10話「儚い散り際」
淡いはちみつ色の髪、鮮やかな青の目が美しいかった。
10代の令嬢は、十二分に魅力的だっただろう姿が安易に想像できる。
だけど今は、夕暮れの陽の下の彼女は――亡霊と呼ばれてしまうほどだった。
髪色も瞳も霞み、生気も薄く青白い顔。
ワンピースドレスから覗く腕も足もやせ細っている。
儚いといえば、そうだろうが、
ユノから見れば、不健康そのものだった。
「あ、わたしは、私は……違います。偶然、そう!偶然ここにっ」
酷いこと言わないで。
そう、顔に書いているようだ。
帝国の皇太子になるだろう皇子をストーカーしただけはある。
言い返してきた根性は……と褒めてやる気にはなれない。
ぴき、とユノの内心の苛立ちが更にます。
運命の出会いを目指したのだろう、王子の前で倒れるとか…
ああああ、夢見がち乙女…っ
それちょっと身に覚えあるわ!やだ、辛い…っ!
「偶然なわけないでしょうが!ここまで、誰にも見咎められずに走り抜けてきたんでしょ?
あり得ないのよ…っ。だいたい、あなたが花を――」
言いかけた言葉が止まる。
「……、花が――浮いてる!?」
幾重にも重なる花弁、左右非対称の葉が小さく揺れ――。
鱗粉のような、…花粉のような粒子を纏って、浮いていた。
夕日の光を薄い花びらが透けている、八重咲の花の中に、もう一重の花?
カイルが、すっと私の前に出てくる。
「まさか、花の精霊……?」
カイルの不審げな言葉に、ユノは驚く。
「は、花の精霊―――花、過ぎない…?」
精霊ってこんな感じなの…、想像よりはずっと『花』の形のままだ。
浮いてるけど、漂っているけれど……!
ユノの反応に、ハルデアは酷く傷ついた顔をした。
「…どうして、…どうして綺麗でしょ…わたし、私が大切に、私の為に……咲いてくれた」
ハルデアが、泣き笑いのような表情で
彼女が細い腕を伸ばすと、その手に包まれるよう、花の精霊が漂う。
絵面は美しい。
儚い少女がやせ細る掌の中に、花の精霊もどきを愛しんでいる。
「……死にたいの、あなた?」
ユノの低く、薄く目を細めてハルデアへと突き付ける。
ハルデアは、何が起きているのか分からない――そんな顔をしていた。
地に座り込んだまま、瞳には涙が滲んでいる。
「そんなものを、帝国の第一皇子に近づけて……あなたもあなたの家族も、
無事でいられると思うの?」
ストーカーは極刑なんて罰はない、ただこの国には『不敬罪』『国家反逆罪』とかあるのだ、
その解釈は大きい。
しかも、精霊もどきなんてのを誕生させて使役して『想い人』を追跡させるなんて、
……才能高すぎ。
「……え……え、…ちが、私……ちが、い、」
ひゅ、と細いその喉が音を鳴らし、
胸元をぐっと抑えている姿は、酷く弱弱しい。
そこまで考え及ばずだったのだろうと察した。
だが仮にも貴族令嬢、漸く…自覚したのか、いや怪しい…とユノは睨んだが……。
彼女の身体は尋常でなく震えてだした。
それに同調するかのように、浮遊する花が…舞うように
くるくると踊り出した。
ざわり、と空気が震える。
ハルデアの足元の草が、すうっと色を失っていく。
花びらが、ひとひら――
落ちる途中で色を失い、
枯れ、灰のようにほどけて消えた。
ハルデアが、子供のように首を振る。
外側を覆う八重咲の花びらが、先に散っている。
花びらは止まらない。
春の気配をまとった風が吹き抜け、
花びらは小さな庭を舞い、
そして――一斉に、褪せた。
奥に潜むような一重の花がギュと一度しぼみ、
ぱっと灰のように枯れ散った。
ころり、と夕暮れの光の中で小さな宝玉が落ちる。
それは、花の精霊というにはあまりにも――魔法の現象だった。
ハルデアは地に倒れ込む。
自壊した……!恐らくハルデアの動揺に同調し、花の精霊もどきは耐えられずに。
「散る時に生気吸ってたわね…!」
ユノはすぐに宝玉を拾い上げた、掌の中で、微かに脈打っている。
そこにか細い声が重なる。
「か、返して……わ、私の……!」
必死に手を伸ばすハルデア。
カイルがその身体を支えているが、その表情は険しい。
ハルデアは苦しげに息を吐く。
その背を支えるカイルの腕に、
ほんの一瞬、安堵するように身を預けていた。
まだ10代の少女だ。
「かえ、して…わたしの、花……」
うわ言の様に呟いている。
ユノは宝玉を見下ろした。
「……そう、わかったわ」
脈打つそれは、まだ温かい。
――不思議な思いがユノの胸の奥に届いてきた。
戸惑うが、意を決しユノがハルデアの、口へ宝玉を押し込める。
カイルが驚きに目を見開いた。
「むぐ……!?」
「あなたの命よ。呑み込んで」
短く、言い切る。これは花じゃない。花が遺した…この子の命だ。
「ユノ様、このままでは」
喉を詰まらせることを心配したカイルの心配はもっともだ。
嚥下も出来ない程の弱りようだ……。
が、辛うじてこくっと喉が上下した。
けほ、と数回せき込んでいる。
「…呑み込みましたね」
「ええ、……飲みこんだというよりは……」
強引に喉を宝玉が通って行った気がしなくもない…。
カイルとユノが目線を絡める、「怖すぎ…」「姫様…」小声で言い合っていると。
ハルデアが大きく息をついて、その息遣いは安定している。
やせ細っていた頬に、ゆっくりと血色が戻っていた。
涙にぬれた瞼が開き「え……?」と声を零している。
生気を取り戻し――ハルデアが、戸惑いの目でこちらを見上げる。
「ハルデア・ル・グランディス。
私の書庫を極寒にした罪は償ってもらうわよ!」
「えぇ?」
何のことか本当に分からないという顔をして、
細い腕がカイルに無意識に縋っている。
「それと、私の従者に縋りつくのおやめになって、はしたないわよ」
扇で口元を覆いハルデアへと告げながら、
開いた扇の下でユノは安堵の息をつく。
夕暮れが深まり、徐々に夜の帳が落ち始めている。
庭園の中の所々に設置された外灯がポツポツと明かりを灯し始めた。
一連の流れを静かに見つめていたシリウスは、ふっと笑みをこぼす。
傍に隠れ控えていた腹心の男が、耳打ちしてくる。
「殿下、救護班はすでに到着しております。それと魔術師長もお越しです」
「……乗り込んでくるかと思ったが」
「ご指示通り、令嬢が入った時点で結界を展開しております。
たとえ魔術師長とて土足で踏み込めぬでしょう」
答えに小さくシリウスは笑う。
たしかに、と頷いて。
「……結界を解き、救護班をまず入れろ。
令嬢は宮殿で――随分と迷われたようだ」
シリウスの物言いに、少し笑みを見せる。
「騒動にはなりませんか?」
「もう解決しているものにか?」
たしかに、と腹心とそして護衛騎士たちも静かに頷く、
だがそれでも『花の精霊もどき』については様々な思惑が絡むだろうことは想像に難くない。
「魔術師長は如何されますか」
「待たせておけ」
口元を緩ませて、妹とカイルの元へと歩く。
我が妹ながら、――それは予想外だ。
カイルと先ず目があう。
周囲はすでに騒がしい。
この宮殿に巣食う者たちも、異変に気づき始めている。
だが、遅い。
一歩だけ――僕たちのほうが早かった。
今から皇宮警備も、それこそ魔術師長率いる魔術師団も手は出せない。
シリウスは満足げな笑みを張り付け。
「ユノ、救護班が来る。彼女には、少し休憩が必要だろう」




