1話「転生したようです」
それなりに、いい人生だった――
そう思えるくらいには、私は強かった。
最期の時は驚くほど静かで、世界の音がひとつずつ遠ざかっていくのを、
まるで他人事のように眺めていた。
孤独死。
きっと、そんな言葉で片づけられるのだろう。
でも、人は一人で生まれて、一人で死ぬものだ。
それを寂しいと決めつけるのは、きっと生きている側の都合だ。
……それでも。
「違う生き方もあったのかな」
そんな淡い未練だけは、胸のどこかに残っていた。
***
目覚めは、あまりにも自然だった。
耳元で、柔らかな声が物語を紡いでいる。
風に揺れる花の香りがして、まぶたの裏に色彩が滲む。
夢の続きのようで、現実のようで、その境目が曖昧なまま私は目を開けた。
青く透き通った空。
色とりどりの花が咲き乱れる、円形の庭園。
ふっくらとした敷布の感触。
そして、退屈そうにごろごろしている幼い子ども。
――こんな景色、前世では一度も見たことがない。
「ゆのさま、どうしましたか?」
物語を読んでいた子が、声を止めてこちらを覗き込む。
その手には絵本。
私に読み聞かせていたらしい。
ゆのさま。
誰のことだろう。
胸の奥がふわりと揺れた。
頬をつまんでみる。
むに、と柔らかく、そして痛い。
思わず涙がにじむ。
「ひ、ひめさま!?」
「ほっぺ赤いよ、どーして?」
二人の子どもが慌てて顔を寄せてくる。
その温かさに触れた瞬間、胸の奥で何かがほどけた。
不安よりも先に、懐かしさのような安心が広がっていく。
ふぇ……と声が漏れ、涙がぽろりと落ちた。
自分が泣いていることに驚くよりも、
そばにいる二人の存在が、ただただ心地よかった。
やがて、大人たちが慌てて駆け寄ってくる。
その喧騒の中で、私はようやく気付く。
言葉が違う。
空気も違う。
それでも、妙に懐かしい。
……ああ、もしかして。
私、転生したんだ。
新たな世界、――それは青い空と、花の庭と、そして子供たちの温もり。
温かさに包まれながら、私はえへへ、と自然と笑みをこぼした。
その瞬間、空気が変わった。
突然、周囲の大人がざわめき立つ。
その中に、母と思しき姿もある。
何を言っているのか分からない。
けれど、音が少しずつ形を持ち始める。
「姫様が」「まさか、笑った…!」
驚いてきょととしていた、ふぇっと―――あ、これは。
気づいた時には遅く、
一緒に転がっていた金髪の子が泣きだした。
さらにもう一人――深い緑にも黒にも見える髪の、少し年上の子が不安そうに固まる。
その姿を見た私も…ふぇとなった。
その後、周囲の突然の騒ぎに盛大に泣き出した一人とそれにつられた二人に、
大人たちは大慌てだった。
その日の夜、泣き疲れてちょっと熱を出した私たちは
三人一緒に寝かされていた。
………こういう始まりも悪くない。
***
それから、いくらかの時が過ぎた。
名はユノ、そして”姫”が確定しました。
熱が下がれば、体力無尽蔵な子供たち二人と一人は今日もせわしなく走り回る。
そしていつもの様に、柔らかな敷布の上に、ごろんと転がされている。
周囲は石畳に囲まれた円形の庭で、中央には豪華な敷布が何枚も敷かれている。
その傍らには大きな日よけ傘と、山のようなクッション。
おもちゃも、多種多彩な本も置いてある。
姫=皇女と言う身分、そりゃ待遇がよいのも頷ける。
傍に転がっているふわふわ金髪の子は、皇子様らしい。
私よりほんの少しだけ年上。
双子かと思ったけれど、どうやら数か月違いらしい。
母はどうやら二番目で、金髪君のお母さんは一番目らしい。
皇女と言う事は帝国か皇国だろう、
流行りの小説でよく読んだ。
ただ、他の妃の子と兄妹のように育てるってありなのかな?
母が出来た人なのなら、いいのだけれど。
隙をついて殺す、なんてことはないだろう。
信じていますよ、母よ。
「そうして、おひめさまは、恋をして、――りゅうの、おそばにいようと」
私が物思いに耽っている隙に年上君が絵本読んでおります。
恋、……いいね、いいんじゃない。
「こい、いいな。ユノも恋したい」
精神は大人、しかし身体は子供――言動は身体に引っ張られるのか。
口が勝手に動いて、ついつい思いが溢れてしまった。
「ゆの、だめなんだぞ。せいりゃくけっこんがぎむだ」
誰だよ、金髪ふわふわかわいい子にこんな事教えたの。
ちなみに、金髪君はシリウス、年上の暗緑色の子がカイルだ。
「こいは、いいんですよ!じゆうですから」
「こいはいいのに、…けっこんは、せいりゃく?」
「はい!」
流石乳母の子……いや、もしや意味分かってないのでは。
カイルは乳兄弟、だから言葉遣いは私たちに少し丁寧。
でも大人たちは兄弟の様に扱っている。
母の方針なのか、それとも乳母の人徳なのか。でも悪くない。
「やだ、…ユノはこいがしたいの!」
「こい、…こい、そういえばこのまえ、いけにそーいうのがいたぞ。爺がおしえてくれた!」
シリウスはごろごろしている、…何時も転がっている気がする。
その気持ちは分かる、同じく駄々こねつつ同じようにコロコロしてしまう私。
「……え、それみたい!」
「きれーで、おおきいぞ」
どうやら話は、“恋”から“鯉”へと移っているらしい。
「それは、おさかなでは……」
「では、焼いてもらおう」
「おさかなはたべたい、けど……恋はしたい」
カイルが小さく息をつき、
シリウスはすっかり池の鯉に心を奪われている。
その鯉が、前世で知っていた“あれ”と同じものなのかは分からない。
けれど、二人のやり取りを見ていると、どうでもよくなる。
そんな穏やかな時間だった。
「……こいはおちるものだから、とめられないんですよ?」
……乳兄弟よ、誰に教わったの?
そんな穏やかな幼少期を経て、
私は十五の春を迎える。




