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逃げ去った男を見ていたマグラルド様は、男が見えなくなると、わたしの方に向き直った。
「……怪我をしたのか」
「え? ああ、うん。でも、このくらい大したことないし、全然平気」
男のツバの装飾が派手だったからか、結構長い傷跡ができているけれど、でも、そんなに深刻になるような深さでもない。やりとりをしている間に血は止まっているし、ちょっと水で流しておくくらいで、放っておいても大丈夫だろう。
「後で洗っておくよ」
そう言ったのだが、マグラルド様は何かを考え込んでいるように、顎のあたりに手をやっている。……わたしの言葉、聞こえているよね?
数秒、そうやって黙っていたかと思えば「……成程」と、一人納得したようにうなずいた。
何が、なるほど、何だろう? と思っていると、ふっと持ち上げられて――持ち上げられて!?
「な、な、なに!?」
わたしは思わず、声を上げた。
いわゆる、お姫様だっこ、というやつ。急にどうしたんだ、この人!?
抵抗を示すべきか、それとも大人しくしておいた方がいいのか。混乱と羞恥で、頭が熱い。そんな頭では、まともに判断ができない。
「ちょ、ちょっと待ってよ、どこに行くつもりなの!」
「――手当をする」
「手当って……」
この人、わたしが、パーティー内でどの立ち位置にいるのか、忘れたのかな? 怪我を治すための守護魔法は、自分にかけられないとか、そういう制約があるものじゃないんだけどな。毒とか病気のときは……まあ、熱にうなされてたり、頭痛が収まらなかったり、そうやって集中できないときは失敗することもあるけど。
でも、この程度の怪我なら、魔法を使って治すレベルですらない。
しかも、怪我をしたのは腕であって、足じゃないから歩けないわけじゃないんだけど!
「ほ、本当に大丈夫だって……!」
というか、この体制の方がいたたまれなくて、非常に恥ずかしい。こんなに近づいて――心臓がバクバクしているのが、羞恥のせいだけじゃないことに、気が付かれないだろうか。
大丈夫、と何度か言って逃げようとしたのだが、結局、マグラルド様の借りている宿の部屋まで来てしまった。ギルドから近い宿だもんね……マグラルド様、足長いもんね……。すぐに到着しちゃうよね……。
マグラルド様にイスへ座らさせられる。わたしが何かを言う前に、あっという間に手当の道具を広げたかと思うと、マグラルド様は、淡々と、わたしの肘の手当をしてくれた。
ここまで来たら、もはや何も言うまい。言うだけ無駄よ。
かつて、城で一人鍛錬していたときに、怪我をしたときは、ほとんど一人で対処してしまっていたマグラルド様。そんなだからか、彼が施してくれた手当は完璧で、実に綺麗な仕上がりだった。




