつつ、
こちらで対処いたします。
――詳しいご報告は暫く様子見をし、また後程おまとめいたします」
ユノはその説明に頷く。
「いいでしょう、彼女の回復に力を入れてください」
ユノは静かに踵を返し、歩き出す。
傍らにカイルが寄り添う。
「よく飲ませる、と判断されましたね」
「気の所為かもだけど、帰りたい。と…感じたような気がするのよね…」
宝玉を握っていた手を何度かにぎにぎしている。
「それは、……」
カイルは何かを言いかけ口をつぐむ。
それに気づかずユノは話を続けていた。
「あの花は、散るために力を得ているのに。……欠片を残すなんて、不思議じゃない?」
「言われてみれば、そうですね」
「あの子の花は、……彼女の為に咲いたのね。私には命を削ってまでなんてやる事じゃないと思うけど」
「――姫様も『こい』をしたいのでしたね。見つかりそうですか」
「………知ってるでしょう、いませんけど、おかしくない?これでも皇女なのに縁談ひとつないとか、おかしいでしょ……!?」
「まあ、それは……色々とあるのでしょう」
「別に縁談なんて求めてないわよ?お兄様だってまだ婚約者がいないし、
………は!?」
カイルはユノが何か気付いたことに無言になる。
お兄様に相手がいないから私にも話が来ない…!?
「それはそうと、…姫様が即座に拾っていただいてよかったです」
ユノの気づきには何も言わず、そう話しかける。
え、と驚きにカイルを振り返る。
あちらを、とカイルが目線で示した先には
兄とその周りには護衛騎士が立っていた。
あの生垣の庭で身を潜ませていた者たちだ。
「姫様が即座に拾われたため、手を出しあぐねたようです」
「……ああ、壊すか、調べるために没収されていたかもってことね」
「ええ、シリウス様としてはそうせざる負えませんが、…姫様の判断に満足はされているようですよ」
「……そうかな、下手したら窒息させてたわよ…?」
「次からは私にお任せを、ユノ様は指示してください」
当然のようにいうカイルを見上げる、
陽の下では暗緑色の髪は緑の色がとても明るく見える。
でも、日が暮れると―――
暗緑色の髪は、落ちた陽の残光の中で黒に溶けていくのだ。
光の加減で髪色が変わっている、印象もまた……
黒に溶けた髪の下には琥珀の瞳。
ユノの灰に金を宿した目が静かに見つめ返した。
一瞬カイルが戸惑う。
「カイルの、…そういうところちょっと気に入らない。私の行動は私が責任とるのよ!」
ふん、と踵を返し歩き出す。
その後を、一拍遅れカイルがついていく。
「出過ぎた事を申しました」
カイルの声が機嫌がよさそうだ。
「従者だものね、いいのよ。カイルは私の、従者だから」
最近、兄と癒着しているけども。
ユノは心の中で突っ込みながら、後々の面倒は全て兄にお任せする事にした。
(特に被害はなし、――いえ、極寒の書庫だけ…!!で、すんだと思えば)
帰り際、はぁ、…と深いため息を零す。
「戻ってるかしら」
「大丈夫ですよ」
***風の書庫
あー…暖かい…やっぱいいわ…
窓辺に座り頬杖しながら吹き抜ける風を感じている。
その後ろではテーブルの上に茶器を並べ、本日のお茶請けもある。
三つの椅子、そこには兄とカイルがいつもの様に座っていた。
「侯爵家の邸宅は。それこそ花壇の土を掘り返す程だったようですね」
一足先に花の『球根』は確保され、ひっそり宮殿の奥に保管されている。
厳重な封印処理になった、と先日兄から聞いた気がしたけど……
気のせいね。きっと。
「宮殿内では気の病んだ令嬢が、花を愛でたくて迷い込んでいた。ということで特におとがめがなかったようです」
令嬢はあのあと、多くの生命力を喪っていた。
今は生き延びたが今後どうなるかはわからないらしい。
今は侯爵家は――恐らく爵位を返上し、残された小さな領地に引っ込むようだった。
その際に、子爵家が一つ出来る。
珍しくお兄様が動いたのは…侍従長の想いを受けてだろう。
家名を変えることになるが、家門としての血筋は残る。
市井で流行ったあの花も、――枯れたら、消えてしまう。
と言うのは正確ではなかったことがサロンに大量に飾ったことで明るみに出た。
(きっと枯れた花を見る機会などないのでしょうね)
ただ何故かその理由の一つに、私の『無邪気なおねだり』という噂が流れていて、
―――侍従長…やったわね……。
気の良さそうな老爺さん風の侍従長を思い浮かべる。
兄の幼いころから従っている人、その関係で私とカイルとの関係も深い。
あの人、見た目や普段の行動がのんびりしていて、可愛い老爺さんだけど
(侮れないのよね……。でもそういう所、嫌いじゃないわ)
「春が過ぎ去るのって早いのね…」
ふ、と何だか胸が痛むわ、なんて窓際で心酔していたなら。
「そうだ、ユノにお土産があったんだよ」
「………お兄様、すっごい棒読みよ?」
ユノが不審そうに見つめる。
カイルが立ち、箱を一つテーブルの上に置いている。
「ユノへのプレゼントだ。今回頑張ってくれたからね、これからも」
「…え、なになに。え、なんなの」
不審げだった視線も、箱と、それを運ぶカイルを見た途端ゆるむ。
下手なものではないだろう、という無意識の信頼。
つい腹黒兄の事など忘れて、置かれた箱を見入る
花々や幻想の妖精を模した彫りが美しい箱だ。
なんとなく、その中身が伺い知れた。
兄に促された蓋を持ち上げる。
中には淡色のかわいいインク、羽ペン、そしてレターセットが治められていた。
どれも一級品だ。
「こ、これは…」
「恋文セット、だね。ユノはこういうの好きだろう」
「やだー素敵ぃ!これで何時でも恋文は書けるわね……!!」
ぐ、とこぶしを握る。
お兄様ったらたまにはいいもの用意するじゃない、こーゆうのでいいのよ。
浮かれているユノの後ろで、シリウスとカイルがそれぞれがその姿を眺めている。
「まずは、相手を見つけるべきだと思うが」
「シリウス様がご用意されたのでしょう?…文房具お好きですよね、ユノ様」
「レターセットを喜ぶ令嬢など、僕は聞いたことがないがな。…しかし書く相手がいるのか?」
「そこは姫様に関する秘密事項です」
浮かれているユノの後ろで二人が囁き合っているのも知らず。
私の恋は、どこかに『いる』はず…!!
「姫様、お茶が冷めてしまいます。後でゆっくりご覧になってください」
「せっかくシェフが用意した焼き菓子もある」
シリウスと、カイルの言葉に浮かれた気持ちとちょっとの不安が、静かになる。
「そうね、いただくわ」
レターセットの箱の蓋を閉じる。
花冷えはしたけれど。
――春の季節はまだおわっていないのだから。
終




