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刻印の徒  作者: 生クリーム王子
第1章『忘却のゆりかご、軍師の産声』

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第7話 魔導具革命、あるいは血塗られた利権

静寂が支配する時計塔の最上階。ゼノの個人研究室には、ランプの油が爆ぜる音だけが規則正しく響いていた。

 俺の目の前にあるのは、完成したばかりの試作機――『魔導連発弩まどうれんぱつど』。

 それはこの世界の「魔法」と、俺が前世で培った「工学」が、最悪の形で出会ってしまった産物だった。

(……一〇〇発の試射による誤差は三パーセント以内。連射速度は毎秒一発。威力は、騎士の着込む魔導鎧を貫通するレベル。これなら『資源の最適化』としては及第点だ)

 俺は、血走った眼をこすりながら、羊皮紙に最後の一行を書き加えた。

 この数日間、俺は食事も睡眠も惜しんでこの設計図に没頭していた。その代償として、脳内のカウンターは残酷に時を刻んでいた。

 ――記憶残存率:九十八・九パーセント。

 剥がれ落ちたのは、前世の「中学校の卒業アルバムの表紙の色」や、「好きだったアーティストの曲のメロディ」。情緒に結びついた記憶が削られるたびに、俺の思考は機械のように冷え切っていく。今の俺にとって、かつての幸せな思い出は、高性能な演算回路を動かすための「燃料」に過ぎなかった。

「……ふふ、くふふふ! 素晴らしいよ、レインくん。これは単なる道具じゃない。君は『暴力の民主化』を実現してしまったんだね」

 ゼノが闇の中から滑るように現れ、完成した連発弩を愛おしそうに撫でた。

 この男の言う通りだ。これまでの戦争は、生まれ持った魔力量がすべてだった。才能ある一握りの「騎士」が、無能な数千の「民」を蹂躙する。それがこの世界の絶対的なルール。

 だが、この武器はそれを壊す。

 魔力を持たない農民であっても、レバーを引く指さえあれば、高貴なる騎士の心臓を射抜くことができるのだ。

「……ゼノ先生。これをどうするつもりですか?」

「決まっているじゃないか。君の『価値』を帝国の上層部に見せつける。……明日の朝、帝国の軍務官たちがこの学園へ視察に来る。そこで、この革命を披露したまえ」

 翌朝、訓練場には不穏な空気が満ちていた。

 赤いマントを羽織った帝国の軍務官たちと、その背後に控える高慢な近衛騎士団。彼らは皆、魔力量五百を超える強者たちだ。その中心に座るのは、帝国の軍事利権を一手に握る、グレンダル侯爵だった。

「ゼノ殿。……『無能の欠陥品』が、騎士の常識を覆す兵器を作ったなどと、冗談にしては悪趣味ですぞ」

 グレンダル侯爵は、汚いものを見るような目で俺を一瞥した。

 周囲には、演習での傷がまだ癒えないハンス・フォン・ロイターや、その取り巻きたちもいた。彼らは俺が失敗し、処刑されるのを今か今かと待ち望んでいる。

「まあ、見ていなさい。レインくん、やりなさい」

 ゼノに促され、俺はアーサーを前に出した。

 アーサーは緊張でガチガチになりながらも、俺が渡した連発弩を構える。

「標的は、百メートル先の、あの魔導障壁まどうしょうへきだ。……アーサー、合図でレバーを引け」

「わ、わかった。……行くぞ!」

 シュンッ、シュンッ、シュンッ――!

 詠唱もない。魔法の予備動作チャージもない。

 ただの機械的な音が三回響いた。

 その瞬間、騎士が十人がかりでようやく壊せるはずの強化魔導障壁が、ガラスのように粉々に砕け散った。

「……な、なんだと……!?」

 

 軍務官たちが椅子から立ち上がった。

 ハンスは目を見開き、信じられないというように絶句している。

「今、何が起きた……? 彼は詠唱もしていないし、魔力の変動もわずかだったぞ!」

 俺は一歩前に出て、震える軍務官たちを見据え、淡々と解説を始めた。

「仕組みは単純です。従来の魔導弓は、放つ瞬間に本人の魔力ですべてを賄おうとするから非効率なんです。……このいしゆみは、あらかじめ内蔵された魔石に、数時間をかけて『遅延発動』の術式をスタック(蓄積)させてあります。……つまり、戦場での瞬発力ではなく、事前に準備した『時間の蓄積』を弾丸として放っているのです」

 これは前世の「電力」と「バッテリー」の関係に似ている。

 魔力が弱くても、時間をかけて蓄えれば、一瞬の出力は天才をも凌駕する。

「さらに、矢の推進力には、流体力学に基づいた加速筒ブースト・バレルを採用しました。……これにより、射程と貫通力は従来の三倍に跳ね上がっています。……これを十人の農民に持たせれば、一人の天才騎士を確実に殺せます」

 俺の言葉に、広場は静まり返った。

 それは、この国の根幹を支える「騎士階級」の存在意義を否定する言葉だったからだ。

「……貴様ぁッ! 貴族の誇りを、そんな汚らわしい道具で汚すつもりか!」

 近衛騎士の一人が、激昂して剣を引き抜いた。

 彼らにとって、魔法は美徳であり、修練の賜物だ。それを、何の才能もない農民がボタン一つで凌駕するなど、あってはならない「不都合な真実」なのだ。

「誇りで腹は膨れませんし、敵軍の首も獲れませんよ」

 俺は冷徹に言い放った。

「帝国が隣国との戦争で劣勢なのは、一握りの天才に頼りすぎているからです。……この武器を量産すれば、帝国は半年で大陸を制覇できます。……どうですか、グレンダル侯爵。これは、あなたの望む『力』ではありませんか?」

 グレンダル侯爵の瞳に、下卑た欲望の光が宿るのを俺は見逃さなかった。

 利権、金、権力。

 この世界の支配者たちは、誇りよりも実利を選ぶ。

「……面白い。レイン・バートレットと言ったか。その設計図と試作機、すべて我が侯爵家が預かろう。君には相応の報奨と、特例での士官昇進を約束する」

「お待ちください、侯爵!」

 反対の声を上げたのは、ハンスの父であるロイター公爵側の軍務官だった。

「あのような不気味な武器、我が軍の伝統を壊す呪物です! 直ちに破棄し、この少年を危険思想の持ち主として捕縛すべきだ!」

 場は一瞬にして、俺という「利権」を奪い合う政治の戦場と化した。

 

(……予測通りだ。人間は、自分の理解を超える力を目にすると、それを独占するか、あるいは排除しようとする)

 俺は、嵐の中に立つ一本の木のように、その光景を眺めていた。

 ――記憶残存率:九十八・八パーセント。

 消えたのは、前世での「高校の修学旅行で行った神社の名前」。

 どうでもいい。それよりも、今この瞬間に、侯爵と公爵のどちらに付くのが「生存率」が高いか。その計算だけで俺の脳は満たされていた。

「レイン、これ以上は……。これ以上は、取り返しがつかなくなるよ」

 いつの間にか、観客席の端でルナが震える声で呟いていた。

 彼女の目には、俺が英雄に見えているのではない。

 愛する幼馴染が、冷たい「死の商人」へと堕ちていく様子を、ただ悲しみ、恐れているのだ。

「ルナ。……世界を変えるには、きれいな手では足りないんだ」

 俺は、彼女にさえ聞こえないほどの小さな声で呟いた。

 その直後、グレンダル侯爵が冷酷な笑みを浮かべて宣言した。

「決まりだ。レイン、君は明日から我ら軍務省の直属とする。学園の授業などは免除だ。……さあ、最高の殺戮兵器を量産してくれたまえ」

 その言葉と共に、俺の周りには近衛兵たちが並び、周囲からの接触を遮断した。

 それは「保護」という名の「軟禁」だった。

 俺は時計塔を振り返った。

 そこには、窓際からこの一部始終を眺め、口の端を吊り上げているゼノの姿があった。

 彼は、俺が望んでこの地獄を選んだことを、心の底から楽しんでいるようだった。

 一晩にして、俺は学園の落ちこぼれから、帝国の運命を握る「呪われた天才」へと成り上がった。

 だが、その手には、アーサーとの絆も、ルナとの約束も、もう残っていなかった。

 九十八・七パーセント。

 また、一つの何かが消えた。

 それは、かつての「佐藤」が、人を信じ、誰かのために涙を流せた、あの頃の心の温度だった。

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