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刻印の徒  作者: 生クリーム王子
第1章『忘却のゆりかご、軍師の産声』

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第9話 軍事革命、あるいは崩れゆく騎士道

帝都に招かれてから一ヶ月。俺を取り巻く環境は、黄金の牢獄へと変わっていた。

 グレンダル侯爵家が管理する軍事工廠こうしょう。二十四時間体制で稼働するその施設で、俺が設計した『魔導連発弩』が次々と量産されていく。

 だが、その生産ラインを見つめる俺の胸中にあったのは、達成感ではなく、ひどく冷めた焦燥感だった。

(……鉄の純度が足りない。術式の刻印精度も、俺が手作りした試作機の七割程度だ)

 前世の知識でどれほど優れた設計図を引いても、それを実現するこの世界の「工業水準」が追いついていない。ネジ一本の規格さえ統一されていないこの世界で、大量生産マスプロダクションを実現することの難しさに、俺は初めて壁を感じていた。

「レイン様、グレンダル侯爵がお呼びです。……北方国境で、反乱軍が動き始めたとのことです」

 側近の兵士が告げる。俺は溜息を飲み込み、重い腰を上げた。

 

 ――記憶残存率:九十八・二パーセント。

 剥がれ落ちたのは、前世での「お気に入りのコンビニの店員との、他愛もない会話」。

 些細な記憶だ。だが、その欠片が消えるたびに、俺の思考から「遊び」が消え、余裕が削り取られていく。

 謁見の間では、グレンダル侯爵が苛立った様子で地図を叩いていた。

「レイン、良いところに。北方、エインズワース領で小規模な反乱が起きた。ロイター公爵派の騎士たちが『騎士道の守護』を掲げ、君の武器の普及を阻止しようと武装蜂起したのだ」

「……反乱? 相手は身内のはずですが」

「彼らにとって、君の武器は利権を脅かす悪魔の道具なのだよ。そこでだ、レイン。君が開発した連発弩の『実戦試験』を兼ねて、君自身が鎮圧部隊の軍師として赴け。これは皇帝陛下の御意でもある」

 それは、明らかな罠だった。

 戦場経験のない俺を前線に送り出し、手柄を独占するか、あるいは失敗の責任を押し付けようという魂胆だ。

 一週間後。俺は数百名の平民志願兵を率い、北方の険しい山岳地帯にいた。

 彼らが手に持っているのは、量産型の連発弩。訓練期間はわずか三日。

 対する敵は、ロイター公爵配下の精鋭、鉄騎アイアン・ナイツ三十騎。

「……レイン様、敵が来ます! 正面から、重装騎兵の突撃です!」

 斥候の叫びが響く。俺は冷静に計算を開始した。

 敵の突撃速度、連発弩の有効射程、そして山道による制約。

「全軍、横隊! 距離百五十で斉射開始!」

 俺の号令と共に、平民兵たちがレバーを引いた。

 一斉に放たれる矢の雨。本来なら、これで重装騎兵は肉塊に変わるはずだった。

 だが、現実は残酷だった。

 カキィィィィンッ!

「……なっ!? 弾かれた……?」

 敵の騎士たちは、連発弩の弱点をすでに見抜いていた。

 彼らは魔力を一点に集中させるのではなく、鎧の表面に「鏡面」のように薄い魔力の膜を張り、矢の軌道を外側に逸らす『反射障壁』を展開していたのだ。

 俺の武器は「貫通力」には優れているが、斜めに着弾した際の「偏向」には弱い。

「ひるむな! 矢を番え直せ!」

 兵士たちがパニックに陥る。訓練不足が露呈した。

 次弾を装填する際、不慣れな平民兵の一人がレバーを無理やり引き、魔導回路が過負荷で爆発した。

「ぎゃああ! 手が、俺の手がぁっ!」

 さらに最悪なことが起きた。

 連発弩に使用している魔石が、北方の極寒の影響で「出力不安定ノイズ」を引き起こし、射程が大幅に低下したのだ。

(……計算外だ。この世界の『環境要因』を甘く見ていた……!)

 俺の額に冷や汗が流れる。

 前世の工学知識は、一定の環境下ラボでの成功を前提としている。だが、ここはナマの戦場だ。泥、寒気、恐怖、そして敵の執念。それらは、数式では捉えきれない変数だった。

「農民の道具など、この程度か! 踏み潰せッ!!」

 先頭の騎士が、目の前にまで迫る。掲げられた大剣が、朝日に光る。

 死の予感が、俺の首筋を撫でた。

「……レイン!!」

 その時、横合いから銀色の閃光が走った。

 

 凍てつくような冷気が騎士を包み、馬の足を凍らせ、突撃を強制停止させる。

 さらに、金髪の少年が乱入し、重装騎士の兜の隙間へ正確に剣を突き立てた。

「アーサー、ルナ……!?」

 なぜここに。

 二人は息を切らし、煤に汚れながらも、俺の前に立ち塞がっていた。

「ゼノ先生から聞いたんだよ、お前が危ないって! ……ったく、軍師様が前線でボサッとしてんじゃねえよ!」

 アーサーが叫び、次々と迫る騎士を斬り伏せていく。

 ルナは背中合わせに立ち、魔力を絞り出して障壁を張った。

「レイン、計算だけじゃ勝てないよ! 私たちのこと、まだ『変数』だと思ってる……?」

 ルナの悲しげな、だが強い瞳。

 その瞬間、俺の脳裏に激痛が走った。

 九十八・一パーセント。

 消えたのは、前世での「クリスマスの夜の、街の華やかな明かりの光景」。

 そして――。

 幼い頃、ルナと一緒に野原で花冠を作った時の、花の香りの記憶。

 

 大切なものが、今、戦場の泥に溶けて消えていく。

 

「……ルナ。……ごめん。僕は、君たちを『駒』として使うことしかできないんだ」

 俺は震える手で、壊れた連発弩を拾い上げた。

 兵器がダメなら、自分の魔力を使うしかない。

 魔力量十。ゴミのような出力。だが、この「低温環境」と「液状化」を組み合わせれば、まだ逆転の芽はある。

「……ルナ、氷結を一度解除しろ。土に水分を戻すんだ」

「えっ? でもそうしたら騎士たちが……」

「信じろ。……計算を、上書きする」

 俺は地面に手を突き、全魔力を注ぎ込んだ。

 狙うのは騎士ではない。彼らが立っている「崖の際」の地盤だ。

 極寒で凍りついていた土壌が、俺の微弱な加熱魔法とルナの解凍によって、一気に脆くなる。

 ――ズズズズズ……。

 小規模な雪崩。

 重装騎士たちは、その重すぎる装備が仇となり、崩れる地面と共に谷底へと消えていった。

 戦闘は終わった。

 だが、そこにあるのは勝利の味ではなかった。

 俺たちが守ろうとした平民兵の三割が死に、新型兵器の半分がゴミと化した。

 

 アーサーは剣を納め、俺を一度も振り返らずに言った。

「……レイン。お前の武器は確かに強い。でもよ……これを持たされた奴らが、どんな顔をして死んでいったか、お前は一度でも見たか?」

「……見ているよ。損失として、計上している」

「……そうかよ。……ルナ、行こうぜ。こいつはもう、俺たちの知ってるレインじゃない」

 二人の背中が遠ざかっていく。

 雪が降り始めた。

 

 俺は一人、雪の中に立ち尽くし、脳内のカウンターを見つめた。

 九十八・〇パーセント。

 また消えた。

 消えたのは、人を「信じる」という行為そのものへの肯定感。

 

 俺は、震える手で自分の胸を叩いた。

 そこには、まだ心臓が動いている音がした。だが、その音さえも、いつか機械的な鼓動に聞こえるようになるのだろうか。

「……苦戦したね、レインくん」

 影から現れたゼノが、勝ち誇ったように囁く。

理屈ロジックだけでは救えないものがある。……君は今日、それを学んだ。……次は、何を捨てるのかな?」

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